3.クエストを頼まれる
ニコニコと笑顔を浮かべたミザネアが向かいの席から俺の顔を覗き込む。
「ホンっトに久し振りですね。十年くらい?」
「そうか。もうそのぐらいになるか……」
ミザネア=マクラウド。
十年ほど前に一年ぐらい同じパーティーで活動した魔術師の女の子だ。あの頃はまだあどけなさが残る女の子だったけど、今目の前にいるミザネアは、若い男連中の視線を集める見目麗しい美女。
あまりに印象が変わっていたので、気がつかなかったとしても許して欲しい。
ふとミザネアの首元に目をやると、首から下げられた冒険者認識票のランクはミスリルランク。
そうか……ランクも追いつかれてしまったんだな。十年という月日は長いな。
「ラドさん、王都を拠点にしてるって聞いてたんだけど、今日はどうして?」
「ああ。ちょっと訳あってね。またイオアトスを拠点にしようかなって……」
「え? ホントに?」
「そう、昨日来たばかりなんだよね」
嬉しそうにミザネアの笑顔が輝く。そんなに喜ぶことかな? たぶん懐かしくて嬉しいんだろうな。
この時間にギルドにいるってことは何かクエストでも受けに来たんだろう。あんまり時間を取らせるのも申し訳ないよな。
「ミザネアはパーティーメンバーと待ち合わせかい? 大丈夫?」
「ええ。大丈夫ですよ。来たら多分この辺りに来ると思うんで」
「そう」
久々に会ったミザネアと何気ない会話をしていると、一人の男がこちらに向かって来る。
少し低めの身長にずんぐりとした体型に、太い手足。その発達した腕と脚の筋肉がこの男の凄まじい膂力を物語っている。
その男が俺とミザネアの姿に気がついた。
「ボルゾア!?」
「おおっ!? ラド!? ラドウィンじゃねえか!」
十年前とほとんど変わらない風貌のボルゾアが俺の顔を見てニカッと白い歯を見せて近付いてくる。思わず立ち上がった俺に、手を差し出してきたので握手する。分厚くてゴツい手だ。
身長は俺より低いが腕の太さは俺の倍ぐらいある。その筋肉は土竜族と呼ばれる種族である彼の大きな特徴でもある。
「ひっさしぶりだのぉー」
「ああ。元気そうだな、ボルゾアも」
「あったり前よ! まだまだ若いモンには負けられんからのぉ」
「ボルゾアはまだ若いだろ?」
「言うても、もうベテラン扱いだからのぉ」
ミザネアの方を見ると俺達を見てニコニコと笑っている。ということは……、
「二人はまだ組んでやっているのか?」
「ええ。そうなんですよ、ラドさん」
「ハッハッハ。この小娘がまだ色々とそそっかしいんでな」
「うー、うるさいわね」
ミザネアが拗ねたように話すが、その言葉に嫌悪感はない。これがいつもの二人のやり取りのようだ。
十年前も二人は同じパーティーにいたのはハッキリと覚えていた。
まだ新参者だった魔術師のミザネアと、既に中堅冒険者だった重戦士のボルゾア。
「他にもいるのか?」
「いんや、今はこいつと俺だけだ。もう一人いたが、三ヶ月ぐらい前に引退しちまった」
「なるほど、引退ね。ベテランだったのか?」
「いんや、ミザネアより若い女だの」
「へぇー、なんでまた引退したんだ?」
「そりゃあ、お前……のお?」
ボルゾアがテーブルに腰掛けているミザネアに目を向ける。面白そうに見つめるボルゾアに、口を尖らせたミザネアが答える。
「結婚して田舎に帰っちゃったんですよ……」
「へえ、それはめでたいね」
「じゃろ? けどこの小娘は自分が行き遅れとるから気に食わないんじゃよ」
「誰が行き遅れよ! このノンデリ脳筋! 私はまだ適齢期よ!」
キィキィと声を上げるミザネアを見て、からかうように笑うボルゾア。確かにそれはデリカシーがないよ。
まあ、結婚していないとはいえ、ミザネアは相当な美人だ。その気になればすぐに相手ぐらい見つかるだろう。
ミザネアのボルゾアに対する愚痴が落ち着いたところで、俺とボルゾアが椅子に腰を降ろす。
座ったボルゾアが改めて俺に問いかけてくる。
「イオアトスにおるってことは、またこっちに拠点を移すんか?」
「ああ。昨日着いたところだよ」
「ほお、どこかに誘われとるんか?」
「いや、しばらくは一人で動くよ。こんなおっさん入れてくれるパーティーなんていないだろうからね」
「そんなことはないだろ。言うてもミスリルランクなんだろ?」
「ん……まあ、そうだけどね」
「俺らんとこに入るか?」
「いや、嬉しいけど……止めとくよ。しばらくは一人で動きたいんだ」
大人しく聞いていたミザネアが俺の顔を覗き込む。近くで見ると、ホントに整った顔してるな。おじさん、正視出来ないよ。
「何でこっちに来たんですか? 前のパーティーで揉めて抜けたとか?」
「こら! ミザネア! ラドが人と揉めるわけないだろが! そりゃ何か色々あったに決まっとるだろが! そのへんは気ぃ遣わんか!」
「ノンデリで脳筋のあんたに言われたくないわね……」
「まあまあ……二人とも落ち着いて。まあ色々あったのは間違いないけど、パーティーはちゃんと円満に抜けてきてるから」
「そうなんだ……あっ! じゃあ、ラドさん! クエスト、一つ手伝ってくれないかな?」
「クエスト?」
「ええ。いいわよね? ボルゾア」
ミザネアがボルゾアに視線を向けると、ボルゾアがむぅと唸りながら小さく頷く。
「あのクエストか? 確かにラドがいてくれりゃ何とかなるかもしれんが……」
「だって早くしないと居なくなっちゃうじゃない。なかなかないチャンスなんだから」
何か勝手に話が進んでいきそうなんだが? 俺、まだやる、ともやらないとも言っていないが。
頬杖をついたミザネアがパンをかじろうとする俺の顔を覗き込む。小悪魔の誘惑のような笑みを浮かべるミザネア。
その顔を見せられたら大概の男は落とせると思うんだけど……自覚がないのかな?
「ねえ、ラドさん? 木登りは得意?」
おじさん、そんな事人生で初めて聞かれました。
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