36.セカンドキャリア
セレス女史の顔が驚いたまま固まっている。
あ、ついタメ口で喋ったからか。急いで謝罪する。
「す、すいません。ちょっと馴れ馴れしかったですね」
「いえ。別に……」
ちょっと戸惑ったような表情を浮かべた後、セレス女史がルキュアが立ち去った方に目を向ける。
「かなりルキュア……さんを厳しく鍛えられたそうですね」
「いや、人聞きが悪いですよ。そんなに厳しくはしてませんって」
「彼女、貴方に指導を受けたことをとても嬉しそうに話してたんですよ」
「そうですか。そんな大したことは教えてないんですけどね。でも役に立てたのなら光栄ですね」
セレス女史は普段はルキュアって呼んでいるのかな? 今さらだけど二人はどういう関係なんだろうか? ギルド長と騎兵師団の副団長。接点があるのか? ちょっとそっちが気になってきたな。
「ところでセレスさん。一つ聞いてもいいですか?」
「はい? 何でしょうか?」
「ルキュアさんとはどういうお知り合いで?」
「飲み友達です」
「あ、なるほど……飲み友達……え?」
「何かおかしいですか?」
「い、いえ。ちょ、ちょっと意外だったもので……。よく飲みに行かれるんですか?」
「最近はは少なくなりましたが、よく行ってましたよ」
セレス女史が酒場に飲みに行くイメージが湧かん。ルキュアも一緒だったら余計にイメージ出来ん。たぶん俺なんかが入れないようなオシャレなお店とかに行くんだろう。
「私がお酒を飲みに行くのは変ですか?」
「いえ、そんな事はないですよ。ただお酒を飲むイメージはなかったですね」
「私もいい歳ですし、ストレス発散にお酒ぐらい飲みますよ」
拗ねたように目を細めるセレス女史。
冒険者ギルドの長だからストレスも溜まるだろう。しかしまさか『ギルドの女帝』のストレス発散がお酒だったとは……意外だな。
セレス女史が俺の顔を見上げたまま、尋ねてくる。
「私からも一つ、前から聞こうと思っていたんですが……いいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「何故、ラドウィンさんは私に畏まって、敬語で話されるのですか? 前はもっと私ともフランクに話されていたと記憶していますが……」
確かに十年前はもっと馴れ馴れしく喋ってましたよ。十年前はね。
だってセレス女史、今ギルド長じゃん。十年前とは全然立場違うじゃん。あの時は受付嬢で、今はギルド長。それは無理だよ。
とりあえず何とか返答を絞り出してみる。
「ん……まあ、前はほら、セレスさんは受付嬢でしたし……ね」
「そうですね……ところで私が新人だった頃、覚えていますか?」
「そりゃあ、もちろん!」
「どんな新人でしたか?」
眼力と度胸が新人離れしている。こいつは将来、大物になるぞ……と思った、なんて言わない方がいいだろうね。
「しっかりした子が入って来たな〜って記憶してるね」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「まさかギルド長まで出世するとまでは思わなかったけどね」
「それは運が良かっただけです」
「運だけじゃ、ギルド長にはなれないっすよ」
「いえ、運です」
何故かキッパリと言い切るセレス女史。新人の頃は毅然とした態度、で済まされていたが、ギルド長になった今は有無を言わせない圧を感じる。これが威厳というヤツか……。
遠くの方に目を見ながらセレス女史が続ける。
「もうあの頃の冒険者の方々も随分いなくなりましたね……」
「そうですね。もう十五年くらいですか?」
セレス女史が無言のままで頷く。
冒険者を続けられる期間は短い。体力の衰えで辞める者もいるが、多くの者は不慮の事故で大怪我を負ったり、命を落として続けられなくなる事がほとんどだ。
自分のタイミングで辞められる奴の方が少ないだろう。
冒険者の最初の一年間の生存率は七割ほどと言われている。その中でも十年以上続けられる人間は一割いるだろうか?
セレス女史が俺に視線を向ける。
「ラドウィンさんはまだ冒険者を続けていかれるのですね」
「そうですね。他に出来る仕事もないですから」
「意外ですね。ラドウィンさんは何でもソツなくこなすイメージでしたが……」
「そんな事ないですよ。冒険者以外した事ないですから何も出来ないですよ」
「またご謙遜を……」
「本当ですよ。僕ももういい歳ですから、次を考えておかないと、と思ってます」
セレス女史が微笑みながら応える。
「では冒険者ギルドはどうですか? 引退された後のセカンドキャリアに」
「ギルドに僕が出来る仕事なんかありますか?」
「ええ。いくらでも作りますよ。お仕事なんて」
セレス女史は優しく微笑んたが、俺には悪魔の誘いのような笑顔に見えた。
善意で言ってくれてるんだろうけど、言ってる事はなかなかエグい。なんか凄い仕事を任されるような気がする……。
「では……その時は是非……」
「ええ。声をかけてください。では、私はこれから仕事がありますので、ここで失礼します」
「はい。お気をつけて」
「お休みのところ、本当に申し訳ございませんでした」
「いえ……大丈夫ですけど、出来ればこれっきりで」
「もちろんです。ではまた」
セレス女史はそう会釈してギルドへと向かって行った。
セカンドキャリアね。まあ、ボルゾアみたいに健康なうちに冒険者を辞めるっていうのが前提にはなるけどな。
でもまだ一人でのんびりやっていきたいし、なんと言っても冒険者は稼ぎがいい。
俺みたいに石拾いだけしてても食べていくには充分稼げるんだから、なかなか次の仕事という風には気持ちが向かないってのが正直なところだ。
まあ、まだ全然体は動くんだ。もうちょっとだけ冒険者を続けていても大丈夫だろう。
さて……無理やり起こされたし、もう一回寝るか。
セレス女史の後ろ姿が完全に見えなくなってから、宿の部屋へと戻って行った。
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