2.拠点を変える
冒険者の宿を出て、町の通りへと出てきた。
ここはログロンド王国王都。これから向かう先はイオアトス行きの馬車乗り場だ。
この王都から馬車で三日ほどの所にあるのがイオアトスの町だ。イオアトスはログロンド王国領の町で、この王都に次いで貿易や商売が盛んな町だ。
俺はベンゼルのパーティーに加入する前はこのイオアトスを拠点にしていた。その後王都に拠点を移して、その後出会ったベンゼルのパーティーに加入していた。
冒険者になっていくつか拠点を変えたが、イオアトスが一番長かった気がする。
イオアトスと王都は大きな街道一本で繋がっている。この街道は王都街道と呼ばれていて、途中に宿場町なんかもあって、貿易や通商の大きな動脈となっている。
朝日が照らす大通りは賑やかな雰囲気を出していた。ちょうど町が動き出す時間だ。
昨日、ベンゼルのパーティーを抜けた俺はすぐに宿に戻り、拠点を移す準備を進めていった。といっても男一人の荷物なんてたかがしれている。手早く荷物をまとめてすぐに乗り合い馬車の予約をしに行く。
うまい具合に翌日の馬車を予約出来たので、夜のうちに出発の準備を完璧に整えて、今朝に至るといった感じだ。
馬車乗り場に着いて、イオアトス行きの馬車に乗り込む。
朝日が照らす王都街道を、小気味良い音を立てる馬車はイオアトスへ向けて進んでいく。しばらく慣れ親しんだ王都を後にする。そして三日後にはイオアトスに到着するだろう。
以前俺がイオアトスにいた頃の冒険者達はまだいるだろうか?
そんな思いを馳せながら、馬車の窓から見える王都の立派な王宮を見送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
三日後、無事にイオアトスに到着してまず冒険者の宿に向かう。とりあえず宿を確保しておかないと安心して行動出来ないしね。
王都にも引けを取らない賑わいを見せるイオアトスの町並み。まだ朝の時間帯。
冒険者ギルドがある町には大抵あるのが冒険者の宿。その名の通りギルドが経営している冒険者専用の宿である。
冒険者登録している冒険者しか利用することが出来ない宿屋だ。一般の宿屋との大きな違いは冒険者専用であるという事と、冒険者のランクによって宿泊代を割引してくれるという二点だ。
ブロンズランクより上のランクの冒険者しか利用出来ないが、ランクによって利用出来る部屋のグレードも割引額も変わってくる。
俺は上から二番目のミスリルランクだからこの割引額が結構デカい。俺が払っていた宿泊代で、一般の宿屋に泊まろうとするとかなり部屋のグレードは下がると思う。
でもまあ俺は基本そんなにいい部屋は使わないけどね。寝れればどこでもいいし。
と、冒険者に良い所ばかりの冒険者の宿だけど一つだけ特殊な条件がある。それは定期的にギルドでクエストを受けないといけないということだ。
冒険者ギルドが経営しているので冒険者のクエストポイントがすぐに分かる。それぞれのランクに設定されたポイントをクリアして、更にギルドの面談をパスして冒険者はランクを昇格するわけだ。
そしてそのクエストポイントのもう一つの活用方法がこの冒険者の宿にある。
冒険者の宿にはそれぞれのランクに必要ポイントというのが設定されている。直近一ヶ月間でその必要ポイントに達していないと割引が適用されない。
つまりサボって一ヶ月間クエストを受けなかったりしたら割引は一切されないのだ。その設定ポイントは冒険者ランクが上になれば上がる。
サボっていると、割引が無くなって宿から高額の宿泊代が請求される、更に最悪の場合追い出されたりする事もあるらしい。
冒険者に格安で宿を提供して、定期的にギルドでクエストを受けさせる……考えた人はかなり商売上手だね。感心するよ。
そんなわけで、俺も散財するタイプじゃないからそこそこに貯蓄はしているけど、クエストを受けずに冒険者の宿でずっとのんびり出来るかと言われれば難しい。
多分クエストを受けなかったら半年もしないで宿泊代だけで破産するだろう。
というわけで、昔の記憶を頼りにイオアトスの冒険者の宿に向かい、すぐに部屋を押さえることにした。冒険者の認識票は全ての冒険者ギルド共通だから手続きは非常にスムーズだった。
宿の部屋に荷物を置いたところで、空腹を覚える。王都からここまでの移動中は携帯食ばかりだったから、久々に出来たての食事がしたくなり町へと向かう。
再び記憶を頼りに冒険者ギルドへ向かう。イオアトスのギルドにもレストランが併設されていたはず。食事に行くついでにクエストの下見もしておこうという算段だ。
◇◇
大きなギルドの建物が見えてきた。
懐かしいな。以前いた頃のギルド職員とかもまだいるんだろうか?
