7.旅は長い
体が揺れる。……また体が揺れる。
「……誰だよ?」
気持ちよく寝ていると朝に、いや早朝と言うべきだろう。寝室に入ってきたバルトに起こされた。
「テル。そろそろ今回の冒険について話そうと思うから、目を覚ましてこい」
投げられるバルトの言葉を背中に受けながらミトを引っ張って洗面所まで行く。
顔に冷たい水をかけると頭が冴えると同時に考え事が増える。
この世界は残酷だ。この前だって死ぬ寸前だった。あれぐらいの状況を軽く突破して依頼をこなさなければきっと生きていけない。
「全員集まったことだし話そうと思う。まず、今回のこの依頼にはテルとミトそして俺の信頼している冒険者に行ってもらう。だが冒険者は保険だから基本的にテルとミトの二人で行ってもらう」
「バルトが呼んだ冒険者とやらは必要なのか?別にリリィでもいいし、なんならいなくてもいいだろ」
これは俺とミトに与えられた依頼。俺らと関係を持っていない部外者がでてくるのは少し変だ。
「俺が呼んだ冒険者はな、まだ未熟でリスクが高いお前らのお守りだ。今死なれると常連が減って困る。前に使った門から森の方向に少し歩いたところで待ってもらってる」
こんなことを言っているが、結局は子供の俺らが心配なだけだろ。一度バルトと話し合う必要があるか?
「このバッグを持ってけ。必要なものは大体入ってる」
笑みを浮かべているバルトに半ば強制的に外に押し出されてしまった。
───
グシグシと草を踏みしめるように歩く。遠くの方に人影を見つける。随分と目立つ紅色の装備を着ているようだ。
……あれってこの前助けてくれた人では?名前は確か……「レト」」だったけか。
「えっと、レト?こんな表に出てきていいのか?あまり人には言えない職業なんだろ?」
「どうやらあいつから俺の職業も聞いたんだろ。なら関係ない。お前らもあまり言いふらさないようにしてくれ」
俺等はもう知り合いだから許されたのだろうか。まあいい。とりあえず依頼のために早く行かないと。
「ということでだ、ガキども。馬車を取っていおいたから乗るぞ」
馬車?銃があるほどの文明レベルなのに車がないのか?いや、この風景を見ればわかるか。
ろくに舗装もされていない道で走れるわけない。
ガソリンスタンドなんてものもないだろう。道中で止まってしまえばおしまいだな。
「馬車はいくらするんだ?流石にそれぐらいは払う。昨日の依頼で多少の金は入ったからな」
「馬車とかの必要経費は今回の依頼の成功報酬から出る。気にするな」
……報酬が減ったな。まさか馬車代で報酬無しとかないよな?ないか。
そのまま街外れの方に停まってる馬車まで歩き出す。
「これを持っておいたほうが良い。尻が痛くなるからな」
そう言われクッションのようなものを投げ渡された。
これは羊毛?でも少しスクイーズのような衝撃吸収に優れた触り心地。まあ馬車なんてかなり揺れるからな。持っていて損はないだろ。それどころかだいぶありがたい。
馬車の荷台に乗ってミトの下に渡されたクッションを敷く。
「ありがとう。おにぃは敷かなくて平気なの?結構揺れるみたいだけど」
「まあ大丈夫だろ。本当にやばくなったらもう一個クッションないか聞いてくるから」
レトがお金を馬車引きに渡し終えて隣に座ると木材の軋む音と共に動き始める。屋根付きの荷台の中を草の匂いを運ぶように風が通り抜ける。
……のどかでいい所だ。暖かくて落ち着くことができて……平和だ。こんな世界にも魔王とか、それに準ずる世界征服を企む明確な悪は存在するんだろうか。そういうのを倒す勇者とかもいるんだろうか。
俺には関係ないな。ミトが幸せなら他のことなんてどうでもいいか。
「こっから天城山周辺の街まで大体丸一日かかる。それまでの間にバッグの中身とか確認しておけ」
そういえばまだ見ていなかったな。えっと、水筒が2つある。
ミトに水筒をちょびちょび飲ませながらバッグを漁る。水筒の他にはキャンプキット・小型テント・軽食、最後に赤色のゴワゴワとした毛布のようなものが2つ入っている。
「レト、この毛布ってなんだ?寝るときのやつにしては重いぞ」
「今から行くのは火山だ。もっと言うとモンスターの影響で擬似的に火山活動をしている。つまり、モンスターによって火山活動をしているように見えるレベルだ。だから炎系統のモンスターの対策が必要なんだが、それは耐火機能のついたモンスターの毛皮だ」
炎系のモンスターってことはドラゴンとかいるんだろうか。やっぱみたいよな〜。空を高速で飛んでいく巨体!硬い鱗で外敵の攻撃をものともしない圧倒的強者!
