25.意外な客人
朝一番のギルドの喧騒が落ち着いた頃、おじさんの俺は受付カウンターに向かう。
もちろんいつもの魔晶石採取のクエストを受ける為だ。
しかし今朝はいつもと違った。俺からクエストの受付をした受付嬢が少し待つように言って、カウンターの後ろへと消えていった。
間もなくカウンターに戻って来たのは、その受付嬢とギルド長のセレス女史。
そのセレス女史が俺の顔を見て、
「おはようございます。ラドウィンさん。今日もまた魔晶石集めですか? 精が出ますね」
「そうですね。これぐらいしか取り柄がないもので……」
完全に俺に対する皮肉だが、乗っておこう。抵抗しても勝てる気がしないから……。
小さくなるおじさんにセレス女史が続ける。
「ラドウィンさん。貴方にお客様がいます。今から少しお時間よろしいですか?」
「俺に客? ここ、ギルドですよね?」
「ええ。貴方にお話があると……」
「えと……誰ですか?」
「会えば分かります。お時間、よろしいですか?」
眼鏡をくいっと上げて、セレス女史が俺を見つめる。
もう”いいえ”って言わせる気全然ないじゃん。”はい”の一択だよ。
「あ……はい……分かりました」
「応接室でお待ちです。こちらへどうぞ」
もうこのギルド長には全く勝てる気がしません。にしても俺に客って……誰?
◇◇
セレス女史の案内でギルドの応接室に通される。扉の中へ入るとソファに座っていた女性がこちらに顔を向ける。
「おはようございます。ラドウィンさん」
「……おはようございます……ルキュア副団長」
そこにいたのは騎兵師団のルキュア副団長。ルキュア副団長はにこやかな笑みを浮かべた。
セレス女史が紅茶を入れてテーブルの上に置く。ギルド長にこんな事させるなんて俺はどういうご身分なんだよ!
この中では明らかに俺が一番下っ端でしょうが!
ギルド長と騎兵師団の副団長だよ? こんな冴えない冒険者のおじさんよりよっぽど偉い人達でしょ!
「では私は席を外しますね」
「ありがとう。セレスさん」
「いいえ。ではラドウィンさん、失礼致します。くれぐれもルキュア副団長に失礼のないように」
そう言って応接室を出るセレス女史。そんな事、言われなくても心得てますがな。残されたのはルキュア副団長と俺。
……気まずい。どうすればこの状況から抜け出せる?
ルキュア副団長が紅茶に一口つけると、切れ長の瞳をこちらに向ける。
「ラドウィンさん。折り入って貴方にお願いがあります」
来た。狩猟帰りに会った時から嫌な予感がしてたんだよな。あの時に時間があるというのを確認したのはこのお願いの為か。
「えと……お願いって何でしょうか?」
「私に稽古をつけてくれませんか?」
「へ?」
稽古? 俺がルキュアに? このおじさんが騎兵師団の副団長に? おかしくない? 絶対ルキュアの方が俺より強いよ?
ルキュアがそのまま続ける。
「貴方の強化魔法を私に教えてください」
「え……強化魔法はもう使えてるじゃないですか? 何でまた?」
「今のままではまだ足りないのです。私に力を貸してください」
ルキュアが俺に頭を下げる。
ルキュア副団長の話では、現在の騎兵師団の団長が王室騎士になる事が決まったらしい。王室騎士とは王室直近の近衛騎士の事だ。王室騎士になるのはとても難しく、大変栄誉な事なのだ。
そして空席になった騎兵師団の団長を今いる三人の副団長の中から決められるわけだが……。
「王室御前試合が行われるのです」
「王室御前試合?」
「はい。王族の見守る前で、三人の副団長が試合を行います」
「で、勝った人が次の団長?」
「いえ、副団長同士は試合を行いません。それぞれ別の騎兵師団の団員と試合をします」
「ほう……」
「それでその御前試合の結果や王族との面談など経て、次の騎兵師団団長が決められるという流れになっています」
「そういう決め方をするんですね?」
「はい。単騎での強さだけで騎兵師団の団長は務まりません。統率力、判断力……あらゆる面において高い素養が必要なのです」
なるほど。強いだけでは騎兵師団を纏める事は出来ないということだね。だけど、その御前試合と強化魔法がどう繋がるんだろう。
ルキュアが更に続けてくれる。
「使い手のほとんどいない強化魔法。それを使いこなせるという事は私にとって大きなアピールになります」
「アピールだけなら今のままでも充分だと思いますが……」
「いいえ。まだ足りません」
「そう……ですか」
ルキュアの切れ長の瞳の切れ味が増した。この姉弟はホントにこういう所がそっくりだな。ベンゼルも最初はめちゃくちゃしつこかったもんな。
「ラドウィンさん。弟に強化魔法を教える事は出来ても、姉の私には教える事は出来ませんか?」
「いえ、そういうわけではないですが……ベンゼルは同じ冒険者パーティーでしたから……」
「もちろん私もタダで、とは言いません。報酬もご用意させていただきます」
「いや、お金の問題でもないのですが……」
強引さが増してきた。ひとまず紅茶を飲んで一息……
「私の体を差し出す覚悟もございます。ですので、ぜひ!」
ぶ――っ! 思わず紅茶を吹き出した。
何を言い出すんだ!?
ルキュアの顔は真剣そのものだ。俺はむせた息を整えると、ルキュアの目を見つめる。
「そ、それは駄目です。ルキュア副団長。騎兵師団の長になろうという人間がそのようなはしたない事を言ってはいけません。それは同時に私を愚弄する言葉でもあります」
さすがにこの一言は効いたのか、さっきまでの勢いは失速し、ルキュアが深く頭を下げた。
「し、失礼しました! つ……つい……」
「まあ、聞かなかった事にします。もう二度とそんな事は口にしないでくださいね」
「肝に銘じます。深く謝罪致します。申し訳ございませんでした」
再び深く頭を下げるルキュア。
まあそれだけ彼女には、強化魔法を強くする為には何でもするという覚悟があるという事だろう。だがそんな事で俺が動くなんて思ってもらいたくない。
そんな事もし誰かに知られたら……後が怖すぎるよ……。
結局彼女の強引さと熱意に折れて、ルキュアの稽古をしてあげる事になった。御前試合は二週間後。
時間がないのでそれで彼女の強化魔法がどれだけ伸びるのか分からないが、とりあえず出来る限りの協力はさせてもらうこととなった。
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