5話:決着、アイバンパ
「この世界は魔力が薄いんじゃなかったのよ! 自然に存在する魔力をアイパンパが吸収してたんだわ!」
暴君は魔法も乱暴だ!とシルが二人の手を引いて黒樹のスキマを走り出した。
「この炙り出すような炎、まだオレらの居場所が特定できたわけじゃねえはずだ!」
「でもどこに逃げよう!」
「街よ! 光に入れば追って来れないもの!」
「さすがマイニー!」
「ありがとう!問題は街の方角がさっぱりわからないことよ!」
頬を引き攣らせたマイニーが言ってシルが苦笑いしたとき、ヒョンが「いまの!」耳を澄ました。
多方から鳴る爆発音を音魔法で聴覚から除外していく。カラカラと回る小さな音をヒョンの鼓膜がキャッチしたのはその直後だ。
「メルル――⁉︎」ヒョンは足を止めると同時、横に飛んだ。
「はっっ、運命は敵に回っても希望は見捨てねえってよ! ついて来い!」
小さな光明に照らされたようなヒョンの声を追って、シルとマイニーは走る。
そして、
「カザグルマだ!」
「ナイスよヒョン! シルファンさんの導きだわ!」
「おそなえしとくもんだね!」
さんきゅーメルル!っと笑ったヒョンがシルファンの石像の足元からカザグルマを手にとる。
「あとは目印を辿れば街に――」
樹海を溶かす猛火が大樹の小枝を渡り壁のように立ち塞がったのは、三人が赤い布を探して横を向いたときだ。
ヒョンが笑う。
「よおシルマイニー。酸欠で死ぬのとアイツに一矢むくうのどっちが好きだ?」
「断然後者ね」「ぼくは死にたくない」
火は葉から葉へとうつり、しなやかなツタと大枝、太い胴体だけを残してその進行を続けている。
火の粉が、燃える小枝が。雨のように降る――。そのなか、シルが何かを閃いたように、
「あのツタと皮、完全防火性能持ちかなんかじゃない? 巻いてみない?」
「いいえ、少しずつだけど火がつき始めているわ」
「異世界七不思議ふたつめ、っていいてぇとこだけどよ、そう都合よくもいかねえか」
シルが「いや少しもてばいいんだ、火のエネルギーとぼくの風で気流を作って⋯だめだ魔力がもたない」と口早に呟きながら逃げ道を探す横で「エネルギー⋯⋯?」――マイニーがヒョンの手元を見ながら呟いたときだ。
『いつからか。静寂を混濁させる目障りな光を掲げだしたのは。永久に美しきを理解できぬ哀れな種よ』アイバンパが、樹海の根に足をつけた。
そして「⋯⋯ん?」ヒョンが眉をしかめた。
「せいじゃくをこんだくさせるめざわりな、とわ⋯⋯⋯異世界言語か?」
黒い瞳を細めたアイバンパが指を上げると同時、樹海の木々が根を鋭く持ち上げた、「――ッ!」反射的に体をくねらせたヒョンの肩から下が飛んだ、「ヒョンッ!」「違う!落ち着いてマイニー!」いや、吹き飛んだのはヒョンの右腕を隠していたローブだ。
『何⋯?』アイパンパの眉が跳ねる。
『石像⋯だと?』
アイバンパの眉がこれでもかと跳ね上がる。
『なぜ石像が動いている――!』
自身が生命力を奪ったはずの石像が意思を持ち、あたかも人間のそれのように自在に動いている。
その動揺に追い手をかけるように、マイニーがヒョンの手元を見たあと不敵に笑った。
「ねえ、その秘密知りたくないかしら」
『⋯何?』
マイニーの意図を理解したシルがいたずらっ子のように笑う。
「異世界から、こことは違う世界から来たって言えばどうする?」
『世界を渡って来ただと⋯?』
ヒョンがガザグルマを足元に投げ、シルファンの足元から大剣を抜いて飛び出したのは、『小賢しい、それが事実であれ虚構であれ、生命の力を得れば分かることだ――』牙を剥き出したアイバンパを中心に大樹の根が三人を襲ったときだ。
「【シールドヴォイス!三重奏!】ッ!」
「【風穴】ッ!」
反射的に全魔力をこめたヒョンの咆哮が円状に障壁のように広がり、そこに根の先端が衝突すると同時、シルの風がシールドヴォイスの中心に小さな穴を開けた。声を風が拡散した。魔法の相性を逆手に取った連携プレーが、障壁に風穴を開けた。
「うおおおおらあ――ッ!」その穴を大剣を高く構えたヒョンが抜ける。視線が、間近でぶつかる。
アイバンパの黒い瞳が真紅に輝いたのはそのときだ。
『吼えろ哀れな種よ!その声が私に届くことはない! その遠吠えが消える瞬間のみ、
貴様らは輝くのだ――
【生命の力を喰らう瞳】』
「――ッ! ⋯ん?」そしてヒョンの振り下ろした大剣の刃がアイバンパの爪ごとその牙を叩き切ったのはその直後だった。
「ヒョン! なんで生きてるの⁉︎」「知らねえけど言いかたあんだろシル! つーかあいつなんつった?
