4.巨鳥の卵
ミザネアが受けようとしているクエストは巨鳥ヴァルタロフの卵の採取というものらしい。ヴァルタロフというのは大型で翼を広げると十メートルを超す巨大な鷹の魔獣だ。
その卵を採取するというクエストなんだが……。
「何で卵が必要なんだい?」
「最近、貴族の間で珍しい物を集めるのが流行ってるみたいで、その一つに魔獣の卵があるんですよ」
「へぇー、変な流行りがあるもんだ。でも魔獣の卵ってもし産まれたら危ないんじゃないの?」
「なんか殻はそのままで、魔獣が産まれなくする魔術があるらしいですよ。私は使えませんけど。それでたまに魔獣の卵採取のクエストがギルドに出るんですよ」
「これが依頼主が貴族だからか、なかなかいい報酬額でのぉ」
「ふーん、それで木登りとどう関係があるの? もしかして木の上にその巨鳥の巣があるとか?」
「木の上じゃねえよ、ラド。崖の上じゃ」
「崖?」
なんでもミザネアはたまたま崖の上にヴァルタロフが巣を作っているのを見つけたらしい。それでクエストを探してみたらこの卵採取のクエストを見つけたということらしかった。
でも崖の上か……。そんな場所の巣に木登りが得意ってだけで近付けるのか?
「崖の上って言っても八十メートルぐらいの崖の中腹辺りに岩棚があって、そこにヴァルタロフが巣を作ってるんですよ」
「それでも結構な高さあるよね?」
「そうですね。でもこの筋肉の塊でも登っていけない事もないんです。けど……遅すぎるんです」
「誰が筋肉の塊じゃ! まあ俺が登ったら時間がかかり過ぎるのはホントだがのぉ、ハッハッハ」
豪快に笑うボルゾアをため息交じりで見るミザネア。
でも俺にしたって崖登りなんてした事ない。多少道の悪い山岳地帯とかで岩を乗り越えたとか程度ならあるけど、何十メートルもある崖を登るのとはワケが違うだろう。
「でも俺もそんな所まで登れるかどうか分からないよ?」
「その辺の作戦はもう立案済みです。登るんじゃなくて下りて近付くんです」
「下りる?」
ミザネアの考えた作戦は崖の上、ヴァルタロフの巣の真上に行って、そこからロープを地面まで下ろす。そしてそのロープを伝って巣に近付き、卵をゲットするというものだった。
これならまだ現実味がありそうだ。けど巨鳥の巣ってことは……。
「親鳥のヴァルタロフはどうするの? 卵温めてるんじゃないの?」
俺は魔獣の生態までは知らない。戦闘に役立つものならある程度分かるけど、魔獣の繁殖方法や子育てのやり方なんて全く知らない。鳥で、卵だから温めてるんじゃないの? ぐらいの想像だ。
「はい。親鳥は卵温めてます」
「じゃあ、無理じゃない? ロープにぶら下がったままでヴァルタロフと戦うなんて自殺行為だろ」
「んー、もしかしたらラドさんなら戦えるかもって思ったんですけど無理ですか?」
「無理無理! そんな曲芸みたいなこと出来ないよ」
本気で言ってるのか? おじさんをからかうのは止めて欲しい。
怪訝そうな目を向ける俺に向かってミザネアが続ける。
「というのは冗談で、実はヴァルタロフの親鳥はお昼ぐらいに少しだけ巣を離れるんです」
「卵を置いて?」
「そうなんです。たぶん自分の食事をする為だと思うんですけど、その時間帯だけ巣は卵だけになります」
「お昼って決まっているのかい?」
「はい。何度か観察してみたんですけど、一日で気温が一番高くなる時間帯に出掛けますね。だいたい一時間ぐらいで帰ってきますね」
「なるほど……その時間帯に自分が食事を取るのか」
「はい。なのでその時間帯を狙って卵を掻っ攫ってやります」
「下品な言い方だの」
「うっさいわね。どうですか? ラドさん」
確かに作戦としてはいいと思うけど、一時間か。果たしてそれが短いのか、長いのか。
ミザネアが更に言葉を続ける。
「それでもし途中で親鳥が帰って来たら、私とボルゾアが崖上で待機して、ラドさんを引き上げるまで親鳥と応戦します。私の攻撃魔法でラドさんを守って、ボルゾアがロープを引き上げるって感じですね」
「任しとけ! 五秒でラドを引き上げてやっからよ」
そこはもう少し優しく引き上げて欲しい。でもよく調べられたいい作戦だ。二人だと難しいのによく調べたな。
そういえばミザネアは昔から頭の回転が早く、賢い娘だったな。しかも研究熱心で、将来は良い魔術師になるだろうなって予感はあった。
ただ今回のこのクエストに関しては作戦は立てられても、ボルゾアと二人では実行は難しかったいうことか。
それでたまたま見つけた俺なのね。
「もし俺がいなかったら別の奴に頼む予定だった?」
「そうですね。早くしないと卵から産まれちゃいますし……。だからお願い出来ませんか?」
とりあえず一人でのんびりクエストを受けようと思っていたのに、いきなりこんなクエストをお願いされるとは……。
かなり危険だけど、その分報酬もいいらしいし、とりあえず受けてみてもいいかもしれない。
「ちなみに報酬ってどのくらいなの?」
「無傷だと二百万、あとは傷の程度によりますけど最低でも百万ですね」
「かなり高いね」
「でしょ? それに私はお金はいらないんでボルゾアと二等分でいいですよ」
「え? 何で?」
「私の目的はお金と別で貰えるおまけの方なんです」
「おまけ?」
「このクエストはお金と別で魔導書を報酬としてくれるんです」
「へー、魔導書」
魔導書というのは魔法や魔術が書かれた本のことを言う。多くの魔導書には魔法や魔術の使い方が記されていて、魔術師の間では高値で取引されるような貴重な物が多い。ミザネアは最初からお金よりもその魔導書が目当てだったみたいだ。
俺みたいな剣士には魔導書は無用の長物だが、魔術師にとっては強力な武器になりうる代物だ。研究熱心なミザネアが手に入れたいのも当然だろう。
ここで再会したのも何かの縁だ。一度だけなら受けてもいいか。
「で、どうですか? ラドさん手伝ってくれませんか?」
整った顔を覗き込ませてくるミザネア。あのあどけなかった女の子がこんな美人になるとはね。ある程度美人にはなるとは思っていたけど、予想以上だね。
まだ正視出来ないから少し目を逸らせて答えてみる。
「分かった。手伝わせてもらうよ」
「ホントにっ!? やったー!」
「すまんのぉ、ラド。着いて早々なのによ」
「別にいいよ。で、いつ受ける? 明日かい?」
「いいえ。今から受けます。ちょっと待っててください!」
「今から!?」
立ち上がったミザネアが、クエストを受注する為にギルドのカウンターに早足で向かって行った。
その後ろ姿を見送りながらボルゾアがボソリと呟く。
「落ち着きのない娘だのぉ」
「そうかい? だいぶ大人になったと思うけどね」
「見た目だけだの。そうじゃ、ラドウィン! お前、あの娘を嫁にもらわんか?」
「ぶっ……いや、恐れ多いよ。俺みたいなおじさん、ミザネアが嫌がるだろ?」
「そうか? ミザネアは嫌がらんと思うがの」
いや、絶対嫌がるだろ。あんな若くてモテそうな美人はこんなおじさん、絶対に相手にしないでしょ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今後とも是非よろしくお願いしますm(_ _)m