13.クリスタルランク冒険者
イオアトスに来てからミザネア達との巨鳥の卵採取クエストという臨時収入もあり、俺の懐は結構あったまっていた。
それに当てにしていた魔晶石採取のクエストも常にギルドで出ているようなので、しばらく冒険者の宿の宿泊代問題は心配ない。なのでかなり心にはゆとりを持って朝を迎えられている。
だけども……身についた習慣というものはなかなか抜けないもので、ベンゼル達といた時はクエストを受けない日でも必ずと言っていいほど、朝ギルドのレストランに集まってミーティングしていた。まだその時の習慣が抜けず、朝の時間はつい手持ち無沙汰になってギルドに来てしまう。
朝のギルドは混んでいる。皆、クエストボードを見てクエストを選び、そして受付でクエストを受注する。押し寄せる冒険者達をギルドの受付嬢達はテキパキと捌いていく。
冒険者は生活がかかっていて必死だから時々怖いけど、それを毎日相手にする受付嬢も凄いよな。イオアトスには昔めちゃくちゃ怖かった受付嬢がいたな。あの人はもう居ないんかな?
クエストの受付を終えてすぐに出発するパーティーもいれば、ミーティングを始めるパーティーもいる。
そんなギルドの朝の日常風景を朝飯のパンをかじりながら見ていると、ボルゾアが俺を見つけて近付いてきた。
「おう! ラド。ここで朝飯食ってんのか?」
「ああ。ボルゾアは今日はクエストか?」
「んー、まあ何かええのがあればっちゅう感じかの?」
「ミザネアは別かい?」
「あいつは魔導書の解読じゃ。しばらくクエストには出ねえだの」
「あー、あの魔導書か」
ミザネアはヴァルタロフの卵採取の報酬でもらった魔導書の解読で忙しいらしい。時々手に入れた魔導書の解読をする為に引きこもる事があるそうだ。
「ラドはクエストか?」
「いや、今日は出ないよ」
「クエスト受けねえのにギルドに来てんのか?」
「まあね。習慣ってやつだね」
「面倒な習慣だの。ん? お前、剣買い換えたんか?」
ボルゾアが目ざとく俺の剣が前と違うことに気付いた。
「あの時にヘコましちゃってね。今、メンテ中だ。これは借り物。明日には返ってくるけどね」
「それでクエストは受けねえのか。なるほどの」
それもあるけど、今は懐に余裕があるからね。そんなに焦らなくてもいいんだよね。
ボルゾアが同じテーブルに座り、人が少なくなりだした受付カウンターの方に目を向ける。
「若者どもはもう皆出て行ったかの?」
「年寄りみたいな言い方だな」
俺とボルゾアが他愛のない雑談をしていると、こちらのテーブルに一人の冒険者が近付いてくる。とても体のデカい髭面の男。二メートルは超えている。
ボルゾアがその髭面の男に気付き、手を上げる。
「おう! ディケイド! 今からか?」
「おう。そうだ」
ディケイドと呼ばれた男は親しげに応えると、隣のテーブルにドカッと腰かける。そしてこのディケイドの巨体に隠れて見えていなかったが、もう一人ディケイドの連れらしき小柄な冒険者もディケイドの対面に腰を下ろす。
ディケイドが俺の方に目を向け、ボルゾアが応える。
「こいつはラドウィンじゃ。前にイオアトスにおって、王都へ行ったんじゃが最近またこっちに帰って来たんじゃ」
「ラドウィンだ。よろしく」
「俺はディケイドで、こっちはハルバリだ。よろしくな」
ディケイドと握手を交わす。とんでもなくデカい手だ。背中に背負っている得物……アレは剣槍か? 体のサイズに合わせているとはいえ、凄い大きさだな。
で、ディケイドの対面にいる小柄で真っ赤な髪のハルバリと呼ばれた女の子はじっとジト目で俺を見ている。
なんかすごい見られてます。どうしよ。握手はしない方がいいかな。女性だし、握手はちょっと馴れ馴れしいか。
なんて考えていると、向こうから手を出してきた。
「ハルバリや。おっちゃん、ミスリルなんか」
「ん、ああ」
「ふーん」
ハルバリの手を握り返す。ディケイドとは子供と大人ぐらいの差がある。けど固い掌。体も小さいから最初は魔術師かと思ったが、見ると背中と同じ大きさぐらいの大剣を背負っていた。
大剣使いの剣士か。
ランクを聞かれたので、二人の首元にふと目を向けると、二人ともクリスタルランク!
