26.最初の稽古
はぁ……。陰鬱な気持ちのままやって来た騎兵師団のイオアトス支部。今日はルキュア副団長に稽古をつけると約束した日だ。
来たのは前にベルアド武器店の配達で来て、無理やり手合わせさせられた時以来。
まさかまた来る事になるとは……。中に入ると、ルキュア副団長から話が通っているらしく、すぐに第二鍛錬場という場所に案内された。
中で待つことにしばし、すぐにルキュア副団長がその第二鍛錬場に現れた。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。ラドウィンさん」
「いえ、では早速始めますか」
「はい。よろしくお願い致します」
ルキュア副団長が深々と頭を下げる。副団長という仕事は忙しい。なのであまり長く稽古の時間は取れないとの事なので、早速稽古を始めていく。
強化魔法の鍛錬と言っても、俺もどうすれば強化魔法が強くなるかなんてよく分かっていない。ただ唯一分かっている事があるので、それをルキュア副団長に伝えようと思う。
「まずルキュア副団長。強化魔法は普段どのくらいの頻度でお使いになりますか?」
「平時はほとんど使用しません。たまに自らの鍛錬を行う時に使うくらいです」
思っていた通りだ。普段はほとんど使用していない。であれば強化魔法を強くするには……
「そうですか。でしたら今後は毎日必ず強化魔法を使ってください」
「毎日……ですか?」
「はい。何かあった時の為に魔力は温存しておきたいと思いますが、可能な限り使ってください。強化魔法は使う事でその効果が強化されていきます……いや、いくはずです」
「使うことで……なるほど」
これは俺の体験談による強化魔法の強化方法だ。攻撃魔法は込める魔力や術式を変える事で威力が上がることもあるが、強化魔法は自分の内に魔力を向けるので、その調整が非常に難しい。なので単純に使いまくる事でその効果を上げるというのが最も効率的だと考えている。
実際にベンゼルにもこれを実践させて彼の強化魔法の効果は伸びていった。
「試しに今、使ってくれますか」
「分かりました」
短い詠唱の後、ルキュア副団長の体が淡い光に包まれる。
「ルキュア副団長。その状態はどのくらい保ちますか?」
「数分程度です」
「じゃあ限界までお願いします」
「分かりました」
その状態で、数分ほどするとルキュア副団長の光が収まった。
「魔力はまだ余裕ありますか?」
「はい。あと二回は使えます」
「じゃあ毎日、こんな感じで三回は使ってください。その間効果が切れるのを待つだけじゃなくて動くのもいいと思います」
「なるほど。例えば剣を振る、とかでもいいですか?」
「ええ。動きは何でもいいです。走るだけでもいいと思いますし。効果が持続している間、とにかく体をしっかりと酷使してみてください」
「承知しました。あと一つお伺いしてもいいですか? ラドウィンさん」
「何でしょうか?」
「弟からラドウィンさんは身体だけでなく、物体……例えば剣や防具にも強化魔法をかける事が出来ると聞いているのですが、本当ですか?」
ベンゼル……おしゃべりな奴だ。まあ、別に隠してるわけじゃないし、いいけど。
「はい。そうですね」
「ちょっと見せていただいてもよろしいですか? どのようなものか非常に興味があります」
「分かりました。では……」
鍛錬場の片隅には鉄鎧を着せた木人形がおいてあった。剣術の鍛錬に使うんだろう。その木人形を指差す。
「あの人形を斬ってもいいですか? ルキュア副団長」
「ええ構いません。それと、私の事はルキュアで結構ですよ、ラドウィンさん」
「はぁ、そうですか」
次期騎兵師団団長候補の人に、そんな馴れ馴れしい口は聞けませんよ。
俺は剣を抜いて人形を指差す。
「ではルキュアさん。この剣を使ってあの人形の鎧を斬れますか?」
俺から手渡された剣を手に取り、剣と人形を見比べるルキュア。
「難しいですね。仮に斬れたとしてもこの剣が使い物にならなくなるかもしれませんが……」
「そうですね。普通はそうなんですが……」
ルキュアから剣を返してもらい、俺は剣を構えた。剣への強化魔法と身体強化魔法を同時にかける。
そして前へ跳ぶと同時に木人形を斬りつける。鉄の鎧ごと真っ二つに弾ける木人形。
斬りつけた剣をルキュアにもう一度渡す。
「こんな感じですね。どうですか?」
「驚いた……曲がるどころか、刃毀れ一つありません……。こんなにも剣の切れ味と強度が上がるのですか」
俺の剣をマジマジと見ながらルキュアが感嘆の声を上げた。
更にルキュアが続ける。
「ミスリルランクの冒険者にしては随分ありふれた剣を使っていると思っていたのですが……なるほど。これほど威力が上がるのであれば業物の剣など使わなくても問題ないという事なんですね」
ありふれた剣と言われたのはちょっとショックだけど、事実だから仕方ないか。ともあれ、ルキュアは納得したようだ。
「ラドウィンさん。この物体強化魔法はどのようにして会得したのですか?」
「身体強化と同じですね。気がついたら両方使えるようになっていました」
「私にも使えよようになるでしょうか?」
「ええ。鍛錬すれば可能性はあると思います。ベンゼルも少しですが、使えるようになっていましたし」
「なっ……ベンゼルもですか……。分かりました。精進致します」
ベンゼルが物体強化魔法を使えるという事がルキュアのやる気を更に刺激したようで、俺とルキュアはこの後も強化魔法だけでなく、剣術の話などにも熱が入っていった。
そしてその話の流れで、あの手合わせの話題になっていく。
「あの時、私は最後の一撃を貴方に向かって闇雲に放ちました。にもかかわらず、貴方はそこに剣が来るのを分かっていたように手で止めましたね? あれは狙っていましたね?」
あー、やっぱり気付いていたか。ルキュアのあの時の反応からして気付いているかも、とは思っていたけど。
さて、どう言い訳しようか。
「そんな高度な事は出来ませんよ。反応出来たのはたまたまです。実戦だったら僕の手と首が飛んでいますよ?」
「果たしてそうでしょうか?」
ルキュアの切れ長の瞳が細くなる。
もういいじゃん。終わった事なんだし。
「そうですよ。あの結果が全てですよ。ルキュアさん」
まだ腑に落ちない表情をしてらっしゃるが、俺としては別に掘り返してほしくない話題だ。と、ここで第二鍛錬場の扉が開く。現れたのは騎兵師団の若い騎士だった。
「こちらでしたか。ルキュア副団長」
「どうした?」
若い騎士はルキュアに俺に聞かれないよう何事かを耳打ちすると、ルキュアが俺に向き直る。
「ラドウィンさん、すみません。急な仕事が入ってしまいました。本日はここまでということで……」
「分かりました。構いませんよ」
「また後日よろしくお願いします」
「……そうですね」
もう教えられる事は全て教えたので、これでもういいと思うのだが……。
こうして最初のルキュア副団長の強化魔法の稽古は終わった。
俺はルキュアに見送られて、騎兵師団の庁舎を後にした。
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