扉からギルドの中へと入っていく。やはり朝だから人が多い。クエストが張り出されたクエストボードの前にはかなりの人だかりが出来ていた。
まあこの時間だから仕方ないな。
とりあえず今日はクエストの下見だけのつもりだから、食事が終わってからゆっくり見ることにしよう
クエストボードを横切る際にチラッとボードに目を向ける。
やっぱりあった! 魔晶石採取のクエスト。あのクエストがあれば俺の冒険者の宿生活は安泰だ。
魔晶石というのは魔力を帯びた水晶のような鉱物で、加工すれば魔石になる。そしてその魔石を使って様々な魔道具が作られるのだ。
このイオアトスが大きく発展した理由はこの大量に採れる魔晶石がもたらしたと言っても過言ではない。
この町からほど近い南の遺跡郡の中にあるいくつかの迷宮や、東の方にある山岳地帯にある洞窟では自然発生した魔晶石が沢山採れる。
しかも素人でも採掘は簡単ときたもんだ。その魔晶石と、加工した魔石、更にそれを利用して作られた数々の魔道具がイオアトスを王都に並ぶ町にまで発展させたのだ。
ただ採掘には一つだけ難点がある。
魔獣だ。
魔晶石が採れる迷宮や洞窟には魔獣が現れる。だから採掘は素人でも出来るが、多少腕に覚えがないと採掘出来る場所までたどり着くことが出来ない。
そこで俺達冒険者だ。
ギルドはそこに目を付け、常時この魔晶石採取クエストを出すことにした。
クエストポイントは少し低いが、採掘してきた魔晶石はそのままギルドが買い取ってくれる。そしてそれがそのまま冒険者への報酬になるのだ。無限に湧き出す魔晶石を少ない出資で買い集めることが出来る。
ノルマとかないから冒険者も自分の力量に合わせて採取して、報酬とポイントを受け取る。
ホント、ギルドって商売上手だよね。
俺にとっては宿の割引が無くならないぐらいのクエストポイントが取れればいいし、魔晶石の買取価格も悪くない。今の俺にはちょうどいいクエストなのだ。
ミスリルランクでこのクエストを受ける奴はあんまり聞いたことないけどね。多分受けるのは駆け出し冒険者が多いから恥ずかしいんだろうね。
まあ俺は気にせず受けるけどね。
そんな魔晶石採取のクエストが今もイオアトスにある事に安心する。
クエストボードを眺める他の冒険者を横目に、奥のレストランの方に向かう。
このレストランも多くの冒険者達が、それぞれで食事をしたり、ミーティングを開いたりしていた。
そのままカウンターに行ってパンと出来たてのシチュー、飲み物を購入して壁際の席へ移動する。
空いている席に座り、周りにいる冒険者達を眺めながらパンにかじりつく。
皆、若い。
まあ、俺ぐらいの歳のベテラン冒険者はもう少し遅い時間から動き出す奴も多い。だから今ここにいる冒険者達は若い奴らが多いっていうのは理解しているけど。
眩しいね。この若い冒険者達に眩しさを感じるっていうことで、つくづく自分が歳を取ったなと実感する。
約十年振りの古巣イオアトス。以前一緒に冒険をしていた若い連中はまだこの町に残っているだろうか? 居たとしても皆、立派な冒険者になっているだろうから気付かないかもしれないな。
そんな事を考えながらなんとなく周りを見て朝食を進めていると、冒険者達の視線が何かに気付いたように、一つの方向に向けられる。
ん? 誰か来たのか?
皆の視線が向いている方に目を向けると、一人の女性がこちらの方に向かって歩いて来ていた。
冒険者……魔術師っぽいな。にしても美人な魔術師だ。
軽くウェーブのかかった碧色の髪をなびかせて、軽やかに歩く姿に若い男の冒険者達が見惚れるように視線を向ける。
分かるよ。美人は遠くから見てるだけで目の保養になるもんな。でも失礼だからあんまりジロジロ見ないようにしようね。
なので俺はすぐに視線を目の前の朝食に戻す。その視界の端をその美人魔術師が通り過ぎようとして立ち止まった。
「え? ラドさん?」
「え?」
不意に名前を呼ばれて顔を上げる。俺の名前を口走ったのはその美人魔術師だった。その女性は俺を見ながら驚きの表情を浮かべている。
ちょっと待て。こんな美人、忘れるわけが……。必死に自分の記憶の中を掘り返すが……出てこない。
「ひょっとして思い出せない?」
「えと……俺の知り合いですか?」
「じゃあ、これなら思い出すかな?」
その女性は両手でポニーテールを作るように碧色の長い髪を一つに纏める。そして少し俺に顔を近付けた。ふっと女性のいい香りが俺の鼻をかすめる。
違う違う。向こうは完全に俺の事を知っている。思い出せ!
ふと記憶の中で当時十代後半だった一人の女の子と、目の前の女性が重なった。
「あ……もしかして、ミザネア?」
「そうっ! 久し振り! ラドさん!」
ミザネアは嬉しそうに笑顔を浮かべて、俺の向かい側の席に座った。
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