69.ハーレム馬車
出発前に馬車の停車場の片隅で、ミーティングが行われた。
依頼人のサフィアと、その弟のナディライから今回のサリーデまでの道程の説明がされる。
今回使う馬車は全部で四台。移動は基本的に日中だけで、夜は宿場町で泊まる。
道中どうしても野営しなければならない区間もあるみたいだが、大体ちゃんとした宿に泊まれるのは助かるな。野営じゃなかなか疲労が取れないからね。
道程は十日間の予定だ。フェスティバル前夜祭の前日に到着する予定だ。
ずいぶんギリギリに到着するんだなと思っていたら、サフィアの商会の本隊は既にサリーデに到着して準備中との事だった。
サフィアは商会の代表らしいが、他の者は先にサリーデに行かせて、自分と数名はギリギリまで商品仕入れの為に奔走していたそうだ。それで護衛を頼むつもりでいた傭兵とタイミングが合わなくなり、知り合いだったディケイドを頼ったということだった。
ある程度の道程をサフィアから聞いた後、次にナディライが説明しだす。彼はサフィアの弟で彼女の専属護衛。さらに今回の俺達寄せ集めの護衛達のまとめ役である。
彼が説明するのは今回の護衛の注意点だ。こういった行商の馬車が一番注意するのは道中の魔獣なんだが、今回はちょっと違うようだ。
魔獣も現れるが、サリーデまでの道程で最も厄介なのは……野盗だ。
「厄介な野盗や山賊は、このサリーデのフェスティバル前を狙ってきます」
「この時期はどの馬車も商品を山ほど積んでいるからな」
ナディライの説明を、苦々しい表情で補足するディケイド。
つまり野盗にとっては狙い目の時期ってことだ。
今回の道程で、野営を出来るだけ避けているのはこの野盗対策ってことか。いくら対策をしていたとしても、寝込みを襲われる事は出来るだけ避けたいからね。宿場町で泊まれば、寝込みを襲われる可能性はほとんど無くなるからな。
依頼人のサフィアとナディライからの説明が終わり、その間に馬車の方も準備出来たようだ。
馬車に乗り込む前にディケイドに声をかける。
「ディケイド。ティレイアって前から知り合いなのか?」
「ああ。前に俺のパーティーにいた奴だ。今は冒険者を引退しているが、腕は間違いないぞ」
「っていうことはクリスタルランク?」
「ああ、そうだ」
ディケイド達がイオアトスに来る前まで組んでたっていう魔術師か。脱退した理由はちゃんと聞いてなかったけど、サフィアの商会を手伝う為に抜けたのかな?
俺達は指示された馬車の方へと向かい出した。
◇◇
「それではそろそろ出発しようか。皆、よろしく頼むよ」
サフィアが声をかけて四台の馬車が動き出した。
「さーて! 楽しい楽しい旅の始まりだよー! あ、ツァミちゃん、このパン食べるぅ?」
やたらテンションの高いティレイアが目の前に座って、俺の隣にいるツァミに餌付けをしている。
ツァミも差し出されたパンに、もしゃもしゃとかじりついていた。
俺が乗る先頭のこの馬車には御者の他に、サフィアとティレイア。そしてミザネアとツァミが乗っていた。
ディケイドとハルバリ、ナディライは一番後方の馬車に乗っている。
何故この組み合わせになったかというと…………
すっかり餌付けされたツァミの肩を抱いて、ティレイアが高らかに声を上げる。
「アタシ、ツァミちゃんと一緒がいい!」
「ツァミは、おじたんとミザちゃんと一緒がいい」
「じゃあ、皆で乗っちゃおーよ! いえいっ!」
「こくり」
とまあ、ティレイアとツァミの間でこんなやり取りがあり、最初の休憩まではこの組み合わせとなったのだ。
そして乗ってから気付いたのだが、御者を除けばこの馬車に男は俺しかいない。
他は全て女性だ。ツァミは別として、サフィアとティレイアの美人ハーフエルフ姉妹とミザネア。傍から見れば羨ましい絵面なのだろうが、俺は何とも言えない緊張感を持って馬車に揺られていた。
だってこんな美人達に囲まれた馬車なんてないぞ!? 何か変な事をしてしまって嫌われたりしないかとか、そんな事が気になって仕方ないよ。うっかり鼻もほじれやしない。
そんな俺の緊張感を感じ取ったのか、サフィアが話し掛けてくる。
「ラドウィンさん一人だけ男性だと肩身が狭いわ、ね。ごめんなさい、ね」
「いえ……」
「そうなんだー。アタシは全然気にしてないよー」
ツァミにパンを与えながらあっけらかんと話すティレイア。てか、ツァミはさっきからティレイアが差し出すパンを全て食べているが大丈夫か?
イオアトスの町を出た辺りでサフィアが俺達に尋ねてくる。
「ところで御三方はサリーデは初めてですか?」
「私は初めてです。前からフェスティバルの噂は聞いて知っていたんですけど……」
「ツァミは初めて聞いた」
ミザネアとツァミの答えを聞いて、サフィアが俺の方に視線を向ける。
「えっと、俺はかなり前に一度行ったことありますね」
「あら、そうなのですね。それはご旅行で?」
「いえ、クエストですね」
俺がサリーデに行ったのはもう十五年以上前のことだ。サリーデの周辺で蟲型魔獣が大量発生し、その討伐クエストが近隣の町の冒険者ギルドにまで発注されたことがあった。
その当時パーティーを組んでいた奴らと一緒にサリーデに乗り込み、三日ほど魔獣を討伐しまくった記憶がある。それ以来と考えると懐かしいな。
「それじゃあ、フェスティバルは皆さん初めてなんです、ね?」
「ええ」
それを聞いてティレイアが笑みを浮かべて話す。
「そうなんだー! へへ〜、楽しいよフェスティバル」
「仕事って分かってるんですけど、楽しみなんですよねー」
ミザネアが楽しそうに答える。確かに仕事ではあるが、仕事はサリーデまでの護衛だ。到着した後もフェスティバル期間中の滞在費まで出してくれるなんていうのは、とても太っ腹な依頼人である。
その依頼人のサフィアもにこやかに続ける。
「フェスティバルでは私達も露店の他に楽しいお店も出す予定ですから、是非楽しんでください、ね」
「そうだよー、ツァミちゃんもウチらのお店に遊びに来てね。はい、あーん」
「こくり。あーん」
飼いならされた子犬のように口を開けてパンを受け取るツァミ。
こんな感じで俺達の乗る馬車は和やかな雰囲気でサリーデに向かって走って行った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
これからもどうぞよろしくお願いします!




