17.ギルドの女帝
寝起きの体をじっくりとストレッチでほぐした後、出掛ける準備を整えていく。今日はツァミとクエストに行くと約束した日だ。
前回彼女と出会った遺跡群ではレッサーデビルという、本来あの辺りに出現することのない強力な魔獣が現れた。
遺跡群ではその後も稀に今までいなかった強力な魔獣の目撃情報があるらしい。
なので今日ツァミと受けるクエストは遺跡群の方に行かないものを選ぼうと思っている。俺一人であれば問題ないが、ツァミという新参者を連れてとなると、想定外の事は起きて欲しくない。
今回の同行でツァミが満足してくれるのを祈りつつ、俺は宿を出た。
宿を出た瞬間、俺は固まった。
宿の通りの向かい側に、ウィザードハットを被った小柄な少女……ツァミが立っていたからだ。ツァミが俺ににっこりと笑いかける。ぎこちなく手を挙げた俺が応える。
「お、おはよう。ツァミ」
「おじたん、おはよ」
「えと……ひょっとして俺の事、待ってた?」
「こくり」
「よ、よくこの宿だって分かったね」
「毎朝、いろんな冒険者の宿、回ってた」
「な、なるほど〜……」
この数日間イオアトスにある冒険者の宿を順番に回っていたそうだ。
……怖いよ。おじたん、普通に怖いよ。
これはもう懐くとかいうレベルじゃないよ。
何事もなかったように隣に並ぶツァミを連れて、俺達はギルドへ向かった。
◇◇
ギルドへ到着して、ツァミをレストランの方に待たせて俺一人でクエストボードに向かう。色々と見てみて、それほど強くない魔獣の討伐クエストを一つ選んで、受付カウンターへと向かう。
「このクエストをお願いします」
「あ、ラドウィンさん。おはようございます。こちらのクエストですね」
こないだと同じ受付嬢が手際良く受注の手続きを進めていく。
その受付嬢の後ろから一人の女性が現れる。ビシッと髪を一つに束ね、シワ一つない上質なスーツ。受付嬢とは違う雰囲気を纏ったその女性が手続きを待つ俺に話しかけてくる。
「今日は石拾いではないのですね? ラドウィンさん」
「え?」
不意に名前を呼ばれてその女性に目を向ける。俺の受付をしている受付嬢が振り返った。
「あ、ギルド長。お疲れ様です」
「お疲れ様です。ラドウィンさん。ご無沙汰しております」
「えと……あ!」
雰囲気が少し変わっていたからすぐに気付かなかったが、この女性が誰だか気付いて思わず声を上げてしまった。
以前イオアトスにいた頃、荒くれた冒険者相手に一歩も退かず、毅然とした態度で対応し、冒険者の間では”ギルドの女帝”と呼ばれ恐れられた受付嬢……セレス女史だ。
あの時は確か受付部長だったと記憶してるけど……今、ギルド長って言った?
「セレス……さん? ですよね?」
「ええ。今はこのギルドの代表を拝命しております」
「ギルド長に昇進されたんですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。何でも最近ミスリルランクで魔晶石採取のクエストばかり受けるソロの冒険者がいると聞いていましたので……もしやと思い確認したらラドウィンさんだとお伺いしましたので」
「あはは……そうなんです。最近戻って来まして……」
「お元気そうで何よりです」
「セレスさんもお元気そうで……」
会話だけ聞けばなんてことない日常会話だが、セレス女史から放たれる圧力は以前と同じ……いや、ギルド長という肩書がプラスされて、俺が覚えている以上の圧力があった。
セレスさんがさっき俺が受けたクエストの内容を確認する。
「今日はアイアンランクの冒険者と一緒なんですね? パーティーですか?」
「いえ、今回だけの予定です」
「なるほど……」
書類と俺、そして後方のレストランで待機しているツァミと、無言のまま順に視線を巡らせるセレス女史。何も喋ってないのに怖いよ。
書類を受付嬢に戻すと、
「そういえば先日の遺跡群で出現したレッサーデビルの報告をしたのはラドウィンさんだと伺いましたが?」
「はい。そうですね」
「このツァミさんと一緒の時ですか?」
「そうです」
「ありがとうございます。もしラドウィンさんがいなければ、ツァミさんは危なかったかもしれませんね」
「はい。そう思って報告させていただきました」
「助かります」
受付嬢が俺のクエストの手続きが終わった事を告げてくる。その場から早く立ち去りたい俺が振り返ると、
「ラドウィンさん。あまり一人で石拾いばかりしないで、今日みたいに他のクエストもお受けくださいね。せっかくミスリルランクまでなったのですから」
「そう……ですね。頑張ってみます」
「あと遺跡群の迷宮は近々、ギルドで一斉調査をする予定ですので、それまではあまり下のランクの冒険者を連れて立ち寄らないようお願いしますね」
「ああ、そうなんですね。分かりました。気を付けます」
セレス女史にそう応えると、俺はそそくさと受付カウンターから離れて行った。
ツァミの所まで行くと、
「知ってる人?」
「ああ。ギルド長だってさ。挨拶してた」
「ふーん。あのおばたんがギルド長。えらい人」
「……ツァミ。ぜーったいに本人の前でおばたんなんて言ったら駄目だよ。この町で生きていけなくなるからね」
「ゴクリ。分かった。絶対言わない」
よ――くツァミに釘を刺して、俺とツァミはギルドを出て行った。
冗談じゃなくて本当にあの人に目をつけられたらこの町で冒険者やっていけないからね。
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