34.おじさんは明日の予定がないと、ついつい飲み過ぎる
ディケイド達とのクエストの数日後、俺は魔晶石採取のクエストを終えてギルドへと戻って来た。緊張感のあるクエストもたまにはいいけど、やっぱりのんびりやるのが一番だね。
魔晶石の換金を終えて、そのままギルドで晩飯を食べるか悩む。帰りにどっかに寄るか? ん……、どうしよう。
「おう! ラド! 終わったかの!」
「お! ボルゾア」
声をかけてきたのはボルゾアだった。その格好はクエスト帰りではなく、作業着姿だった。
「メシはまだだろ? 一緒にどうだ?」
「いいね、行くか」
ちょうどこないだのミザネアとの話の事もあり、ボルゾアと話したいと思っていた所だ。
その誘いに即答して、俺とボルゾアは二人で町へと向かった。
◇◇
賑わう酒場の隅のテーブルで、とりあえず麦酒を飲んで二人で乾杯。次々とテーブルに料理が並び、口の上に泡をつけた二人がその腹を満たしていく。
あれからミザネアとは話をしたんだろうか? こちらから切り出すべきか迷っていると、ボルゾアの方から話を切り出してきた。
「なあ、ラドよ。もうミザネアから俺のことは聞いとるだろ?」
「ああ。奥さんの実家、手伝ってるんだって?」
「おう」
「今日もその帰りか?」
「そうだの」
いつも明るいボルゾアの表情が少し陰る。チラリと俺に目を向けた。
「やっぱ農家しながらは無理かのぉ……」
「まあ……難しいだろうね。畑仕事がどれだけ大変か俺は知らないけど……」
「あの熊公のクエストの時は全然足が動かんかった。正直、お前らの動きを見たら諦めがついたの」
「ミザネアと話をしたかい?」
「おう。まあの」
ボルゾアは明るいトーンで話すが、少し寂しそうな目をしている。
リパードベア討伐の時、ボルゾアの動きが悪かった事はミザネアとも話していた。やはり自分でも自覚があったんだな。
ぐいっと麦酒を飲み干し、店員におかわりを頼んだボルゾアが続ける。
「ラド。俺ぁ、冒険者には何の未練もねえんだがの。ちょっとばかし後悔してた事があったんじゃ」
「後悔? 何を後悔してたんだ?」
「最後にミザネアを一人にさせちまったなっちゅう後悔じゃの」
やっぱりボルゾアにもミザネアに対しては思う所があるんだな。そりゃ十年以上も一緒にやってきたんだ。そういう感情がない方がおかしい。
ボルゾアは運ばれてきた麦酒を受け取り、ぐいっと喉に流し込んだ。そして清々しい笑顔を見せる。
「アイツに言われたんじゃよ。これからはお互い好きに生きようってな。だからパーティーは解散じゃ、とな」
「お互い好きに……ね。それでボルゾアはそれに何て応えたの?」
「ハッハッハ……何もねえわ。後悔したのが馬鹿らしくなったのぉ。ハッハッハ……」
豪快に笑うボルゾア。俺も釣られて笑顔になる。
「まだまだガキじゃと思っとったが……」
「ミザネアはもう立派な大人だよ、ボルゾア」
「そうみたいじゃのぉ。知らん間に大人になっとった。俺が心配せんでもアイツなら一人でも大丈夫じゃの?」
「ああ。大丈夫だと思うよ」
ボルゾアがまた麦酒を流し込み、俺も同じく杯を傾ける。実に嬉しそうなボルゾアが更に続ける。
「ちゅうわけで、ラド。俺ぁ、農家になるからの」
「そうだね。奥さんと子どもの為にはそれがいい」
「お? 俺ぁ、子どもの事、言っとったかのぉ?」
「すまん、ミザネアから聞いて知ってた。奥さんの連れ子だって?」
「おう! あいつの前の旦那は流行り病で倒れてのぉ。自分の子どもの顔見る前にあの世に行ってもうたんじゃ」
「未亡人か……」
「そういうことじゃの」
「子どもはどっち?」
「男じゃ。もうすぐ五歳になるの」
「そりゃ、可愛いね」
「おう。俺にもよく懐いてくれて、可愛ええんじゃ」
すっかり父親の顔だな、と思いながら、笑顔で話すボルゾアの顔を見る。
「そうじゃな……ラドにもまた今度、嫁と子どもを紹介せにゃな」
「ああ。楽しみにしてるよ」
おじさん二人の楽しい会話。酒も食事も進んでいく。しかし次のボルゾアの一言がこの空気に一滴の墨を落とす。
「ラド。それはそうと、お前は結婚せんのか?」
「またその話か……。もう俺はいいよ。一人の時間に慣れ過ぎた。もう今更嫁を探そうなんて気は起きないね」
「探さんでも、ミザネアはお前に寄って来とるだろが。あいつはやっぱり駄目かの?」
「前にも言ったけど、恐れ多いよ。俺には無理だね」
「そんなにアイツは高嶺の花かぁ?」
不思議そうに首をひねるボルゾア。
こいつは十年以上もミザネアの側にいたから分かっていないんだ。ミザネアがどれだけ美人で、道行く男どもの視線を集めているかを。
しかも俺との年齢差は二十歳。パーティーメンバーとしてならともかく、パートナーとしてはちょっと離れ過ぎだと思う。
ボルゾアは、ミザネアが俺に寄ってきてるなんて言っているけど、それは恋愛感情からではないと、俺は思っている。どっちかというと子供が、親や祖父母に懐いている感覚に近いんじゃないかな。
俺があんまりその話題をしたくなさそうなのを察したのか、ボルゾアが言葉を途切れさせた。
また麦酒を口に運び、頬が赤くなり始めたボルゾアが俺に聞いてくる。
「それで……ラドはいつまで冒険者やるつもりなんじゃ?」
「とりあえず体が動けるうちは続けるさ」
「まあ、見た限りまだまだ動けそうじゃの」
「まあ、まだ何とかなるかな? 石拾いだけしていればまだまだいけるだろ?」
「石拾い冒険者か。カッカッカ……。それはもう冒険者じゃねえじゃろ」
「そんな事なないぞ? 魔獣に襲われる事だってあるし」
「でも結局は石拾いじゃろ?」
「まあな」
石拾い冒険者か。確かにそれはもう冒険じゃねえな。けど冒険者を辞めた後の事なんて真剣に考えた事はない。いや、考えないようにしてた。
頭の片隅には、いつか冒険中に死ぬかもしれないという考えがあったから、意味がないと思っていた。
でも気がつけば俺も四十六歳。俺より歳上の冒険者はもうほとんど見かけなくなった。
いつ命を落とすかもしれないという危険はあるが、さすがに辞めた後の事も考えないといけないか。
「もし冒険者辞めた後、何もする事なかったら俺に言ってこいよ。畑仕事手伝ってもらうからのぉ。ハッハッハ……」
「そうだな……その時はお願いするよ」
辞めた後の心配はなさそうだな。
気がつけば、このままボルゾアとかなり夜遅くまで飲んでしまった。
まあ明日はその石拾いに行く予定じゃない。一日ゆっくりするつもりだから全く問題ない。
◇◇
戻った宿のベッドの上で、飲み過ぎた自分を慰めるように頭の中で何度も”問題ない”と唱えた。
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