2話:源光の街
ひとつめなので分かりやすく、人間の世界からです。
「器って、石像だよなこの体」
「だけどすっごく身軽だよ?外はガリッと中はふわふわな⋯⋯あれみたい?」
「メーロンパンね。 柔和な関節の石像⋯⋯異世界七不思議のひとつめと言ったところかしら」
にぎにぎ、ぐーぱー、ぴょんぴょんぴょん、腕を前から上にあげて、おおきく背伸びの運動――は、さすがに余り伸びないがそれはともかく。
ぐるり街を守るように円状に建てられた壁の内側にそって並べられた、人の形をした石像のみっつ。
シル、ヒョン、マイニーの魂はこれをこの世界での器に選んだらしい。その姿はゴツゴツしくも、三人の青年姿にそっくりだった。
ただし――ぶあついレンズの黒光りするサングラスがかけられている以外は。
「にしてもマブしぃ街だなあ」
「空間が光に支配されてるとでも言いたくなるわね。サングラスがなかったら目玉が潰れてるところよ」
――まあこの石像とゆーか肉体、潰れる目玉ないけどね、と呟くシル。「野暮よ」と短く切り捨てるマイニー。
「⋯⋯だけど、どの石像にもサングラスが備えられているのを見ると、それなりに発展した異世界みたいだね?」
「少なくとも知性のないバケモノの巣ってわけじゃなさそうね。見える限り壁も街並みもレンガ作りで清潔。 いたるところに風車があるのが気になるわね」
「あれこれ考える前に、この体隠さねーか? 石像が動く世界なのかわかんねーし」
と、ヒョンが近くの民家の物干し竿から失敬したローブを頭から被って、同じく失敬したバンダナを鼻上で巻く。
「あっずるい いいな緑色!ぼくはこっちかあ。石の服よりはマシだけど」シルが黒色のローブとバンダナを、マイニーはピンクのレースがついた水色のローブと、同色のスカーフを巻く。
そう遠くない場所から、大きな声が聞こえたのはそのときだった。
「――メルク! 無茶をゆうな! シルビアをひとりにするつもりか!」
「気持ちはわかる! だがな、シルファンのオッサンだって覚悟は決めて樹海に出たはずだ! お前まで行っちまったら⋯⋯シルビアがかわいそうじゃねぇかよ!」
フードを被り、腰を丸めそっと木陰から覗き込むように近づくと、門の下で、三人の男性がひとりの男を囲む姿が見えた。
「⋯⋯あの男の人って」
「ええ。それにシルファンさんって、あの、魂のカケラをくれたオジサンのことよね」
「つーことは、ふたりも見たんだな?」
「ええ。 ヴィジョンと言うのかしら。 こっちの世界に飛ばされるとき流れた、オジサンの記憶にいた人よね、あの人」
魔法陣のなかで、チカチカと脳に流れては、切り替えられていった記憶の断片。
娘であろう女性が大勢の人たちに祝福される姿、鏡の前で腰に布を重厚に巻くシルファン、古い文献と走り書きのメモ、【オッサンイタクナーイ】と汚い文字が綴られた実の絵、
それと、真紅の瞳。
「うん。 あの男の人はドレスを着た娘さんと一緒に祝福を受けてた人だ。⋯⋯ってことは旦那さん!?」
「なるほどな、義理の息子がシルファンのオッサンの捜索に行こーとして止められてるってわけだ」
男たちの言い争う声は続く。
「止めてくれるなッ、まだ、まだ三日しか経ってない! いまならまだ間に合うかも知れないんだ!」
「メルク⋯⋯悪いが、三日もだ。 もう、きっとシルファンさんは」
「言うな! その先を、言わないでくれ! シルビアはお義父さんに⋯⋯もう時間は無いんだぞ⋯ッ!」
「バカヤロウ! だからってお前がソバにいてやらねえでどうする!」
「この街のなかだけで三十七年も共にした友として、ハッキリ言ってやる。
俺はシルビアに、石像になった家族を二人も見せたくはないッ!」
メルクが泣き崩れ、周りを囲む三人がその肩を持ったとき、マイニーがハッと何かを気づいたように言った。
「三日ですって!? シルファンさんが魂の迷宮に来たのはヒトツキ前のはずよ!」
「異世界だしぃぃ」
「いまさら時間の流れが違うくれえ驚く事かよぉぉ」
と、熱い友情を前にマブタの動かない石の目頭をおさえていたシルとヒョンは、出ない鼻水をふきながらそう返すのだが、
「こっちでの三日が向こうでの一ヶ月よ! とゆーことは、私たちが三日この世界にいれば、帰った時には一ヶ月たってるってことよ!
