72.眠気に負けるハーフエルフ
ここは山岳地帯の手前にある宿場町の中の酒場。サフィアの商会一行と俺達護衛の一団は明日からの打ち合わせも込みで、全員で同じテーブルについていた。
ツァミはティレイアにもいたく気に入られたみたいで、ミザネアとティレイアの間に挟まれて二人から色々と世話を焼かれていた。
ツァミには母性をくすぐる何かがあるのだろうな。ま、確かに小っちゃくて可愛い小動物のようではあるけど。
ひと通りの食事を終えて、ナディライが全員に向けて話し出す。
「では事前にお話ししていたように、明日から二日間この山岳地帯には宿場町がありません。なので明日から二日間は野営となります」
そうなのだ。明日からの山岳地帯がどうしても野営を余儀なくされる区間に当たる。
山岳地帯なので馬車はあまりスピードを出せない。更に日没後は暗すぎて進む事が出来ない。なので山岳地帯を抜けるにはどうしても丸二日の時間を要する。
そして……
「この山岳地帯は盗賊の発生が一番多い地域になります」
ナディライが表情を引き締めて続けた。
テーブルを囲む全員の表情も自然と引き締まる。
更にナディライが続ける。
「ですので、僕を含めた護衛の者は夜間も交代で見張りを行いますので、よろしくお願いします」
御者は日中、馬車を操作してもらわないといけない。なので夜はしっかり休んでもらう。そして俺達護衛は、昼間の護衛と夜間の見張りの二チームに分ける事になっている。
昼間の護衛をする者は夜はしっかり寝れるからまだ負担は少ないが、夜間の見張りをする者は日中揺れる馬車の中である程度の睡眠を取らないといけない。
なので夜間の見張りをする方が負担が大きいのだが、その夜間の見張りはディケイドとハルバリ、そしてティレイアが引き受けてくれた。
理由は三人とも歴戦のクリスタルランク冒険者だからだ。ディケイドとハルバリはともかく、ティレイアは冒険者を引退した身だからどうかと思ったが、快く引き受けたようだ。ただ……
「夜中にこっそりツァミちゃんとミザネアの寝顔を覗きに行けるからむしろご褒美よ!」
などと不穏な事を口走って、姉弟から冷たい視線を向けられていたが……。
当のツァミとミザネアも若干引いていたな。
ナディライが中心となった打ち合わせも終わり、代わってサフィアが皆に向かって話し出す。
「明日からの二日間がこの行程の山場になるわ。大変ですけど、よろしくお願いしますわ、ね」
皆がサフィアに向かってそれぞれお辞儀などで応えると、
「でも今晩はゆっくり眠れるので、明日に疲れを残さない程度に楽しみましょ、ね」
サフィアのその言葉に、皆の表情から笑顔がこぼれた。
各々が残った食事などに手をつけていると、サフィアが俺の隣にやって来た。
「それではラドウィンさん。私はこのあたりで失礼させてもらいます、ね」
「あ、はい。お疲れ様です……」
この人は人と話す時、すごく距離が近い。こんな綺麗な顔が不意に近付いてくるから、大概ドギマギしてしまう。そしてミザネアとツァミがジト目でそんな俺を見てくるのも勘弁してほしい。
帰ろうとするサフィアに気付いたティレイアが声を上げる。
「お姉ちゃん、もう寝るのー?」
「ええ。明日からはしっかり寝れないから、ね」
「そうだねー。じゃ、おやすみ! お姉ちゃん」
「ええ、おやすみ。ティレちゃんも早く休みなさいよ」
「うん! 努力はしてみる!」
満面の笑みで応えるティレイアに優しい笑顔を向けて立ち去るサフィア。
何とも不思議な雰囲気をまとった女性だ。
自分の商会を持っているくらいだから、商人の経験もそれなりに長いと思うんだけど、初めて会った時から商人ぽくない感じがしていた。
俺の商人のイメージ……特に女性の商人って、ハキハキした明るい……それこそ妹のティレイアの方がそのイメージが近い。サフィアは逆に物静かな印象なのだ。普通に話す時は全然声も張らないし、穏やかに喋る。
おおよそ商人ぽくないんだよな。
そんな事を考えていると、ツァミの側に座っているティレイアが俺に話し掛けてくる。
「おじさん、今お姉ちゃんの事考えているっしょ〜?」
「え?」
「隠さなくてもいいよ、おじさん」
ま、確かに考えてはいたけど……。別にやらしい事とかは考えてないからなっ! と、心の中で否定する。
「分かるんだよね〜。男の人はすぐお姉ちゃんでやらしい事考えるから」
「考えてねえわ!」
結局、否定する事になったな……。
「ただ商人ぽくないな、と思ってただけだよ」
「あぁ〜、なるほどね。確かにお姉ちゃんは商人って感じしないよね」
「それでもサフィア姉さんはこの規模の商会をしっかりまとめているし、それなりに顔も広いですからね」
いつの間にか俺の背後にいたナディライが会話に割り込んでくる。そのナディライに向かってティレイアが声をかける。
「ナディももう寝るの?」
「ええ。もう食べ終わりましたし、明日からに備えないと」
「お姉ちゃんもナディも真面目だなぁ……」
「お前がガサツ過ぎんねん」
「うわ……ハルちゃん、それは刺さるよ。アタシのガラスのハートが傷付くよ?」
「お前のどこがガラスやねんな」
傷付くと言いながら、笑顔で応えるティレイアと呆れ顔のハルバリ。前にパーティーを組んでいたとあって仲がいいな。
さあ、俺も明日からに備えて早めに休むとするか。
立ち上がろうとする俺に合わせて、向かい側に座っていたミザネアとツァミも立ち上がる。その隣にいたティレイアが情けない声を上げる。
「えぇ〜……、皆寝るのぉ?」
「ああ。そうだが……」
「明日の出発も早いですしね」
「ツァミも、寝る」
不満そうな顔で俺を見るティレイア。
何故俺を見る?
「おじさん。せめてツァミちゃんだけでももう少しここに置いといてもらってもいい?」
と、ティレイアさんはこう言っているが、どうだろうかとツァミに目を向けると、
「ツァミは寝る。また明日ね、ティレちゃん」
「あ〜ン……また明日ぁ〜、ツァミちゃん……」
ツァミに素っ気なく答えられたティレイアはテーブルに崩れながらそう返していた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
お察しの通り、ティレイアは三姉弟の中で一番精神年齢が若い(幼い)です。
これからもよろしくお願い致します。




