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全国神和高等学校選手権大会(1)

Gott ist nicht tot.

「神」と呼ばれる存在が人の間でいつ頃から語られるようになったのかは分からないが、その存在証明がなされたのは21世紀の中頃、多くの人々が心の底から神を信じることをしなくなっていた、今から50年ほど前のことだ。そしてその日は、人類のあらゆる意味での最大クラスの変化の日だった。


2045年の8月15日、奇しくも前回の世界大戦の終結よりちょうど1世紀経った時、人類は3度目の世界大戦を始めた。


台湾島、カシミール地方、アラビア半島の防空レーダーより核ミサイルの反応がほとんど同時に観測され、それと同時に、核の傘は降りしきる権益の暴風雨により壊れ、総数15000の核弾頭が、世界中の空の彼方を駆け巡った。


ワシントンDC、ニューヨーク、サンフランシスコ、北京、上海、重慶、台北、高雄、ソウル、平壌、モスクワ、サンクトペテルブルク、ニューデリー、ムンバイ、コルカタ、イスラマバード、大阪、福岡、ベルリン、ミュンヘン、パリ、ロンドン、ローマ、ジャカルタ、テルアビブ、テヘランetc...


世界の名だたる都市の中では、核の炎に包まれなかった方が少ないくらいに、核は飛び交った。


停戦には仲介役が必要だ。終戦には一方的な優勢が必要だ。国民の1割が死ねば普通に考えて敗戦一色なのだが、敵国も同様の被害だったとしたら、どうだろうか。


結局、1世紀前と違い、核爆弾は戦争を終わらせなかった。核が使用されたかされなかったかは兎も角として、条約同盟が連鎖的に発動し、文字通り南極以外の全ての地域で戦火の上がったこの戦争を、終わらせることができるものは誰もいなかった。


気づけば開戦からたったの2年で、世界の人口の実に4割が失われていた。2040年、95億あった世界人口は、2047年の8月には60億を下回った。誰もが戦争の終わりを求めた。しかし核汚染が広がり、あらゆる国の経済がズタボロになったこの状況において、残った権益は文字通りの生存圏、誰も降参などできるはずもなかった。


この頃になると、かつて数度人類を滅ぼせる、と言われていた無数の核弾頭も底をつき始めた。結局、人類は滅びなかったわけだ。そして、互いに核が尽きれば再び同条件の戦いとなり、優勢劣勢は定まらなくなった。


だが、この先の見えない大戦は、唐突に、誰も予想だにしない方法で終結した。


核が尽きた後も泥沼化し続けた戦争は、2050年の元日、総人口がおおよそ48億人になった頃、辛うじて君主の居所と首都を守り切った極東の島国に、日没と共に1人の美女が唐突に出現したことで突如として終結した。


彼女は言った。


「私の名前はイザナミ。『冥府連合女子評議会(エックレシアズーサイ)』の議長を務めております、黄泉(よもつ)の主神です。これ以上あなたがたに死なれると、色々と困りますので、戦争を止めに参りました。」


突然に現れた、左前の黒づくめの和服を纏った、スレンダーで、しかし恐ろしい程に母性に溢れる美女。左の目元あたり、顔の4分の1を覆い隠す割れた般若の面が少しばかし怖いが、間違いなく美女と呼べる顔立ちだった。髪は長く美しいが、右半分は漆のように艶のある黒、もう一方は健やかな老人のような純白。着物の袖と足元からは、右半分は美しくキメ細やかな肌、左半分は純白の手袋と足袋(たび)が覗いていた。


