49.治癒院にて
俺の記憶はイオアトスの町が見えて、町の入口近くで憲兵隊に声を掛けられた所で途絶えていた。
そして気がついた今、ベッドに横たわっている俺が見ているのは知らない天井。たぶん町の治癒院だろう。
うん、個室だな。体の方は……右足と左肩はガッツリと包帯が巻かれ、治療が施されている。
個室ってことは……治療費、高そうだな。
俺の頭によぎったのはそんな超現実的な心配事だった。
個室の扉が開き、入ってきたのは白衣を着た白髪交じりの治癒師の男。
「お、気がついたかい?」
「あ――……、どうも、お世話かけます」
「かなり重症だったからね。憲兵隊の判断で治療させてもらったよ」
「そんなに酷かったですか?」
「まあねー」
治癒師の男は俺のカルテを見ながら、
「うーん、左肩に大きな刀傷と、腰と右足に刺し傷……だね。この刺し傷はそんなに深くなかったけど、神経毒が検出されたんでね。右足はあともうちょっと治療が遅かったら、壊死が始まってたかもね」
「壊死……ですか」
「うん。壊死が始まると、切断しないといけないからね、危なかったね。あっはっは……」
いや、笑い事じゃねーよ。危うく右足を失う所だったのかよ。ってか、あいつら……クロスボウガンの矢に毒を塗ってやがったのか。信じられねえな。
治癒師の話だと、俺は真夜中にイオアトスにたどり着いて、そのままこの治癒師に運ばれたそうだ。
窓からは朝日が差し込んでいるから、もう夜が明けたみたいだな。
ひと通り俺の症状を、治癒師が伝え終えると真顔になり、
「で、君が話せる状態になったら話を聞きたいと言って、憲兵隊の人が表で待っているんだけど、どうするね?」
「話っすか?」
「魔獣じゃなくて、野盗に襲われたんでしょ? だから調書を取りたいみたいよ」
まあ、そうなるか。確かに魔獣と戦って出来た怪我には見えないか。
治癒師に憲兵隊と話をすると答えると、治癒師はすぐに憲兵隊を呼びに部屋から出て行った。
間もなく扉が開き、二人の憲兵が部屋へと入って来る。
「ラドウィンさん! 大丈夫ですか!? 襲ってきたのはどんな奴でしたか? どんな武器を使ってましたか? あと……」
「落ち着いてください……小隊長。ラドウィンさんは怪我人なんですから……」
「あ、う……。そ、そうだね」
「ははは……。大丈夫だよ、リューラ」
入って来るなり、鼻息荒く質問をしてきた憲兵はリューラだった。リューラは同僚の男になだめられて、ゆっくり息を整える。
「えと……改めて。怪我の具合は?」
「うん。もう大丈夫」
扉のすぐ側に控える治癒師に目を向ける。
「二、三日も入院すれば、元通り動けるようになるよ」
「だそうだ」
「良かったです」
治癒師がすかさず答えてくれて、リューラがホッと胸を撫で下ろす。
同僚の憲兵がリューラのその様子に苦笑いを浮かべながら、俺に質問をしてくる。
「ではラドウィンさん。こんな時にすみません。早速ですが、あなたを襲った野盗について教えていただけますか?」
「うん、と。そうだね……」
憲兵隊の二人も治癒師も、俺が野盗に襲われたと思っている。俺は真実のまま彼らに伝える事にする。
「俺を襲ったのは、野盗じゃない。冒険者だよ」
「冒険者!?」
治癒師も含めた三人の驚いた声が揃った。
すぐに憲兵の男が聞き返してくる。
「何故、冒険者だと分かったのですか?」
「知っている奴だったからね」
俺は、グリハンとその仲間に襲われた事、グリハンと女は逃げた事、もう一人の魔術師は遺跡群に置いてきた事を彼らに話した。
話を聞いているうちに、リューラがみるみる険しくなっていく。
拳をぷるぷると震わせながら、リューラが同僚の男に大きな声で命令する。
「聞いたわね! すぐにギルドに行って、そのグリハンって男の身辺調査! 仲間も調べて! それとすぐに遺跡群に何人か走らせて!」
「了解です!」
命じられた男は脱兎の如く部屋を出て行った。男の後ろ姿を見送ると、リューラがこちらに振り返る。彼女の顔は分かりやすいくらい怒りで真っ赤になっていた。
「ラドウィンさん。絶っ対に私がそいつらを一人残らず捕まえてやります。なので、安心して療養していてください。そいつらの生首を見舞いに持ってきますから……」
「い、いや……生首はちょっと……困るな」
「では腕の一本ぐらいは……」
過激過ぎるっ! とりあえず捕まえるだけでいいからと、リューラをなだめる。
なだめられたリューラが息を整えて、紅潮した顔色がやっと落ち着いていった。
「ありがとうございます。ラドウィンさん。で、襲われた事に何か心当たりとかありますか?」
「心当たりねぇ……」
まあ、本人に目障りって言われたから心当たりどころか、しっかり理由も知っているんだけどね。
その辺はどう答えていいか悩むな。
「何か……目障りだったらしい」
「目障り?」
リューラが首を傾げる。
そりゃそうだよね。普通、目障りってだけで三人がかりでいきなり殺そうとしないよね。リューラの表情がまた険しくなる。
「ラドウィンさんが目障り? ふざけた奴ですね。やっぱり腕の一本……いや、指全部の方が屈辱的か……」
「いやいや、とりあえず普通に捕まえるだけでいいから!」
時々かなり物騒な事を口走るリューラを抑えながら、事情聴取を進んでいった。リューラが帰る頃には怪我じゃない理由で何か疲れてしまった……。
◇◇
治癒師は二、三日と言っていたが、翌朝には矢で受けた傷はかなり塞がり、歩けるようになったので、一週間は無理をしないという約束で、退院させてもらう事にした。長引くと治療費が高くつきそうだったから……。
退院したら冒険者ギルドに来るように、と治癒師から聞いていたので、俺は退院したその足で冒険者ギルドへと向かって行った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
お察しの通り、リューラはかなりせっかちな性格をしています。




