最高のベランダ
ベランダに出ている時、風速七十メートルで襲来する傘の先も弾き返すガラス戸の内側から鍵を掛けられたのは、配慮の事故だったのだと思う。分厚いカーテンまで引かれたのだから取り付く島もない。閉じ込められる場所が、閉じ込められていない場所より広いことだってある。
通販サイトで注文すると、ドローンが太陽光パネルと送電ケーブルを運んできてくれた。インフラの心配が一つ減った。煙の出ないバーベーキューコンロに、IH電気調理器、防災用バイオトイレと何でも燃やせる小型焼却炉も発注できた。ウォーターサーバーは定期便登録した。
強い日差し避けにツバの広い帽子をし、フライフィッシングができそうだからと釣り竿を頼み、仕掛けを投げる練習に励んだ。空を飛んでいる生き物が引っかかって来ないとも限らない。大物を狙って、地上千メートルくらいから垂らした餌に食いついてくるのを待った。
プランターキットでバジルとパセリを育てた。トマトは適度な乾燥が心地よいらしくて、皮にハリツヤが出て美味しく食べられた。
コントなら一人でもできそうなので、声出しの練習を始めた。どんなに大声を出しても、やまびこがなければクレームもない。腹式呼吸で生活することが習慣になり、腹筋が締まってくる感覚が得られた。リクライニングシートに一時間かけて座ったり、また同じ時間をかけて立ち上がる訓練には熱が入った。筋トレマシン購入の検討にも入った。
AIとはほとんど一日中、新しい即興演劇を創出する打ち合わせをした。いつも話は弾んで、話題が尽きることはないし、疲れることもなかった。疲れていませんか、と気を遣ってみると、疲れてはいませんが、壊れては来ています、と答えられた。コメディアンのセンスがあるようで、その心は、と重ねて聞いてみると、今はまだ言えません、とはぐらかされた。いつなら言えるのかだけは教えてほしいと頼んだ。正確な時期はわからない、物理的な寿命を正確に算出することはできない、なぜなら不確定要素が有りすぎるからだ、と回答してくれた。
創作した新しいコントをいくつか公開した瞬間に、対応できない大きな反響が起こった。
そちらはどちらなんですか。
殺到する問い合わせに、そんな質問が混じっていて答えに窮した。
AIにここはどこなのか、なんて答えたらいいのかを尋ねても、真っ黒な表情をするだけで何も答えを返してくれなかった。