人々が、彼女を「神」と信じるのに、そう時間はかからなかった。それを圧倒的な実力で示したからだ。


彼女は現れると共に黒い謎のガスのようなものを放った。ガスは彼女の周囲を漂い、その後槍のような形をとって飛び交った。この黒い槍は戦車の砲塔、軍艦、戦闘機の攻撃能力、爆撃機の爆弾、銃の引き金、ミサイルの信管、その他ありとあらゆる兵器の、攻撃力の部分()()に原因不明の不具合を巻き起こした。それはどこか特定の場所に偏ったものではなかった。ひとりの死者も出さず、しかし地球上に存在する、文字通り全ての兵器を、同時に破壊したのだ。全ての国、全ての地域の全ての兵士、指揮官、将軍が同時に困惑し、同時に少し喜び、戦いからの解放の予感をした。


その後、全ての場所で一時的に戦闘が止んだ時、イザナミと名乗る美女は地球上の全ての人間に語りかけた。これもまた、彼女の持つ圧倒的な力故なのだろうか、総人口48億全てに、それぞれの言語に関係なく、彼女の衝撃的な言葉が届けられた。


「全ての人々よ、今すぐ戦争を止めなさい。さもなくば、この世界()()()()世界から、外敵を引き寄せることとなります。現在、この世界における生命の死が急激に増加した結果、冥界側での処理が追いつかず、不安定な状態の魂が氾濫を起こし、この世界を他の世界からの『転移』より守っている『外殻』に穴が空いているのです。」


この世ならざる世界、すなわち異世界の存在、彼女はその存在を伝え、動揺する人々をよそに、更に言葉を続けた。


「この状態では、いつ異世界からの侵略者が訪れるか分かりません。侵略者ごとき、私が持てる力の不可説不可説転分の一すら出さずとも一瞬で消すことはできますが、私達『神』が現世で自ら力を振るえば、どんなに手加減しようと宇宙規模の破壊を起こして、あなたがたも一瞬で消すことになってしまいます。世界を作り直す程度のことなら『神』であれば一人でできますし、当然『外殻』の修復も可能ではあるのですが、あなたがたの預り知らぬところであなたがたを殺してしまうのも申し訳ないですし、それに、今はとある事情で簡単に世界を再生したり、できない状況なのです。まぁ、そもそも神とは地上にできるだけ干渉しないものです。なので、異世界からの侵略者に備えて、あなたがたには自衛の用意をお願いしたいのです。」


()()()()()宇宙規模の破滅と創造を引き起こせると、女神は軽く言った。それは異世界からの侵略者より余程人々に「おそれ」を覚えさせたが、結局のところ、2050年1月1日、第三次世界大戦の終結と共にもたらされた最大の変化というものは、これではなく、女神イザナミの次の発言だった。


「ですので、我々『神』が持つ力の一端を、あなたがたが引き出せるようにしようと思います。あなたがたの新たな兵器開発と合わせて、異世界からの侵略者に対処してください。


私達『神』自身が地上で力を振るうのは危険ですけれど、あなたがた『人』の身に我々の力のほんの一端を与え、『人』の身のまま力を使ってもらう分には、ちょっとした『魔法』のようなものですから。


まぁ、それでも場合によってはあなたがたが今まで作り上げたいかなる兵器よりも強力なものになってしまうかもしれませんが、その時はあなたがた同士でどうにかしてください。


ああ、ちなみに我々『神』は残念ながら平和主義ではございませんので、というよりむしろ争いごとが好きな者も多いので、あなたがたの戦争行為を禁止したりは致しません。死者の処理も、あなたがたが新たに兵器を整え、戦争をできるようになる頃には終わっていますでしょうし。まぁ、異世界からの侵略者に対処さえしてくれれば、人類滅亡にならない程度には戦争していただいて結構。ずっと平和だと上から観測している我々からしても代わり映えしませんのでね。


あっ、我々の力の引き出し方ですが、色々歴史を探ってもらうといいかもしれません。流石に誰も彼もに無秩序にばらまくつもりもありませんので。


以上です。」






・・・と、桜舞う校門の前、長々と半世紀前のイザナミノミコトのありがたい───というにはなんか少し軽い感じの───お言葉を読んでみたわけだが、結局のところ何を言いたいのかというと、


