「悪魔の棲む黒い家」後編
昼を食べに帰宅してシャワーを浴びる。と、二時にはオカ……文香さんが来訪し、調べたノートの記述を見て驚いた。
「住所と名前まで書いてるんだ……」
「何、悪い?」
何で僕にはキビシイんだ?
感心しただけなのに……
「うん、これは助かるよ」
「本当ですか、佳余様のお役に立てて文香はとても嬉しいです!」
何だそれ?
てか、どゆ事?
姉には媚びて僕には従えみたいな……
けど、確かにこれは本当に助かる。
詳細地図が無いから大まかな地図に住所と表札の名前を書き込んだって話だけど、後で姉がコピーした地図に書き込むのにも住所から見付ける事が出来た。
自転車に乗り三人でのチェックに三時間を費やし五時に帰宅する。と、家の前で待っていたキヨ兄に『中学生がコウリンマップ持ってる時点で普通じゃねえから!』と言われ、姉が古本屋で見付けて即買いした理由を今理解した。
家の中へ入るも、地図の束を団扇代わりにする汗ダクのキヨ兄を見た文香さんは、それはそれは嫉妬に怒り躾がなってないだのと言い出し、キヨ兄の服装や態度や言葉遣いに至るまでを愚痴愚痴と……
姉に使われ小学生に叱られるキヨ兄が不憫でならずも、僕は火の粉が飛んで来ないようにと皆のコップに氷を入れるも、直ぐ様喰む姉。
使いっ走りにしておいて、小学生に叱られるキヨ兄を嬉しそうに見ている辺りがややこしい。
「トル君も男としてレディを饗す作法くらい身につけておかないと……」
火の勢いは余りに強く、氷を喰む姉を越えて飛んで来る。
集めた地図を居間に並べてみると、姉が公園で言っていたように妙な規則性が有るようにも見えて来る。
姉と僕でチェックした箇所の地図上の黒い家を点にしたものがコレなんだけど……
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庭付きの家と密集住宅との差はあるものの、何かの形になるような、ならないような……
「思ってたより多いね」
これまでも偶に見かける事はあったけど、姉の言うように街でこんなにも増えているとは思わなかった。
ネットでも威圧感と書かれているように黒い家は見た目に雰囲気が悪いのも確かで、調べ周る中でも何となくの異様さはヤクザ感があるからか陰湿な感じが漂っていた。
それと、黒い家が建った通りでは建替えや何かの工事業者や引越し屋の車を見る事が多く、それが見付ける為の特徴にも思えて来る。
涼みに寄った商店街ではオバちゃん達の怪訝な会話に、何処かの通りが病人や死人が増えてて何かあるんじゃないの? と疑う話に地上げの噂が出て来た事で、姉と僕は目を合わせて肯いた。
とはいえ、黒い家が増えてる事と地上げの何が関係するのかは解っていない。
地図を見て順を追い今日を振り返っていた中、キヨ兄の一言で姉が一気に覚醒する。
「これ、点と点に線とか引いたら何かの形になんじゃねえの?」
「ああっ!」
更には、文香さんのオカメたるオカルト魂にも火を点けていた。
「佳余様、お待ち下さい。これ、ペンタグラムじゃありません?」
ペン……?
