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6話:降ってきた石像

「樹海が⋯は、はは、この夢を見るのは、何度目だっけな」

「夢ならこの(ねつ)はなんなんだ」

「あの光はいったい――」


 風車を背後に、門前に立った街人三人が瘴気を割って空に差しこむ光を見上げる。光のなかから、流れ星のようなものが降ってくるのが見えたのはそのときだった。


 その三つの星は黒、緑、ピンク色に輝いていて、見れば見るほど石像にそっくりで、そっくりで――とゆーか石像で!?


「「「ご先祖様が落ちて来たぁぁぁぁぁあッ!!!」


 ドゴーーーン、と大きな音を立て、石像が三人の足元に頭から刺さった。


「「「じょじょじょ!成仏あれ成仏あれ成仏あれッ!」」」三人が拝み倒すのをよそに、


 緑のローブを着た石像が飛び起きた。


「割れてねえか⁉︎割れてねえよなこの器(・・・)⁉︎」


 黒いローブの石像が続いた。


「やだよぼくッ! せっかくアイバンパ倒したのにご先祖様壊して怨まられるとかプラマイゼロ!むしろマイナスぅぅーー!!」


 最後にスッと立ち上がったのはピンクのローブだ。


「シルの【大樹の皮をツタで体に巻いて、風魔法で一気にぶっ飛び大作戦】⋯⋯冷静に考えるとこのカラダ、酸欠になる要素ないじゃないの」


 ⋯⋯盗、いえ、お借りしたローブが燃えずにすんだけど⋯⋯ボロボロだし、とスソを持ち上げると、


「これは⋯! 樹海が燃えているだとッ! おいみんな! はやくでてこいッ!」


 源光の街の門から、男が太くおらぶ声が聞こえた。

「「「メルク!!!」」」呆然としていた街人三人が声をそろえる。


 男が駆け寄ってきた。


「三人とも何をしていたんだ!様子見に出ると言ったまま帰って来ないから後を追ったが⋯⋯これはいったいなにが。 ――ッ、石像が動いているだと⁉︎」


「待てメルク!」

「それより、それよりも、いま、アイバンパを」

「ああ⋯! アイバンパが倒れたとは、ほんとうですかご先祖様⋯!」


「アイバンパが――ッ⁉︎」


 メルクに続いて集まった源光の街の人々がざわめく。そして、誰もがそれを事実と即座に理解した。

 何度火をつけようと くすぶることもなかった樹海が燃えているのだ。暗闇しかなかった外の世界の空を、光がひらいているのだ。真偽を確かめるまでもなく、その言葉は、ゆっくりと心に染みていく。


「おにいちゃーーーーーんっ!」


 みんながマバタキも忘れ涙を流し、その光景を視界に焼き付けるように見るなか、ちいさな影がヒョンに飛びついた。


「メルル!」ヒョンが優しくその体を受けとめる。


「おにーちゃん! ほんとに、ほんとに、」

「落ち着けってメルル、おう。 アイバンパの見せた悪夢は、今日で終わった」


 お前のおかげだな、と小さな頭に手を置くと、「わたしのおかげ?」と泣きじゃくるメルルの髪に、ヒョンはカザグルマをさしながら、鼻をこする。

 

「まあなんつーの、石碑に書いてあったろ? お前が、“希望の光”ってヤツだったんじゃねーの?」

「おにーちゃんは、ほんとうにヒーローだったんだねっ!」


「ひー、ろー? それはいったい⋯⋯?」


 何が起こっているのかとメルクが、花のような笑みを浮かべた少女と三人の石像を見回しながら呟いたときだ。


「あっ! もしかしてあれって!」

「⋯⋯⋯やっと見れたな。 そうだぜメルル、あれが、この世界の星みてーだな」


 メルルの小さな瞳が大きく輝く。瘴気の薄れゆく空に、ほんの小さな星が煌めくのが見――「――ねえマイニー、ぼくらもけっこー頑張ったんだけど蚊帳の外だね?」「いまはヒョンにカッコつけさせといてあげなさい」


