5.崖を下る
翌朝、イオアトスの南側の町外れに向かう。まだうっすらと朝日が昇り始める時間帯。
太陽が一番高く昇る時間までにヴァルタロフの巣まで行くにはこのぐらいの時間から出発しないと間に合わないらしい。
なのでまだひっそりとした町の通りを歩いていく。
町の南側の門に着くと、ミザネアの姿が見えた。周りにボルゾアの姿が見えないから彼女が一番乗りだったようだ。
「おはよう。ミザネア」
「おはようございます。ラドさん」
朝陽が照らす碧色の髪を煌めかせるミザネア。膝下まであるローブを纏い、いかにも魔術師といった出で立ちだが、足元はしっかりとしたブーツを履いているあたり、彼女ももう一人前の冒険者なんだなと感心する。
少しして、俺が来た方とは別方向からボルゾアが姿を現す。
ずんぐりとした体型に立派な鉄兜。焦げ茶色のチリチリした長髪が鉄兜の下から溢れている。左腕には物凄い分厚さの鉄盾を持ち、背中に大きなバトルアックス。
その装備品の重さだけで大人一人分の重さぐらいありそうだな。その超重量の装備もこの男の筋力はものともせず、普通に歩いてくる。
「すまん、遅なったのぉ」
「いや、さっき来たばかりだよ。それにしても重そうな装備だな。よく動けるな」
「ハッハ……俺にとっちゃ、これぐらいはどうってことないのぉ」
「筋肉の塊だからね。ホントこの兜なんてただの拷問道具よ。私が着けたら首の骨が折れるわね。バカみたいに重いんだから」
「そりゃ、お前が貧弱だからだの」
「ふん、可憐と言いなさい」
とまあ会話内容はちょっとギスってるが二人とも笑顔なんで、これがいつもの会話なんだろう。
兎にも角にも三人揃ったのでイオアトスの町を出発する。
◇◇◇
イオアトスの南方に広がる森林地帯。その奥にミザネアが見つけたヴァルタロフの巣がある崖があるらしい。
森林地帯の中には細いながらも街道が走っていて、大自然の木々に囲まれてはいるが意外と歩きやすい道のりだった。
三人ともミスリルランクの冒険者だけあって、こういった道程には慣れたものである。一般的に魔術師は体力がないと思われがちだが、一流の冒険者にはそれは当てはまらない。
筋力や瞬発力は冒険者ではない人間とさほど変わらないだろうけど、長く歩き続ける体力は冒険者のランクと比例すると、俺は思っている。
事実、ミザネアは俺とボルゾアの歩調に全く遅れずに付いてくるどころか、道案内で先導まで出来る体力を有している。
超重量装備で平気で歩いているボルゾアも驚異的だけどね。
そして、何度かの休憩を挟みながら森林地帯を進んで行き、途中街道から獣道へと入っていく。ミザネアの話だともう少し先に例の崖があるらしい。
「この辺りから静かに。あの先に崖があるから」
ミザネアの指示で慎重に歩を進めていく。木々が途切れ、森を抜けると少し拓けた場所。その先に崖の先端が見える。三人でゆっくりと崖に近付いていく。
切り立った崖の先端近くで腹ばいになって恐る恐る崖から下を覗き込む。
眼下には森林地帯が広がっていた。崖の高さは約八十メートル。今俺のいる崖の先端から三十メートルほど下の崖の中腹に奥行き三メートル、幅十メートルほどの岩棚があった。その岩棚のちょうど真ん中に丸くうずくまった巨鳥ヴァルタロフの背中が見えた。
ホントにいた。周りのあの木やら草やらは巣だな。卵はあのヴァルタロフの下だな。太陽が一番高く昇るまではまだ少し時間があるな。
一旦崖から十メートルほど離れた森に戻った俺達は作戦会議を開く。
「じゃあ、ボルゾアはロープを準備して」
「了解じゃ」
「ラドさんはリュックの準備を」
「うん。分かった」
このクエスト用に準備してきたリュック。中に緩衝材になる柔らかい布を入れて、更に形が潰れないように中に木枠が組まれている。昨日一日でミザネアが作った力作だ。
ボルゾアは木の幹にロープを巻き付けて崖の上から垂らす準備をしていく。ロープの長さは百五十メートルはあるので長さは充分だ。
ボルゾアがロープを巻き終えて、俺はリュックを背負い、剣を背中側に固定させる。こうしないと降下する時に邪魔だからね。俺達の準備が終わればあとは待機だ。ヴァルタロフが食事に出て行くまでは待つしかない。
巨鳥ヴァルタロフはかなりレアな魔獣だ。俺は今まで出くわしたことはないし、あんまり個体数は多くないと聞いている。
強さの方だが、出会う場所によるらしい。
巨大な体に翼を持つヴァルタロフは平地では無類の強さを誇る。なんせ馬や牛を掴んで空を飛べるぐらいの飛行能力があるのだ。掴まれて上空に上がって、地面に叩き落されたら即終了だ。どんな冒険者もひとたまりもない。
だから平原や砂漠など障害物のない場所で出会ったら全力で逃げなければならない魔獣だ。逆に狭い迷宮などで出会った時はその飛行能力は生かされず、その危険度はぐっと下がる。
前に誰かがヴァルタロフを倒したと聞いたことがあって、詳しく聞いたら迷宮で出くわした個体だったらしい。
で、今俺達がいる状況だが、森という障害物が多い場所にいる。多少拓けた場所もあるが、木が密集している場所に留まれば掴まれて空に運ばれることはないだろう。
ロープで崖にぶら下がる俺が、一番危険な場所にいるってことだな。
三人で森の中で息を潜め、ヴァルタロフが飛び立つのを待ち続ける。しばらくしてそれまで目を瞑って石像のようになっていたボルゾアが目を開いた。
「動くぞ」
ボルゾアが小さく呟いた。その瞬間、崖の向こうから大きく羽ばたく音が聞こえた。
木の陰に身を隠しながら崖の様子を窺う。崖下から飛び立つヴァルタロフの後ろ姿。
親鳥の食事タイムだ。
眼下の森林地帯の上空を悠然と飛び立つヴァルタロフの姿が充分に小さくなったのを確認して、俺達は再び崖の先端に向かった。
ボルゾアがロープを崖下に投げ下ろす。そして俺は崖下を覗き込む。さっきヴァルタロフがいた場所に巣とその中に濃灰色で斑模様の三つの卵が見えた。
あれだな。
ロープは崖の一番下まで落ちている。ロープを持って下を見ている俺にミザネアが声をかけてくる。
「ラドさん。周りは私達が見張ってるから、気を付けてね」
「ああ。じゃあちょっと行ってくるよ」
崖に背中を向けて両手でしっかりとロープを握り、ボルゾアと目が合った。ボルゾアが白い歯を見せてにかりと笑う。
俺も笑顔を見せてから降下を始めた。
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