キョトンとしていた僕とキヨ兄を放置して、姉とオカメがあーでもないこーでもないと鉛筆で仮線を引いていく。
黙ってそれを見ていたが、上から見ると引かれる仮線が星型【☆】に見えて来る。
「キヨ兄、あれって星に見えない?」
「あ、ペンタグラムって安倍晴明や何かに出て来る五芒星の事か?」
「そうですわ! 佳余様と同じ中学生なのにそんな事もご存知無くて?」
何だか言葉遣いがキモくなった小学生のオカメに引き攣る笑顔を見せるキヨ兄だけど、不意に何かを見付けたのか地図を見返す。
「キヨ、小学生に言われてムキになるとか、キモいんだけど」
姉の冷たい一言にも屈する事なく、地図を見詰めるキヨ兄は五芒星の法則性を突き止めた。
「これが五芒星だとして、どれもこれも頂点に当たる所に在るのって、小学校・高校・大学・病院・介護施設……」
そこまで言った所で今度はオカメが何かに気付く。
「待って。ひょっとしたらコレ……逆五芒星?」
逆も何も☆の形にどれが上か下かも判らないのに、何が逆かなんて判らない。
「それって、デビルスターの事?」
何故に姉がオカメと意気投合し始めたのかに合点がいった。
オカルトと神話の親和性だ。
いや、姉も元々がオカルト好きだったからこそ三上先生に選ばれたようにも思えて来るが、手を取り合った姉とオカメが異様な興奮状態にあるのが恐ろしくも思えてキヨ兄を見る。
「ごめん、オレ何かマズい扉を開けた気がするんだけど……」
「大丈夫! この魔法陣はキヨ如きが開けるなんて無理だから」
キヨ兄が言っているのはその扉じゃない。姉の失礼な暴言には慣れているのか反応せずも、違う扉に頭を抱えるキヨ兄の肩に僕はそっと手を置いた。
「佳余様、ここ、ココで悪魔の何かを得ようとしているみたい!」
「なるほどね、ココだけ五芒星が正位置になってるんだ……」
解らないまま過ぎて行く話に問いかけるように手だけを挙げる。
「あの……」
ああ、仕方ないな。と言った顔で姉は僕を見ると解説を始め、オカメが補足する。
「この星みたいな形の【☆】これはね……」
安倍晴明で有名な陰陽道においても用いられる五芒星は星型の【☆】これが正位置らしく、それを上下逆さにすると逆五芒星とも云われ、悪魔崇拝の集団シンボルとして使われてもいる。
逆五芒星は【☆】が上下逆さで二つの角を要した悪魔の顔にも見立てられるとかで、確かにツノが二つに尖った耳と顎にも見えなくはない。
姉曰く、安倍晴明の五芒星は星ではなく花だとかで、安倍晴明よりも昔から五芒星は魔除けや守護や自然界との調和を目的に記されているらしい……
で、先の地図の点と点を線で引くと五芒星が幾つか出来て、逆五芒星の先を学校や病院に向け、その中心には正位置の五芒星が在り、そこで悪魔の力を得ようとしていると言う訳だ。
【☆正位置】
【★逆位置】
【◆学校・病院】
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正位置の脇に逆位置を置かない理由を考えれば、それが逆位置である事を判らせる為なのかもしれない。
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こうしてしまえば向きにより逆五芒星が正位置に、悪魔の力を得ようとする中心の正位置が逆五芒星にも成り得てしまう為、敢えて外しているものだと理解も出来た。
けれど線が引かれたそれ等を見ていて、ふと頭に過ぎった考えに怖くなるも口にした。
「まさかコレ、学校や病院に居る人を生贄にしてるって事?」
「なるほどね、あるかも!」
「やるじゃない、トル君!」
当たっても嬉しくはない。人の何を抜かれているのかは不明も、病院や介護施設を対象にしている事からして、人の生死に関わる何かを欲しているのは明らかだ。
更には学校という子供の通う所を対象にしている事にも、生を受けて間もない命から何かを削られている気がしてならないが、それを証明するものを見付けたのか姉が地図を指差し口にする。
「うん、悪魔の何かを得るのに贄を必要とするのは本当みたいだよ……」
オカメが持って来た中には市の東に在る大学の北側と、更に北の辺りにも向きを違えるものがあり、姉はその北側の逆五芒星の内一つの中心に位置する所を指していた。
「え、これ泉公園?」
衝撃の事実に驚く僕をキヨ兄とオカメが不思議に見ているのに、僕は呆然としていて言葉が浮かばず、姉は他に目を向けつつ口だけフォローする。
「この前小学生が見付けたブランコの遺体が出た公園」
『え、あれココの事?』と言う分かり易い反応を見せる二人を放置し、地図を睨んで何かを考える姉が導き出した答え。
「詰まる話、黒い家は悪魔崇拝の信者が棲む家って事か……」
異論無く黙る他にない話に、何の悪魔を召喚するのか、或いは悪魔の知恵から何を得ようと言うのか、そもそも悪魔崇拝の団体とは何処の何て宗教なのかも、答えを知るのに危険しかない事だけを理解する。
「せめてその魔法陣だけでも壊せないの?」
僕の零した言葉に姉よりオカメが反応する。
「壊せるけど……」
簡単に言うも家を壊すとかは無理だから、そんな考えをした僕を見透かすように話を続けたのは姉だった。
「大きな囲いを創るのは、それだけ大きな何かを得ようとしてるって事だけど、大きいモノは小さな傷一つで容易く壊れてしまうもの」
「硝子みたいに言われてもな……」
キヨ兄のツッコミに賛同するも、オカメは姉の話にうんうん肯き拍手までしていて、応えに男女で割れている。
「ほら、綻び一つで分裂を起こして簡単に壊れる」
キヨ兄の発言を綻びと称する辺りからして姉の意に飲まれているような気もするが、当のキヨ兄は反論を失い思考停止状態で肯くばかり。
詰まる処、今は僕が綻びだ!