 源光の街の誰もが空を見上げるなか、シルとマイニーがニヤニヤとヒョンを見ながら笑う。そのとき、大きなお腹(・・・・・)をかかえた女性がゆっくりと近づいてきて、メルクが焦ったように駆けつけた。


「うう⋯⋯メルク。 なにがあったの?」

「シルビア! 無茶をしてないけない!キミは安静にしておかないと」

「無茶を言わないであなた(・・・)。 私だって⋯⋯あとになって知るなんてもうイヤよ」


「シルビア⋯⋯」


 樹海を一目。それからメルクの目を真っ直ぐに見たシルビアが、その大きな胸に顔をあずけた。メルクが頭をよせる。


「すまない⋯昼間アイツらに止められていなければ、俺はキミを置いて樹海に出るところだった。

 ただ、もう怯える必要はなくなったんだ。

 

 彼らが、アイバンパを討ってくれたんだ⋯!」



 ――アイバンパを――?



「そうだ! 俺たちはもう、光のなかで怯えなくていいんだ――ッ!」



 メルクの大きな声に、源光の街のみんなが一瞬の静寂のあと、この瞬間を待ち侘びていたとばかりに大歓声をあげ、三人に感謝の言葉が飛ぶ。そして、


「――そうですぼくたちがやりましたッ!」


 と、このときを待っていたとばかりにシルが両手をふって大歓声を受けとめると、


「あなたたちが、アイバンパを⋯⋯?あれ?」シルビアがマイニーのローブを見て言葉を止めた。

「その服⋯⋯、わたしの」


「そうです泥棒(そっち)もぼくたちがやりましたッ!」

 

 そしてシルが胸を張ったまま地面に手をついた。

 

「⋯⋯それと。 ごめんなさい。 シルファンさんの石像、持って帰ってこれなかった」


「⋯⋯お義父さんの? キミたちはいったい」


 言葉に詰まるシルビアを案じたメルクが聞くと、シルは目を地面に向けたまま、経緯を話す。シルたち三人の魂の異常、異世界から来たこと、


 “オッサンイタクナーイの実”を娘に渡して欲しいというシルファンの願い、そしてアイバンパを消滅させた光を生み出すとき、シルファンの石像が流風に飛ばされていたこと。


 シルビアは、一度だけシルに「どうかお顔を上げてください」と言ったきり言葉をはさむことなく、ただただ最後までまっすぐにシルを見た。涙をこらえて、ただ静かに頷き続けると。

 

お産痛くなーい(・・・・・・・)の実⋯⋯。


 ほんと、お父さんらしいというか」


 バカなんだから⋯⋯と、もう一度、メルクの胸に顔を沈めた。



「お産痛くなーいの実?それじゃオッサンってのは⋯」


「その実は、正確には【ハンゲツの実】というらしい」


 メルクが頬をかく。白くなり始めた空と黒く燃え尽き始めた樹海をちらりと見たあと、視線を落とす。


 ヒョンの膝では、満足そうな顔のメルルがよだれを垂らしている。


「大昔、『大怪我をおって倒れた中年男性が偶然近くにあったその果実を食べて、たちまち元気になった』という逸話があってね。


 そのことから、“オッサンイタクナーイ”というフザけた別称で呼ばれるようになったようだ」


 やっぱりフザけてるよね!とシル。静かに、とマイニー。


「オッサン⋯⋯いや【ハンゲツの実】のなった場所の近くには、【ハンゲツ(ソウ)】という草がなるらしく、そのふたつを煎ずることで【メイゲツ】という薬が出来るらしい。


 その薬は、【失われた生命さえも取り戻す】と言われている、とウチにあった紙に書かれていたよ」


「私、子供の頃から体が弱かったんです。それもあってか、私が腰を痛めたのをきっかけに、納屋を漁ってその本を見つけたみたいで」


 ⋯⋯【お産痛くなーいの実】、ほんとお父さんらしい受け止めかただわ、とシルビアはまぶたを細めて微笑む。


 マイニーがゆったりとしたローブのスソを持ち上げると「この服、だから大きかったんだ」シルビアのお腹を見ながら微笑んだ。



「おお、これはオレにもわかるぜ? シルファンのオッサンの娘は病気じゃなくて妊婦だったのか!」



 めでてえ話じゃねえか良かったな!とヒョンがしがみついて離さないメルルの頭を撫でながら、横に立つメルルの母に「おばちゃんはシルビアのねーちゃんの先輩だなっ!」っと笑う。


