11話:ホワイトスノウ寮
「あー楽しかったっ」
コワモテな魔人たちの登場に続いて、二又の尻尾を持つマタネコがキャットウォークを二足歩行で披露するなど、おおいに盛り上がった宴も、これにて終了。
「だなっ。楽しかったよなあ。十歳児たちとの共同生活が始まるって考えると、ちょっとキツいけどな」
「しかたがないわよ。私たち、学校に通うの初めてなんだから」
シルたちは【ホワイトスノウ寮】を受け持つオクニという巫女服姿の先生に連れられて、大ホールを出た。
「印魔のオクニね」
「またガーディアンズじゃねえかよ」
「とゆーより、この学校の先生って全員そーなんじゃない?」
いいえ、優秀な卒業生が何人かそのまま就職しているはずよ、とマイニー。
「それに、もともとは暗黒皇帝の仲間たちを称して守護者たちと呼ばれていたけど、魔王がいなくなってからは種族間を超えて治安を維持する⋯⋯ギルドみたいな形に落ち着いたそうね。
だから、みんながみんな先生できるほど時間がないんじゃないかしら?」
「ガーディアンズってブラック皇帝の仲間たちなんだもんね、ブラック労働してそう」とシル。
「クセも強そうだしな」とヒョン。
「さて、この魔法学校はみなさん知ってのとおり旧魔王城を魔改造して使用しておりますの」
三人がコソコソと話していると、薄暗い廊下を少し歩いたところで、頬に指をあてたオクニ先生が振り返った。
「たとえば、そこのアナタ。三歩前に進んでごらんなさい?」
「お、俺っすか?」ぼーっとどこかを見ていた生徒が困惑ながらに三歩進むと「――ッ⁉︎あっちぃッ!」床から、炎の玉が飛んだ。ズボンが焦げる。生徒が声をそろえて笑う。
「⋯⋯オクニ先生ぃ⋯⋯これはないっすよぉ」
「あらっ、ぼーっとしてると火傷じゃすまない学校ですのよ?」
オクニは冗談めかして微笑むと、
「このように、アーチタウン魔法学校には旧魔王城のトラップや施設がそのまま残されている場所がありますの」⋯⋯「なかには、我々や魔王さえ認知していない場所も。みなさんにはこの学校で魔法を学ぶと同時、旧支配者の遺産から古きを学び、新たな発見を得てほしいと思いますわ」
と、言葉を締めくくった。それから、尻を手で隠す生徒に向き直ると、「二度目はないようにね」と何かをそっと渡した。
「あれ?あのリストバンドってぼくら持ってるよね?」
「おう、昔マイニーのバーちゃんにもらった奴だな。いまはギルドのロッカーだけど」
「そういえば知り合いに貰ったっていってたわね」
一連の流れを半分笑って半分顔を引きつらせて見ていた生徒たちが「いいなお前! 印魔のオクニお手製の魔導ギアかよ!」「わたしこれ知ってる! 登録した服をイメージしながらその【着】の文字に魔力を流すと、リストバンドが服に変形するんだよ!」と騒ぐ。
「魔導ギアとは誰もが便利に魔法を使えるように生み出された道具でしたのはみなさんご存知ですね?
