30.一杯ぐらいなら大丈夫
結局初日の捜索ではリパードベアの根城どころか、リパードベアにも出会えなかった。日も暮れたので、俺達は宿場町へと戻って来た。
普段ならお酒を一杯引っ掛けてから眠りたいところだが、明日は日の出と共に森の中に入って捜索だ。体調のことも考えて、酒は自重することにしよう。
宿場町に戻ってからは自由行動だったが、俺とミザネアとボルゾアの三人は一緒に晩飯に向かった。
三人で適当な酒場に入り、それぞれ食事を注文する。もちろん俺もボルゾアも酒は注文していない。
「群れじゃと聞いとったからすぐに見つかると思っとったがのぉ。なかなか上手くいかんのぉ」
「まあ、そんなもんだよ。森は思ったよりも広いからな」
「まあそうだの」
「でもいくつか痕跡は見つけられたし、明日には見つけられるんじゃないかしら?」
「だとええがのぉ」
三人での食事を終えて、俺達は今夜の宿へ戻って行く。小さな宿場町とはいえ、王都街道にある宿場町だ。どの酒場も旅人達で結構賑わっている。
さあ明日の朝は早い。さっさと寝るか。
宿の部屋に入り一息つく。さて、着替えるかと立ち上がった瞬間、部屋の扉がノックされる。誰だろうか?
「ラドさん。私、ミザネア。ちょっといいかな?」
「ミザネア?」
何故ミザネアが俺の部屋に? いや、待て。簡単に部屋に入れていいのか? そんな期待をしていいのか? いや! 良くない! 彼女は今は同じパーティーメンバーだ。そもそもこんなおじさんにそんな下心を抱くはずがない!
とりあえず落ち着け、俺。冷静に、冷静に対処するんだ。
「どしたの?」
「ちょっと相談したいことがあるの。少し聞いて欲しい」
「ん……分かった」
扉を開けると、神妙な顔つきのミザネアがいた。
「ミザネア。さすがに俺の部屋に入れるのはマズいから外の店に行こうか?」
「そうね」
俺とミザネアはまた宿を出て、すぐ側にある酒場へ向かった。
◇◇
さっき晩飯を食べたばかりなので食べ物は頼まず、酒じゃない飲み物を頼む。
飲み物が来てからミザネアが静かに話し出した。
「ボルゾアのこと……なんだけど」
「ボルゾアがどうかしたの?」
「たぶん……冒険者を引退すると思う」
「え? うそ? 何で?」
ミザネアの話では最近、ミザネアとボルゾアはあまり一緒にクエストに行っていないらしい。
「彼が結婚したっていうのは聞いてるよね?」
「ああ。こっちに帰って来て一番びっくりした事だね」
「で、その奥さんの両親はイオアトスの近くで畑を持っているんだけど、その畑仕事を時々ボルゾアが手伝ってるの」
「彼らしいね」
「うん。ボルゾアは優しいからね」
ミザネアが薄く微笑む。優しい笑顔を浮かべながら彼女が続ける。
「で、最近はその畑仕事が忙しいみたいで……。奥さんも両親も喜んでいるから…」
「畑仕事が本業になってきてるのか」
「うん。本人はそんな事言わないけどね。でもそんな感じになってきてると思う」
冒険者は危険な仕事だ。だからその分儲ける事が出来る。でもいつまで続けられるかは分からない。本人の意思など関係無しにある日突然大怪我をして続けられなくなることもある。更には命を落とす危険だってもちろんある。
だから皆、ある程度の歳になれば引退する。ボルゾアは確か三十代半ばだったはず。
大体その辺りが冒険者を続けるかどうかの分かれ目だろう。
飲み物の入ったコップを弄りながらミザネアが続ける。
「私は別にボルゾアがいつ冒険者を辞めてもいいと思ってる。けど私に気を使って無理やり続けてるんじゃないかって……」
「ん……どうだろう」
「私のお父さんの事もあるし……」
「ああ。そうか」
ミザネアの父親は冒険者だったらしい。そしてボルゾアの命の恩人だったと聞いている。以前ボルゾアがそんな事を言っていたのを思い出した。つまりボルゾアにとってミザネアは命の恩人の娘というわけだ。