「あんたねえ、言い方が野暮なのよ!」ブックの角がヒョンの頭に落ちた。


「だけどほんとよかったよー。 そーならシルファンさんも先に言っといてよね」

「しかたがないわよ。きっと魂の迷宮にたどり着いて一ヶ月、ずーっとシルビアさんのことだけを考えてたんだわ。


 ぽっとでてきた得体の知れない私たちに一縷の望みをいだいた反面、もしも娘さんやお腹のお子さんに危害があれば⋯⋯なんて不安になったんじゃないかしらね」


「⋯⋯そっかあ。そんなもんなのかなあ」


 シルは顔も知らない両親を思い浮かべてみたあと、


「アイバンパは弱ってたのかな?だからその実を探して」

「まっ、こまかいことはいいじゃねーか。 オレはオッサンの娘を思う気持ちが起こした奇跡、っつーほうが好きだしよっ」


「おっ、今日のヒョンはロマンチックだねえ〜」


 にしし、と笑うシルに「うっせえ」――とヒョンが膝のメルルを起こさないようにそっと頭を小突く。


「まっ、つってもご覧のとーりでよ。“オッサンイタクナーイ”も⋯⋯オッサンの石像もよ。 オレらはなんも手に入れれなかったんだけどよ」


「いいえ⋯父の石像は⋯⋯いいんです。じゅーぶんな幸せをいただきました。 なにより、あなたたちが無事でよかった。

 ただ、実が見つからないとあなたたちは⋯」


「それこそ気にすんな! どーにかするわ、こっちの問題だしよ」


 ぶっきらぼうだが気遣いの見える言葉に、シルビアがマブタを細める。


 そのとき、一夜中周囲で静かに話を聞いていた源光の街のみんなが、ぽつりぽつりと声をあげ始めた。


「⋯⋯もしかすれば、運良く残っているんじゃないか」

「ああ。 この子たちは、この世界の恩人だ」

「ミッション、だったよな? 恩人をこのまま、この世界に置いておくわけにはいかないよな?」


「「「やるぞ!オレはやるぞ!」」」


 街の声を代表するように声をあげたのは、メルクを止めていた、そして流れ星に度肝を抜かされたメルクの友人三人だ。


「おいメルク! シルファンのオッサンの石像だって希望は捨てるにゃまだはえーぜ!」

「そうだ! オレはずっと思ってたんだ! アイバンパのヤローは石になったご先祖様たちを壊さないんじゃなくて、壊せねーんじゃねえかってよ!」


「どうだ、今度は止めねえ⋯! 俺たちの手で、“オッサンイタクナーイの実”とオッサンの石像を探しに行こうじゃねえかよ!」

「お前たち」


「メルルも行く!」


 ヒョンの膝から、メルルが顔をガバッとあげて宣言したのはそのときだ。


「聞いてたのかよ⁉︎いや、お前はここで」

「ううん! メルル、決めたの! おにーちゃんたちを助けて、おじーちゃんを探しに行く! だってヒーローがワルモノを倒してくれたからっ!」

 

 困ったようにヒョンがメルルの両親に目を向けるが、二人は我が子の有志に涙を流してうなずいている。その横で鼻水にまみれているのが祖母だろう。が、


「ねねっ、もーひとりのヒーローのおにーちゃん! メルル、わるいこなのかな」

「あははっ、決めたのにまだ悩んでるんだ?」

 

 いい子に決まってるぅ、っとシルが頭をなでたところで、「恩人のみなさん!」「⋯⋯シルビア」「ここで」「ここで待っていてくれ!」


 希望の光を帯びた目のメルクを先頭に、源光の街のみんなが“樹海だった大地”に初めて足を踏み入れた。



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