43.ナンパな男
いつもの魔晶石採取の帰り。久々に一人でのんびりクエストが出来たような気がする。最近は色々とあったからな。
今日はなかなか大量だった。いつもより魔晶石が湧いていたから、つい遅くなってしまった。迷宮から出ると辺りは既にかなり薄暗くなっていて、イオアトスに戻る頃にはもう真っ暗になっていた。
町の酒場に寄って晩飯を食べるのが面倒くさくなってきた……。
これはもうクエストの換金を終わらせたらギルドでさっさと晩飯食べて、すぐに帰るか。
人は歳を取ると、ものぐさになってしまうものだからね。と、自分に言い訳をする。
ギルドでクエスト完了の報告と、換金を済ませてレストランの方へ移動する。
今日はいつもより人が多い気がする。そんな中でもいつも座っているテーブルに向かうと、見慣れた碧色の髪の女性の後ろ姿。
「こんばんは。ミザネア」
「あ、ラドさん! お疲れ様。今日は遅かったのね」
「つい取りすぎちゃってね」
「いつもより湧いてたんだ」
「ああ」
何これ? 新婚みたいな会話になってない?
しかもさも当然のようにミザネアは向かい側の席を俺に促してくるし。そしてちゃっかり俺も座っちゃってるし。
俺は週に二、三回ぐらいしかギルドに来てないのにかなり高確率でミザネアに会っている気がする。っていうか、待ち伏せされ……そんなわけないか。
それは考え過ぎだ。いつも同じテーブルに座っているだけで、俺の生活がルーティン化してるからたまたまそうなっているだけだ。
ミザネアにしたって、狙ってそんな事をするわけないだろう。
「ミザネアはクエスト帰りかい?」
「ううん。最近はちょっと別の用事が忙しくて、行ってないかな」
「そうなんだ。大変だね」
「まあ……ね。ラドさんは順調?」
「俺はいつも通り。平常運転だよ」
微笑んだミザネアが果実酒を口に運んだ。整った顔の頬が、薄い朱に染まる。
こんな美人と当たり前のように一緒に食事をするなんてどんな身分なんだと、心の中で自分に突っ込みを入れながら、俺も麦酒を呷った。
やっぱりこの仕事終わりの一杯が最高だね。おまけに目の前には愛想が良くて美人なミザネアがいる。再会した頃はあまりに美人になり過ぎてて、顔をマトモに見るのも難しかったけど、最近はようやく慣れてきた。
相変わらず周りの男連中は、チラチラとミザネアの方を見ますけどね。
「そういえば、ラドさん。最近……」
と、ミザネアが言いかけた所で言葉を切った。ミザネアの視線が俺の背後に向けられている。そして、あからさまに嫌悪の色を見せる。
「ミザネア〜! やっぱ、ミザネアじゃねえか。久し振りだな」
俺の背後の方から聞こえてくる、いかにも軽薄な男の声。その声の主が俺とミザネアが座るテーブルの所までやって来る。
「ミザネア、今メシ食べてんの? 俺も一緒にいいか?」
「…………いいわけないでしょ。今は知り合いと食事中なのよ。どっか行きなさいよ」
「あ? 知り合いって、このおっさん?」
「そうよ」
軽薄な男は長身を曲げ、眉根を寄せて俺の顔を覗き込む。深い蒼い眼が、俺を品定めするように上下する。
端正な顔立ちをしているが、好戦的な性格が顔に出ている。ふんっと鼻息を上げて俺を見下した後、視線をミザネアの方へ戻した。
「いいじゃねえかよ。さっき久々に遠征から帰って来たんだぜ? ちょっとは労ってくれよ」
「何で私がアンタを労わなきゃならないのよ」
男はミザネアに顔を近づけるが、ミザネアは心底嫌そうに顔を歪めながら答えている。
どうやら本気で嫌がっているみたいだ。
「えと……ミザネア。この人は?」
「ん? 俺の事知らねえの? おっさん」
「ああ。最近、イオアトスに戻って来たばかりでね」
「ほぉ〜……」
男は俺の方を見て、俺の認識票に気付いて少し目を細めた。
この男が首に付けている認識票のランクはゴールドランク。俺とミザネアより二つも下だ。
「おっさん……ミスリルか」
「ああ。そんなにクエストはやってないけどね」
「へっ、だろうな。ここのギルドのランク付けはおかしいからな」
まあ、ギルド職員にもこういう態度だから昇格されないんだろうな。
「ちょっと! グリハン! 変な事言わないでよ。私達も言ったと思われるでしょ」
「けっ、別にいいじゃねえか」
「グリハンっていうんだね。俺はラドウィンだ。よろしく」
こんな奴には変に突っかからない方がいい。出来るだけやんわりとした口調で挨拶する。
「おっさんの名前なんて覚えねえよ」
グリハンはそう言うと、俺の方に背を向けて、引っ張り出した椅子をミザネアの横に置いて、ドカッと腰を下ろした。
ミザネアの顔に更に嫌悪の色が広がる。
「ミザネア。こんなおっさん、放っといて俺とどっかにメシ行こうぜ」
「嫌よ。さっさとそこをどきなさい」
「つれねえな。なあ?」
パチンっ!
グリハンの手がミザネアの肩に伸びると、ミザネアがその手を振り払う。
二人の動きが止まり、視線が交錯する。
「触らないで」
「あぁ? 調子に乗るなよ? このアマ」
ヤバいな。一気に空気がピリつき出した。周りの客もミザネアとグリハンのただならぬ雰囲気に気付いているが、誰も目を向けようともしない。
これは俺がどうにかしないと……。
「まあまあ……グリハン君、とりあえず今日のところは……」
「うるせえ! おっさんは黙ってろ!」
グリハンが首だけこちらに向けて、俺を睨みつける。
完全に頭に血が昇っているな。さて……どう対処するか。
「だいたいテメェみたい奴が何でここでミザネアとメシ食ってんだ? 小汚えおっさんのくせによ?」
「ま、まあ、昔からのちょっとした知り合いでね……」
「じゃあ、さっさとそこをどけ。ここから失せろ。雑魚オヤジが」
えらい言われようだな……。まあ俺が文句を言われる分には別にいいんだけど……。
バシャッ!
グリハンがミザネアの方に振り返った瞬間、ミザネアが手に持っていた果実酒を、グリハンの顔にぶっかけた!
「アンタこそ、調子に乗るんじゃないわよ?」
「あぁ? 何してくれてんだぁ? このアマァ!!」
「何? 喧嘩だったら買うわよ?」
グリハンがテーブルをぶっ叩きながら立ち上がった。
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