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12話:そりまちさん史

「ふぃぃ、疲れたぜぇぇ。いい湯だなぁまったく」

「露天風呂がある学校って最高だねっ」


 入学式の翌日、“アーチタウン魔法学校生活”一日目を終えたシルとヒョンは温泉につかって星空を見上げていた。


「あのレクリエーションの猛獣狩り⋯いや【魔物演舞】だっけ? 最初はこの歳になって恥ずかしかったけどよ、案外盛り上がっちまったよな」


「うん。「ブラックウルフが出たぁ!』ってセリフのタイミングでウルフマン先生が『んあっ?』って顔を出したときは心臓飛び出るかと思ったけど!」


 あの傷だらけの顔、アレはまじでビビった、とヒョンはぶんぶん頷くと、


「学校って毎日勉強すんのかと思ったけどよ、四日頑張りゃあとの三日は休みで しかも小遣いもでる。ギルド暮らしよりよっぽど安泰だよなあ」

「といっても小遣いは学校生活に必要な最低限みたいだから、結局みんな休みの日にギルド通うらしいよ?」


 まじか、そこ聞いてなかったわ、とヒョン。


「休日は寮から家に帰る人も多いみたいだけど、ぼくらは学校生活にギルドに⋯⋯魂の迷宮もあるから。昨日までよりずっと大変そうだね」


「やめてくれやシル、のぼせちゃうだろ」


 ぶくぶくぶく、とヒョンが湯に顔半分を沈める。


「でも頑張れそう。 アフロンティアの、この世界の歴史の授業は感動したもん」

「おう。 オレも最後のほうはカンドーしてちょっぴり涙が出たわ」


 そりまちのオッサンのことも出会う前よりもめっちゃ見直したぜ、とヒョンは空を見る。


「ね。 この街の、この学校の、この帝国の名前に。

 あんな優しい意味があったなんて。


 ぼく、ぜんぜん知らなかったよ」


 *


「初めましての方もそうじゃない方もこんにちわ。 【千の夜を一夜にして明かした天才魔導ギア発明家】とマスターに名をいただいた“千夜(せんや)一夜(イチヨ)”です。 ⋯⋯イチヨは親からいただいた名前ですが」


 それはクラス内自己紹介が終わった後の、初めての授業でのことだった。


「今日は歴史のおさらいということで、ホワイトスノウ寮の談話室でお話を聞いていただきましょう」とイチヨはたんたんと告げる。


 そのイスの後ろで、暖炉の炎がほのかに揺らめくと。


「イ、イチヨ様が歴史の授業を!?」崇拝するマイニーがヒザがおでこにくっつく距離に顔を置いて場所を取る。


「いえ、歴史が担当というわけではありませんが⋯⋯とりあえず床ではなく席についてください」


 それと様ではなく先生でお願いします、とイチヨはたんたんとした口調で言うと、


「例年、この物語りをみなさんに紡ぐチャンス⋯いえ歴史を知っていただくための重要な係なので、私が担当しているのです」


 ちょっぴりお茶目な顔をしたあと、ゆっくりと話し始めた。




「この世界アフロンティアでは古くから様々な種族が暮らしていたのはみなさんご存知ですね。

 ながい長い期間、各種族は個々にナワバリを持ち、接触を避け暮らしていました」


 遠い争いの記録もありますが、今日はいいでしょう、とイチヨは続けると。


「その歪ながらも共存していた世界。そこに世界を手中に納め、すべてを支配しようとする者があらわれました。


 ――魔王――です。


 魔王は自然に暮らしていた魔物たちを自身の【固有魔法】で支配しました。その軍勢をもちいて最初に手をかけようとしたのが【人間国】でした」


 そして、そこから約百年。侵攻する魔王軍と人間国の争いが続きます、とイチヨは生徒たちが頷くのを確認してから目をつぶると。


「人間国は【マイトバリア家】という貴族が発明した【バリア】の魔法を武器にあらがいますが、その戦闘は熾烈を増していくばかり。

 ただそのときでさえ、他種族が助けを出すことはありませんでした。


 自国への飛び火を恐れたのではありません。『滅ぶなら滅べばいい』と考える種族もあったそうです」


 ――鬼人族の族長が言いそうなセリフだな、とヒョン。

 ――偏見はダメだよ。⋯⋯アラヒメ様めっちゃ言いそうだけど、とシル。


「そんなある日、とある【固有魔法】が原因で人間国の十二歳の少年が、【第二の魔王が誕生するのでは】と恐れた人々から糾弾を受けました」


 イチヨのマブタがキツく狭まると、冷静に語るその声に怒りがにじみ始める。


「冤罪です。まったくの冤罪でした。彼はただ、魔物たちを解放して、仲良くなりたかった」


 そりまちさんのことだよな、うん⋯⋯【固有魔法】ってぼくと同じ――【ソウル・マジック】のことだ――とシルが口のなかで呟く。


「その少年は【マイトバリア家】、バリアの魔法を発明強化し、当時人間国の王族につぐまで登り詰めた大貴族の次男でした。

 いわば、人間国の守り手一族に、魔王に対抗するチカラを持つ人物が誕生したのです。


 しかし、世代を超え終わらない戦いのなか、新たな恐怖を恐れた人々は、感謝よりも希望よりも自身のいっときの安心を取りました。


 誰がともなく囁いた、“魔王は人間だったって伝承もあるぞ”というウワサが後を押しました。


 少年の処刑を望みました」


 ⋯⋯もちろん全ての人々ではありませんが、社会情勢もくわわり、その声は一躍と大きくなったのです、とイチヨ。


「当時のマイトバリア家の当主夫妻⋯少年の両親と、人間国の王夫妻、そして少年の無二の親友である王子【オルガオル】は苦肉の策として、人間国の王城にある地下牢に少年を幽閉することにしました」


