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6.さらに崖下へ下る

 落下防止の命綱を腰に着けているとはいえ、この高さの崖を下りて行くのは結構緊張する。この位置から落下したらヴァルタロフの巣がある岩棚に落ちることになるか。岩棚までだったら十メートル程度。それなら大丈夫か。でももし岩棚を外れたら……。

 マズい、そんな事を考えたら余計に緊張する。

 上に視線を向けると、ミザネアとボルゾアが顔を覗かせている。


「ラドさん、ゆっくりで大丈夫ですよ」

「ああ」


 ミザネアが優しく声をかけてくる。最初の五メートルほどはかなり慎重に降りたが、それを過ぎた辺りからは慣れてきて、意外とすんなりと岩棚まで辿り着くことが出来た。

 岩棚の真ん中には直径二メートルほどのヴァルタロフの巣があった。その真ん中に卵が三つ。大きさはちょうどひと抱えぐらい。雛が産まれたら鶏よりは大きそうだな。


「ラドさん! 一つだけでいいですからね」

「一個でいいのか?」

「はい。リュックに二つ入れるとぶつかって割れるかもしれないんで」

「分かった」


 言われた通り、卵を一つだけリュックに入れて背中に背負う。よし、あとは二人が待つ崖上に登って戻るだけだ。上までの高さは三十メートルちょっと。

 岩棚下の森林地帯まで垂れているロープに、もう一度命綱の環状の金具を取り付ける。そして上を見上げて合図をする。


「二人とも! 今から登るから!」


 二人から返事がない。てか、さっきまでこっちを覗いていた二人の顔が見えない。いや、ミザネアの顔だけ少し見えた。ミザネアは森林地帯の方に目を向けていた。

 ロープを握ったまま、俺も振り返ってミザネアが見ている方に目をやる。


「……大変。ラドさん! 親鳥が戻って来るわ! 急いで!」

「なにっ!?」


 振り返った視線の先に、ついさっき飛び立ったはずのヴァルタロフが森林地帯の上空を悠然と滑空し、こちらに向かって飛んできていた。

 早くないか! 一時間ぐらい戻って来ないって聞いてたのにっ!


「ラドっ! 引き上げるぞっ! しっかり捕まっとけ!」

「ああ!」


 ボルゾアが力いっぱい、俺がぶら下がるロープを引き上げる。


「うおっと!?」

 

 勢いよく引き上げられて体勢を崩してしまう。リュックを崖にぶつけそうになるが、何とか耐えた。ミザネアの声が崖の上から聞こえる。


「ちょっと! もう少しゆっくり上げなさいよ!」

「すまんすまん、慌ててもうた。もう一回行くぞ、ラド」

「ああ。頼むよ」


 次はゆっくりとロープが上に引き上げられる。が、少し上がった所で止まった。さすがのボルゾアでも充分なスペースがない場所ではなかなか引き上げられないみたいだ。だったら……、


「ボルゾア! 俺がよじ登るからロープがずれないように固定だけしていてくれ!」

「分かっだ!」


 足裏を崖につけて、脇を締めて、腕の力でロープをよじ登っていく。よし、いい感じだ。これならボルゾアに引き上げられるよりも早く登れそうだ。

 と、そう思った瞬間、


「親鳥がラドさんに気付いたわ!」

「急げ! ラド! ヴァルタロフが戻ってくる!」


 くそっ! やっぱ戻ってくるのかよ!

 ロープをよじ登りながら、背後に顔を向ける。森林地帯の上空から、勢いよく滑空するヴァルタロフが俺に向かって飛んでくる。

 マズいマズい! 俺は両手が塞がっているから応戦出来ない! かと言って隠れられる場所もない!

 完全にロープにぶら下がったエサ状態だ。くそっ!

