3話:風車と風車
みっつめの異世界を書いたあたりでタイトルをつけたのですが、この回のヒョンたちは悪ガキというより気のいいヤンチャなにーちゃんだ⋯⋯。
「何お願いしてるの?」
「当ててやろーか?もっとかわいいサングラスが欲しい、だろ?」
「えっ⋯?」石像に向かって手を合わせていた少女がふりむいた。
「違うよ! えっとね、お空が見れたらいいなあ、って」
「空?」
「うん!だって樹海の瘴気で外の空って暗いんだよね? それってどんな景色なのかなぁって」
「⋯⋯太陽が見たい、じゃないんだね」とシル。
「まぶしいのは飽きちゃった。 暗いお空がみてみたいのー!」と、少女。
無邪気な笑みにシルの目が細くなる。こんな世界でも、子供は強いな、と。自然と頭をなでようとしてローブから手を出しそうになる。しかし、細めるマブタがなかったことに気づいてシルが手をひっこめると。
「おにーちゃんたち、この街のひとじゃないよね? わたしメルル! 外から来たの?」
「おう? お、おう、外っちゃ外だよな?」
まさか少女のお祈りしていた石像に体を借りて、違う世界から来たとは言えない。
「うわあ、初めて見た! 真っ暗なお空ってこわい?それとも綺麗?光がない景色って、わくわくする?」
無邪気なメルルの期待に、二人は返す言葉が出ないが、
「⋯⋯やっぱオレらみてーによ、外から来る人間って珍しいのか?」
「うん! おとーさんのおとーさんがちっちゃいころに子供のおばあちゃんが来たのが最後なんだって!」
メルルちゃんのお父さんのお父さん⋯⋯つまりお爺さんが子供のころに、同じく子供だったお婆さんが来たのが最後って事かな?とシルがフォローすると、メルルはこくりとして。
「おじーちゃんは外に出て行っちゃったんだって! メルルが生まれるよりも前に!」
「外に?」
「うん! だから見たことないの!」
と、メルルはあっけらかんとした顔で言う。
「おばあちゃんね、街を守る風車が故障して、この街に逃げてきたの! だけど、そのときに仲良しだったお友達家族と別れたのがずっと心配で、死んでも死にきれないっていつもいってたんだって!」
「メルルのジーちゃんは、それを確かめに源光の街を出たのか」
「うん!おとーさんがそう言ってた! メルルね、いつかおじーちゃんに会えたらいいなって思ってるんだあ」
「⋯⋯そうか」
⋯⋯この子はこの現実で、お婆さんもお爺さんも、と二人は言葉を飲む。メルルは微笑む。
「だって『友達一家は無事だったぞ!ばあさん愛してるッ!』って離れた街から光信号で連絡があったんだってえ!
おばーちゃんたら顔真っ赤にしてるんだよ今朝も思い出してた!」
「そうかうん、それは多分会えるよ。おじいちゃん元気いっぱいそうだね」
「逆に言やあ、そのジジイが来た道戻るのを躊躇するくれえ外は危険って事だけどよ」
⋯⋯ところでメルルちゃん、光信号って何? この街を出るときに、おじいちゃんが作ったんだって!風車の高いところから大きな光を点滅させるの! じいちゃん色々と優秀ぅ、とシルが感心したように肩を持ち上げると、メルルがいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「ほんとうはね、メルルが探しにいこーかなって思うけど、外に出るのはダメだっておとーさんもママも言ってたから、どーしようか迷ってるの。
メルル、わるいこなのかな」
「あははっ、迷ってるんだ?いい子だねっ。 だけど、ぼくもいまのメルルちゃんだと、お父さんたちに賛成かな?」
そっかあー、とメルルは「ほんとうはね」と言葉を繰り返す。
「ほんとうはね、さっき、空が明るくなって、おばーちゃんがまたおじーちゃんに会えますように、って石像さんにお祈りしてたんだっ。
