102.一緒にいる意味
ネルアリアの屋敷で貴族邸宅への突撃という物騒な仕事依頼を聞いた次の日、俺は朝の冒険者ギルドで朝食を摂っていた。
昨日はあのバカでかスライムのせいで魔晶石があんまり取れなかったからな。とりあえず夕方ぐらいまで魔晶石拾いをしようと思う。
朝のピークが過ぎた頃のレストランスペースはだいぶ人が少なくなってきたな。
「ラドウィン。受付カウンター、もうだいぶ空いてきたよ」
「ああ」
で、俺の向かい側の席で当たり前のように朝食を摂っていたレヴィアラが俺に話し掛けてくる。
何故レヴィアラが平然と俺の前でメシを食っているのか?
「で、改めて聞くけど何故お前がここにいる?」
「別にいいじゃない。ワタシの自由でしょ?」
「むう……」
自由ではないと思うが……。
と、こんな感じで朝からここで待ち伏せしていたレヴィアラとこんなやり取りが続いていた。
特に何かレヴィアラから話し掛けてくることはない。ただこのおじさんが朝食を食べているのを見てるだけ。
俺も話すことはないので、黙々と食事をしている。何だこれ?
「食べ終わったんなら食器返してこようか?」
「ん? ああ……」
レヴィアラは自分と俺のトレーを持ってスッと立ち上がると食器類を返しに行った。俺の世話まで焼いてくれるつもりらしい。
……さて、どうしたものか?
昨日の帰り際、ネルアリアから今回の仕事はリューラだけでなく、ミザネアも手伝いに来ると聞かされていた。
ミザネアは普段は色んなパーティーの助っ人をしているが、時間が空いた時はネルアリアの所で手伝いをしている事が多いらしい。
ミザネアがネルアリアの仕事を受けるのは予想していたけど、リューラも来るとはなぁ。
ネルアリアからは明日、ネルアリアの屋敷に集合してそこから王都へ向けて出発の予定だと聞いている。
仕事を受ける場合は明日の集合時間までにネルアリアの屋敷に行けばいいとの事だった。
正直、まだ今の時点で今回の依頼を受けるかどうか迷っていた。
あまり面倒な事に巻き込まれたくないっていう気持ちとリューラが心配な気持ちの間で揺れている。
リューラには特別な感情があるってわけじゃないけど、やはりダイラーの一件であんな状態になったリューラを見てしまったからか、やはり心配だ。
それにレヴィアラだ。
俺の為に死ねるとか言っている元殺し屋。
こいつをリューラやミザネアに引き合わせるのは何かイヤな予感しかしない。
もし仕事を受けるとなってもレヴィアラを連れて行くのは止めた方がいいだろう。
食器を返しに行ったレヴィアラが戻って来る。
「まだ明日の仕事受けるのか迷ってるの?」
「まあな。お前はやっぱり付いて来るつもりか?」
「もちろん。ラドウィンはイヤ?」
「ああ」
「どうして?」
「連れて行く理由がない。邪魔……とは言わないけど、やっぱり理由がない」
「でもネルアリアはダメとは言わなかったよ?」
そうなんだよな。ネルアリアはハッキリとレヴィアラに来るな、とは言わなかった。
だから困ってるんだよ。あいつが関係ない奴は来るなと言ってくれれば、レヴィアラに関してはこんなに悩む必要もなかったのに。
「ここで話していても時間が勿体ないし、クエスト受ける?」
悩む俺にレヴィアラはクエスト受注を促してきた。
◇◇
遺跡群の迷宮内。昨日来た迷宮とは違う迷宮だ。昨日の迷宮は冒険者ギルドによって立入禁止になっているので、別の迷宮にやって来た。
昨日と同じように二人で身を屈め、地面に湧いた魔晶石を採取し始める。
俺に付いて回る割りに、レヴィアラから俺に話し掛けてくる事はほとんどない。
好意を寄せているから付いて来ているというのわけじゃないだろうけど。
「なあ」
「何?」
「何で俺に付いて回るんだ? 命を助けたからっていうのは分かったけど、別にお前はもう自由なんだから何やってもいいんだぞ?」
「ラドウィンはワタシが居たら迷惑?」
「まあ……迷惑だな」
「そっか……」
悲しそうに目を伏せるレヴィアラ。若い女にこんな事言うのは心苦しいが、特殊な環境で育ってきた奴だからな。このぐらいハッキリ言わないと伝わらないだろう。
「頭領はね、仕事以外の時は常にワタシと一緒にいたんだよね」
「へー」
「だからラドウィンともそうしないと、と思ってたんだけど……違うんだね」
「ああ。一緒にいる必要はないよ」
「ワタシは一緒にいたいんだけど……」
そんな告白みたいな事を言われるとおじさんはたじろいでしまう。だがこいつの場合は自覚がないし、少し意味合いが違うと、自分に言い聞かせる。
「前にも聞いたけど、お前は俺の為に生きるって具体的にはどうしたいんだ?」
「えっと、ラドウィンが望む事を全部受け入れる」
「じゃあ俺が一人になりたいって望んだら?」
「うーん……それは……」
「困るだろ? だからお前はもう俺や頭領に縛られずに自由にしたらいいんだよ」
「自由……か」
レヴィアラの表情はまだ冴えない。やっぱりこいつは自分が自由になったという意味を理解出来ていない。
時間をかけて分かっていく必要があるな。少しアプローチを変えてみるか。
「逆にお前は俺に何をしてもらいたい?」
「ラドウィンに?」
「ああ」
手を止めて、眉間にシワを寄せて思案するレヴィアラ。
「どんな事でもいいぞ」
「どんな事でも……か」
更に顔をしかめて悩むレヴィアラ。言ってはみたものの、何かとんでもない事を言い出しそうで、ちょっと不安になる。
やがて何か思いついたのか、俺にゆっくりと視線を向ける。
「何かあるか?」
「名前……ワタシのことを名前で呼んで欲しい」
名前? そういえば名前で呼んでいなかったか?
「昨日スライムに刺された時に一回だけ呼んでくれたけど、それからは呼んでないよ」
「そうだったか……」
「そうだよ」
よく覚えてるな。全然気付いてなかった。で、レヴィアラを見ると薄く微笑んでいる。今呼んで欲しいってことだろう。
「今度から呼ぶようにするよ」
「今は?」
「今は必要じゃないだろう?」
レヴィアラが残念そうに目を伏せた。さすがにいきなり面と向かって呼ぶのは恥ずかしいので、勘弁してもらおう。
魔晶石を入れる革袋も一杯になり、立ち上がる。今から帰れば暗くなる前に町に戻れるいい頃合いだ。
レヴィアラは少し離れた所でまだ採取してるみたいだが、袋はもうかなり一杯みたいだ。
「そろそろ帰ろうか? レヴィアラ」
勢い良く立ち上がったレヴィアラが満面の笑みを浮かべてこちらに向かって来る。
「帰るの?」
「ああ。いい時間だからな」
「ふふふ……」
名前を呼ばれた事でご機嫌なレヴィアラは俺の後ろにピッタリとくっついて、俺達は迷宮の出口に向かって歩き出した。
まあ、これから徐々にって感じかな。
ところで明日の依頼、どうしようか……。
この時点でまだ受けるかどうか決めかねていた俺は、明日の依頼の事を考えながらイオアトスの町へと戻って行った。




