「命を翔ける七日間」〜残念〜
……Day5 Afternoon
鳥糞害餌撒き家のGを見て、走って逃げて通りを曲がり暫くの所で立ち止まり、姉と互いの背中や袋の中を確認し合って安堵をするも、真夏のダッシュに汗が噴き出す夏の午後。
「あと二日あるからね」
鳥糞害餌撒き家の庭から聴こえた蝉の羽音は、僕達が解っていない白い猫の怨念を生んだ何かがまだある事を示してもいる。
いや、怨念が拭えたら蝉が消えるのかすら判らないのだから、理由を僕が知った処でどうともならない事は承知の上だが、袋を手にして敢えて聞く。
「猫は僕にどうして欲しいのかなあ?」
蝉と同じ玉虫色をしているモノを人に渡すのに何の理由もない筈がないけれど、何の反応も見せないコレに何かしらの力が有るようには思えないのが現状だ。
「さあね。でも、玉虫色のソレがホルスの目の役割を持つなら、凄惨な死に様を見てしまった悟の精神を保護したかったのかもよ」
肉体と精神の保護を云われるホルスの目、姉の言う事が正解のようにも思えるが、蝉の羽音は何処か虚しく哀しみを帯びているのが気になってしまう。
けど姉の言うように、あの猫が悪い事をしているようには思えない。死に際に牙を見せて恨みを吐き出すようなおどろおどろしいあの声に、猫の怨念ばかりを考えていたせいか恐い猫に思えていたけど、悪いのは猫ではなく鳥糞害爺さんや茂松の方だ。
猫が僕を気遣ってくれた可能性にちっとも気付かなかった事が悔やまれる。
でも、だとするなら僕だけじゃなく赤星君も青田君も家野君も大桃君も、あの場に居た皆にもそれが必要に思えてならない。
そう思えた途端、このホルスの目の役割に答えが見えた気がした。
「姉ちゃん、一緒に見た皆の精神を僕が保護す事って出来ると思う?」
微笑みを向けたと思うと目を斜めに向け考える姉に少し嫌な予感を持ちつつも、何を閃いたのか目を煌めかせた姉に不安を抱く。
「うん、お姉ちゃんも手伝ってあげるから大丈夫!」
何だか大丈夫じゃない気がして来る姉の返事に戸惑いつつも感謝を述べる。
「ん、うん、ありがと……」
帰宅しネットでホルスの目をあしらった御守とかの効果を調べるも、ホルスの目には別の加護が有るようで、”多産のシンボル“や”豊穣や性愛を司る“という女性的な部分に、姉が僕に黙っていた理由を推し量る。
当の姉は水神様に何を訊くのか麻の服に着替えて一人出て行き、雨が降り出す夕立ちの合図の如く雷鳴と共に帰宅した。
「凄い話聞いちゃった!」
何処で仕入れた話か、怪しい噂話に何かの見当を付けた姉が目を煌めかせ、雨に濡れずとも髪を湿らせ妙に興奮して火照る身体を冷まそうと氷を喰み、ガリガリと噛み砕きながら話すものだから何を言っているのか全く解らず。
「姉ちゃん、シャワー浴びてからにして!」
親指を立てて部屋を去る姉。
雷鳴と稲光の中、給湯器が湯を出すのに費やす時間を要したのかすら微妙に、正しくカラスの”行水“で出て来た姉は濡れた身体にTシャツワンピで、髪も洗ってはいるのか微妙にリンスの香りが漂っては来る。
「悟、猫が罰しようとしてるものが何か解かったかも! 多分だけどね」
どっちだよ。と言いたくなる話の出だしにも「へぇ、で?」とだけ返し続きを聞く。
姉が帰り際に寄った百均で耳にしたのは、鳥糞害爺さんに関する昔の話だった。
鳥糞害餌撒き家として迷惑がられていた鳥糞害爺さんの印象も、今や新しい住民から出される印象の話に上書きされ人により様々だ。
けれど昔から住む住民の間では、鳥糞害爺さんが中年の頃に幼児性愛者との噂があり、近所に幼児略取未遂の被害に遭い、危うく逃げた当時の小学生が店でそれを話していたと言う。
どうやら逃亡した刑事と共に鳥糞害爺さんも消えた事で、別の刑事が近隣に聞き取り捜査をしていたらしく、聞き取りされた人同士で鳥糞害爺さんが何をしたのかの推論に話していた中の一つらしい。
で、姉は何を解かったというのか、僕が訊くまでもなく続きを語る。
「つまり、これは遺体遺棄よ!」
人差し指を立て、何だか何処かの探偵気取りになって来た姉に危うさしか感じない。
「悟が観た映像で、白い猫があの庭を掘ってたんでしょ?」
そお、僕が姉に話したあの映像だが、家野君のお父さんが確認した所、アレは一度削除されていたものらしく、完全に削除はされていなかったお陰で、何かの拍子に戻された物らしい。
警察は確認をしていなかった事を弁護士の家野君のお父さんに謝罪して来たって所までは、グループラインか何かでウチの母にも回って来たから聞いている。
けど、それで何が解ったというのかに、猫が掘っていたのだからその下に……
まさかと思うが、訊かずとも我慢が出来ずに語り出す姉。
「未遂に終わらなかった子供が居たとして、そのまま家に帰せば親に言われてバレる危険がある。となればどうするか!」
「殺して埋めたって事?」
