29.騎士《ナイト》
リパードベアが目撃されたのは森の中。数匹いたという情報だ。であればその周辺に巣となる根城があるというのが、ギルドやディケイドの予想だ。その予想で恐らく間違いないと思う。
俺達はまずその目撃情報があった地点から一番近い宿場町を目指した。
宿場町は王都街道沿いにある。馬車を手配して、一路宿場町へ。
ガタガタと揺れる馬車の中でディケイドが皆に今回のクエストにおける作戦を話し出す。
「宿場町に着いたらすぐに森の中の捜索を行う。時間は日没までだ」
俺達は無言で頷いた。
更にディケイドが続ける。
「リパードベアは夜行性だ。だが根城があれば日中もその周りで見張りをしている奴がいるはずだ」
「つまり日が昇っとる間に奴らの根城を見つけて、寝ている所を攻め込むっちゅうわけじゃな」
「ああ。もし日没に近い時間に根城を見つけたら攻めるのは翌日に持ち越す。夜間の戦闘は絶対に避ける。いいな?」
「あの熊どもは夜目が利くからの。それがいいじゃろ」
作戦はディケイドとボルゾアで決められていく。俺、ミザネアとハルバリは静かに二人が決める作戦に頷く。
「群れがあるという事はボスがいる。根城を攻める時はそのボスを優先的に仕留めにいく。いいな?」
「どれがボスか、なんて分かるのかしら?」
「分からんかったら、全部ぶち殺したらええねん。それだけや」
ミザネアの疑問にハルバリが即答する。ミザネアがそれもそうね、と肩をすくめた。
ディケイドが更に続ける。
「で、ラドウィン」
「ん?」
「お前は常にミザネアのサポートが出来る位置にいてくれ」
「ああ、分かった」
「あら? 私に騎士をつけてくれるの? 嬉しい」
「魔術師が近接されるのは避けたいからな。俺とハルバリ、ボルゾアで暴れさせてもらう。ラドウィンはミザネアの護衛だ」
「よろしく頼むわね」
ミザネアが俺に向かって笑顔を向けながら首を傾ける。俺のようなおじさん相手にもミザネアは優しい。
「騎士というにはおじさん過ぎるけど……全力でお守りしますよ、姫様」
「うむ、苦しゅうない」
「何言うてんや、お前ら」
ハルバリがちょっと呆れたように背もたれにのけ反った。
◇◇
馬車は王都街道を順調に走り、予定通りの時間に宿場町へと到着した。到着してすぐに身支度を整えると、そこから徒歩で森の中へと向かって行った。
まだ日没までは時間がある。なんとか今日中に根城だけでも見つけておきたいと思う。
ハルバリを先頭に隊列を組み、森の中の獣道を進んで行く。ハルバリは獣人族の血を引いている。獣人族は俺達人間よりも五感が鋭い。ハルバリはその優れた視力、聴力、嗅覚で周りを警戒しながら進んで行く。
ハルバリの後方にはディケイドとボルゾアが横並びで続く。
そしてその後ろから俺とミザネアがついて行く。
まだ日が高いので森の中は明るい。木々の隙間から差し込む陽光が、風に揺れて俺達五人を照らし出す。
先頭を歩くハルバリが立ち止まった。俺達も立ち止まると、ハルバリが右手を上げて拳を握る。
”魔獣発見”のハンドサインだ。ハルバリだけが少し先行して前方を確認する。そして右手をひらひらと振った。
魔獣はリパードベアではなかったようだ。身を低くしたままディケイドがハルバリに近付く。そして俺達の方を向くと、こっちへ来いと手招きする。
五人が並んで、腰の高さまである草むらに身を隠した。俺も前方を確認すると、数十メートル先に魔獣の姿が見えた。
ウッドボアだ。体長はおそらく二メートル以上。かなり大きい。もちろん俺達の存在には気付いていない。
ディケイドが小声で話し出す。
「あの一匹だけだな。周りに熊野郎がいたらあんなにのんびりはしねえだろう」
「そうやな。しかもあのイノシシ……」
「手負いじゃの」
ハルバリとボルゾアのその言葉に俺もウッドボアの体を見てみる。確かに体の側面に大きな刀傷のような傷が見える。まだ出血しているようで傷が真新しい。
「熊野郎が付けた傷か?」
「たぶんそうやろ。冒険者かもしれんけどな」
「いけるか? ハルバリ」
「楽勝や。ここでくつろいどけ。終わったら呼ぶわ」
音もなく立ち上がったハルバリが脱兎のごとく獣道から外れて草むらを抜けていく。
いくらクリスタルランクといっても、一人でウッドボアは厳しいんじゃないかと思ったが、ディケイドが全く動く様子もないので、俺達も見守ることにする。
ウッドボアは足元にある食べ物に夢中のようで、ハルバリや俺達には全く気付いていない。
迂回して回り込んだハルバリがあっという間に木の上に登っていく。完全にウッドボアの頭上にたどり着いた。
次の瞬間、ハルバリが木から飛び降りた。そして落ちながら背中の大きな大剣を抜く。
ドスッ!
ハルバリの大剣が振り下ろされ、地面に深々と突き刺さった。そして表情を何も変えずにその大剣を平然と引き抜く。ハルバリの大剣は自身の身長より少し短いぐらいで、普通に扱うには長く、重すぎる代物だ。けど彼女はその大剣をまるで木剣でも振るかのように軽々と扱っている。
ハルバリの横で頭と胴体がバッサリと切り離されたウッドボアが、崩れ落ちるように倒れた。
あのデカいウッドボアを一刀両断かよ……。位置取りから仕留めるまでの動きに一切無駄がなかった。これがクリスタルランクの戦い方か。
ディケイドが立ち上がり、俺達はウッドボアを仕留めたばかりのハルバリに近付いていく。
「さすがクリスタルランクじゃの。見事な手際じゃ」
「ふんっ。こんなもん準備運動にもならへんわ」
ハルバリが大剣をびゅんっと振って、その大きな刀身を鞘に納めた。その後ろでは早速ディケイドがウッドベアの死体を検めている。
俺達も同じようにその死体の側に行く。
「やっぱりコイツは熊野郎とやり合ったっぽいな」
「そうじゃの。判りにくいが、刺し傷も結構あるの」
「リパードベアに追い払われたイノシシってとこか」
ふんっと鼻を鳴らしたハルバリが歩き始める。
「こんなトコで考えとってもしゃーない。さっさと動いて熊公の根城見つけるで」
見た感じではディケイドの方が豪快な性格だと思ってたけど、どうやらハルバリの方が豪快でせっかちな性格をしてるみたいだな。
俺達は再び隊列を組んで、森の奥へと向かって行った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
これからもよろしくお願いしますm(_ _)m