その縁もあってボルゾアとミザネアはパーティーを組んでいるのだと。
ミザネアがにこやかな笑顔を見せる。
「ボルゾアは奥さんと子供の事、凄く大事にしてるし。奥さんの両親も同じように大事にしてるからね」
「まあアイツは優しいから……て、子供? アイツ子供いるの?」
「ええ。奥さんの連れ子ね。聞いてなかった?」
「初めて聞いた……」
「たぶんラドさんに言ったら、家族の為に別の仕事探せって言われるとか思ったんじゃないかな?」
「んー……単純に俺がショックを受けるから気を使ったのかも」
「あはは……そうかもね」
「でもアイツが冒険者辞めるのは確実っぽいの?」
「うん。実はボルゾアの奥さんにも相談されたんだよね。畑仕事ばっかり行ってるけど、冒険者の方で迷惑掛けてませんか? って」
「いい奥さんだね。じゃあボルゾアはクエストの無い日は……」
「ずっと畑に行ってるみたい」
冒険者は体が資本だ。クエストの無い日は体を休める。俺がいつも受ける魔晶石採取も体力をあまり使わないけど、週に三日ぐらいが限界だ。それ以上のペースで行くと、いざという時に動けなくなる可能性が高くなる。
冒険者というのはいつも万全で動けるようにしておかなければ死に直結するから。
その貴重な休息時間をボルゾアは畑仕事に費やしてしまっている。ボルゾアの体の事を考えるのなら、どちらか一方を選ぶのが最善だ。
それが守るべき家族がいるのであれば、自ずと答えは決まってくる……。
「でね、ラドさん。私、このクエストが終わったらボルゾアに言おうと思ってるんだ」
「何を言うんだい?」
「パーティーは解散! もうお互い好きに生きようって」
「なるほどね……それがいいかもね」
「でしょ?」
ボルゾアはランクを上げる事に執着はないようだし、冒険者を辞めた後の仕事も確約している。ミザネアがそう言えばボルゾアも決断出来るだろう。
ミザネアがスッキリしたように座ったまま背伸びする。
「あ――……ラドさんに喋ったらスッキリした――。ずっとモヤモヤしてたんだよねー」
「そうか。お役に立てて何よりだよ」
手に持ったコップの飲み物をぐいっと飲み干すミザネア。
「ねえ、ラドさん」
「今度は何だい?」
「一杯だけお酒飲みません?」
「ええ? いや、明日早いんだぞ?」
「いいじゃないですか! 一杯ぐらい」
「でもなぁ……」
「私のせいにしていいですよ?」
まるで小悪魔のように笑うミザネア。その顔は男オトす時の顔だから……ヤメロ。
まあ一杯ぐらいならいいか。
「よし! じゃあ、ミザネアのせいにして飲むか」
「うふふ……いいですね! ラドさん」
店員を呼んで麦酒と果実酒を頼む。
運ばれてきたお酒で改めて乾杯する俺とミザネア。
コップの半分ほど飲んでミザネアがこちらを見る。
「ラドさん。ラドさんはもうパーティー組まないんですか?」
そう来たか。パーティーを解散したらミザネアは一人だ。一人ではクエストへはほとんど行けないだろう。
けどミザネアは魔術師だ。しかもミスリルランク。ハッキリ言って引く手あまただろう。だから俺が断っても路頭に迷うとかはないだろう。
「うん。組まない。組む予定もない」
「ぶ――。そうですか……」
「俺なんかじゃなくても、他に強くて若い冒険者は一杯いるよ」
「そういう問題じゃないんだけどな……」
「え? 何?」
「何でもないですよっ!」
頬を膨らませたミザネアが残りの果実酒を一気に飲み干した。
まあ俺を慕ってくれるのは嬉しいけど、俺みたいなもう先が短いおじさんと一緒に冒険するのはさすがにオススメ出来ないな。
俺も残った麦酒を一気に飲み干した。
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