その文字は魔法陣に類似したチカラを持ちますの。いわば文系のための魔法陣。 もちろん、目に見えるよりも複雑な構成ではありますが、みなさんも授業を頑張れば作れるようになりますわ」
「ぶんけーってなんだ?」「分家とは本家から枝分かれした」「違うと思うわシル」
とマイニーが呆れた口調で言うのをよそに。
「ここは学校であり魔王城。そのつもりで生活してくださいね」
「「「⋯⋯はい!」」」生徒たちが固唾を呑むのを満足そうに確認したあと、オクニ先生は静かに歩き出した。
「さてと」薄暗い廊下を抜け、中央に大きな光と粉雪が舞う神秘的な空間についたとき、「ここがホワイトスノウ寮ですわ」オクニ先生がそのふもとにたった。
「これが、寮?」シルが首をかしげる。
「空間魔法か?」「きっとそうね」
ヒョンとマイニーが目を細めたとき、粉雪のなかから三人のよく知る顔の少女が――
成長した姿で出てきた。
「メルル⋯⋯!?」ヒョンが異世界にいるはずの少女の名を呼んだ。
「あら?メルちゃんお知り合いかしら?」
「いえ、オクニ先生。 私の名前はメルプッチですので」
「メルル⋯⋯じゃない⋯?」
あまりによく似た顔で三人が見間違うのも無理はないが、あどけない顔つきは同じでも、メルプッチの所作は大人びていてゆっくりだ。
ころころと表情の変わるメルルの爛漫さとは似てもにつかわない。
そしてその顔にあるのはサングラスではなく丸いメガネだ。
「この子はホワイトスノウ寮の監督生を担当するメルプッチちゃん、学年は【八】⋯⋯最上級生ですの」
三年ほど飛び級しているので十五歳ですが、と補足するメルプッチ。
「監督生が一歳下かよ⋯」うっかり声をもらすヒョン。
「あら?一年生はみんな十歳のはずよ?」オクニのぷっくらした唇が(気をつけなさい)と音もなく動く。
「ああ、いや知り合いのメルルより一つ下ってことだ」ヒョンは あははっ、と頬をかく。そんななか、シルは粉雪のなかにある石像に気を取られていた。
(⋯⋯あれって⋯ぼくの記憶のなかにある⋯⋯⋯⋯おじぞうさん?)
傘をかぶった、子供サイズの石像だ。
「シルくん気になる? じゃあメルちゃん、可愛い新入生たちに寮の入り方をお手本してくださいなっ」
「はい先生⋯⋯あまり気乗りしませんが」
メルが白透色の髪をかき分けながら石像の前にしゃがみこむ。
「いいですか後輩のみなさん。一度しか説明できないのでよーく聞いてください。
この石像はそりまち校長先生が発案した【セキュリティ魔導ギア】です。
本来しゃがみこむ必要はないのですが、⋯⋯⋯⋯はい。
寮に入りたいときはここをくすぐってください」
そのとき、ワキバラをコチョられた石像が、「――うっひぃっ! にゃはっはっはっはっ!」と涙を流して体をくねらせ、メルの姿が消えた。粉雪が石像の傘に積もる。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。言葉をなくす生徒たち。
「んん〜〜初々しいですわねっ。この顔を見るのが例年の楽しみですの」
オクニ先生が、言った。
「一日一善、一日一笑。 この石像型魔導ギアは【笑うオジゾウさん】ですのっ」
⋯⋯⋯な、なるほど⋯⋯⋯とうなずいた新入生たちは、ひとりまたひとりとオジゾウさんのワキをくすぐって、寮に入る。
最後に残されたシルがそれをくすぐるまで、口をひらく者はひとりもいなかった⋯⋯とさ。
「――うっひぃっ! にゃっはっはっはっ!――」
*
こちら側からは、ドアがあるらしい――粉雪に消えたシルがそっとドアを閉めると。
「暖炉の両脇の階段から、それぞれ男子寮と女子寮に繋がってますの。 うっかり侵入した場合は手厚い防犯魔法が待っていますので。
男の子のみなさん、とくにお気をつけるように」
――はい⋯⋯!と、男子の何人かが固唾を飲みながらうなずくと同時。
「まじで気をつけろ」
「あのお方の二の舞になるな」
「侵入者の魔力に相応して威力が変わる防犯システムに強化されたらしぃですしねえ。 これは楽しみです」
ソファーに座っていた上級生男子たちが、その肩を叩いて階段をのぼっていく。
「それでは各自、鍵に従って自室にお入りなさいっ。 今日は荷解きを済ませて明日からの授業にそなえてくださいねっ」
――女子寮の上の階に先生の部屋があるから、ご用の際は“暖炉の炎”に伝言してくださいな、
