100.ネルアリアさんはお見通し
俺の為に生きると宣言したレヴィアラは真っ直ぐにネルアリアを見据えていた。
……ちょっと待て。何故レヴィアラが俺為に生きるんだ? 言葉の真意が分からず、レヴィアラに目を向ける。
「俺の為?」
「そう。ワタシはこれからラドウィンの為だけに生きる。そう決めたから」
レヴィアラの表情は冗談を言っているようには見えない。
「小娘。お主がラドウィンの為に生きるのは勝手じゃが、妾とラドウィンはこれから仕事の話をするのじゃ。お主には関係ない。下がれ」
いつになく強い口調のネルアリア。だがレヴィアラを負けていない。
「嫌。ワタシも行く」
「ならん。下がれ」
ネルアリアが体をレヴィアラに近付ける。慌てて俺が二人の間に入る。
「二人ともちょっと待った。えっと……一旦話を聞きたいんだけど?」
レヴィアラが真っ直ぐな目を俺に向ける。やっぱり彼女の目は真剣そのものだ。
「何で俺の為に生きるってなった?」
レヴィアラは俺とネルアリアに交互に目を向けながら静かに話し出す。
「ラドウィンは言ったよね? もうワタシは自由だって」
「まあ……言った……か?」
「言ったよ。だからワタシはラドウィンの為に生きるって決めた」
「いや、話がだいぶ飛んでる。何故俺なんだ?」
「ワタシを……助けてくれたから」
確かに俺はレヴィアラを助けた。でもそれは目の前で人に死なれたくないとか、もしあの迷宮に本当にレヴィアラを捨てて行ったら罪悪感が残るとかそう思ったからだ。
レヴィアラだから助けたっていうわけじゃない。感謝はしてもいいと思うけど、俺の為に生きるとか、それは少し極端というか……
「ワタシはいつ死んでもいいと思ってた。だからあの時にもう死んでもいいと思った。だけどラドウィンは捨ててもいいって言ったのに助けてくれた」
「それは別にあそこで死なれるのは……」
「ワタシの命を助けてくれた人間は今まで頭領しか居ない。ワタシはこれまで頭領の為に生きてきた。だから今日からはラドウィンの為に生きる。解った?」
「解ったって……。それで俺の為って一体何をするんだよ?」
レヴィアラが上を見てうーんと、考える素振りを見せる。
「分かんない。けど、側にいる。ラドウィンがワタシに何かして欲しい事があったら全部する」
全部って……。やっぱりこいつは骨の髄まで奴隷気質が染み付いているんだ。小さな子供の頃に奴隷として売られ、売られた先でも殺し屋として育てられて、頭領の命令だけに従って生きてきた。
自分の意志で何かを決定するという人生を歩んでこなかった。初めて自由になって、どうしていいのか分からなくなっているだけだろう。
と言っても今ここで彼女にそれを説明して納得するだろうか? レヴィアラの意志は固そうだ。
そのやり取りを黙って聞いていたネルアリアが口を開く。
「では小娘。お主はラドウィンにその身を捧げる、ということじゃな?」
「そう。そのつもり」
そのつもりって……簡単に言ってるけど。
「ではラドウィンが死ねと命じればお主は死ねるか?」
「お、おい! ネルアリア!」
「この小娘の覚悟を問うておる。答えてみよ」
覚悟って。そんな簡単に死ねと言われて死ねるわけなんか……。
「死ねる。当然。ワタシはそのくらいの覚悟は出来てる。ただ……」
「ただ、何じゃ?」
レヴィアラは少し目を伏せてから、また俺に真っ直ぐな目を向ける。
「それがラドウィンの為になるなら……。無意味に死ぬのはちょっと嫌かな」
その答えを聞いてネルアリアが俺の顔を覗き込む。
なんて意地の悪い事を聞くんだ、この女は。
ネルアリアはくるりと振り返り、出口に向かう。背中越しにレヴィアラへ声をかける。
「小娘。ラドウィンとの同行を許可してやろう。だがこれから妾の屋敷で見聞きした事は他言無用じゃ。分かったな」
「ええ」
レヴィアラが薄い笑顔で応える。
ネルアリアが俺にも目を向けて、念を押すように頷く。
結局、ネルアリアの屋敷には俺とレヴィアラで向かう事となってしまった。
◇◇
ネルアリアの屋敷に向かう道中の馬車の中。俺の隣にはレヴィアラ。そして向かい側にネルアリアが腰掛けている。
で、レヴィアラと俺との距離が近い……。ちょっと馬車が揺れただけでお互いの肘が当たる位置にレヴィアラは座っていた。当のレヴィアラはご機嫌な笑みを浮かべている。
充分な広さがあるベンチだから少し離れて座って欲しいんだけど、言い出せなくてその距離感を保ったまま馬車は進んで行く。
馬車の中は沈黙が続いていたが、ネルアリアがその沈黙を破る。
「時に小娘。名は何と申す?」
「レヴィアラ」
「レヴィアラか。アイアンランクのようじゃが、冒険者になったのは最近か?」
「ええ。そうよ」
「ふむ……」
ネルアリアの視線が、レヴィアラを観察するように頭から爪先にかけて動く。
やがてレヴィアラの腰にある刀で止まる。
「極東の剣術を使うのか?」
「ええ、そう」
俺の隣でにこやかな笑顔を浮かべているレヴィアラだが、実は馬車に入ってからもネルアリアに対する警戒態勢だけは緩めていない。元殺し屋で染み付いた習慣なのかどうか分からないが、いつでも動けるような体勢は一切崩さずに腰掛けていた。
「なかなかの使い手のようじゃな」
どうやらネルアリアもレヴィアラの警戒態勢には気付いているようだ。
笑みを浮かべたネルアリアが俺を見る。
「なかなか面白い女を懐柔したようじゃな、ラドウィン」
「言い方!」
別に懐かれたいわけじゃねえよ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークがまだの方はぜひよろしくお願いします。




