6.見知らぬ祝福、新たな依頼
森での戦闘が終わった直後で、余韻に浸る暇もなく男が近づいてきて俺の背中の傷口をなぞる。
「致命傷では無いが、放置しておくとまずいぞ」
「……その、助けてくれたのはありがたいんだが……あんた誰だよ」
「そういえば名乗ってなかったな。俺の名前はレト・ペイトロン。職業は聞かないでくれ。……聞いてもいいことはない」
表に出るとまずいのか?それでも救出に来てくれたということはバカか相当お人好しなのだろう。
「ちょっと待ってろ。今ポーションを使って手当するから動くなよ」
そう言うと、腰のポーチから一本の黄緑色の液体が入った瓶を取り出してキュポっと蓋を取る。
黄緑色の液体が包帯に染み込み、それを通して肌にじんわりと浸透していく。次の瞬間、熱く焼けていた背中が、ふっと氷のように冷たくなった。
……傷が、塞がっていく。信じられない速度で。
包帯が冷たくて少し体が震える。すると痛みと熱が少しずつ引いていく。
「すまん。痛かったか?なるべく優しくするが多少の痛みは我慢してくれ」
「いや大丈夫。冷たくて少し驚いただけだ」
傷口を拭った後、包帯を固定した状態にすると立たされる。
「街の近くまでは送る。その後は知らん」
そう言いレトが武器を構えて警戒状態に移る。
はぐれないようにミトの手を握りながら歩き始めると背中から声が聞こえる。
「おにぃ。背中大丈夫?……血が滲んでて痛そう」
「言われてみれば……見た目ほど痛くは無いかもしれない。まあ、大丈夫だ。安心しろ」
ポーションとやらを使ってくれたらしいが、痛みを全くと言っていいほどに感じない。多少の痺れはあるがここまで回復できるものなのか?いや実際できている。……あのポーション、もしかしなくても相当高かったんじゃないか?
そんなことを気にも留めずレトは度々襲ってくるモンスターをナイフで切り落としながら、道のない森を進む。
数十分ほど歩くと木がなくなり拓けた平原に出たことで、遠くの方に街の防壁が見える。
あぁ、やっと帰れる。ミトが生きている。それだけで十分だ。
「じゃあ、森を抜けたしここからはお前らだけで平気だろ。じゃあな。……この世界狭い。またどこかで会うかもな。そんときゃ、今度は借りを返してもらうぞ」
「あっ、えっと助けてくれてありがとう……ございました」
ここから先の平原は俺らだけで移動しなければならない。まぁ、街付近の平原だしそこまで危険はないか。
その先は特に何も起きなく、安全に街まで帰還できた。
ーーー
バルトの武器屋まで戻ると二階からドタドタと足音を立てながらリリィが降りてくる。
「テルくん!やっと帰った……な、なにその怪我。血、血が出てる。まっ、待ってて今回復するから」
……まずい、師匠が俺の傷を見て動転してるな。大切に思ってくれるのはありがたいがこれはこれでめんどくさいな。
「大丈夫ですよリリィ。通りかかった人に応急処置はしてもらったので、命に関わることほどのものじゃないので……」
「ほ、本当に? よ……よかったぁ……っ、ひっく……」
リリィが俺とミトのズボンを掴んで顔を擦り付けてくる。そのせいで、スボンが少し湿り始めた。
おいおい、大の大人が声を上げて泣き出したぞ。……まさか、リリィが泣くなんて。この人がこんなに取り乱すなんて、思いもしなかった。やっぱり弟子という気持ちが強いのだろうか。
奥の鍛冶場から汗を拭いながらレトが声をかけてくる。
「おいテル。ちなみに助けてくれた人とやらの特徴を教えてくれないか?少し気になる。もしかしたら俺の知り合いの可能性もある」
「ん〜と、たしか名前はレトとか言ってたかな?あと赤色の大盾とナイフを持ってた。知ってるやつか?」
「心当たりはある」と笑みを浮かべながらバルトが受付のカウンターにより掛かる。
あ、そうだ。あの短剣についてバルトに聞いてみるか。鍛冶師だし少なくとも俺よりは何か知っているだろう。
バックから短剣を取り出してバルトに見せる。
「バルトに聞きたい。森を探検してたらお墓みたいなの見つけてさ。中にこれがあったんだけど何か知ってる?」
「貸してみろ。……その墓とやらに文字が刻まれていたと思うんだが、覚えてるか?」
「えっと確か。『彼の■■は死に絶えた。■■にも知ら■■とのない■ま、今ここ■■る。』って表ににあって、裏に『彼は眠りに堕ちた。英雄は希望、真意、期待、夢、願望を、彼は挫折、絶望、悲観、嫌悪、失意、憎悪を人々に与えた。残されたものを鎮めるためにこれを残す。これを取るものに永久なる祝福と加護を与える。』だったかな」
俺の言葉を聞くと棚から一冊の本を取り出してペラペラと紙をめくり続ける。
「その短剣は絶対に手放すな。お前が手に入れたものだし、お前が使え」
そ、そんなに大事なものなのか?その短剣。