ほえろあわれな⋯あいばんぱ?」
『なぜ、私の瞳がァァァァア――ッ』
――アイバンパの真紅の瞳を見た者は芯を喰われ抜け殻となる。
それはこの世界に古くある伝承でありアイバンパの能力を正確に捉えている。
それは、その瞳で捉えた肉体の生命力を喰らうもの⋯⋯
なら、最初から、中身と器がアベコベであれば――
『許サンッ、ユルサンぞォォォオッ! 我が造形物如きが牙を剥き我が牙を貫くなド――ッ!』
「オレの創造神はかーちゃんだっつーの!」
アイバンパの肉体から無造作に放出された炎の塊が八方に飛ぶ。それと同時、大剣を投げたヒョンが「シルのゆー通りだな。暴君は魔法の使い方が雑だ」後ろに飛んでかわしたときだ。
「準備できた! いくわよヒョン――!」
「おう」
不敵に笑ったマイニーの目配せから、あのとき少女が希望をこめたカザグルマを渡してから、
その風を吹かすにはじゅうぶんな時は流れた。
「シルッ! お願い――ッ!」
「――うわ、ブックの魔力ってすごいね!【風魔法・流風順回転ッ】」
ヒョンが魔法陣に囲まれた二人の横に立つと同時、シルが自分の魔力とブックに残った魔力を全開放した大きな風が樹海の木々を揺らした。
――いくつものツタが、規則正しく回転する。
『ふ、ふふは!この程度で我を吹き飛ばせると思うか石像がァァァァアッ!』
「どっちが重てえか勝負してみっか?」
わんわん、わわーーーんとヒョンが遠吠えをあげたとき、
「マイニー、ところでその箱なーに?」
「おばあちゃんに貰ったの!」
小さなカザグルマを接続した動力発魔装置を握りしめたマイニーが、宙に描いた小さな魔法陣を見ながら言った。
カラカラと音を鳴らすそのメルルのカザグルマが、ほんの小さな魔力を継続してマイニーに届ける。
おばあさんから聞いたそのシステムを魔法陣にしブックに描くことで、自分の持つ魔力のほとんどを消費したマイニーが、ブックの具現化を維持するために必要なほんの小さな魔力――
「【魔法陣連続展開起動!】」
――そしてブックは高度な魔法陣を高速に展開起動するための魔導ギアでもある。
『な、何をしている、この魔力の流れは――』
「風車とかした大樹の回転運動エネルギーを魔力に変換してブックに流しこんでるの――」
それは【源光の村の動力発魔システム】を再現するようマイニーが作り出した、収集、変換の魔法陣。
魔力が、ブックに充満していく。
『“魔”がッ! 石像が、我に逆らうだとッ――』
アイバンパが、尻尾を巻いたように地面を離れようとした、そのときだ。
カラカラと回るカザグルマと動力発魔装置を手に、もう片方をブックに、マイニーが言った。
「逆らうわ! この世界の流れを独り占めしたあなたが、逆らい続けた人々の流れに呑まれるのも悪くないでしょうよ――!」
カザグルマをその手に戻したヒョンが勝利の咆哮をあげた。
「いまさらお前がきゃんきゃん嘆いても浮かばれねーだろうがな。
むくいを味わえクソやろう」
歴史の流れを、膨大な魔力の流れを、ブックから受けとめるシルが、古く終わらぬ暗闇の中でもそれを絶やすことのなかった人々に、新光の芽生えを届ける。
「即席光魔法――!【流光の灯】――!」
鬱憤とした樹海の空を、止まぬ光が照らした。