0話:暗黒皇帝そりまちさん
始まりはド派手に。
「これより、諸君お待ちかね宴の時間だ」
ひゃっほぉーーーーう!と全校生徒から歓喜の声が響く。
アーチタウン魔法学校入学式。そりまち校長の声を合図に大ホールの天井から伸びた白い垂れ幕がバサっと体を起こして目をあけると、白銀の吹雪が盛大に舞った。
花びらの形をしたそれが一枚、マイニーのピンク色の長髪に落ちる。手のひらに乗せたマイニーは、呆れた顔で。
「派手な演出ね」「でもすごいね!」「おいシル!マイニー!よけろ!シャンデリアがこっちに落ちて――!」
宙を泳ぎだした五本の垂れ幕、そのスキマから燃えるシャンデリアが「ヒョン! あれシャンデリアじゃないよ! 車輪と生首だッ!」
『――ブラァァァラアアアアア!』
いや、鼓膜をつんざくような叫びをあげる生首が、燃える車輪を回してシルたちのつく長いテーブルにぃぃ「――あっぶねぇえッ!」すんでを駆ける猛回転に手を引くヒョン。エメラルドグリーンの短髪が揺れる。
その指先で赤い炎が長いテーブルにラインを作ると。
「あっ。キレイな歌声」
全校生徒が五列のテーブルに分かれた大ホールの壁から、ローソクの火や提灯たちがぷかぷかと浮遊して歌を奏でだした。
「あの生首⋯⋯ワッカニュウドウね。 垂れ幕はイッタンモメーンだわ。 どちらも『新・魔物図鑑』で見たことあるわ」
「マイニーお前まさか⋯⋯あの分厚い図鑑全部暗記してんのか?」ヒョンがバケモノを見た目でワッカニュウドウとマイニーを見た。
「⋯⋯歌うローソクと提灯は初見よ」恥ずかしそうに目をそらすマイニー。
「だけどよ、あれはオレでもわかんぜ! ユキオンナだろ!」
ヒョンの視線の先は教師陣が横並びに座る壇上の奥にあるステンドグラス。
そこに、いつのまにかしんしんと降り注いでいた粉雪が集まると、
「あ!ユキオンナだったんだ!あの純白の肌の女の人!
初めてこの学校に来たとき、近くに寄るだけで背筋が冷たくなったひとだ!」
粉雪が、純白の長髪に同じ色のスカートを尾に広げた美女に変わり、「ふっ」と吐いたユキオンナの一息でテーブルが――、炎ごと凍てついた。
*
そんな入学式の前日、種族無差別ギルド【トムヤムニンジャ】である相談事を終えたマイニーは、ため息をついていた。
「ギルドマスター⋯ゼンさんは相変わらずね。話が長いわ」
「猫舌のキミにも氷いらずだもんね、あそこのホットコーヒー」
「それよりよ、待ち合わせの場所はここのはずだろ? ほんとに来んのかよ案内人てのは」
「さあ。 腕の立つ魔法使いってゼンさんが言うくらいだもの。 案外そこらへんに」
街の入り口にあるギルドからそう遠くない、人目はばかる薄暗い路地裏。マイニーが高く積まれた四角い木箱の上になんとなく視線を向けると。
『勘のいいレディ⋯いやベビーじゃねえか。 つーかおいおいマジで10歳ぐれえのガキじゃねえかよ』
ケッケッケ、と何かが、鳴いた。そしてその出会いは、シルたちにとって突然だった。
「魔法の反動でそんな姿なんだって? けけけ、子守代は高えぜゼンのヤロー」と、長い舌をこれでもかとイヤラシげに動かすのは、鳥だ。
「鳥だ!」「紛れもなく鳥だな」「ギルドマスター⋯⋯ゼンさんの言ってた案内人ってあなたかしら?」
⋯⋯どうせなら妖精に手を引かれたかったわ、とマイニーが訝しげに鳥を見る。
そのクチバシは毒キノコのように鮮やかなオレンジだが、「失敬なガキンチョどもだなっ!」っと鳥が羽ばたいた瞬間、そこにあるのはシルたちと同じ、赤い色の唇。
『質問に答えるとそうだマイニー、シルのボウズもソウルマジックたあ難儀な魔法を持って生まれたもんだな。 だがまずは自己紹介といこうじゃねえの! オレ様は鳥人族のワシーーーあ』
地面に降り立った男がきらりーんと音の鳴りそうな白い歯を見せて言うと「「「ワシーーーア?」」」変わった名前だな、とヒョンが首をかしげるが、
『情報屋はおいそれと尻尾はつかませないのさ。それにオレ様の真名はボイゼェンガールには刺激が強すぎるからな。 なんせオレ様はかの英雄ワシー――とと、また口が滑るところだ』
(ワシード?)シルは思った。(このモデルみたいなイケメンお兄さん、暗黒皇帝と共に魔王を屠った鳥人族の英雄ワシードじゃないの?)