 人々は声をいくら大きくしようとも、人間国がマイトバリア家の加護を失った未来は想像できたのでしょう。ひとまず、少年の処刑はまぬがれました、とイチヨは胸をなでおろすように言うと。


「しかし王城の地下とはいえ、ネズミが走りトイレに壁のないその暗い地下牢での生活は、それから三十六年続いたそうです」


 その顔が、もう一度苦しそうに歪んだ。


マスター(少年)が四十八歳の誕生日を迎えた日、国王となった王子オルガオルの恩赦により、マスターは人間国と魔王城の境目にある【人魔の森】に追放されることとなったそうです。


 それは追放とは名ばかりの、せめてもの自由を与えてやりたい、力の限りを尽くしても実現できなかった地下牢生活を、終わらせてやりたい、というオルガオルの思いでした」


「そのときマスターの手にあったのは、マイトバリア家当主である父が自らにぎった【あたたかいおにぎりと干し肉】。御母様がくれた【丸薬と水筒と閃光弾の入った袋】。そして国王オルガオルがくれた一本の剣と、【ソウルマジック】のみ。


 その一本の剣は人間国一の刀匠が打ったもので、のちに【魂抜(たまぬ)きの剣】と呼ばれる物⋯⋯というのはみなさんご存知ですね」


 イチヨは優しく微笑む。それから、


「余談ですが」と前置きすると、「オルガオル王子は追放の日まで毎日かかさずこっそりと地下牢に顔を出し、マスターと語り合い、数年も経ったころには地下牢を見張る兵たちもマスターや王子のお人柄にほだされ、民には内緒で【家族や国王夫妻と一緒に地下牢で食事を取る時間】も持てるようになったそうです」


 マスターの、あの性格ですからね、っとイチヨが珍しく、にっこりと笑った。


「追放された彼はそれらを手にさまざな苦難を乗り越えます。魔物の洗脳をとき、種族をこえた仲間たちを作り、各種族に助けの手を伸ばし、ときにぶつかり。 その一生懸命な姿に族長たちからの信頼を得て――」

「――あの!」そのとき、ひとりの生徒が言葉をさえぎった。


「あの!当時七歳のイチヨ様がいた精霊人国が魔王軍に襲われて世界樹が燃え尽きようとしたときも、そりまちさんが助けてくれたって逸話は⋯」


「はい。そうですね、正確には六歳でした。 あのときのマスターは幼心にも眩しく見えて⋯⋯ごほん、よく知っていましたね」


「も、もちろんです!」マイニーが胸を張ると。


「そしてマスターは魔王を討伐し、世界をひとつに繋ぎました。


 それはとても困難な道でした。

 魔王を、ひとりの敵を前にみなが手を取り合ったのではなく、ひとりの人間が足掻き続けた結果、世界はそれを認めるしかなくなったのです」


 人々はいつまでも変わらない笑顔の、けっして気取らない彼に親しみを込め、彼をこう呼びました。


 誰よりも暗く苦しい人生を送り、誰よりも我がままに生き、運命をも黒く塗りつぶした結果、


 世界を照らした人間――



「暗黒皇帝、そりまちさんと」



 その瞬間、マイニーがぶわっと涙を流した。

 いや、この場にいる生徒や階段の上で盗み聞きしていた上級生たちも、誰もが静かに涙を流していた。


「そしてそのマスターの思いの結晶であるのが、ここ架け橋となる街、【アーチタウン】なのです。

 垣根をこえ支え合いながら生きれる場所をとマスターが作ったその街は、種族無差別にひとを呼び、お互いを尊重しあえる人々が暮らす国へとなりました」


「この帝国に、そんな由来があったんだ⋯⋯」


 はいシルくん、近年流行する別の世界(・・・・)のものではないかと言われる言葉をモジって、【アーチ()タウン()】とのウワサもあるのですがねっ――と、イチヨは意味深に微笑む。


「これはこの世界の、アーチタウン帝国の、そして暗黒皇帝の戦いの記録の、ほんの一部であり、この先の物語りをみなさんが笑えるように紡いで欲しい、それが彼の願いです」


 みなさんもその名を由来する学校の一員として、どうかひとびとを笑顔にさせる魔法使いになってくださいねっ、とイチヨは話を閉じた。



「あの、その物語には重要なキーワードが出てきません⋯」



 そのとき、マイニーが発言しずらそうに手を挙げた。



「キーワード?ですか?」

「【ガーディアンズ】です! だって、世界をひとつにしたのは暗黒皇帝だけのチカラじゃ⋯⋯孤独のふちにいたそりまちさんをそばで支えるイチヨ様たちがいたから⋯」


 ふるえる唇を見たイチヨが、ヒザがおでこにつきそうなほどマイニーに顔を寄せた。


「ありがとうございます、マイニーさん。 そうですね。【そりまちさんとガーディアンズ】と呼ばれているのは知っていますね?」


「はい⋯」


「人々はそう言います。ですがマスターにとってガーディアンズとはご自身を含む私たちなのです」


 ですから、我々ガーディアンズにとって“そりまちさん”とは⋯⋯イチヨは目を細めると。


「そのあたりはまた、機会があれば詳しくお話ししましょう」


「そんなッ! イチヨ様! あればと言わずに放課後でも!」


「マイニーさん、イチヨ様先生(・・)ですよっ?」


 お茶目な顔で首を曲げるイチヨ先生に、マイニーは見惚れるように瞬きをして、腰を下ろした。



 余談ですが、毎年イチヨの話を聞くため授業を堂々とズル休みする生徒が大勢いるため、上級生たちはこの日、休日になっています。【そりまちさん史拝聴記念日】と生徒たちから呼ばれているのだとか⋯⋯。

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