37.若さゆえ……
ある朝、いつものように魔晶石採取のクエスト前にギルドのレストランで腹ごしらえ。
もうこの生活リズムにもだいぶ慣れてきた。元々適応能力は高いと自分でも思っていたが、ここまで馴染むのが早いともはや変人だな。
朝食をとる俺に声をかけてくる女性が一人。
「おじたん」
「おお。ツァミ。来てたんだね」
ツァミが笑顔で俺の向かい側の席に座る。
「おはよう、おじたん」
「うん、おはよう。元気でやってるかい?」
「こくり」
いつものようにこくりと言いながら頷いた。変なクセだけど、完全に見慣れてしまってるな。
「今日はこれからクエスト?」
「ううん。違う」
クエストじゃないのにギルドに?
「おじたんに会いに来た」
「俺に? 何か用があった?」
その問いかけに何も答えず少し上を向いて目を細めるツァミ。
あ、これか!
「ブロンズになってるね! ツァミ」
「こくり。ツァミ、頑張った。エリハナもミッグスもフロークも皆、ブロンズになった」
「そっか! 良かったな」
「こくり」
彼女の首元の認識票がブロンズランクになっていた。パーティー全員がブロンズランクに昇格したようだ。
少し上を向いたままのツァミはとても誇らしげだ。
皆同時に昇格したという事はずっと同じクエストを受けてたってことだ。三人と上手くやれているようで何よりだ。
何せコミュニケーションが独特な娘だからな。馴染めるかどうか心配してたけど、それは杞憂だったみたいだ。
「今日はじゃあ、クエストは休みかい?」
「こくり。今日だけじゃなくて、まだまだ休み」
「まだまだ? 何で?」
「フロークが怪我してる。だから怪我治るまで休み」
メンバーに怪我人が出たのか。治癒院に行って回復魔法をかけてもらえば大抵の傷は数日で回復するけど、治療費がバカ高いからな。彼らのような新米はよほどの重症でなければ、治癒院のお世話になることは出来ない。
逆に言えばフロークは休めば治る怪我だって事だ。
「それは大変だね」
「だからツァミ、ヒマ。おじたん、一緒にクエスト行こう」
「俺と? 他の二人は?」
「知らない。たぶん休んでる」
皆それぞれで体を休めてるのか。まあ、この短期間でブロンズに上がったんだから結構クエスト詰め込んだんだろうな。
一度しっかり体を休めるのもいいだろう。けど……ツァミは休まなくて大丈夫なのか?
「ツァミは休まなくても大丈夫なのか?」
「ツァミ、疲れてない」
「そ、そう……」
どうやら大丈夫みたいだ。といっても俺は一人でのんびり行きたいんだけどな……。
ツァミには申し訳ないけど、今はどうやってその誘いを断るかを考えている。
「あ、ラドさん。やっぱりここにいた」
「ん? あ、ミザネア」
俺とツァミが座るテーブルに近付いてくるのはミザネア。ふわりと碧色の髪をなびかせてこちらに向かって来る。ツァミがミザネアに気付いて、俺の隣に移動した。初めて会うミザネアに警戒しているようだ。その動きはまるで小動物のよう。
ツァミが席を空けたので、俺の向かい側にミザネアが座る。
「何か俺に用かい?」
「別に用って訳じゃないけど……」
俺の隣に座るツァミを気にしながらもミザネアが続ける。
「私、ラドさんと同じソロ冒険者になったよって報告しようと思って」
「ああ。その事か。こないだボルゾアから直接聞いたよ。ソロでやってくのか?」
「まあ、ソロというより助っ人で色々なパーティーを見てみようかと思っててね」
「なるほど。そんなに伝手があるんだ」
「私にはないわよ。でも顔の広い人がいるからね。今日はその人と待ち合わせなの」
「へえー」
魔術師は需要が高いからな。欲しがるパーティーはいくらでもいると思うけど、だからこそ見極めが大事だからな。
そうやって慎重に選ぶ事は良いことだと思う。
ミザネアがまた俺の隣で小さくなっているツァミに目を向ける。
「で、ラドさん。まさかとは思うけど、その娘はラドさんの隠し子か何か?」
「隠し子ちゃうわ! まあ、そのくらいの年齢差はあるけど……。この娘はツァミ。色々あって最近知り合った魔術師だよ」
ツァミが無言のままミザネアにペコリと会釈する。だいぶ緊張してるみたいだ。
ミザネアがそれに応える。
「はじめまして、ツァミ。私はミザネア。私も魔術師なの。よろしくね」
「よ、よろしく……」
ツァミが消え入りそうな声で応えた。
ミザネアがツァミの腰に下がっているロッドに気付いた。
「あ、そのロッド。この娘にあげるヤツだったのね」
「あ、そうそう。凄い助かったよ。魔力の制御が出来なかったみたいだけど、このロッドを使いだして安定してきたみたいだし」
「ツァミ、魔力、だいぶ節約出来るようになった」
「そうなんだ。それは良かったわね」
ミザネアが柔らかく応える。
魔術師としては大先輩だからな。あ、ツァミに魔法とか教えたりしてくれないかな?
そうすれば俺が一人になれる……って無理か? 一応ダメ元で聞いてみるか。
「ミザネア。ツァミに魔法を教えたりとか出来る? 空いている時間とかあればでいいんだけど」
「え? まあ、時間が合えば別にいいけど?」
それを聞いたツァミがジト目になって隣の俺を見上げる。許せ、ツァミ。俺はマジで君に教えられる事はない。そして一人でのんびりやりたいんだ。
「おじたん」
「何だい?」
「このおばたんはおじたんの友達?」
……ピキッ……。
何か聞こえた! 俺、前見るの怖いっ!
ま、まず冷静に……対処せねば。
「ツァミ……。ミ、ミザネアは俺の友達だよ」
「ふーん」
ツァミに向けていた視線を恐る恐る、前にいるミザネアに向けていく。
冷やかな、とっても冷やかな笑顔を浮かべているミザネア。表情こそ笑顔だが本当に怖い。
「ラドさん……」
「……はい」
「まずこの娘には魔法の前に、言葉使いとか人付き合いの仕方から教えていくべき、かしら?」
「そ、そうかもしれないね……」
冷やかな笑顔のまま、聞いたことない低い声で応えたミザネア。
冷や汗をかきながら口につけたコップからはコーヒーの味を感じなかった……。
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