64.幸せに当てられて
盗賊団アジト突入の翌日、俺はイオアトスの中心からかなり離れた場所、つまり町の外れの方まで来ていた。
朝からギルドで今回の依頼の報酬を受け取り、昨日はそれとは別で、ネルアリアからも報酬を受け取っている。もう正直、懐はかなりウハウハ状態だ。
で、ギルドを出た俺は青果店でいくつか果物を買い、この町外れの方までやって来ていた。
こんな場所に何の用事があるのかというと、ある人物に久々に会う為だ。
見える風景が町並みからのどかな田園風景へと変わっていく。
「ミザネアから聞いた話だとこの辺りのはず……」
目の前に見える田畑の中には、チラホラと農作業に勤しむ農民の姿が見える。その農民の中に目的の人物がいないか目を凝らして見る。
それぞれの畑を耕す農夫達。その中に一人だけ明らかに桁違いの体格をした農夫を見つけた。
絶対アレだ。
その逞しい体をした農夫の方に向かって歩く。
離れた所で見ると、筋肉の塊が鍬を振るっているようにしか見えないな。
その人物は長年培った勘なのか、背後から近付いてくる俺に一瞬警戒の目を向けて、また手に持った鍬を振り下ろし始めた。だが、すぐにまた俺に目を向ける。
そして日焼けした肌と好対照に白く輝く歯を見せて、俺の名を呼んだ。
「ラド! ラドじゃねえか! 久しぶりだのぉ!」
「ボルゾア! 元気かい?」
「見ての通りじゃの! あり余っとるわ!」
ボルゾアが見事にパンプアップされた二の腕で力こぶを見せる。冒険者時代と変わらない見事な筋肉だ。
「どうしたんじゃ? こんな所まで?」
「元気でやってるか様子を見に来たんだよ。邪魔だったかい?」
「ハッハッハ……邪魔なもんか。もうちょっとで昼休憩にするから待っといてくれるかの」
「ああ」
俺が畑の傍らに腰を下ろすと、ボルゾアが鍬を振り下ろし始めた。以前まで大きなバトルアックスを振り下ろしていたボルゾアの強靭な肉体と見比べると、今手に握られている鍬がとても貧相に見えるな。
◇◇
俺とボルゾアは田園地帯の中を歩いていた。
この辺りは農地地区と呼ばれている場所で、その名の通り田畑が綺麗に区分けされている。それぞれ区分けされた田畑に持ち主の農家がいて、農作物を作って生計を立てているのだ。
俺達はこの農地地区の隣にあるボルゾアの家に向かっていた。
他の農家の家もだいたいはこの農地地区に隣接した辺りにあるらしい。
何軒か並んだ一軒家の中にボルゾアの家はあった。ちょうどお昼時なので、他の家からも美味しそうな料理の匂いがする。
「おうっ! 帰ったど!」
「あーっ!! お帰りー!」
家に入ると元気な子供の声が返ってきた。家の奥から飛び出して来たのは小さな男の子だ。奥さんに連れ子がいるって言ってたな。
その男の子は一直線にボルゾアに向かうと飛びかかるように抱きついた。
「おう! テオ! 良い子にしとったかの!」
「うん!」
テオはボルゾアに抱きついたまま俺の姿に気付いた。
「誰ー? ボルの友達?」
「おう。俺の友達のラドじゃ」
「ラド!」
「ははは……こんにちは、テオ」
「こんにちは! 俺、テオリオ!」
ボルゾアに抱きついたままテオが自己紹介してくれた。すると家の奥から女性が現れる。
「お、ラド。俺の嫁のルルカじゃ」
ボルゾアから離れたテオが今度はルルカに抱きついた。柔和な笑みを浮かべたルルカさんが俺に会釈する。
「こんにちは。ラドウィンさんですね。夫からお名前は聞いてます」
「初めまして。ボルゾアは俺の事で変な事言ってませんか?」
「いえ、とても良い友人だと……」
「ハッハッハ……」
ボルゾアとルルカさんが笑い合う。
仲睦まじい夫婦……そんな言葉がピッタリくる二人だ。
朝に買ってきたお土産をルルカさんに差し出す。
「これ、もし良かったらみんなで食べてください」
「まあ! いいんですか?」
