1話:魂の迷宮ドラフトルーム
2話からひとつめの異世界に行く前に、説明回です。
「ってことで、きみたちの魂を元に戻す方法を教えに行こうか」
「待ってくださいそりまちさん、いや校長先生?暗黒皇帝⋯⋯? ああもう!とにかく私たちの魂を戻すとはいったい!」
目まぐるしいったらありゃしないわ、とマイニーは額を押さえて言うが、
「さっきも言った通り、ワシは暗黒皇帝と呼ばれる程度には多忙なんでな。サクッといくぞ」
詳しいことは追い追いわかる、とそりまちさん。
「じゃ」懐から出したボタンを「ポチッとな」と、そりまちさん。
同時、シルたちの足元に黒い穴が出来て「「「――そりまちさん!!???」」」
「ふう、ようやく本題に入れる」
穴から聞こえる絶叫の流れに逆らうようにして、暗黒皇帝は深淵に潜った。
*
「ここは魂の迷宮一層目、ドラフトルームだ。ん?なんだ三人そろって尻もちついてよ。で、まずはお前らの魂のイカれ具合についてだが」
「――今度こそ待って!ちょっと理解が追いつかないから!」
シルは周りを見る。暗い石壁の部屋、壁のいたるところで緑色に光るコケ。ぼくらの魂の「⋯⋯ぼくらの魂のイカれ具合⁉︎ どーゆうこと⁉︎」
「だからシル、それを説明すると言っとるんだ。
お前らは7歳のころマイニーの祖母から野に放りこまれ、ギルドの依頼や宿など、生活を円滑に進めるために、シルの【ソウルマジック】で外見を成長させてやってきた」
ここまでは合ってるな?と、そりまちさんが聞くので三人はそろってこくり。
「青年姿は、シルがソウルマジックで魂に幻覚を見せていたようなもんでな。頭が痛いと言ってりゃ痛くなるような、仮病がマジになるアレみたいなもんなんだが。
何度も幻覚に合わせて肉体が成長したり、子供化したりと繰り返すうちに⋯⋯お前たちの魂は限界に近づいているというわけだ。
薬物中毒者が幻覚と現実の境目がなくなるよーなもんだな」
子供にその例えはどーかと思うぜ?、それも現実だ、とそりまちさんは続けると。
「そこでこの魂の迷宮だ。ここはいくつもある異世界から、肉体とハグれた魂が送られてくる場所だ」
「はぐれた?」
「うむ。倒し切れんで封印したラスボスの魂や悪霊に肉体を奪われた善良な魂など。その出元や理由はさまざまだが、ここはまあ魂の保管場所のようなもんでな」
「魂の保管場所?」
ほう、と知的好奇心がくすぐられたように「待って。メモをとるわ」黒目とペン先を光らせるマイニー。
フード付きコートのポケットから取り出したインクペンと呼ばれるそれを、インタビュアーのマイクのようにさしだすと。
「それで、この迷宮はアーチタウンの地下にあるのかしら、そりまちさん?」
「イエスでありノーだ記者さん。ここは我々の世界の、少し空間の異なる場所に設置されている」
ほう、と再びマイニー。シルとヒョンはすでに理解を彼女に任せ、緑色に発光するコケをつついてるが。
「さっき異世界と言ったわね。近年ウワサされている、この世界と異なる世界が実在するってのは事実ってことかしら?」
「そうだ」
そうだ?と真っ直ぐな答えにたじろぐマイニー。政治家よろしく世界の裏話ははぐらかされると予想していたが。
「⋯⋯送られてくる、ということは送り主がいるわよね。そりまちさんは管理者ってことかしら」
「まあ、そうだ」
「だとすると迷宮の所有者は⋯⋯この世界の外部の人間よね? そして暗黒皇帝と同等か格上の存在⋯⋯それって」
実在するかはともかく、神様くらいしか思い浮かばないわね、とマイニーが呟くと。
「っと、知識欲もそれくらいにしとけマイニー。 辛抱切らしたシルがコケを毒味さして泡ふいとるぞ。ヒョンが」
そりまちさんが背後をさす。マイニーは見向きもせず「いつものことよ。それより、私の考察はどうかしら」と一歩詰め寄るが、「見てマイニー!ヒョンの泡が緑に光ってるぅー!! エメラルドグリーンの髪色によく合うよね〜〜」
「だそうだぞ?」にやり、と悪代官ばりの腹黒い笑みに、ペン先を上げた。