この世界を右も左も知らない私たちはこれから、文献にしかのってないような小さな幻の実を見つけなきゃならないの!それがどれだけ無謀なことかわかる!」
こんなに高難易度だなんて聞いてないわよ!バカみたいな実の名前に騙されたわ!とマイニー。
「⋯⋯しかも樹海はたぶんきっとすっごく広大で」「筋骨隆々な大人たちが泣き崩れるほど危険な場所で、か」
「そう!帰ったらグラマラスなマダムになってたなんて私は嫌よ」
おばあちゃんじゃないんだ⋯⋯とチカラなく呟くシルだが、現状の危うさは理解したらしい。
「これはなんとしてでもミッションを即座にクリアする必要があるわ」
「でもよ、異世界に飛ばされるなんて不可思議な魔法だぜ?そんな不安にならねえでもそりまちのオッサンが」
「――わたしは!まだあのオジサマが暗黒皇帝だなんて信じてないから!」
マイニーは「とにかく情報を集めないと! 本屋か図書館があればいいんだけど――とにかく街に繰り出すわよ!」
詐欺だわ!と聞き覚えのあるようなセリフを吐きながらズカズカと歩く。
シルとヒョンは嗚咽して抱きしめ合うメルクたちに後ろ髪を引かれるように思いながらも、フードを深くしてその背中を追った。
*
「ふう。 そっちはどうだった?」
「「まぶしかった」」
「つかえないんだからッ!」
二手にわかれ、街で情報を探った。
ヒョンとシルが入手したそれは、ここが“源光の街”と呼ばれる場所だという、それのみ。
「「それではマイニーさん、成果発表をどうぞ」」
木陰のベンチに正座させられたヒョンがマイクを持ったリポーターのように右手を前に出す。隣で正座するシルも同じ動作で声を揃えると。
「まったくもう! いい! これは街の中心にあった石碑に書かれていたことだからおそらく確かな歴史よ!」
文字が同じ世界でよかったわ、とマイニーが石碑の文を忠実に語り出した。
「
『【アイバンパ】の真紅の瞳を見た者は芯を喰われ抜け殻となる。
我々人間種は遥か御先祖様の時代から、その真紅の瞳を持つ悪魔の天下のもと生活を許されていた。それはまだ、小さな魔法しか持たぬ我々に、空から光が降り注いでいたころ。
樹海の瘴気により空が黒く染まる前のことだ。
長い蹂躙の歴史の中、一人の女性が【魔】を生む法則を発見したことで、暗き流れに初めての希望が射した。
動力発魔システムだ。
夜を好み朝を嫌うアイバンパを寄せ付けぬほどの強烈な【光】の魔法を永続的に発動する法則、それを密かに世界に伝えたご先祖様達は、安寧の地をついに勝ち取ったのだ。
ここは人類が初めに【大いなる光】を得た、この世界の希望の源となった場所である。
【源光の街】。
子供たちよ、我らが希望の光よ、光を出ることなかれ』」
マイニーが、空高くから降り注ぐ光を見ながら言葉を締めた。
「これが石碑に書いてあったこの世界の歴史よ」
「⋯⋯だからこんなに眩しいのか」
「アイバンパ。 この光はそいつから街を守る、結界なんだ」
ヒョンとシルが周囲を埋める光を見ながらうなずく。
「ええ。 それに、真紅の瞳よ。 ヴィジョンで見たものと同一と考えていいと思うわ」
「シルファンさんは、その悪魔の目を見て、魂の迷宮に来たんだね」
「⋯⋯動力発魔システムってなんだろーな?」
「光の魔法を絶やさないために、何かを魔力に変えてるってことじゃないかな?」
「自然エネルギー⋯⋯風のチカラだと思うわ。 魔王討伐後にアフロンティアでも研究され始めているわ。
あの風車よ」
マイニーが、街中のいたるところにある風車を見たあと、中央にそびえたつ大きな風車を指す。