この石像さんたちは、メルルたちの街を作るために、アイバンパと戦ってくれたご先祖様だから」
「この世界のヒーロー、ってわけか」
「ひーろ?」
首をかしげるメルルにヒョンは儚げに微笑む。
「そうか。この世界じゃ、そんな幻想に憧れることすら出来なかったんだな。
⋯⋯よおシル、ちょっとカッコつけていいか?」
「いいよー!どうせならおもっきりやっちゃってえー!」
??と顔を左右に不思議そうに動かすメルルに、ヒョンは周囲を確認しながらフードを持ち上げた。石の口を隠すバンダナが、花緑青にのぞくと、「いいかメルル、秘密だぜ?」と硬い唇に指先をあてたヒョンが、サングラスを外して石の瞳を真っ直ぐに向けた。
「見ろよこの目、そこの石像たちと同じだろ? オレたちよお、お前の願いを叶えるために違う世界から来たヒーローなんだよ」
「ひー、ろー?」
「そーだな⋯⋯すっげえ強いヤツってことだ」
「アイバンパよりも、ずっとずーっと強いヤツってことだよっ」
「アイバンパよりもっ!?」
ほんと!?っとメルルの目がまたたく。
「タブンホントウ」ヒョンの石の目の奥の目が死んだ魚のようにまたたく。
「えっ、じゃぁ、あの、どーしよう!」
「メルルちゃん?」「メルル?」
「えっと⋯⋯そうだ! あとでぜったい、また持ってくるから、ご先祖さまごめんなさい!」
何かをしきりに悩んだメルルが、お祈りしていた石像の足元から、小さな何かを手に取る。
それはメルルを見つけたとき、石像の足元にさしていた、
「⋯⋯ちっちぇ風車?」
「⋯⋯風車、だ」
「メルルね、いつもお祈りに来るときこれ作ってもってくるの!」
だから今日は、ひーろーのおにーちゃんにあげるっ、とメルルはちいさな手でにぎった小さなそれを、ヒョンの顔前にさしだした。
「ちっちぇ風車⋯⋯」それをじっと見つめるヒョン。
「おとーさんがね、小さな希望かも知れないけど、メルルの作ったかざぐるまが世界中の風に吹かれるようになったら、この世界はもっと明るくなるのにねっていうんだっ!」
「小さな希望」ヒョンが、声をもらすように言った。
「この濁り切った世界の風を光に変える希望の風車⋯⋯か、ありがとなメルル」
「よっ!さすがヒーロー!」
うっせえ!とヒョンが照れくさそうにシルをはたくと、
「ところでメルルちゃんぼくのはなーい?」シルはすかさず手を出した。
「ごめんね、一本しかもってきてないのっ!」メルルがあっけらかんと笑う。
「そっか残念」シルが楽しげに笑いながらその手でちいさな頭をなでた。
「あっママだ!」
そのとき、メルルがシルとヒョンのスキマから、ひょっこりと顔を出して叫んだ。
振り返ると、不安そうに顔をしかめた女性が駆け寄ってきているのが見える。
「よかったねヒョン?ヒーローの次は不審者デビューだっ」
「お前も同罪だからな」
フードを深める二人をよそに、メルルは元気いっぱいに駆け出した。
「じゃあねヒーローのおにーちゃんたちっ! こんど一緒に、お星さま見せてねっ!」
「おう、お母さんには内緒だぞー!」
「だからヒョン、それじゃ完全に不審者だって」
あははっ、と笑って母親の手をにぎったメルルの姿が遠い光のなかに見えなくなったころ⋯⋯カザグルマにふっと息をかけたヒョンが、カラカラ回るそれを指先で止めた。
「⋯⋯どーすっかなあ。 とんでもない嘘ついちまったな」
「ほんと嘘つきなんだから」
マイニーがころころと笑いながらそう言ったのは、ヒョンが冷や汗たらたらに下を向いたときだ。
「⋯⋯嘘じゃねえよ、ミッションクリアには樹海に行く必要があんだろ?」
つーか盗み聞きしてんじゃねえよ、と続けると。
「ヒョンの言う通り! 樹海に行くなら、どのみちアイバンパってヤツを相手にする必要がありそうだもんねっ」
「そうじゃなくても、ほっとけないわよね」