「スマンのぉ、ラド」
「いや、大した物じゃないから」
この後、同居しているルルカさんの両親も紹介してもらい、俺はボルゾアの家でお昼ご飯をご馳走になった。
元々ルルカさんの両親がやっていた農業を今はボルゾアがしている。きっかけはルルカさんの親父さんが腰を痛めたかららしい。
それでボルゾアとルルカさんとテオリオがこの家に来て、ボルゾアが手伝いをするようになったとの事だった。
最初、ルルカさんの両親はボルゾアに手伝わなくていいと言っていたそうだが、ボルゾアは無理矢理手伝い、農作業もあっという間に覚えていったそうだ。
「俺ぁ、冒険者より最初からこっちの方が性に合ってたかもしれんのぉ、ハッハッハ……」
「えー!? でもボルは強いんでしょ?」
テオが純粋な目で俺に聞いてくる。
「そうだよ。この腕を見てみなよ。俺なんかより全然太いだろ? ボルゾアは熊も一発で倒せるんだぞ」
「おぉー! やっぱりボルは強いんだっ!」
「ハッハッハ……」
こんなに素直で純粋な子供と触れ合うと、こっちの心まで浄化されていくようだ。
こうやってボルゾアの家庭を見ていると癒されるのと、羨ましいのと何か色んな感情が込み上げてきちゃうね。
家族総出のおもてなしの時間はあっという間に過ぎて……、ボルゾアが午後からの仕事に向かうと言うので、俺も同じタイミングで帰ることにする。
「じゃあね! ラド! また遊びに来てね!」
「ああ。また来るよ、ありがとう」
ルルカさんと両親も、わざわざ俺とボルゾアを見送りに玄関まで来てくれた。
ボルゾアと田園地帯を二人で歩く。先に口を開いたのは俺だ。
「幸せそうだね」
「そうだの。充実しとるの」
ボルゾアのニッとした笑顔からは毎日の充実感が溢れていた。
「俺も引退したら農作業するか」
「農家はええぞ。手間と愛情に作物が応えてくれるからの」
「ふっ……こないだまでデカい斧を振り回して魔獣を追いかけていた男の言葉とは思えないね」
「ハッハッハ……環境が変われば人は変わるもんじゃよ!」
豪快に笑う姿は以前のままだけどね。
農地地帯では他の農民達が既に午後の作業に入っていた。ボルゾアはその人達ににこやかに挨拶しながら自分の畑に向かっていく。
その姿は愛想の良い農夫そのものだ。
「ラドは相変わらず一人で石拾い冒険者やっとんのかの?」
「最近は……あんまりかな? 色々とお願いされる事が多くてね。ミザネアにもだいぶ振り回されてるよ」
「ハッハッハ……いいじゃねえか。お前さんは人がええからの。皆頼りにしちまうんじゃよ」
「こんなおじさんなのに?」
「歳は関係ねえの」
ボルゾアが俺の顔を見て、ニンマリと笑った。
一人でのんびりやりたいだけどね〜、俺としては。
畑に到着して、ボルゾアが作業へと向かう。
「ほんじゃの! ラド! またいつでも遊びに来いよ」
「ああ。ボルゾアも元気で! 奥さん達にもよろしく言っといて」
「おう!」
ボルゾアと別れた俺は町の方へと歩き出した。
のどかな田園風景を見ながら自分が冒険者を引退した後のことを考え出す。
理想はのんびり暮らしたいけど、あんまりのんびりし過ぎると早くボケてしまいそうだし……で、話し相手もいないとダメだよな。思い切って田舎の方に行って余生を過ごす? いや、もし何か病気になったりした時が大変だ。
…………まず俺の面倒を見てくれる人を見つけないとダメか?
…………
イカンイカン! 話が引退後から老後まで飛んでしまってる!
コレが歳を取るということなのか?
幸せなボルゾアの家族を見て、無意識の内に今後への不安を刺激されたおじさんは一人、とぼとぼと町の方へと帰って行くのだった……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ちょっと久々のボルゾア登場回でした。