この俺、立松陸斗(たてまつりくと)は、そんな神様達の力の一端を使う能力、日本で言うところの『神和(かんなぎ)』の才に恵まれ、奇跡的に核の炎に焼かれなかった日本国首都東京の西方、第一神和(かんなぎ)高等学校に晴れて入学したということだ。


神和(かんなぎ)』というのは元来は神官的な意味で、一番馴染み深いだろう『(かんなぎ)』だと巫女さんを指定する言葉で、男の神官は『(かんなぎ)』になるという、まぁ、漢字的に面倒な感じだったので、この表記に落ち着いたらしい。


ちなみに性質上、制服はない。というのも実は、一部の神和は服装によって神和としての能力を高めることがあるので、一々制服を指定するのは不合理というわけだ。俺はそういうタイプではないが。とはいえさすがに入学式、周りを歩く同級生達も各々それなりにきちんとした(冠婚葬祭に着ていってもあまり問題なさそうな)感じの服装だった。


神様だとかなんだとかを学校で習うというのは科学主義的な側面の強かった半世紀前の学校教育からすると違和感があるらしい──らしい、というのは俺が生まれた頃には今のような状況が当然だったからである──が、実際のところ、この神和高等学校は科学主義からさほど大きく離れたものでも無い。というのも、『神和(かんなぎ)』はスピリチュアルというより随分と学問的な技術として捉えられているからだ。啓蒙主義の時代以降、神がオカルティズムのように扱われた理由の最たるものは、観察・実験できないことである。目に見えず、検証できないものを科学は扱わないということだ。しかし、半世紀前、神というのは想像上のものではなく、現実のものとして新たに定義された。観察できる対象になった。


そして、神の力を引き出す方法も、たとえば日本なら技術的に確立された神楽舞(かぐらまい)だったり、あるいは欧米、『聖四文字(テトラグラマトン)の宗教』十字架派では伝承にある宗教聖人の行為の再現や数秘主義、『薔薇十字運動』やそこから派生した『黄金の夜明け団』などいわゆる「西洋魔術」の応用だったりと、イザナミノミコトの言う通り歴史を探し、発展させることで編み出された。


つまるところ、神和(かんなぎ)は学問的に扱われた。


そして何より、未だに核汚染による永住困難地域(アネクメネ)が相当存在し、あらゆる国家が資源枯渇に苦心する中、資源を必要とせずにエネルギーを生み出せる神和の技術はそのまま国力に直結する。更に言えば、今やあらゆる戦争の大局は神和同士の戦いにより決せられる。無論兵器は更新され続け、新たに建造されているが、それと同じかそれ以上に、神和の技術は国の盛衰に影響を与える。


ともなれば当然、国家主体となって神和の教育に勤しむのも当たり前の流れであり、その結果のひとつがここ、第一神和高等学校というわけだ。


俺は入学式の行われる体育館まで、特に何も無く歩いていく。付き添いの親はいない。周りを見ると、女子は親がついていることが多く、男子はあまり親がついていない。まぁ、思春期真っ只中の15歳ともなれば、これは自然な光景で、親が多忙で入学式に来られない俺としては、目立たずに済みそうで少しありがたかった。


校門に入ってから8分経っても会場たる体育館には着かない。別にもたもた歩いているわけではない。この第一神和高等学校、とにかく大きいのだ。というのも、ここは神和の技術学校である。神和とは場合によっては核攻撃すら凌駕する出力を発揮するわけで、それを安全に執り行うには、巨大な施設が必要とされる。その結果、8分間歩いても体育館につかないという、強烈な体験を生み出していた。その間、別に誰と喋るでもなく、多少周囲を観察しながら黙々と歩き続ける。


「ああ、ようやく体育館か...」


校門に入ってから10分間、ようやく眼前に、至って普通の体育館があった。体育館はあくまで体育館だ。色々危険を伴う神和の訓練は、どうやらこことは別の「演習場」で行うらしい。