「いや騙りだろ」とヒョン。
「情報屋はペテン師と兼業、鉄板だわ。それよりゼンさんからある程度は聞いて来たようね? 私たちは幼少期からギルドで仕事をこなすために、【ソウルマジック】で外見を大人びせて来たわ。 その反動かしら⋯10歳から六年間成長が見えないのよ。
それにここのところ、すぐにソウルマジックが解けるようになったわ」
『聞いてきたようね?ってわりには丁寧な説明ご苦労さんマイニー! 暗黒皇帝以来だからなその魔法を持つ奴は。 しかしオレ様に任せておけば万事解決だ!』
ついてこい、とワシード(推定)は羽を一本木箱に飛ばす。ぐにゃぐにゃと歪んだ空間が、木箱を裂くようにしてそこにある。
「ワープホール⋯⋯?」
「マジかよ。んな魔法、英雄たちの本でしか見たことねえぞ」
『いいから入れほら!』「いたっ!」「いってえな鳥ヤロ⋯⋯いやワシ⋯」蹴られた背中、怒鳴りたい口、うっすら見え出した英雄ぽさ⋯。
「⋯⋯詐欺ね」シルとヒョンをゆっくりと追って歩くマイニーが、ワープホールに入りながら呟く。
ちまたで知られる英雄ワシードの肖像画は、薔薇をくわえた白馬の王子様そのものだったから⋯⋯。
「ここがどこか分かるか? ヒントはそうだな、 【旧魔王城】、そんで【アーチタウン帝国の皇帝と守護者たちが住む城】だ」
等間隔にならぶタイマツ。冷たい壁。そこに背中の翼をあずけたワシードが言って、シルたちはぐるぐると周りを見渡しながら呟いた。
「「「⋯⋯アーチタウン魔法学校⋯⋯?」」」
「正解だ」
ニヤり笑うと、ワシードは指をくいっとして歩き出す。ついてこい、ということだろう。
「ボウズどもは暗黒皇帝について、どこまで知ってる?」
「ぼくと同じソウルマジック⋯⋯魂に触れる魔法を持ってて」
「12歳のとき、魔王に洗脳された魔物たちを、その魔法で解放した結果」
「魔物を操作できる⋯⋯【魔王の種】なんて謂れのない罪で、36年の人間国での投獄生活を経て。 なのに、魔王を討伐してくれた、伝説のお人よしね」
「ははっ、間違いねえ。 んでもってここアーチタウン帝国の長にして、姿ことなる多種族をまとめあげた、この世界アフロンティアの頂点にたつ皇帝――」
――と、まあ常識だわな、と小さな炎がゆらめく、静かな通路をぬけ、長くくねった階段を歩きながら、ワシードがニカッと後ろの三人を見る。
道中、なんだか近くに寄るだけで背筋が冷える純白肌の女性に微笑まれたりしたが、三人とももうワシードの一挙一動に夢中だ。
なんせワープホール自体も稀有な魔法だが、アーチタウン魔法学校だ。
ここに入れるのは生徒職員をのぞけば、かの暗黒皇帝に謁見できるほどの権力者⋯⋯それこそ英雄たちぐらいのもの。
(となったら。この男は本物の)と三人が最上階に繋がる最後の一段を上ったとき、ワシードが翼を広げて後ろに飛んだ。
それと同時、大きな風が吹いた。
「え?」赤いカーペットのひかれた真っ直ぐな一本の通路、その最奥にある重厚な漆黒の扉に向かって体を飛ばされながらシルはなんとか顔を後ろに向ける。すると、
「悪いがここから先はオレ様は同行できない。収拾つかなくなるからな! いいか!オレ様から言えることは二つだ!頭を空っぽにしろ!そして――」微妙な顔をしたワシードが親指を立てながら言った。
「リアル黒歴史は英雄伝にゃ乗ってないんだぜ⁉︎」
――【旧魔王の間】、【アーチタウン魔法学校校長室】、と、二つのプレートのついた漆黒の扉を三人の体が猛スピードですり抜けるなか、
(黒歴史?空っぽ?収拾?――)シルは思考がぐるぐるするが吹き抜ける風の流れは止まらないらしい。
現実を叩きつけるかのように、元気いっぱいな少女の声と、どこか覇気のない無機質な声が思考をさえぎるのだ。
『ずがたかい、控えおろーうッ!』『このマスターをどなたと心得る』
それは漆黒の玉座の両脇から。片方はでんでん太鼓を鳴らして、もう片方は無機質に紙吹雪をチギっては投げる二人の美女が、言う。
『――ほぼほぼ無給!』『ほぼほぼ無休』
『『睡眠時間は!多くて三時間!』』
『『『――だけど食事は3食とるもん――ッ!!』』』
「「「⋯⋯」」」
ぽかん、とその玉座に鎮座する純白の袴に三度笠を被った渋いヒゲを見るシルたちに、鋭い黒目をのぞかせながら立ち上がったそのオジサンは言うのだ。
『人呼んで“暗 黒皇帝そりまちさん”――ワシがそれだ』
その出会いは、三人にとって突然だった。
本編は⋯⋯いやこれも本編なのですが、ここまでの悪ノリじゃないです。どうしてこうなったのか。