「おう」「うん」
三人の目にはまだ、まばゆく照らされたひとけのない空間のなかに、笑顔で手を振る少女の姿が見えていた。
「っと、ミッションといやーよ? そういや本来の目的はオッサンイタクナーイとかゆー実を見つけてオッサンの娘に届けることだったんだよな?」
しばらくのあいだ静かにカザグルマを回していたヒョンが、思い出したように言った。
「あっそうだ、すっかりアイバンパ討伐が目標になるとこだったよ! どうマイニー、なんかいい情報あった?」
「いい話から言うと、おばあちゃんから動力発魔システムのおおまかな仕組みと、ちょっとしたプレゼントをいただいたわね」
「ってことは悪い話もあるんだ?」
「朗報とは言いがたいわね」
マイニーはヒョンのカザグルマを指先でそっと止めながら言った。
「まず、この世界の大部分は樹海だと思っていいわ。点在する“光のある街”から離れた場所は、すべて瘴気を放つ木が埋め尽くしているらしいの。
そしてここ数年でこの街から樹海に入った人はいないみたい」
⋯⋯シルファンさんをのぞいて、ね。と付け足すと、
「メルルの言った通り、メルルのじーちゃんが最後ってことか」
「ええ。そのお爺さんが助かったのは、その当時に大勢の人が樹海に出たからね。
持ち運び型の“動力発魔装置“を完成させて、命からがら普及した人たちがいたみたいなの。
それを手にアイバンパ討伐に世界中でたくさんの人が乗り出したんだって。
結局、瘴気が消えることはなかったようだけど」
どこかの街から、光を使ったメッセージで届いた情報みたいよ、とマイニー。
「あれ?でもメルルの話じゃおばあちゃんがこの街に来た最後の人だって」
「きっと“持ち運び型の動力発魔装置”を広めるために定住しなかったんじゃないかしら。
メルルちゃんのお婆さんは、最後に外から来た住人、ってことじゃないかしら」
「ほんまもんのヒーローっつーわけだ。
だけどよ、その持ち運びってのがどれくれえかわかんねえけど⋯⋯ライトの魔導ギアぐれえの光じゃ、アイバンパをさけることもできそうにねえな」
「樹海には猛獣が生息しているらしいから、そっちの影響もあると思うわね」
「願わくばみんな、別の街に着いて落ちついていて欲しいところだなあ」
メルルちゃんのおじーさんみたいに⋯⋯と沈黙が続きかけたところで、シルがもう一度口を開いた。
「⋯⋯見に行く、樹海? ここにいても、これ以上知れることなさそーだしっ。
ぼくたちにできることは、他の街に行くか、アイバンパを見てみるか――」
「メルルのじーさんと情報共有してみるってのはどうだ?」
「それはダメみたい。アイバンパか樹海の影響かはわからないけど、濃厚になった瘴気が光を遮るらしいわ」
「――選択肢は、それくらいしかなさそうだよね〜」
うーーん、とシルが唸るのを見て。
「結局いつも通りっってこったな!」ヒョンが笑った。
「ははっ、行き当たりばったり、ぼくららしくていいかあ」シルも笑う。
「嫌になるわね」マイニーが頭を振った。
「まっ最悪、実だけ渡しゃあオレらは無事に帰還できるわけだしな」
「心にもないこと言ってヒョンたら。 だけどそうね、行き当たりばったりはいつものことね」
この世界での活動時間が肉体や魂にどれほど影響するのかわからない以上、一秒でも早くアフロンティア世界に戻りたいのは事実。
「行くか、樹海」
ヒョンが言って、三人は木陰から立ち上がった。
「しかし魔力も回復しない上、そんじゃそこらの光じゃ効果はないか」
「アイバンパを消滅させるほど、大きな光」
「まさか樹海にあの大きな風車を持っていくわけにいかないものね」
源光の街の門へと歩きながら、マイニーが街の中央に壁よりも高くそびえた風車を見上げながら言って、ヒョンとシルはつられるように顔を上げた。