「わかったわよ。続きは今度にするわ。 それでそりまちさん、何が言いたいのよ」
「お前らほーんといい度胸しとんな。
ワシが魔王を討つさい、洗脳されていた魔物たちから魂のカケラを貰って強くなったことは知っとるな?」
「ええ。 カケラを吸収することで魔物が持つ固有能力を得て、暗黒皇帝は神様を超えるほどのチカラを身につけた。 誰もが知る昔話ね」
「昔話いうなワシは健在だ。それに神を超えとるかは知らんぞ」と苦笑いするそりまちさん。しかしマイニーは意図を理解したようで。
「⋯⋯そう。 つまり、この迷宮でさまよう魂にカケラをもらうことで、私たちの傷ついた魂を修復するってことね?」
「そーゆうことだ。とはいえノーリスクってわけじゃないがな。ここは魂そのものが存在する場所だ。魂にもっとも強く紐付けられた感情は願いとなり、願いは魔法の力を生む。
それを共有するってことは⋯⋯て聞いてないのな」
ぶつぶつと思考を巡らすマイニーに、「ワシの見せ場⋯まあいいか」と頷いたそりまちさんは指先を泡のかたまりに向けて「時間よ戻れ」と囁く。
「シルてめぇ!オレで危険判断すんなっつってるだろうが!」ヒョンが何もなかったようにシルに飛びついた。
「さて、繰り返しになるがこの迷宮には強大なチカラを持つ悪しき魂も存在している。と言ってもそれらは迷宮の深部から出ることはほとんど無いが、例外もある。 そこで用意したのがこのドラフトルームだ」
「ドラフトルーム?」「さっきも聞いたなそれ」と、迷宮の床でもみくちゃになっていた手を止めて、顔を向けるシルとヒョン。
「ああ。ワシの仲間が選抜した、安全な魂がここに送られてくるようになっている」
⋯⋯人選を間違えた気もしないでは無いが、初回は心配ないだろう、とそりまちさんはボソっと言うと。
「習うより慣れろだな。マイニー、そこに立ってみろ」
そりまちさんは光りゴケに照らされる岩壁に囲まれた小空間の中心を指した。マイニーは何が起こるのか、とても楽しみで仕方がない顔をして、そこに立つ。
「な、何するのかしら」「うむ、魔力を地面に流してみろ」「了解」
そのとき、部屋中の光ゴケが輝きを強めた。まばらに壁をはっているように見えたそれが、大きな紋様を描き出す。マイニーとシルが言葉を漏らしたのは同時だった。
「ふたつに割れた卵と、その上に乗った⋯⋯器?かしら」
「ぼく、これ知ってる⋯⋯魂の形だ」
360度壁画のように描かれたそれは、大小様々なサイズの卵の殻と、しずくを逆さまにしたような形の、器のようなもの。
「ソウルマジックを持つお前は見慣れたもんだろう。さてマイニー、この中の一つを選んでこう唱えるんだ」
マイニーは壁に近づくと、小さなそれに手のひらを当てて言った。
「「【魂よ、来たれ】」」
空間を緑の光が埋め尽くしたのは、そのときだ。そして――
「魔王が出るか鬼人族の族長が出るかってな」「二大恐怖ぅーーーー!」
――光ゴケの後光に照らされながら、天井からゆっくりとその魂が降り立ったのはシルが身を震わせたときだった。
*
『⋯オッサンイタクナーイの実は腰痛によくてよお。
⋯⋯オレも娘も、その、腰が痛くてよお。 ヒトツキぐれぇ前、その実を探しに樹海に入ったところまでは覚えてんだ』
なるほど、とうなずく三人とそりまちさん。後光に照らされた魂が、ダルダルのシャツとパンツを着たオジサンだったのには拍子抜けしたシルたちだったが、ひとまずオジサンの話を聞いてみることにした。
『樹海は禁域でよお。どうしても娘に食わしてやりたくてよぉ⋯⋯心残りだなあ』
「ん?たかだか腰痛のために、魂抜かれるような禁域に入ったのかよ?」
ヒョンの疑問にオジサンは申し訳なさそうに下を向く。
「オッサンの娘はそんなに腰がひでえのか。 でもま、オッサンの願望はそれっぽいな?」
「そりまちさんの話だと、魂のカケラを分けてもらうと、カケラの所有者の願いを ぼくらが共有することになるんだっけ?
