2.タイムスリップ?
ここはどこだ……何も見えない。
視界を塞がれているのか、光源がないのかすらわからない。
ふぅ、こういう時は冷静になって整理をするのが一番だ。
まず、記憶の整理をしよう。
記憶が残っているかの確認って、大抵名前と家族構成を思い出せるかで確認するよな?
よし、順番に思い出そう。
俺の名前は穂柄輝。
家族構成は妹の穂柄見永と母さんの三人構成。
父さんは女を作って出ていったらしい。
そういえば母さんは俺にだけ当たりが強かったな。父さんの影響があったのだろうか。
まあいい記憶の欠如がないことは確認できた。
次はここに来る直前の記憶を思い出そう。
父さんの影響があったのか、母さんからの当たりが妙に強かった。
俺はそれが耐えられず自殺をした。
……いっそ、飛び抜けた才能がなくても身を滅ぼすことで、命を削ることで誰でも生きていける異世界に転生をする事を願って……だが転生ものによくある赤ちゃんシーンがないのを考えると転生は失敗した様だ。
次に、今自分のいる状況の把握だな。
目元に何かある感覚はないから、暗く感じるのは光源がないとみて良さそうだ。
少し付近を調べてみよう。
……………!
今何かが足にぶつかった。
暗くてよく見えないがこれは……人か?
懐かしい匂いがするなこいつ。
どっかで嗅いだことのある匂いだ。
思い出せ、思い出せ、えーと……思い出した!これは見永の髪の毛の匂いだ!
つまり今俺の足元にいるこいつは見永ということになる。
兄弟揃っての異世界転生……いや、異世界転移だな。……異世界かは定かではないが。
もう少し調べよう。
……………………。
見永以外の収穫はなかった。
これで俺のやることは終わった。
一旦見永が起きるまで待機をしよう。
待機を始めて数分が過ぎると、外の方から二人分の足音が聞こえてきた。
足音が俺の眼の前で止まり、足音の主によって布状のものが持ち上げられると、俺の目に一筋の光が差し込む。
急な光に対応できない俺は目を細める。
「これが今回の仕入れ物です。中々の上玉でしょう」
「そうだな、顔色もよく健康そうだ。売り物として申し分ないだろうな」
相手の服装と言動、そして光により見えた俺の入っている冷たい檻を見て察する。
ああ、俺と見永は異世界の奴隷商人捕まったのだと。
そしてもう一つ、俺と見永の体に生えている純白の耳と尻尾を見て思う。
あれ?気付いたら兄弟で人間卒業してね?
見えるようになった目で色々見ていると視界が暗くなった。
奴隷商人がいなくなったみたいだ。
ここから逃げるためにはまず牢屋を何とかしないと。
つか、見永が起きない……どうしよう……たたき起こすか。
「おい!起きろ〜!」
見永の人間の方の耳元で囁きながら体を揺らす。すると「うぅ」とうめき寝返りをうつ。
……まあ良い、起きないのは想定内だ。
次の行動をしよう。
今俺らは牢屋にいるから、逃げるためには鉄格子をなんとかしなきゃならん。
道具とか無いし、自力でするしかないが......獣人ってもとになった動物にもよるけど大体は力が強いよな。
俺は脳筋じゃないけど鉄格子って力でなんとかなんないかな?
鉄格子を手で握ってふんっと力を込めると、鉄格子がギギッと音を立てて湾曲する。
よし、これで脱出はできる。後は見永だが……こいつは起きないだろうからどうしようかな……担ぐか。
見永の腰を右腕で持ち、ぶら下がった両足を左腕束ねるように持ち上げて右肩に乗せる。
湾曲させたことで出来た鉄格子の隙間をなんとか通る。
檻からの脱出は完了!……建物からはまだですが……見永はなにがあっても守ろう。
とりあえず出口を探す必要があるな……適当に歩いていればなんとかなるか。
人生なんて運とその場のノリだ。
数十分ほど歩いたら光が見えた。これでやっとこの建物から出ることが出来る。
カッと光が目につき刺さる。目が徐々に光に慣れてくるとそこには……煉瓦造りの建物が並んでいる。
ここは一体どこなんだろうか。少なくとも俺はこんな光景は……日本で見たことがない。ドイツとかならあるかもな、多分。そんなことを考えていると走り回る音がかすかに聞こえる。
すぐに離れたほうがいいかもしれないな。また捕縛されても逃げれる保証なんてないからな。
見永を抱えながら逃げること数十分、思ったより人が多くて囲まれ始めてる。このままだとかなりまずい。
ジリジリと迫る捜索の目に焦りながら考えていると後ろの扉が開く。
「? 誰だオメェ、俺の店に何かようか?」