「風力発電、ってやつだ?」
「出た、シルの謎知識!」「⋯⋯記憶にあるのね?」
「うん!⋯⋯たぶんだけど。子供のころ、どこかで見た気がする」
シルが自信なさげにうなずくと。
「そう。やっぱり⋯⋯⋯。だけど空気中の魔力が薄いのは勘違いじゃなかったのね。
ほら、私魔力が少ないから」
「あっ、やっぱり薄いよね魔力?」
マイニーが恥ずかしそうに頬をかく横で、合点がいったと納得顔のシルが「【そよ風】」指先から、ほんの小さな風を出した。
「うーーんやっぱり。 これくらいの魔法なら二呼吸くらいで全快するはずなんだけど」
「ねえ、わたしのローブをヒラヒラさせる理由あった?」
すーはーするシルをキッと睨むマイニー。
「⋯⋯わかりやすいかと」
「もう!」
「ずっとむずかしい顔してたから」
ちょっとしたイタズラだよ、とほのぼのと笑うシル。
「まっ、余裕は大事だな。緊張は首がこるからな」とヒョン。
「この体もともとカチカチだけど」とコリだけにコリないシル。
「余裕といえば、このローブの持ち主がふっくらしている人でよかったわ。石像体のシルエットが見えないで助かるもの」
とマイニーが地面スレスレにまで伸びたスソを足先で持ち上げると、
「ま、これで色々わかったな。 この世界はまだアイバンパってヤツの天下に等しい」
「真紅の瞳を持つ悪魔?ってやつで弱点は【継続する強烈な光】。 ここの人たちは風車のエネルギーを魔力に変えて、光を作ってる」
「樹海⋯⋯外の世界は光の届かない場所。 ゆえに禁域ってわけね」
「とゆーことは⋯」
シルが、思い至ったように、嫌そうな顔をした。
「ぼくたち、ほとんど魔法を使えない状態でそんな場所に行かなきゃなんないのかあ」
「だな。 “オッサンイタクナーイ”とかゆー実はそこになってるぽいからなあ」
「メルクさんたちの言葉が確かだとしたら、石像にされたシルファンさんも出来れば連れ帰ってあげたいわよね⋯」
⋯⋯とマイニーが目をそむけるように動かしたときだ。
「あのおばあさん――何か落とさなかった? ちょっと待ってて」
「「ん?」」
言うが早いか、突然走り出したマイニーを二人は目で追う。
小さな丸い屋根の民家の前で、おばあさんが、玄関口に何かを落とすのが目に入ったらしい。
地面に手を伸ばしたマイニーは民家のドアを叩く。
「おっ出てきた」「やばいねあのおばあちゃん⋯⋯ザ・おばあちゃんなのに威圧感が凄い」
柔和な笑みに腰から垂れた白いエプロン。ただし、その丸い眼鏡には黒光りするレンズが付いている。
「逆に怖いな」「逆にね」
観察する二人を後ろに、マイニーの声が聞こえる。
「えっ、この小さなボタンのようなものに、魔力が保存されているんですか? ああいえ、怪しい者じゃないんですよ!ちょっとそこで頭をぶつけて⋯⋯ああ、なんだかクラクラしてきたので、少しお部屋で休ませていただいてもよろしいでしょうか!」
「おい、あいつおばあちゃん騙して根掘り葉掘り聞くつもりだぞ」
「きっと動力発魔システムが気になりすぎてクラクラしてるだろーから、あながち嘘でもないんじゃない?」
「入ったな」
「家んなか入っちゃったね」
⋯⋯。
「あいつの魔導ギアオタクぷりは異世界でも健在ってこったな」
「だね〜〜」
魔法陣と魔導ギア作りなら世界で3番目になる自信があるって豪語してるぐらいだもんね、とシルが愉快そうに言ったときだ。
「なあシル? あいつ何やってんだろーな?」
街を囲む壁のしたで、石像の足元に何かをさす少女をヒョンが興味深そうに見つめた。