二人と握手を終えて、ディケイドが先に口を開く。
「俺らはイオアトスに来てまだ三ヶ月なんでな。これからよろしく頼むぜ、ラドウィン」
「こちらこそ。ボルゾアとは以前から知り合い?」
「いや、ここで知り合った。いい筋肉してるから俺から声かけたんだ」
筋肉繋がりかよ。確かにデカいだけじゃなく、ボルゾアに匹敵するぐらい筋肉量が凄えな。筋肉の塊二人でガハハと豪快に笑う。バカデカ筋肉同士、気が合うようだ。
テーブルに頬杖をついたまま、ハルバリが俺に話しかけてくる。
「おっちゃんはこのチリマッチョとパーティーなんか?」
チリマッチョ? あ、ああ。ボルゾアのことか。変なあだ名付けられてんな。
「いや、俺は単独だよ。王都にいた時はパーティーに入ってたけど」
「なんや? パーティー、クビになったんか?」
「まあ、そんなトコだね」
「ミスリルをクビにするて、よっぽど強い奴らやねんな」
「まあ、そうだね。強かったね」
「ほな、クリスタルか?」
「いや、彼らもミスリルだったよ」
「何やそれ! そいつら調子乗り過ぎちゃうか」
「いやぁ……ははは」
ハッキリ言う娘だなぁ。歳はベンゼル達よりも下かな? だいぶ若く見えるけど、この歳でクリスタルランクって凄いな。
ディケイドの方は俺よりちょっと下ぐらいか。四十歳手前ってトコか。
て、あれ? ハルバリの頭に耳がある。真っ赤な髪に真っ赤な毛で覆われた三角の獣耳。
この娘、獣人族か。だからこんな大きな大剣が使えるのか。
獣人族は細かく色んな種族があるが、総じて身体能力が高い。とりわけ筋力と瞬発力は人間を遥かに凌ぐ。
このハルバリも腕の太さはボルゾアの三分の一以下しかないけどたぶん相当力は強いんだと思う。
ハルバリが俺の視線に気付く。
「何や? 獣人がそんなに珍しいか?」
「いや、久々に見たなと思って」
「そやな。王都にはあんまりウチらの仲間はおらんからな」
王都にはあんまり獣人族はいない。何故かというと、王都にいる貴族達が彼らを嫌うのだ。今では無くなったが、昔は獣人族は王都立ち入り禁止という法律もあったらしい。
その名残りもあって、獣人族も好んで王都に生活拠点を移そうとしない。
法律こそ無くなったが、まだ双方に差別意識が根深く残っているのだ。
ボルゾアが謎の飲み物を飲みながらディケイドに声をかける。
「クエストの場所は遠いんか?」
「いや、近場だな。今日は日帰りの予定だ」
「そうかそうか」
「それよりボルゾアよ。今日はミザネアはどうした?」
「あいつぁ、新しい魔導書が手に入ったんで引きこもっとるわ」
「そうか、それは残念だな」
「なに色気づいてねん、デカヒゲ。向こうはお前の事、何も思ってへんぞ」
「色気づいてねえわ! 朝からべっぴん見たら元気になるだろうが」
「何やそれ」
二人のやり取りを見てボルゾアがガハハと笑う。
「俺ぁ、ハルバリもべっぴんだと思うがのぉ。ハルバリじゃいかんのか?」
「こんなちんちくりんじゃ、テンション上がらねえよ」
「誰がちんちくりんや! デカヒゲが!」
ハルバリがムキーっと声を上げる。
なんかボルゾアとミザネアの感じに似てるな。
なんとなく時間を潰すつもりで来たけど、かなり騒がしい朝になってしまったな。
ベンゼル達と朝から真剣にクエストや戦術の事を話し合うのも楽しかったけど、こういう肩の力が抜けた感じもやっぱりいいもんだね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
この後もおじさんは色んな人達と出会っていきます。