「説明しよう。前にも言ったがかつてこの世界には英雄と呼ばれるものがいた。その英雄達はそれぞれ武器を持っていて、今では『聖遺物』なんて呼ばれてる。その短剣は聖遺物の中でもかなり珍しい聖銃器の一つ。詳しくはこれを読め」
レトが本を俺に渡してくる
え~と、『聖銃器:曲弾 かつての英雄は右手に拳銃、左手に短剣を所持していた。拳銃の弾道は意のままに操る事ができる。短剣に切られると傷口の周辺が痙攣して動かなくなる他、思考能力の低下。毒による息苦しさなどが症状に現れる』
「その短剣はそんじゃそこらの武器とは比べ物にならないさ。まぁ銃器じゃなくて短剣の方だから主な使い方は相手の制圧や銃器の攻撃を当てやすくしたりするときに使う。これからの冒険に活用しろ」
この短剣、そんなに強いのか?まぁでも状態異常を与えられるって考えたら強いのか。
深く傷を与えられる武器とか高火力の攻撃を当てやすくできるかもしれないしな。
「話を戻すが、さっき言ったお前らを助けた”レト”とやらに心当たりがある。そいつとまた今度会う予定なんだが、お礼をしとくよ。職業を言いたがらなかっただろうから、俺の口から言わせてもらう。あいつは色々な事情があって、今確か義賊をやってた気がする」
……これは、またレトに助けられることになりそうだな。バルトならきっと「これからもあいつらをよろしく」なんて言いかねない。
「そうだ、おいテル。お前、なんかやることでもあるのか?特にないなら、冒険者として俺からの依頼を受けてほしい」
そう言われ、茶色っぽい色の再生紙にギルド証明の赤色の印鑑が押されている。
一応、ギルドの安全基準を満たしているのか。内容は……『鉄鉱石とクロムマイトの採集』。クロムマイト?
「バルト、鋼でも作る気か?鍛冶屋なんだから独自の流通ルートでもあるんじゃないのか?」
「あ〜、あるにはあるが……今回はお前らに採ってきてほしい。色々事情があるんだ、報酬だってしっかり渡す」
まあそれならいいか。どうせ、やることもないし採集依頼だから死ぬ危険は低いだろうし。
「わかった。場所とか教えてほしい。後は──」
「これが地図だ。目的地は天城山って場所だ。あそこによくクロムマイトの原料がある。あとあそこは火山だからな。炎系統のモンスターがいるから対策をする時間がほしい。そうだな、三日後に出発しろ。それまでに揃えておく」
装備品とかも用意してくれるのか。ありがたいが……こんなことして平気か?バルトの金が一気になくなるだろ。……こういうことを考えるのは良くないな。有り難く受け取っておけばいいか。
今日はもう寝よう。少し早いが三日の休暇だ。
ミトの手を引いてベッドに潜り込んで、ミトを静かにでも力強く抱きしめる。体温と心音が伝わってくる。
ああ、生きて帰れたんだ――それだけで、今日はもう十分だ。
───
ううぅ、体が重い。なんか、俺の上にいるのか?銀髪か。ミトか。
部屋の小窓から日差しが差し込み俺らを照らす。俺が起きたことでミトも目が覚めたようだ。もぞもぞと俺の上で動き出す。
「おにぃ、おはよ」
あ〜、俺の妹は可愛いな〜。これだけで今日一日何でもできる気がする。
「おはよ」と返事をしながらベッドから出て顔を洗いに行く。
そういえば今日はなんにもやることがないな。というか、明々後日の依頼までやることがない。なにか依頼やこれからの冒険に役立つことをしたいんだが……思いつかないな。
ということでバルトに聞いてみると
「そうだな。剣の使い方の練習でもしてみたらどうだ。これからも冒険者をやっていく以上、剣の腕はいいに越したことはない」
と返された。まあ、そうだな。やってみたいが俺には剣の師匠がいない。だが、俺には師匠と呼べる人が一人いる。
「魔法を教えてほしい?今日は私も特にやることは無いからいいけど、どんなのがやりたいの?」
「俺が使う創造魔法は自分のいいように動かせるんですよね?なら、氷で一時的な盾とか作れませんかね?」
俺は思った。氷なら炎と違い、造形が可能だ。ならばきっと剣を作ったり、盾を作ることも可能なはずだ。それどころか、背中から氷でできた腕の様なものを作ったりも可能ではないのか。これはロマンだ。
「そうだね、氷なら造形ができるから剣とかを作ったりもできると思うよ。でも、耐久性の問題であまり実用的では無いと思うよ」
「それでも!氷での造形ができるなら戦闘の幅が広がると思うんです!」
リリィは少し悩んだ後俺の意見に同意してくれた。
「よし!じゃあまずは創造魔法を使う時には基本的にあらかた形を決めておくんだ。テルくんも基本的な形を決めようか」
確かに、あらかじめ形を決めておけばそこそこの速度で成形できるはずだ。経験を積めば積むほど早く、硬くなる。実に合理的だ。
それから、盾・剣・関節を複数持つ可変式の氷の足の形を覚えておくことにした。