「でも、どうやって綻びを起こすのさ?」
僕の問いに応えるでもなく、姉は別の何かに気付いたのか今の今までとは様子が変わり、急に立ち上がると床に広げた地図を仁王立ちに俯瞰して眺める。
「学校や病院の頂点に対する五芒星の向きには規則性がある。けど、囲いの全体的な向きは、バラバラ……」
姉の困り顔に嫌な予感しか浮かばない。普段の小悪魔的な笑みも無く、何を見るでも無い空中の一点を見詰め集中して考える姿に、誰も声を掛ける事が出来ず固唾をのんでその答えを待っている。
だがそれは何とも微妙に一分半程して訪れた。
「もしかするとコレ、もっと大きな囲いの中の一部なのかも……」
その曖昧な答えにどれほど要したのかを皆も考えているのか、微妙な反応を取り繕うように口を挟むオカメ。
「さすがですわ佳余様、ですが私達にこれ以上の事は出来ませんもの。先ずはココだけでも綻びを打ち込みましょう?」
オカメを見詰めて数秒、一瞬何かを考えたのちに笑みを浮かべる姉が目を瞑り肯く。
「うん、そうね」
その直後に語られた綻びの説明が余りに明解で拍子抜けした。
贄を必要とするなら贄とされる場所を五芒星で囲って保護してしまえばいい、という何とも安直な話は不安にもなる。
けれど、点とするのが水神様の加護を受けて育った草だと知って、僕だけは容易に納得出来た。
ある種の土地神様と等しい水神様の力と考えるなら、姉の力の及ぶ範囲は狭いのかも知れない。
そもそも姉の言うように、もっと大きな組織的な何かがコレを指揮しているのであれば、それを止めるべきはこの国に住む者皆であって、姉独りに背負わせる事では決して無いものなのだと。
この時の僕にはそこまでを考えられるだけの知識も器も無かった。
そんな姉と僕を助けてくれたのは文香さんとキヨ兄だ。
姉の考える綻びとは違い、文香さんのオカメたるオカルト好きの不遇な立場に編み出した手法も、聞けば拍子抜けするものだったが、一理も二理もあると知れるのはずっと後の話だ。
密事をする連中は常に虚偽の情報を流し続けて隠すのだから、事実を敢えて噂にして流れに乗せる、と言うもの。
この時は僕にもキヨ兄にも全く理解が出来なかったけど、この噂が広まる度に黒い家の近隣に住む人の病気や怪我や死人が減り、近所迷惑な黒い家を建てよう等と考える人を減らす事にも一役買ったようだ。
余りに滑稽な話の中にも事実が隠されている事もある。住宅街の中に潜み棲む悪魔のように、聞き流される噂は調べてみないと解らない。
夜の風吹く夏の終わりを感じる夕刻に、姉と歩く小路の脇から囁かれる噂にも、佳き事と笑みを零してあの日を思う。
「最近増えてる黒い家って、地図で全部に線を引くと悪魔を召喚する魔法陣みたいになるんだって、知ってた?」
■あとがき
これにて「悪魔の棲む黒い家」の終わりと共に、第一章【2024夏『うわさ』】の締めとし一旦の完結とさせていただきますが、来年も夏のホラーが開催された折には、第二章として再開したく思います。
ここまでお読みいただき(ノ_"_)ノありがとうございました。
ヘ( ̄ω ̄ヘ)〜〜また来年!?
追伸
一応までに本作のネタは、貴志祐介先生の超有名ホラー小説「黒い家」とは何の関係もありません。
また、嬉しい事に気付かれた方から感想をいただきましたが、本作のネタは別の拙作の中の話と交わる部分がありますので、探して見付けニヤけていただけたなら幸いです♪
(お知らせいただけたなら尚更に!)
■改稿情報
[20241111]
【▲正位置】
【▼逆位置】
【◆学校・病院】
として記した図面ですが、向きにより正誤がズレるのを防ぎ見た目にも理解し易くする為、以下の記号に改稿しました。
【☆正位置】
【★逆位置】
【◆学校・病院】
感想にて記号に触れていただいた▲▲←これに付いたイメージも、この改稿にて解消される事を願います。(笑)