「おにぃ、これ見たら?おにぃの考えていることがなんとくわかるから」
これはモンスター図鑑。なるほど、炎系のモンスターを調べればいいのか。
じゃあ何個か見ていくか。
『サラマンダー:体表が岩石のようなもので覆われている。体長は1.5m〜2mほど。体内に火炎袋が生成されており、炎を吐くことができる。火炎袋には食物の消化で発生するガスが貯められている。モンスターランクC』
『イフリート:体長180cmほどの人形。皮膚は黒曜石のようなものでできている。ヒビが入ったところから再生されるため、再生が追いつかない速度で切る。または、潰す必要がある。炎の精霊だとされているが真実は定かではない。モンスターランクA』
ヤバそうなのが多いなあ。俺生きて帰れるだろうか。
「テル、そう不安になるな。そこに書いてあるモンスターのほとんどは大人しくしてればよっぽどのことがなければ相手からは襲ってこない。モンスターも野生動物だ」
なるほど、腹が減らなければ他の動物を襲わない。抵抗されて体力を消費したら野生で生きるのは厳しくなる。最低限ってか。
「精霊であるイフリートは少し違う。あれは動物ではないから生物の本能で動かない」
「その……ドラゴンとかみたいなモンスターはいないのか?図鑑に乗ってるのか?」
すると図鑑のあるページを開いて差し出してくる。
「読め。お前が想像しているようなドラゴンはいない。絶望感あふれるのは魔王だけで十分さ」
『火竜:火山に生息するドラゴン。鱗は耐火性能に優れており、どんな高温でも発火することはないとされる。また、飛行を可能にする体構造になっているため体は軽く、羽の面積が広い。体内に火炎袋を蓄えており、食物を摂取した際のガスをためている。喉に魔石が埋まっており炎を吐く際に約五百度まで上昇し、喉を通るガスを発火させて吐く。魔石の周辺は熱に耐えるために金属で覆われているが、体内の鉄分を還元させて作っているとされる。モンスターランクB』
なるほど。読んだ限りでは魔法的な攻撃は存在しないってことでいいんだろうか。
……そもそもモンスターも生物だ。魔法を使う種族だからって全個体の属性だったり威力が同じとは限らない。なんなら、使えない個体もいるかも知れない。逆もありえるから警戒しておくに越したことはない。
「ドラゴンはさほど問題じゃない。イフリート含める精霊系統は動物のような体を壊さないためのリミッターがかからない。常識を超える攻撃が来るから対応が大変だ」
精霊は痛覚がないということだろうか?まあ興味はない。
ガタッとう言う音と共に馬車が急停止する。
「そうだテル。言い忘れていたがこの馬車は護衛の冒険者を雇っていないおかげで安い。つまり乗客の冒険者が護衛するんだ。うし、モンスターが来たから行って来い」
……俺がやるのかよ。冒険者始めて二、三日の奴にやらせるものじゃなくないか?
馬車から降りると装備品の重みが体にかかる。馬車の前まで移動して二体のモンスターと対峙する。
「おにぃ、図鑑を読むよ。『ラッシュラビット:兎の見た目に酷似している。大きさは一回り大きい程度。脚力が以上に発たちしており最大で垂直方向に五メートル飛んだとまでされる。額に小さめの角があり、小さな手には鋭い爪がついている。角も爪も通常だと致命傷にならないが、脚力を生かした速度と合わさることで致命傷を与えることが可能。な
モンスターランクE』もう一体が『ガゼリオ:前面が黒色の外骨格で覆われた四足歩行のモンスター。外骨格は固く耐火性に優れいている。持久力に優れた足と体力を持ち合わせているため、討伐数が極端に少ない。草食のため人を襲うことはあまりないが自衛やその他の理由がある場合はその限りではない。モンスターランクE』」
ミトが馬車から顔を出しながら声を張って図鑑を読み上げる。
随分と長文だこと。それにしても鹿っぽい方、ガゼリオとやらは襲わないはずでは?人を襲うほどの理由があるようには思えないが……そんなことを考えてる時間はなさそうだな。
ラッシュラビットが高速で突っ込んでくる。それに対して左手の小手で軌道をほんの少し曲げて、そのまま後ろに回ったラッシュラビットに相対する。後ろのガゼリオは襲ってくる様子はまだない。こっちにとっては好都合だ。
再び突っ込んでくるラッシュラビットの軌道上に新技の氷の盾を置くと、盾を突き破った。しかし、速度が僅かに落ちたのを察知して右手の剣をラッシュラビットの腹から背中にかけて刺す。力がなくなりぐったりとしたラッシュラビットを地面に叩きつけるように落とす。
あとはガゼリオだが……あれは怯えてるんじゃないか?足が震えてるし息が荒い。多少威圧をかければ逃げてくれそうだ。
剣を構えながら鋭く睨みつける。するとガゼリオは後ろに向き直り森に向かって走り去っていく。
これで馬車の護衛は出来たってことでいいんだよな。
「初めての護衛にしては上々だな。早めに一体減らしたのは良かった点だ。だが、たとえ敵意が感じられなかったとしても挟み撃ちにされるのは避けるべきだ。安全を一番に考えろ」
確かに敵意がなくてもモンスターはモンスター。なにをされるかわからない以上、背後にモンスターがいるのは避けるべきか。
馬車に戻るとミトが笑顔で出迎えてくれる。ミトの笑顔をみるとつい頬がゆるむ。
「あとは俺が対処するからテルとミトは休んでおけ。一回野宿を挟むが、その時の護衛も俺等だ。俺たちしかいない分、こき使われるからな」
「おにぃ、ねんね」
そういいながら俺に膝に寝転がるようにミトが促してくる。
まあこっち来てから頑張ってきたしな、多少は癒やされてもいいか。
ミトの膝の暖かさが安心して、瞼が重くなってきた。そのまま俺は意識を手放した。




