15.氷塊の少女
朝一番の喧騒が落ち着いたギルドで、また魔晶石採取のクエストを受けるミスリルランクのおじさん冒険者(46)こと俺。
ギルドの受付嬢はもしかしたらこのおじさんに何か言いたいこともあるかもしれないが、イヤな顔一つせず淡々と受付手続きをしてくれる。
うん、よく教育が行き届いてますね。
で、何の滞りもなくクエストの受付を終えたので、前にも採取場所にした遺跡群の迷宮へと向かう。
◇◇
前に潜った遺跡群の中にある迷宮の中へと入って行く。
前は三層ほど下りた所でけっこう魔晶石が湧いていたけど、今日はどうだろうか?
三層まで下りてみたが、あまり魔晶石は湧いていない。さてどうしようかな。
前に来た時はこの辺りまではマッピングしていた。なので三層の他のエリアをマッピングしながら四層に下りてみることにする。
前はこの階層でブラックウルフが現れたんだよな。あれぐらいの魔獣なら全然問題はないけど……最近はこの遺跡群の周りでもけっこう強い魔獣が出たりするらしいからな。この迷宮の中にいてもおかしくないから油断しないようにしないと。
一応周りを警戒しながら三層の回廊を奥へと進んで行く。
ドゴォン!!
不意に大きな破壊音とも爆裂音とも言える大きな音が響く。
「何だ、何だっ!?」
地響きを伴った大きな音に思わずたじろぐ。
何処からだ? そんなに遠くないと思うけど……どうする?
迷宮が崩落したのか? 大型の魔獣が暴れたのか? どっちか分からない。どっちにしてもあまり良くない予感がする。これは早急に迷宮から出た方がいい気がする。
俺は地上へ戻ることを選択し、上層へ戻る方向へ足を向けた。
「きゃぁぁぁ――っ!」
悲鳴っ!? 間違いない。さっきの破壊音の方から聞こえる。
くっ……行くべきか、それとも……。
また新参者が魔獣に襲われているのかもしれない。俺なら助けられるかもしれない……。
ああっ! もうっ!
俺は体の向きを変え、悲鳴が聞こえた方へ走り出した。
◇◇
なんか回廊の温度が下がってる? 悲鳴が聞こえた方へ進むと、少し肌寒くなってきた。
「いやぁぁぁ――……」
「こっちだ!」
薄暗い迷宮の回廊を走る女性冒険者が一人。数体の小さな魔獣に追われている。とっさに声を上げてその冒険者を俺の方へ呼ぶ。
小さな女の子……魔術師か。
小柄な体にやや大振りなウィザードハット。そのハットを落とさないよう手で押さえながらこっちに向かって必死に走る少女。
駄目だ、追いつかれる。
そう思った俺は少女に向かって走り出す。走りながら強化魔法をかける。
半泣きの少女とすれ違い、少女を追いかけていた魔獣の姿を確認する。
鳥? 違う。レッサーデビルだ。蝙蝠のような羽を持つ小人のような魔獣。体は小さいが性格は残虐で、複数匹で連携して襲ってくる厄介な奴だ。威力は弱いが、攻撃魔法も使ってくる。
少女を追いかけていたのは四体。
真っ赤な眼と犬歯のような牙を光らせて、レッサーデビルどもがこちらに向かって飛来してくる。
抜剣と同時に一体目を水平斬り。側面に回ろうとする二体目に、飛び蹴りを食らわせて壁にめり込ませる。
残り二体が空中に静止した。
そこはまだ俺の間合いの中だよ。
前にいた三体目に向かって跳び、上段からの垂直斬り。真っ二つになって地面に落ちた。
四体目は魔法を詠唱していた。
こいつらの攻撃魔法は大して強くない。被弾しても大丈夫と判断した俺は、四体目に向かった。
レッサーデビルの手から放たれた火球が俺に向かってくる。左腕で受け止めると、走る勢いそのままで突きを放つ。
剣は四体目の顔面の真ん中にめり込み、そのまま動かなくなった。
剣に突き刺さった四体目を引き抜く。
「ギ、ギギ……」
後ろから聞こえるうめき声。振り返ると壁にめり込ませた二体目が、床にへたり込んでいるさっきの少女に向かってフラフラと近付いていた。
マズい! 少女に近付くレッサーデビルに向かって走る。
「氷槍!」
少女の手から氷属性の攻撃魔法が放たれる。少女の手から飛び出したのは人間の背丈ほどもある岩のような氷の塊。
何だあのデカい氷! アイスジャベリン? どう見ても槍じゃねえよ!
その氷の塊が迫るレッサーデビルを巻き込み、派手な音を上げて壁にめり込んだ。
あ、これ……さっきの破壊音、これだ。
氷の塊が消えて、最後のレッサーデビルは大きくえぐれた壁のシミとなっていた。
床にへたりながら大きく肩を上下させる少女。
「大丈夫かい?」
座ったまま俺の顔を見上げる少女。目に涙が溜まっているが、表情は大丈夫そうだ。
てか、若いな。十三、四歳ぐらい? いや、冒険者になれるのは十六歳からだからそんなわけないか。
「おじたん、強い」
「え? あ、ありがとう。怪我はない?」
「だいじょぶ」
「仲間は? はぐれちゃった?」
この娘が首に下げている認識票はアイアンランク。新参者だ。肩には魔晶石採取専用の革袋が下げられている。たぶん採取中にさっきのレッサーデビルに追いかけられて仲間の冒険者とはぐれちゃったんだろう。
呼吸が落ち着いた少女はローブについた土を手で払いながら立ち上がった。
「仲間、いない」
「え? 一人でこの迷宮に来たの?」
「こくり」
こくりって言ったよ……。少女は真っ直ぐに俺を見ている。冗談を言っているようには見えないけど……。
「本当に一人?」
「こくり」
そうか。魔晶石採取は新参者でも簡単に受けさせてくれるクエストだけど、アイアンランクの単独冒険者に受けさせるのはどうなんだ。ちょっとギルドに物申さないとだな。
少女が俺の首にある認識票を指差す。
「おじたん…ミスリル。強い」
「あ、ああ。ミスリルだけど、俺はそんなに強くないよ。てか、おじたんじゃなくて、俺はラドウィン。君は?」
「ツァミ」
「ツァミって言うの。で、どうする? もう歩けるかい?」
ツァミはそう聞かれて、少し考える素振りを見せる。
「もし戻るんだったら一緒に戻るよ。一人じゃ危険だからね」
ツァミは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに口元が綻んだ。
「ツァミ。帰る。おじたんも一緒」
「分かった。それじゃ、一緒に町まで戻ろうか」
「こくり」
迷宮で出会った不思議な魔術師の少女ツァミと共に、イオアトスに戻ることにした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
おじさんとロリっ娘不思議系魔術師との邂逅でした。
これからも是非よろしくお願いしますm(_ _)m