と、オクニ先生が言って手をぽんっと打つと、暖炉の炎が火の粉を吹いた。火の粉が蝶々になる。赤い炎で出来た蝶が十匹と、青い炎で出来た蝶が十二匹、新入生ひとりひとりに向かって幻想的に宙を舞う。
シルとヒョンには青い炎が、マイニーには赤い炎が来た。「ってことは青い蝶が男で」「赤い蝶が女ってわけか」「この蝶が鍵なのね」シルたち三人は不思議な炎の鍵を指先に乗せながら頬をゆるめた。
「それじゃ私はあっちね。 またあとでここで会いましょう」
「了解。 ぼくたち、同じ部屋だといいね」
「そりまちのオッサンが仕組んでんだろどーせ」
手を振って分かれた三人は螺旋状に伸びる階段に足をかける。
「てゆーか荷解きする荷物なくねオレら?」
「あっ。 ほんとだね」
「「⋯⋯ほんと、行き当たりばったりだね(だな)ぼく(オレ)ら」」
*
「二人部屋の同室? よかったじゃない、わたしのルームメイトは穏やかな魔人だったわ」
「魔人と同室かよ」「そっちも仕組まれてたっぽいねっ」
鍵穴に蝶が吸い込まれ部屋に入ったあと、することもないので座布団に置かれた魔法学校のパンフレットを流し読みした二人は談話室に降りた。
部屋は畳ばりで、イグサの香りがただよう純和風(シルの記憶ワード)。
ちなみに蝶は部屋を出るときについてきて、いまは暖炉の炎に戻って行った。
「あなたたちも飲む?」
マイニーがシュワシュワと泡立つ黄色い液体をビンからグラスにそそぎながら聞く。
「なんだそれ?」「おしっこ?」「しばくわよシル」
これはガチゴルドジュースよ、とマイニー。
「ゴルドの実とタンサンの実を混ぜて作った、エルル族の名産品のひとつね」
魔人の子がわけてくれたの、シュワシュワしてて美味しいわよ、とグラスをかたむけるマイニー。
シルは一口わけてもらうと。
「この味⋯? 記憶にあるぞ⋯? 確かリアルゴール」
「ドへっくちゅん! わりぃなクシャミが出たわ」
「相変わらず女子も顔負けなクシャミね」
マイニーが口元についたアワを指先でぬぐいながら言ったところで、「うるせえ」とヒョンが、
「つーかよ、オレら教科書とかなんもねーけどどーすんだよ?」
「着の身着のまま来ちゃったもんね。 重い荷物はギルドの貸しロッカーに置いてきたまんまだし」
「そういえば私たち、ギルドに相談に行った朝 宿を追い出されてから、ここまでノンストップだったものね」
押し入れに制服は用意されていたけど、とマイニー。
それはあった、あとギルドで稼いだ札束もポケットにある、とヒョン。
ドアの向こう側から“笑うオジゾウさん”のにゃははははっという声が聞こえてきたのは、「オクニ先生に相談してみる?」とシルが暖炉の炎を見たときだ。
「誰か来たみたい?」
シルが言うと同時、ドアが大きく開かれた。
「――今年もとうとう来たなこのときがッ!ほらよ、とりあえず教科書とパジャマな! あとオレ様特選のボードゲーム! 飽きたからやる! 他に必要なものがあれば随時オレ様のところに来るように!
くれぐれも、他の先生たちには最初から部屋に用意されてたって言っとけよ!」
ワシードだ。どうやら職務を怠っていたらしい。まったく悪びれた様子もなくズカズカと入ってくると、ヒモでまとめた教科書とボードゲームをシルたちの近くのソファーに投げた。三人とも勢いに飲まれて目をぱちくりだがワシードは止まらない。
「むふふっ、それはそうと新入生は歓迎してやんねーとな――!」
「おい鳥。一応言ってやるけどその階段には侵入者防止の魔法が」
「浅いぞ小僧!男はそれをロマンの壁と呼ぶ――!」
ほっとこう、とシル。八つ裂きになればいいのよあんな鳥、とマイニー。救いねえなあいつ、とヒョン。
そのとき、鳥スタイルになった鳥がツバサを広げてクチバシをひらいた。
「むっひょおーーー! 目指すはオクニ部屋だーーーー!」
そして宙に浮かんだ【鎖】と中央に書かれた円からジャラジャラと重厚なそれが飛び出て鳥を捕獲したのは、鳥のクチバシの先端が談話室と階段の境目に触れたときだった。
同時、けたたましいサイレン音が鳴り、談話室のいたるところから激しい紫電が鳥を直撃し、半透明な大きな掌が鳥を殴打すると、鳥が床に転がる。
「十六年目の正直⋯⋯ならず⋯⋯⋯⋯か」
とどめとばかりに暖炉の炎が火を吹いた。
「ほんと、救いようねえな」「これ鳥対策だったんだあ」「今夜はごちそうね」
マイニーが呟いたとき、焼き鳥のいい匂いにシルがお腹を鳴らした。