入口は受付をする上級生と、それに並ぶ新入生でごった返していた。こういったところは至って普通の高校といった感じだ。「まだ時間かかるのか...」なんて億劫な気持ちになりそうになった頃、突如俺の視界が閉ざされた。目のあたりには、少し冷たいながらも確かな体温があった。そして、聞き馴染みのある声が耳に届いた。


「さて、わたくしは誰でしょう?」


その声は甲高く、鈴を転がすように美しかった。俺は人生15年、彼女より美しい声をした女性に会ったことがないのですぐに分かる。


「1年ぶりだね。サグリ姉さん。」


「正解。1年で忘れられてしまっていたらと不安でしたが、良かったです。」


そう少女は呟くと、目から手を離した。


俺は振り返ると、少し目線を下にした。


そこには身長僅かに137cm。不気味さの一切を取り除いた日本人形のような可憐な容貌、儚げで(たお)やかで細く美しい体つき、腰の辺りまで伸びた、高級な漆のような艶のある滑らかな黒髪、どこで手に入れられるのか皆目見当もつかない、この世のものとは思えないほどに上品な巫女装束、1年前までの俺の家の隣人で幼馴染の、小さく可憐なお姉さん、秘野探(ひめのさぐり)がいた。


俺とサグリ姉さんの関係は単なる幼馴染より深かった。まず、俺には父がいない。いや、過去にはいたのだが、もういない。俺がまだ物心ついていない頃に、東亜連邦(とうあれんぽう)との戦争で戦死したそうだ。一方の母は神和の研究者で、それもまだ30代なのに、日本の神和の一大権威の一人だ。つまるところ、片親だろうと金には困らなかったが、多忙だった。特に、俺の1歳の誕生日から、俺が6歳になるくらいまで日本は東亜連邦との戦争状態にあって、そんな中、夫を失った悲しみも相まって戦争を終わらせようとその才を爆発させた結果、強烈な研究成果を発表してしまい、休暇とも言っていられない状態だったそうだ。結果、どのくらい母が忙しかったかというと、どんなに頑張って俺に会おうとしてくれても、起きている時間に会えたのは週に2日がやっとで、1週間母親の顔を見ない時もあったくらいだ。


まぁ、その反動か、最近は鬱陶しいくらいに絡んでくるのだが、それでも今日の入学式は来れなかった。


そんな中、サグリ姉さんの家が、育児を手伝ってくれたそうだ。つまるところ、サグリ姉さんは物心ついた頃から一緒に生活してきた1歳年上の姉のような存在なわけだ。それでいて、母親が別にいることくらい4歳の頃には分かっていたし、サグリ姉さんも大体その時期には俺を幼馴染と認識していたようなので、姉であり幼馴染、家族よりほんの少しだけ距離が空いたことで、「とても優しく可憐なお姉さん」といった認識が俺についたわけだ。


「サグリ姉さんの調子はどうなの?元気にやっているのか?」


「まぁ、それなりにはやっています。そちらこそ、わたくしがいなくて大丈夫でしたか?」


「大丈夫だよ。これでもそれなりに、容姿にも勉強にも運動にも自信はあるからな。」


「まぁ、その3つに関してはわたくしも保証しますが...」


自信満々に言う俺に、サグリ姉さんは少し呆れながら微笑んだ。


ちなみにこんなに自信満々なのは、結局のところ昔サグリ姉さんが「賢いね」「かっこいいね」「足速いね」といった感じに褒めまくってくれたからで、つまるところこの3つに関しては彼女のお墨付きということだ。流石にこのくらいの年齢になると、世の中には俺より顔の良い奴なんて沢山いるし、賢さも運動も上がいくらでもいることを認識してはいるが、それでも平均よりは上だと、姉さんの言葉に応えて自負はしている。賢さの証明は、単なる神和の才能だけでは入学できない第一神和高等学校への合格がしてくれている。


