70.弓の達人
サフィアが率いる四台の馬車は襲撃を受けたりすることもなく日没頃、宿泊予定の宿場町へと到着した。
馬車を降りると、ディケイドとハルバリとナディライが最後尾の馬車から降りてくる。
ナディライが俺達に声をかけてくる。
「どうですか? 皆さん、疲れていませんか?」
「ああ大丈夫。問題ないよ」
俺の返答にナディライが笑顔で応じる。
「まだ町が近い街道ですからね。明日以降の山道に入ると山賊が来るかもしれません。今日はゆっくり休んでください」
「ああ、ありがとう」
ナディライと入れ替わりでディケイドが俺に話し掛けてくる。
「ラドウィン。明日からは先頭の馬車でハルバリに索敵させようと思うんだが、構わないか?」
「ああ、そうだね。その方がいいだろうね。じゃ、俺とハルバリを入れ替えるか?」
「ああ。それで頼む」
俺の隣で聞いていたツァミがその会話に反応する。
「おじたん、明日は別の馬車に乗るの?」
「ああ。そうするよ」
「じゃあ、ツァミも……」
ツァミがそう言いかけると、ミザネアがすぐ割り込んでくる。
「ツァミ、これはお仕事だよ。ツァミは私と一緒に一番前の馬車に乗るの。分かった?」
「う……こくり。分かった……」
ツァミが淋しそうに答え、ミザネアが呆れたように笑みを浮かべて俺を見る。
ツァミが俺を慕ってくれているのは嬉しいことだけど、馬車を護衛をするという事を考えれば、ツァミは俺と居るより同じ魔術師であるミザネアの側にいた方がいい。
俺とハルバリが入れ替わる事で先頭の馬車には依頼人のサフィアの他に、ミザネアとツァミ。索敵をするハルバリと、魔術師のティレイアというメンバーになる。
依頼人の安全を最優先に考えれば、近くに魔術師を揃えた方が奇襲に対応しやすいからな。特に防御壁を展開出来るミザネアの土魔法は防衛という点では一番優秀だ。依頼人の側から離すわけにはいかない。
そして最後尾の馬車には俺とディケイド、ナディライが乗る事になった。
最後尾は男だけか。ツァミには悪いけど俺はこの方が落ち着く。
宿場町で全員揃って食事。もちろん依頼人のサフィア持ち。本当に素晴らしい依頼だよ。このまま平和な道中がサリーデまで続けば、だけど。
ここまでの道中で、パンを食べ過ぎたティレイアとツァミはあまり食事を食べられなかったのは当然の結果だな。
◇◇
二日目の出発。
打ち合わせ通り、俺は最後尾の馬車へと乗り込む。髭面大男のディケイドと、長身痩躯のハーフエルフのナディライ。何とも対照的な二人と共に二日目が始まった。
ナディライの隣に置く大弓に目を向ける。俺が狩猟で使う物よりは大きいが、たまに冒険者で見かける弓使いが使っている弓よりは小型の弓。
俺のその視線に気付いたナディライが話し掛けてくる。
「弓に興味ありますか?」
「ああ、スマン。最近趣味で狩猟を始めてね。それでどんな弓を使っているのか興味が湧いてね」
「おぉ、弓で狩猟ですか。いいですね」
「いや、まだ始めたばかりで腕は全くだけどね」
「なんだラドウィン。石拾いだけじゃなく狩猟まで始めたのか。随分優雅な冒険者だな」
「だろ? 俺はのんびりやるのが好きなんでね」
「せっかくミスリルランクなのに勿体ねえな」
「ディケイド達みたいにバリバリやるのはもう無理だよ、年齢的にもね」
「そんな事ねえだろ」
いつの間にか会話相手がディケイドになってしまったが、ナディライが構わず弓を手に取る。
「良かったら僕の弓、触ってみますか?」
「え? いいの?」
「ええ、どうぞ」
そう言って渡された大弓は見た目の割りに重く、ズシリとした質感があった。だが扱うには決して重過ぎない程よい重さだ。
その大弓を構えて引いてみる。
弦もかなり固いが、引けないほどじゃない。けど細身のナディライにこの弦は引けるのかと考える。
それを見ていたナディライが、弦を引く俺の右腕にそっと触れる。
「腕の力に頼り過ぎですね、ラドウィンさん。その引き方だと発射する時に矢がブレます。肘の周りは力を抜いて、背中で引くイメージで引いてください」
「背中? えっと……こう?」
「まだ腕が固いですね。もっと腕の力を抜いて指だけに力を入れて……」
こうしてナディライの弓講座が始まった。向かいに座るディケイドも興味深げに聞いている。
実際にナディライの言った通りにすると、確かに体や弓全体のブレが少なくなったように感じる。
何度か引かせてもらって、弓をナディライに返す。
「素人は腕の力だけで引いちゃうんですよ。体全体を使うイメージで引けば……」
ナディライが弓を構える。全然力を込めているように見えないのに弓が大きく引き絞られる。実に絵になる美しい構えだ。
「ふむふむ……なるほど。力の込め方でこうも変わるのか」
「慣れれば疲れにくくもなりますよ」
確かに狩猟をした日は右腕がパンパンになるからな。
向かい側ではディケイドも何度も頷きながら、ナディライの話に聞き入っていた。
「それぞれの武器の達人の話というものはいつ聞いても興味深いものだな」
「いやいや……僕はまだまだ達人などという域ではありませんよ」
謙遜するナディライだが、俺とディケイドには分かる。弓に関して彼はかなりの使い手だということが。
「ピッ、ピ――!」
不意に聞こえてきた、二回の警笛。
先頭の馬車から聞こえたそれは、敵襲を知らせる合図だった。
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ナディライは天才型サフィアと破天荒型ティレイア、二人の姉に振り回されているしっかり者の爽やかイケメン弟です。




