46.連携
クロスボウガンを撃ってきた二人も外套にフードを被り、顔も性別すらも分からない。
その二人は早足で俺との距離を縮めてくる。そのうちの一人が急に方向を変えて、石壁の向こうに姿を隠した。二手に分かれて来るつもりだ。厄介な事をしてきやがる。
もう一人は少し速度を落としながら、俺に向かってくる。その両手に長い鉤爪のような刃物が光った。
短刀? いや、手甲に直接刃が付いている手甲鉤と呼ばれる武器だ。左右の手甲に三本づつ、短刀のような刃が光る。
撃たれた右足と腰は痛むが、動けないほどじゃない。だが走って切り抜けたかったが、それはちょっと無理そうだ。
こいつらを返り討ちにしてから帰るしかないか……。
フードを被った襲撃者が手甲鉤で斬りかかってくる。
それを剣で大きく弾き返すが、反対の腕でまた大振りの一撃。それも弾き返す。
それほど速くない。まだ強化魔法は持続している。だったら、さっさと終わらせる。
襲撃者の両腕の手甲鉤に付いている鉤爪の長さは約五十センチ。熊手のように手甲に付いているという構造上、攻撃のパターンは多くない。防御するだけなら……問題ない。
キィンッ、キィンッ!
両腕の鉤爪を、剣撃でほぼ同時に弾く。腕ごと弾かれて相手の胴体がガラ空きになり、その腹に痛む右足で回し蹴りを入れる。
「がはっ!」
脇腹に綺麗に入った蹴りに相手は思わず後退る。
よし、もう一撃……と思った瞬間に、着地した右足のふくらはぎに激痛が走る。
また違うボウガンの矢が突き刺さっていた。
姿を隠していたもう一人が、離れた石壁の上から俺を撃ってきたのだ。
その射線から外れるように、俺は石壁の隙間に体を投げ出した。
上からの援護射撃……それが狙いだったか。
回廊を転がって上体を起こすと同時に、右足に刺さっている矢を引き抜く。
回廊の先に気配を感じ、視線を向けると雷撃魔法を撃ってきた魔術師が、転がってきた俺の姿に気付き、雷撃魔法の詠唱を始めた。
させるかっ!
と言っても、奴との距離は十メートルほど。俺が斬りかかるよりも奴の魔法の発動の方が早いだろう。
今さっき引き抜いたばかりの矢を魔術師に向かって投げつけた。
普通ならこんな軽い矢を投げても人の体にはなかなか刺さらないし、そもそも力が足りなくて真っ直ぐ飛ばすのも難しいだろう。けど今の俺は強化魔法で、筋力と瞬発力がケタ違いに上がっている。
俺が投げた矢は一直線に魔術師に向かい、魔術師の足に突き刺さった。
「ぎゃっ!」
魔術師が短い悲鳴を上げて、その場に座り込んだ。
背後の音に反応して振り返ると、手甲鉤の襲撃者が石壁を乗り越えてきていた。
蹴り一発じゃ、さすがに引いてくれねえか。
手甲鉤の奴が、姿勢を低くして俺との距離を詰める。
至近距離まで近付いた手甲鉤の刺突。それを紙一重で躱す。
躱された刺突をすぐに引いて、反対の手甲で再び刺突。
それにカウンターを合わせるように剣撃をぶつける。その一撃は鉤爪の根元に当たった。
キィン!
高い金属音を立てて、鉤爪が根元から三本とも折れ飛んだ。
左腕の手甲を破壊された襲撃者は、素早く右腕の手甲を振り下ろす。それと同時に放った俺の下段蹴りが膝に当たり、襲撃者がバランスを崩した。が、手甲鉤の一撃は俺の右肩を掠めていった。
相手の背後に回りこむように、もう一度距離を取る。
手甲鉤との距離は少し離れたが、そこへまた回廊奥からほとばしる雷撃魔法が飛んでくる。
「くそっ!」
右足の痛みを堪えて、もう一度後方へ跳んだ。雷撃が負傷している右足を掠めた。
痛てぇ!
あの魔術師……仲間に魔法が当たるとか思わねえのか!?
俺と手甲鉤の奴との距離は数メートルしか離れていなかった。精度によっぽどの自信があるのか、仲間の事を全く考えていないかのどちらかだな。
そんな事よりダメージが右足に集中しすぎだ。この足じゃ全力疾走は無理か?
「ちっ!」
舌打ちしながら手甲鉤の襲撃者が俺に刺突を放つ。
それをバックステップで後ろに躱して距離を取った。また雷撃が飛んでくるか?
そう思って魔術師の方に目を向けると、やはり魔法の詠唱を始めていた。
しかし刺突を躱された手甲鉤が魔術師を一瞥すると、魔術師は体を震わせて魔法の詠唱を止めた。
こいつら……全然連携が取れていないな。さっきから全然声がけもしないし。
三人がただ闇雲に俺を攻撃してきているだけか? それならまだつけ入る隙はあるか?
また手甲鉤の後方からクロスボウガンの矢が飛んでくる。だが石壁の上にいるから姿が丸見えだ。発射位置が分かれば躱すのは難しくない。
体をずらしてボウガンの矢を躱して、そのまま後方の石壁の崩れた所に飛び込む。
これで雷撃魔法とボウガンの射線から外れた位置になった。
しかし鉤爪襲撃者だけは石壁を飛び越えて、俺を追跡してくる。
ここだ……悪く思うなよ。
石壁を越えて、着地した瞬間を狙った俺の水平斬りが手甲鉤の襲撃者を完璧に捉えた。
襲撃者は手甲鉤でその一撃を咄嗟に防いだが、強化魔法で強化されたその一撃は襲撃者をそのまま石壁まで吹っ飛ばした。
ちっ!斬れなかったか!
石壁に激突した手甲鉤の奴のフードが外れる。
女!? 手甲鉤は女だったのか!
黒髪の鋭い目をした無表情な女が、石壁の前で片膝をついて、俺に目を向けた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
皆が一度は憧れる武器、それが手甲鉤だと作者は信じています。




