10.副団長(強引)
一介の冒険者である俺に礼を述べながら深々と頭を下げるルキュア副団長。
身内の知り合いだから礼儀としては当たり前なんだろうけど、騎兵師団の副団長に頭を下げられるのはさすがに恐縮過ぎる。
慌てて声をかける。
「いえいえ、お世話だなんてとんでもない。僕の方がベンゼル君には助けられてましたから」
「そんなご謙遜を。弟から貴方は素晴らしい冒険者であると伺っております。弟がミスリルランクまで昇格出来たのも貴方のお力添えあってのことだと」
「いやいや、それはベンゼル君の普段の努力の賜物ですよ」
こそばゆいぐらい持ち上げてくるルキュア副団長。ホント、ベンゼルはこのお姉さんに俺の事、なんて伝えてるんだ?
「で、失礼を承知でお伺いしますが、本日はどうしてこのイオアトスに? 何かベルアド武器店と関係が?」
そうか、このお姉さんは俺がベンゼルのパーティーを抜けた事はまだ知らないんだな。今でも王都でベンゼルと同じパーティーにいると思ってるんだな。
「ええ。実は数日前にベンゼル君のパーティーを脱退して、こちらに拠点を移してるんです。それで……」
何故、ベルアド武器店の配達を手伝っているかの説明をすると、ルキュア副団長はふんふんと頷きながらも少し驚いた様子ではあった。
「そうでしたか。でもラドウィンさんは弟の事はそれでよろしかったのですか?」
「ええ。彼らはもう充分に強いですし、僕なんかのサポートは必要ないです。それに僕は一人でマイペースにするのが性に合っていますから」
「なるほど……。承知致しました」
ただ話を聞いているだけなのにこのお姉さんのオーラが凄い。美人だからかと思っていたが、どうやらその騎士然とした態度や物腰から伝わる雰囲気から来ているもののようだ。
この若さで王国騎兵師団の副団長にまでなったのも納得の風格だ。
ひと通りの話を終えたので、今度こそ本当に帰ろうとして話を振ろうとすると、
「ラドウィンさん、今お時間よろしいでしょうか?」
「はい?」
「実は今、鍛錬場で鍛錬をしていた最中なのです。よろしければ見学していきませんか?」
「騎士の皆さんの鍛錬をですか?」
「ええ。鍛錬だけでなく、折角ですから建物の中も案内しますよ」
ど、どういうこと? 何故このお姉さんは俺に騎士の鍛錬を見せようとしてくるんだ? そしてルキュア副団長の先ほどまでの風格が、”まさか断ったりしませんよね?” という圧に感じる……。
「そ、そうですね。滅多にない機会ですし。お言葉に甘えて……」
おじさん、若い娘の圧力に屈しました。
◇◇
前を歩くルキュア副団長が建物内の設備を一つ一つ丁寧に説明してくれる。その説明を聞きながらルキュア副団長が何故、俺に建物を案内するなどと言い出したのか、その理由をぐるぐると考えてみる。けど何も出てこない。
そして建物内ですれ違う騎士の皆さんがルキュア副団長を見かけると踵を揃えてお辞儀する。そしてその後に続くおじさんに誰? という視線を向けてくる。当然の反応です。そんな懐疑的な目を一切向けない強者な騎士も数人いたけど。
見目麗しい副団長が連れている冴えないおじさん。そりゃ変ですよね、自覚してます。
そんなおじさんの気を知ってか、知らずかルキュア副団長は実に懇切丁寧に建物の中を案内してくれる。
しばらく奥へ進むと、木剣がぶつかり合う音が廊下まで聞こえてくる。
「こちらが我がイオアトス支部の鍛錬場となっております」
ルキュア副団長と共に鍛錬場の中に入ると、幾人かの騎士が木剣を打ち合っていた。手の空いている騎士達がルキュア副団長に向かって頭を下げる。
人数は二十人ぐらい。もちろんこれが騎兵師団全員ではなく、それぞれの任務で町に出ている者もいれば、建物内の別の部署で執務をしている者もいる。
今この鍛錬場にいるのは、そういった騎士を除いた一部ということだろう。
皆、ルキュア副団長と同じデザインの軽装を着ているところを見ると、これが騎兵師団の鍛錬着なのだろう。
若い騎士達の奇異の目に晒されながら、今打ち合っている騎士の動きに注目する。
皆動きがいいな。反応もいい。さすが騎兵師団を名乗るだけある。
冒険者は我流で武器を扱う者が多い。ちゃんとした師匠に付いて、武器の扱いを教わったことがある冒険者は半分ぐらいだろうか? なので良く言えば個性的なのだけど、悪く言えば不格好な扱い方をする。
まあ色んな魔獣を相手にするから形にハマることが正解って事もないからいいと思うけど。
そんな冒険者達と比べるのもおこがましいが、やはり騎士達の剣筋は皆キレイだ。
洗練されているという言葉がピッタリだ。
その若い騎士の打ち合いを見ていると、ルキュア副団長が声を掛けてくる。
「どうですか?」
「素晴らしいですね。皆さんの普段の研鑽の様子が垣間見れて感心しています」
「ありがとうございます。ミスリルランクの冒険者にそう言っていただけると、我々も自信になります」
いや、本当にもう持ち上げないで欲しい。俺はそんな偉そうにもの言える立場じゃないから。
少し困惑していると、ルキュア副団長が隣から俺の顔を覗き込む。
「ときにラドウィンさん。一つお尋ねしても?」
「何でしょうか?」
「弟……ベンゼルの強化魔法はラドウィンさんから見て、いかがでしたか?」
俺の最大のアイデンティティである強化魔法。これを使える戦士タイプの冒険者はほとんどいない。けど、俺の身近に一人使える奴がいた。それがベンゼルだ。
けど彼は俺ほどの身体強化は出来ない。だからいつも俺に特訓をせがんでいた。
まあ最近は頭打ちになっていたから、俺に頼まずに一人で頑張ってたみたいだけど。
このお姉さんはそのベンゼルの強化魔法のことを聞いてきている。なんと答えようか……。
「んー、伸び代は感じるんですけど……あとちょっと殻を破れないって感じですかね。本人はかなり努力していますからじきに伸びると思いますけど」
ん。我ながら良い返しだ。そう手応えを感じた。
「なるほど。教えていただき、ありがとうございます」
「いえいえ……」
「ラドウィンさん。もし良ければ軽く体を動かしていきませんか?」
「え?」
「ぜひ、私と手合わせをお願いしたい」
「ルキュア副団長と、ですか?」
「はい。是非」
ルキュア副団長の切れ長の瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。
これは冗談ではなく、本気の目だな。
もう一つこの姉弟の似ている所を見つけました。こういうちょっと強引な所ですね。
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