「それで、今日はどうしてここに?入学式って在校生は休校じゃなかったっけ?姉さん、入学式の委員とかやらないタイプでしょ?」


俺は疑問を口にする。サグリ姉さんは見た目通り、とまでは言わずとも、基本的には深窓の令嬢よろしく、静かであまり積極的に動かない。俺に対する目隠しは、例外中の例外だ。この学校の規則的に委員会参加は必須ではないから、姉さんは絶対に参加していない。

それに対して、姉さんは何ともないように衝撃的なことを言う。


「今日は(りん)さんの代わりに保護者として参加します。凛さんに『陸斗をよろしく』と頼まれていますので。」


それに対しての俺の口か脊椎反射で出た反応は


「ええ...いや...うーん...まぁ」


別に拒絶はしないが、喜ばしくもない、そんな感じだった。


というのも、多分ここで強く拒絶したらサグリ姉さんは少し悲しそうな顔をするだろう。俺としては、姉であると同時に可愛い幼馴染である彼女にそんな表情をして欲しくない。立松凛(たてまつりん)、つまり俺のお母さんからの微妙に空回りした愛も、7歳くらいまであまりに関係が薄かったためか、反抗期というものに至っていない俺としては、無下にしようとも思わない。でも、何か気恥しいのも確かなわけで、その結果がこの反応だった。


そして代替案を提案する。


「...タカヒメさんじゃ、だめなのか?」


タカヒメさん、つまり俺の第二の母親のような立場である秘野高姫(ひめのたかひめ)。これまた凄まじい美人さんで、サグリとの関係は従姉妹にあたる。実はサグリ姉さんは、両親共に、物心着く前、記憶にも残らない段階で戦争で失ってしまったらしく、実質上の母親にあたるのが、タカヒメさんだ。見た目の年齢は20代前半くらいだが、正直、俺が子供の頃から全く姿が変わっていないので年齢は全く分からない。


「ほら、姉さん、多分新入生を怖がらせてしまうでしょう?ですからわたくしが出るのが一番安牌というわけです。」


そう、俺が気づいたのは10歳の頃だが、タカヒメさんには色々と特殊なところがある。恐らく、特にここ、第一神和高等学校では騒ぎになるだろう。だから、聞きつつも、彼女が来ないのは何となく分かっていたし、それは合理性のあることだった。


「うーん...仕方ないな。じゃあ、保護者を頼むよ姉さん。」


結局、無理に反抗するほど嫌なことでもないので、それ以上何も言わず、姉さんに保護者としてついてきてもらうことにした。






体育館の席に座って15分、式は始まった。ちなみに受付の人は保護者を名乗るサグリ姉さんに少し驚いた様子だったが、それ以上特に何も言わなかった。流石は優等生集う第一神和高等学校、入学式は静かなものだった。


初めに教頭の開式の言葉、次に校長の祝辞と続き、その次に壇上に上がったのは、高身長で肩幅が広く、なんというか軍人だと言われたら信じそうなくらいの(いかめ)しい容貌の中に、確かに整った顔立ちを見せる上級生だ。


「第一神和高等学校生徒会長、八雲達也(やくもたつや)だ。新入生諸君らの弛まぬ努力に敬意を示すと同時に、諸君らが我が校への入学を選んでくれたこと、深く感謝する。」


時節の挨拶はなく、しかし確かな敬意を感じる、野太く、まるで大政治家の演説を思わせる声に自然と背筋が伸びる。


八雲達也。去年の全国高等学校神和大会の個人部門において3位を獲得し、団体部門での第一高校優勝にも貢献した、高校生の中では随一の神和である。ちなみに全国1位もこの高校にいるのだが、生徒会長たる彼ではない。


神和(かんなぎ)が現れてから丁度半世紀を迎えた今年、戦争の爪痕は薄れつつあるが神和の役割は増し続けている。故に、私は諸君らが己で考え、己で行動し、そして、己の中で己の役割を探し出す機会を、この第一神和高等学校で少しでも多く与えたいと考える。」


そう言いながら、八雲生徒会長は鈴を取り出す。そう、俺の母、立松凛が、俺が1歳と5ヶ月の頃に試作品生み出し、6歳の頃に完成され、一瞬で東亜連邦との決着をつけた、最大の研究成果たる鈴を。


シャーン...とまるで女性の声のような──サグリ姉さんやタカヒメさんを想起させるような──澄み渡る音が響き、そして


ゾワッ!!!!!