 卵を取られた事に気付いたのか、親鳥のヴァルタロフは俺に向かって一直線に飛んでくる。こんな所で奴に掴まれたらそのまま空に連れて行かれて、森のど真ん中に叩き落とされて一瞬で終わる。


 ヴァルタロフがこちらにどんどん近付いてくる。俺は片手でロープを掴み、もう一方の手で剣を抜く。何とか奴に掴まえられることは防がないと。

 

 近付くヴァルタロフが俺を捕獲するべく、その両脚を前に突き出した。一撃入れれば捕獲は免れるかもしれない。

 奴の脚に向かって狙いを定める。が、態勢が安定しない。くそっ!


 ドスッ!!

 

 その瞬間、不可視の打撃がヴァルタロフの体と翼を捉えた。ヴァルタロフの体が大きく下方へ揺らぎ、大きく羽ばたいて崖から離れていく。


「ラドさん! 大丈夫ですか?」

「ああ! 今のはミザネアの魔法?」

「そうです! 私が親鳥を迎撃しますから今のうちに登ってきてください」

「分かった!」


 再び剣を納めて、ロープをよじ登り始める。後方に注意を向けると、ヴァルタロフが大きく弧を描くように飛んでいる。

 この動き……ミザネアの魔法攻撃を警戒している?

 事実さっきみたいに一直線に向かってこないヴァルタロフに、次の魔法が撃てないミザネア。

 ミザネアがさっき放ったのは無属性攻撃魔法。射程距離はおそらく十数メートル。

 ヴァルタロフは、俺とミザネアの様子を窺うように崖から二、三十メートル離れたあたりを旋回している。

 さっき当たったのはおそらく魔法の射程距離ギリギリの距離だったと思う。近付いてくるヴァルタロフに最高のタイミングでぶつけたミザネアはやっぱり優秀な魔術師だ。


 よじ登りながら崖の上を見ると、ミザネアが旋回を続けるヴァルタロフを睨みつけ、牽制している。

 俺はあと十メートルほどで崖上に辿り着く。


「来るぞっ!」

「ええ! 分かってる!」


 ボルゾアの声に反応したミザネアが応える。ヴァルタロフが大きく向きを変え、崖側から俺に向かって滑空してくる。しっかりとその動きを捕捉しているミザネア。

 迎撃する為の魔法を放った。

 しかし、俺に向かってきていたヴァルタロフが再び方向を変えた。その巨体からは想像出来ない急旋回だ。


「しまった!」


 ヴァルタロフがミザネアの魔法を躱し、狙いを定めたのは俺ではなく、崖上にいるミザネアだった。

 撃ち終わりのミザネア目がけてヴァルタロフが脚を伸ばす。その動きに反応したボルゾアが手に持ったバトルアックスをヴァルタロフに向かって投げた。

 

「ぬおぉぉー!」


 回転するバトルアックスがヴァルタロフに脚に当たった。硬い物同士が当たる鈍い音が響いた。


 奴は狙いを俺から崖上の二人に変えた。

 今ミザネアとボルゾアがいる場所は木のない拓けた場所だ。このままだと上の二人が掴まってしまう。だったら……、


「ミザネア! ボルゾア! そこは危ない! 後ろの森に逃げろ!」

「お前はどうするんじゃ!? ラド!」


 すぐにボルゾアから言葉が帰ってくる。二人は森に入り込めばとりあえずヴァルタロフに掴まることはないだろう。そうなれば次の狙いは俺になる。

 俺はまだ崖から十メートル下でロープにぶら下がっている。たぶん崖を登り切る前にヴァルタロフに掴まってしまうだろう。周りの岩壁には隠れられる場所もない。ヴァルタロフにとっては格好の的だ。

 けど一つだけ逃げられる所がある。


「俺は下の森に降りる! 後で合流しよう!」

「なにぃっ!?」

「ラドさん!」


 驚く二人の声を尻目に、ロープを握る手を緩めて下へと降下を始めた。登る時の何倍ものスピードで崖下へ下っていく。

 崖上から飛び出したヴァルタロフが、再び俺に向かって急降下を始めた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

次の話でこのおじさんが、何故無自覚に最強なのかが分かります。

今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m

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