!話しかけられるとは思わなかった。この人は信頼していいのか?誰が味方で誰が敵かわからない。そもそも俺らには頼れる人がいない。かなり長く頭を抱えていると察した小太りな男が口を開いた。
「入りな。 訳ありな人物は家にはよく来る。話を聞くぐらいは俺でも出来るだろう」
俺は男の言葉に従い警戒しながら家に入る。
中に入ると左側に片手剣や両手剣などが並んでおり、右側にプレートアーマーなどの鎧が並んでいる。おそらくここは武器屋かそれに近いものだろう。
男に促され店の奥に進む。木製の丸型テーブルに四つの丸椅子がある。
「そこにの椅子に座れ。話次第では手を貸そう」
……信頼していいのだろうか。分からない、半分話して半分黙るぐらいがいいだろう。
「少し時間をやるから、話すことを考えておけ」
ふぅ……頭の中を整理しよう。
一つ、異世界から来たであろうこと。ニつ奴隷だったこと。三つ、名前。四つ、何も知らないこと。この世界のことを教えてもらうことで会話を続け、何を話すかを考えよう。
「頭の中の整理は終わったか?」
「あぁ……話すよ。その記憶が曖昧で、気付いたら……奴隷になってた。あと多分俺らはこの世界の人間……生き物じゃない。だからこの世界のことが何も分からない。貨幣や法律についてとかな」
「……わかった。わかりやすく教えよう。まずこの国についてだ。国名は『ハクテル』。かつて『日本』と呼ばれた国の内の一つの都市の成れの果てだ。でだ次は貨幣についてだが――」
「待て。今……『日本』と言ったか?詳しく教えて欲しいんだが」
顔を近づけて詰め寄ってくるテルに男は一歩下がりながら答える。
「お、おう。でもそっちの話は歴史の話になるが……まぁいいか、かつてこの国と言うよりはこの大陸は日本と呼ばれていた。その時代はモンスターもいなく魔法も無かったらしい。でも世界三大洋にゲートが一個づつ発生したそうだ。その時代の人類はまだ魔法などを使いこなせなく、銃火器で応戦したがモンスターには通用しなかった。そんな中ゲート発生と同時期に人に与えられた人を超えられる力があるんだ。よく言う自己能力値のことだ。その力の仕組みを理解して、身体能力や魔法を扱いモンスターを退ける者が出始めた。そいつらは世界から英雄と呼ばれるようになった。その後、なんとか体制を立て直して作られたのが今ある国々だ。長々と話しちまったがこの世界の一番の分岐点となった歴史だ」
なるほど、この世界は……複数ある世界の分岐の一つパラレルワールドということだろうか。
「……俺の名前はバルト・クリスタこの武器屋を経営してる。あんたら兄妹?の名前を知りたいんだが?」
「あ、あぁ俺はほがっ……テル・ホガラだ。こっちは妹のミトだ」
「よし、話すのも疲れたし信頼できない俺に話せることもそこまでぐらいだろう。…これからどうする。いくあてはあるのか?」
「……いや、ない。はっきり言って生きていく方法も分からない」
「そうか、なら過去のことを聞いてこないところがいいな。……命の危険があるが冒険者とかいいんじゃないか?武具だって出世払いってことで多少ならやる」
冒険者!異世界っぽくて良い響きだなぁ。でもミトがいるしなぁ……仕方ない、俺だけで行くか。
「じゃあ頼んでもいいか?それにしても何でそんなに俺らに尽くしてくれる。少し怖いんだが」
「何言ってやがる、商売は人脈が大切なんだぞ。だからお前らには生きている限りうちの常連だ!はぁ……俺はな……親の顔を知らねえ、孤児は一部の地域じゃ珍しくねぇ。でも俺は拾われた。そしてあいつは俺に言った。世間の目を気にせず好きに生きろってな。今あんたらに手を貸すのが俺のやるべきことだから手を貸してる。それだけだ」
「……ありがとう、感謝する。今あんたは俺らの命の恩人だ」
「そういうのは照れくさいからやめろ。さっさと武具をそろえな」
言葉に従い、ミトはローブとナイフを俺は片手剣を右腰にナイフを後ろ腰に体には軽装をつける。
これはいいなぁ動きやすい。
そうやって選んだ装備をバルトに調整してもらっていると、武器屋の扉が蹴飛ばされる。
「見つけた!こっちだ!武装しているから気を付けろ!」
!まずい、見つかった。武装しているからって戦闘経験はないぞ!
もたもたしていると盗賊のような装備のやつがナイフを両手に持ちながら走ってきた。ナイフが光りながら反応できない速度で近づいてくる。死んだと思った。終わりだと思った。
ゆっくり目を開けると目の前には緑色に光る盾が浮いていた。