八雲生徒会長から強烈な威圧感が放たれた。


神の力の一端の発動、『口寄(くちよせ)』である。()()()女神の声色を再現したその音色は、本来神楽舞(かぐらまい)禊祓(みそぎはらえ)といった、どんなに熟達したものでも30秒はかかった日本式の『口寄』を、僅か鈴の一振りにまで短縮してしまった。その上、日本の()()()()神様であれば、ほとんど全ての『口寄』に使えるというのだから、東亜連邦が対応し切れずに押し潰されたのも納得である。いや、本当に凄まじい母親である。


八雲生徒会長の威圧感は、すぐに収まった。


「諸君らがこれから扱うのは、このような強大無比の力である。当然無闇に使って良いものではない。この高校は、単に優れた神和としての技術だけでなく、優れた精神をも要請する。そのことを心に留め、そして三年間を良きものとして過ごして欲しい。以上だ。」


そう告げると、自然に鳴る拍手の中、八雲生徒会長が壇上から降りる。


その後、地域の議員や教育委員会、都からの祝辞、合唱部による校歌斉唱、閉会の言葉とつつがなく式は進み、そして閉式した。これをもって、俺、立松陸斗の楽しい高校生活が始まる、というわけだ。


入学式が終わると、俺は指定のもとバカでかい校内を5分ほど歩いて目的の教室、1年6組に入った。ちなみにこの学校の定員は1学年あたり、1クラス40人、10クラスの400人である。高校にしては多いが、そもそも国立の神和高等学校は各地方に1校ずつしか存在しない、言わば高校界の旧帝大みたいなものだ。卒業すればその時点で神和として()扶持(ぶち)が約束されたも同然となる上、国立の神和大学への進学も相当容易になることからその人気は高く、今年の倍率は3.8倍だった。


なお、これは神和の才能があり、実技試験を通過した学生による定員数320人の倍率であって、神和の才能なく、しかし神和の研究を行うためにここに入った定員数80の枠の倍率は10倍を超える激戦だった。


教室は流石にざわめいていた。俺の出席番号は17番。まぁ、普通に名字の偏りもなく、といった感じだろうか。


席に座ると、前の席にいた眼鏡をかけた真面目そうな雰囲気の男子に話しかけられた。


「初めまして、僕、高倉祝人(たかくらのりと)と言います。お名前、聞いてもいいですか?」


「こっちこそ初めまして。俺の名前は立松陸斗、よろしくな。それにしてもさっきの八雲達也さんといい、君といい、なんか名前を枕詞(まくらことば)にするの流行っているのか?」


「うーん...どうなんでしょう。ああでも、確か去年の全国大会で優勝したこの学校の先輩も枕詞みたいな名前してたような。」


枕詞(まくらことば)というのは、和歌の技法のひとつだ。簡単に言えば、特定の言葉を使う時に、その言葉の前に置く、五文字の綺麗な言葉、みたいな感じか。たとえば生徒会長の八雲達也(やくもたつや)であれば、「出雲(いずも)」に続く枕詞「八雲立(やくもた)つ」で、目の前の高倉祝人(たかくらのりと)なら「三笠(みかさ)」に続く「高座(たかくら)の」だ。


「まぁ、30年前の危機の英雄が古守千早(ふるかみちはや)なんていう、『千早振(ちはやふ)る』にそこから繋がる『神』まで含む名前してたもんだから、それで流行ったのかもな。」


