11.誘導された一撃
強引なルキュア副団長の誘いで手合わせをすることになってしまった。このお姉さんはベンゼルから俺の事をどう聞いているのか分からないけど、どうやら自分の目で確かめたいようだ。
でももう俺、ベンゼルのパーティーにはいないんだけどな。
「木剣はこちらで構いませんか?」
「あ、はい」
もう完全にルキュアお姉さんのペースです。おじさんに口を挟む余地を与えてきませんね。鍛錬場にいる騎士達もルキュア副団長がわけわからんおじさんと打ち合いをするということで、みんな手を止めて集まり出してきたよ。
今更もう帰ります、はちょっと難しいな。
騎兵師団の副団長相手に勝てるなんて思ってないけど、万が一にも俺が勝っちゃったりしたらルキュア副団長の顔が立たないだろう。俺はもう顔とかメンツとかは別にどうなってもいいおじさんなわけだし……。
ここはテキトーな所で負けて退散させてもらおう。うん、それが一番収まりがいい。
ルキュア副団長から木剣を受け取る。切れ長の瞳が真っ直ぐ俺に向けられる。
「このような機会は滅多にないですから、私は強化魔法を使って全力で挑ませてもらいます。ラドウィンさんも強化魔法を使用しなければ危険かと思われますので、よろしくお願いします」
「は、はぁ……」
なるほど……このルキュアお姉さんも強化魔法を使えるのね。それで弟から聞いたおじさんが強化魔法を使えるから、自分の強化魔法と比べたくなった……そんなところかな。
本当に似てるな、この姉弟。
そういう事なら俺もある程度は強化魔法を使わないと駄目か。けどルキュア副団長がどの程度強化魔法を使えるのか分からない。
もしベンゼルと同程度だったら……。
まあいいや。打ち合いながら見極めるとしよう。
「モナハン。開始の合図をお願いします」
「はっ!」
モナハンと呼ばれた若い騎士が鍛錬場の真ん中に立ち、俺とルキュア副団長がその左右に分かれる。
お互いが木剣を構えた。ルキュア副団長の木剣はさっき見た幅広の長剣に似ている。特注で作ったのかな?
「それでは、始めっ!」
モナハンが声を上げた。が、お互い見合ったまま動かない。
んー、こういう所もベンゼルと似てるね。しっかりと相手を観察して見極める。けどベンゼルは時として見過ぎる事があったけどルキュア副団長はどうだろうか?
と、思ったら向こうから打ってきた。
頭、胴、足……全体に散らして打ち込んでくる。まだ強化魔法は使っていない。
でも相当なスピードと正確性。重めの剣だが、しっかりその重量を扱いきっていて剣撃も重い。
強靭な体幹を持っている証しだ。剣筋はやはりベンゼルに似ている。同じ師匠から学んだんだろう。この動きと速さならまだ俺でも対応出来る。と言っても防御ばかりでなかなかこちらからは打ち込めないけど。
ひとしきりの攻撃を受けたところでルキュア副団長が距離を空ける。そして俺を見つめながらその口角が上がる。
「改めて……参りますっ!」
強化魔法。ルキュア副団長の体が淡い光に包まれる。周りの騎士達からはおぉっと声が上がる。
瞬時に俺も強化魔法をかける。
来た!
凄まじい速度の剣撃。しかも連続。その剣撃を滑らせ、受けて、弾く!
完全に俺の防戦一方。だが捌けない攻撃じゃない。捌きながらルキュアの隙を窺う。
完全に押しているとはいえ、ルキュアの表情から驚きと焦りの感情が読み取れる。
力はそうでもないが、瞬発力の強化が凄い。スピード特化の強化魔法といったところか。で、おそらくこれが彼女の全力の強化魔法。
対して俺はまだだいぶ余力を残している。たぶん彼女はそれをまだ感じ取っていないはず。
あとはどう上手く一本決めてもらうかだけど……揺さぶるか。
ルキュアの剣を弾いたと同時に、左手一本で剣を持つ。半歩下がったルキュアめがけて左下からの逆袈裟の斬り上げ。
ルキュアが一瞬その俺の攻撃を受けるか、下がるかで迷った。彼女の選択は受け。
剣先を下げて俺の斬り上げに剣を合わせる。
両手剣の彼女がこの動作をすると、どうしても左肘が下がる。俺の狙いはそこだ。
空いている右手で彼女の左手首を掴み、半身になりながら一気に引き寄せる。この逆袈裟は彼女の手首を掴む為の囮だ。
態勢を崩されたルキュアが前のめりに倒れる。だが彼女は床に組み伏せられる直前に無理やり体を反転させて、右手一本で握った木剣で俺の首を狙う。
狙い通りだ。彼女の反応スピードがあればこの態勢からでも打ち込んでくると読んでいた。
もの凄いスピードの一撃が俺の首に迫り、俺はその一撃を首に当たる直前で左の掌で受け止めた。
「あ、思わず手で受けちゃいました。すいません。一本です。お見事」
「え? あ、はい」
モナハンが戸惑いながらルキュア副団長の勝ちを宣言する。
鍛錬場の中央で握手する俺とルキュア副団長。
どうやら何か納得されていないようで、切れ長の瞳の切れ味が凄い。一本取ったんだから納得してください。勝ち誇ってくださいよ。
「素晴らしい一撃でした。真剣でしたら私の左手と首が飛んでましたね。ありがとうございます。ルキュア副団長」
「いえ……ところで……」
「強化魔法も素晴らしかったです。さすが騎兵師団の副団長です」
「ありがとう……で、さっきの……」
「騎兵師団の支部を案内していただいた上、お手合わせまでしていただき、本当にありがとうございました。この経験はぜひ後学に活かしたいと思います。あっ! そういえば、ベルアド武器店からもう一件、配達をお願いされていたのを失念しておりました。すいません。最後にバタバタしてしまいまして……それでは皆さん、ありがとうございました! 私はこちらで失礼させていただきます!」
何か聞いてこようとするルキュアを振り切る為、超早口でまくし立て、俺は鍛錬場の騎士達に向かって何度も頭を下げながらそそくさと鍛錬場を後にした。
そのまま俺は駆け抜けるように建物から出て行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
鍛錬場から流れるよう足早に立ち去っていくラドウィン氏を私は呼び止める事が出来なかった。
さっきの手合わせの最後は、自分でも何が起きたのか一瞬分からなかった。それを頭の中で思い出しながら整理している内に、ラドウィン氏に立ち去られてしまった。
「副団長、見事な一本でした」
「見事……? お前にはそう見えたか?」
「? はい。あの男が搦め手を使ってきたにもかかわらず、体を反転しての首打ち。お見事です」
いや、違う。搦め手の後の首打ちは打たされた。一瞬迷った逆袈裟への対応。その隙を逃さずにあの搦め手。あれは私が闇雲に放った一撃だ。だからあの男に打つ場所を誘導された。でなければあの一撃を手で受けるなど出来るはずがない。
しかもあの強化魔法……。
「副団長の強化魔法、あの男もよく凌いでましたがやはり副団長の方が上手でしたね」
「うむ……」
あの男も強化魔法は使っていたが、まだ余裕があるように感じた。あの男は強化魔法の効果を調整出来るのか?
私には強化魔法の調整など出来ない。しようと試みた事もあったが結局出来なかった。
ラドウィン=ロングロッド。
弟ベンゼルが底の見えない男だと言った意味が分かる。力があるにもかかわらず野心がない……。ふふ、実に興味深い男だ。
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