あれ?つまりどーゆこと?」
「強い感情は魔法を生む。なんらかの魔法が私たちにかかるってことよ」
マイニーが確認するように後ろを見て、そりまちさんが頷くと。
「魔法ね〜〜。別の世界から来たオッサンの心残りを消化する魔法なあ。想像もつかねえや」
「だよねヒョン? どーする? とりまカケラ貰ってみる?」
「バカ言わないでよシル。と言いたいところだけど、それが一番かも知れないわね」
考えて分かることじゃなさそうだし飛び込んだほうが早いわ、と同意するマイニーに、
「お前らほーんといい度胸してんのな。16歳にして冒険者歴9年なだけあるっちゅーか」
祖母譲りかマイニー?とそりまちさんは冗談めかして言うが、マイニーは「ふん」と鼻を鳴らして、「行き当たりばったりはいつものことよ。それで暗黒皇帝のオジサマ?魂の吸収ってどーすればいいのかしら?」
ピンク色の髪をかきあげながら、上目遣いに挑戦的にそりまちさんを見る。
「⋯⋯間違いなくあのババアゆずりだな。⋯⋯カケラの吸収は難しいことじゃない。このオジサン自体が魂だからな。
その一部を喰えばいい」
「おじさんの」「一部を」「喰う?」
三人は今日イチ、衝撃を受けた顔をした。そう、そりまちさんは、とても嫌なことを言ったのだ。そしてそりまちさんの視線は、オジサンの頭に湯気のように立つ、三本の毛を向いているのだ。
「えっ⋯⋯⋯⋯魂貰うってそーゆー感じなの?」
「せめてよ、こぎれーなオバアとかあるじゃんよ⋯?」
「私、無理に魂を元通りにしなくても、歪んだ魂でもなんとか生きていける気がするの⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
オジサンノケタベタクナイ」
「自分で決めたことだ責任を持て――」
オジサンに了承を得たそりまちさんがオジサンの貴重な三本の髪の毛のうち、その三本を引っこ抜くと、シル、ヒョン、マイニーの口に突っ込んだ。
「⋯⋯⋯⋯オレの灯が⋯⋯⋯。グッバイマイヘアー」
オジサンが遠い目をすると同時、三人の足元に魔法陣が浮かんだ。
「やはりこうなるか」と呟くそりまちさん。
「い、いったい何が⋯⁉︎」
「この魔法陣はワシがよーく知ってるもんでな。
シル、マイニー、ヒョン。お前らは今から異世界に飛ばされる」
「それって⋯⋯⋯⋯この子達がオレの世界に⁉︎」
そりまちさんと会話を終えたオジサンがびっくりした顔で言うと、
「ここは魂の迷宮、あらゆる世界と繋がる場所だ」
そりまちさんは真剣な顔で言う。
「ま、なにが起きても不思議じゃない場所ってことだ」
「――そんなことよりぃぃ!」シルが吠えた。「見知らぬオジサンの毛が胃袋に向かうノドゴシがぁッ」
「シルてめぇ!考えねーようにしてたのにッ」ヒョンがうええッとえずいた。
「待って、私たちもいま、肉体を離れた魂の状態なのよね!?なのに異世界になんて行っても――」とマイニー。
「おお、そこに気づいたか。いまから言うつもりだったがさすが察しがいいな。そうだ、何度も言うがここは魂の集まる迷宮だからな、お前らの肉体はアーチタウン魔法学校で保存してある」
そりまちさんは「つーかほんとキモ座ってんな」と楽しげに笑うと、
「いいか、お前らは移動先の世界で何かを器として借りることになる。うつせで魂の状態のままだとすぐに消滅しちまうからな。器が何かはわからんが⋯シルファンさんのためだ頑張ってこい!」
三人の声がそろう。
「「「シルファンさんって誰だよーーー」」」
「このオジサンの名前だ」
「どうも、シルファンと申します」
オジサンことシルファンのおじぎを合図にするかのごとく、三人の体が、魂が、いくつものブロックのような形にわかれ、魔法陣に消えていく。
「⋯⋯まあ、今のお前らならギリギリなんとかなるだろう⋯⋯⋯生還を祈る」
そして、シルたち三人の魂はアフロンティアを離れた。
シルファンが、ポツリと言う。
「あの、オレの三本毛、迷宮の作用でまた生えるんですよね?」
「たぶんな」
シルファンが、ほっと息をついた。