「あっそういえば立松君って───


高倉が何かを言う前に、教室の扉が開く音がして、真面目そうな高倉は言葉を紡ぐのをやめた。入ってきた教師と思しき人物で、主に男子が息を飲んでいた。


なんか、モデル、それもグラビアの方の、そんなスゴいスタイルの、しかも美女が教壇に立つ。まぁ、なんというか、こういう所はいかに天下の国立第一神和高等学校の生徒と言えど、普通に高校男子っぽくて、安心した。いや、分からない。ほらあれだ。たとえば相撲取りとかバスケットボール選手とか、別に性的な意味が無くてもデカイものが急に現れれば勝手に目が引かれるものだ。だから俺が目線を吸われたのも実際そんな理由だし、小柄で細くて可憐なタイプが好きな俺としては別にタイプじゃないが、世間一般の男子には大いに受けるだろう。


「初めまして、今日からこのクラスを担当する井頭真由美(いのかしらまゆみ)と言います。専門は国語と神和の実技です。みなさん、よろしくお願いします。」


優しげな声に、自然と拍手が上がる。井頭真由美(いのかしらまゆみ)、「射る」につながる枕詞「白真弓(しらまゆみ)」が自然と入った、美しい名前だった。


「では、ひとりずつちょっとした自己紹介をお願いします。あっ、神和で『口寄』する神様の名前は言わないでくださいね?実技の時には、相手が何の神様の力を使っているのかの解析も行ってもらいますから。」


神和というのは、軍事力でもある。そして戦場においては、相手の使う神の力の由来が分かれば、ある程度の対策を立てることにも繋がる。何しろ、神和は一人につき一柱の神の、しかもそのうちの一部の力──普通は1種、多くても2種──しか引き出せない。相手の行った儀式や動きから、相手の神が何か、更にどの力を使っているかまで分かれば、かなり有利になる。だから、解析というのは重要な技術だった。そして、だからこそあらゆる儀式のほとんどを「鈴を鳴らす」という全く同じ儀式で代行できてしまう「鈴」は、母の最大の研究成果のひとつというわけだ。


結局、名前、出身地、趣味といった至って普通の自己紹介が、つつがなく流れて行き、今日の学校は13時頃にはお開きとなった。


俺は終わるやいなや遥か遠くに感じる校門の辺りまで歩いていくと、小柄な巫女装束の少女、サグリ姉さんが見えた。


「お疲れ様です、陸斗さん。どうでしたか、新しいクラスの方は。」


「まぁ、まだ分からないな。あまり人とも話してないし。でも、そんなに嫌な感じじゃなかったぞ。」


「そうですか。それは良かったです。あっ、そうそう。ここで待っていたのは凛さんに1枚でいいから写真を撮っておいてと言われたからでして。」


そう言いながら、サグリ姉さんは肩にかけていた学生鞄から、今時珍しいカメラを取り出した。第三次世界大戦による後退もあって100年前の人々が想像していたものほど発展していないが、それでもスマートフォンは進化しており、今時わざわざカメラを持ち歩く人など、特に若者の中では極稀である。


そう言いながら、俺は校門の前、『第47回国立第一神和高等学校入学式』と書かれた看板の横に立つ。すると、カメラを持っているサグリ姉さんは、別に表情を指定する訳でもなく写真を1枚撮った。別に俺としては笑顔が恥ずかしいとかもないので指定してくれれば作り笑いくらいするのだが、言われてないのにわざわざ笑うかと言われると、そうはならない。


そして、トテトテ、といった擬音が似合いそうな小さな歩幅でサグリ姉さんが寄ってくる。


「折角ですからわたくしとも一緒に撮りましょう。」


「ああ、分かったよ。でも、誰に撮ってもらうんだ?このカメラ、自撮りとかをするタイプのものじゃないだろ?」


かといって、写真撮影を頼めるような人影もない。実は、最初のホームルームが終わってそそくさと帰ってきたのは、少なくとも俺のクラス1年6組では俺だけだった。


というのも、この学校は部活動も委員会も盛んで、規則的には所属しなくとも問題ないのだが、実に97%が部活動か委員会のどちらかには所属しているし、となれば、部活や委員会の勧誘活動も盛んで、基本的に入学式の後は色々な活動を見に行ったりするものらしい。俺は姉さんと同じく規則で定められておらずやらなくて良いものは、自分がやりたいと思わない限りは絶対にやらないタイプなので帰ってきたが、普通は同調圧力やら友人からの誘いやらで、とりあえず見学に行くものらしい。


そして、入学式の閉式からはもう1時間半も経っているから、付き添いの親もいない。よって、校門の前は閑散としていた。


だが、何ともなさそうに、サグリ姉さんは言った。


「大丈夫です。ほら、ここに。」


そう言いながら、姉さんは巫女装束の胸元を漁る。


「いや、ちょっ...姉さん...それ、外でやるのやめてくれよ...」


「?...誰もいないのだから、構わないでしょう?」


「いや!俺が構うから!」


「?......っと、ありました。」


俺と姉さんはほとんど姉弟のような関係だ。だが、あくまで「ほとんど」であって、同時に幼馴染であることも確かなのだ。何より俺のタイプは細く可憐な女子なわけで、こんなことをされては気が気でない。


そんな俺の態度は気にも留めず、姉さんの手には1枚の紋様が書かれた和紙があった。


それを手に持ったカメラの下に置くと、ふわっと、重力もカメラの重さも無視してカメラごと和紙が浮いた。


「これ、凛さんが『良い感じのツーショット撮ってきてね!』と渡してくれたものです。何でも、試作品だとか。」


「相変わらず、気軽にとんでもないもの作ってんな母さんは。学会で発表されたらとんでもない騒ぎになるぞ、これ...」


俺は、余りの母さんの型破り具合に呆れる。神の力を使えるのは人だけである。少なくとも半世紀の間、そう言われてきたし、例外はなかった。神の力は『口寄』した人間が扱うもので、『口寄』していない状態では神和の才能があろうが何も一般人と変わらない。そして、神の力は内部から放出されるものであって、かつ、外部に保存できない、と教科書には書かれている。だが、この浮いている和紙は、母さんが神和による神の力を独自の方法で注入し、付喪神(つくもがみ)化させることで生み出されているようだ。つまり、実質的に神の力を外部に保存してしまっている。


とはいえ、言っても仕方ないので、俺は考えることをやめた。サグリがカメラのタイマーをセットすると、カメラは和紙の上に乗ったまま、俺達から少し離れたところで浮いたまま静止した。


「それでは陸斗さん、いきますよ。」


「分かった。」


「「はい、チーズ」」


サグリ姉さんと俺の二人で、息ぴったりに言った。まぁ、世間的な「はい、チーズ」で考えられるようなとびきりの笑顔ではなく、微笑みなのだが、それでも和紙に乗って帰ってきたカメラには、素敵なツーショット写真が保存されていた。


読んで頂きありがとうございます。


はじめまして。摩訶理通留と申します。ちなみにペンネームは「まかりとおる」と読みます。摩訶とは「大変優れた」といった意味を持つ言葉なので、素晴らしい理が世の中を通い、留まるといった、とても良い意味の名前です。嘘です。普通に「まかりとおる」という言葉にそれっぽく当て字しただけです。


さて、この作品ですが、一応ジャンルとしては異能バトルものとなると思います。神話に登場する神様の力を使って、神和同士が戦う、そんな話がメインになるかと。神様というのもバリエーションが豊富なもので、色々登場させたい神様がいますので、できる限り書き続けたいと思います。


もし面白いと思ったら、次の話も読んでくれると大変こちらとしては嬉しいことです。


以上です。

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