何が違うのか人差し指を横に振る姉、実に探偵気取りが鬱陶しい。
「あの庭の肥やし臭を思い出してみて。何か思い浮かばない?」
「解んないよ。てか、肥やし臭なんか思い出したくないっての!」
言われて気付いたのか肯く姉は「うん、確かに……」と、納得すると語りを続ける。
「あの臭いの元はコンポスト。生ごみ処理機の事を言うんだけど、アレを使ってバラバラにした子供の遺体を肥やしにしたなら残るは骨のみ! 解らない?」
「あ、この前の砂場で見付かった骨!」
「それっ!」
犯人でもないのに僕を指差す姉のそれは、何故だか本当に探偵のようにも思わせる。
思い返せば、あの日刑事が僕達に向かって公園で遺体発見された件についても言っていた。
それに電話で、刑事が地上げに絡んでいたのが発覚したとかって……
「姉ちゃん、これって」
姉はうんうん肯く。
だとすれば、鳥糞害爺さんも刑事も茂松も皆、いや、他にも僕達の知らない所であの蝉に襲われている人達が居るとして、その全ては殺人に絡んでいるって事になる。
あの鬱蒼と茂った草木に肥やし臭が漂う土の中、骨を抜かれ細切れにされた幼児の遺体が、肉とし腐らせ肥やしの扱いに眠っているのなら、その霊は何処にあるというのか……
「姉ちゃん、猫って幽霊が見えるとか云う話あったよね?」
「ああ、何も無い所じっと見てるアレの事でしょ?」
いや、そうじゃなくて……
「嘘、分かってるって。けど見てたんじゃなく掘ってたんだからアソコには居なかったんじゃない? むしろ幽霊に聞いて、掘り出して暴いてやろうとしてたとか……」
何かムカつくけど、そうなら良いなと思えて来る。
「猫の命は九個あるってあの話が本当なら、怨念を遂げれば白い猫も生き返るのかなあ?」
「ああぁ、それ魔女アニメとかで良く使われてるけど、アレ元はイギリスの作家が作ったネタなんだって。でも蝉で祟ってるんだから”猫を殺せば七代たたる“っていう日本のことわざの方がしっくり来ない?」
そう言って固まり何かを考え始める姉。
とは言えそれを調べていたという事は、姉も猫に生き返って欲しいと思っていたからなのか、けれど”猫を殺せば七代たたる“を調べる辺りに姉らしさを感じてしまう。
「そっか、だから蝉なんだよ!」
言ってる意味がわからない。けど態々続きを訊かずとも姉は勝手に応えてくれるだろうと待つだけだ。
・・・・・・
「ん? だから?」
「解んないか、つまりだねえ、蝉は土の外に出て来て飛び回って相手を見付け交尾して卵を産む、幼虫は土の中で五年程を過ごしてまた土の外へと出て来て飛び回る。このサイクルを続ける事に七代までも祟るを可能にするという訳だよワトソン君!」
誰がワトソンだ。けど、何か納得が行く気がする。姉の勢いに圧されてるだけの気のせいかもだけど。
というか、何でか姉が乗り気になればなるほど、どうでも良くは無いけどどうでもよく思えて来る不思議に僕の緊張感は解けて来る。
けれどそれが姉の優しさだと知るのはずっと後の話だ。この時の僕は、これがホルスの目とも云える玉虫色のコレの効果かもしれないと思っていた。
「あ、そうだ。悟、皆を保護すのお姉ちゃんに任せてくれない?」
「え、でもコレの効果なら、僕が何かしないとじゃないの?」
姉は自信気な笑顔を覗かせ、それが水神様の関わる何かと知れた。
「うん、まあ姉ちゃんがそう言うなら」
「よし、なら明後日の夕方五時位に皆を池に呼んで。【七日目の夜会】へご招待って!」
よく分からない単語を無視して頷いた。
姉曰く、当初あの蝉は【蝕む】という言葉に意するモノではないかと考えていたらしく、エジプト神話を調べる最中にスカラベという甲虫の話を見付け、幸運のお守りとして崇められていると知ったが、フンコロガシとも同一種で、映画では人を喰むという設定にされている事に触れ、ラーの目とホルスの目に行き着いたと言う。
この日の夜には、七日と思っていた蝉の一生だが、2019年に岡山の高校生が実際には十日以上で種類によっては三十日程を生きる事を突き止めたとの記事をネットで見付けたらしく……
「蝉にあとどのくらい? とか訊けないじゃん!」
と、逆ギレして来た。
……Day7 Evening
父に借りた明るいライトを持ち、皆を集めて池の西岸まで行くと白装束の姉が待っていた。
「さすが恐ろしカヨだな。めっちゃ幽霊じゃん!」
赤星君の呟きに「くわぁああっ!」と幽霊の手をしてノリノリの姉だが家野君に「幽霊声出せるのカヨ!」とのツッコミに素に戻り、気を取り直して仕切り直す。
「ほら、皆が盆踊りに来たの遅かったから色々買えなかったでしょ? コレどうぞ!」
大きな袋の中から一つずつ手渡される神事に使う物かとさえ見紛う和紙に包まれた何か、その和紙に入れられた木の棒を抜くと綿菓子だ。
「あ、わたがしじゃん。良いの?」
「マジだ。てかこの入れ物何かカッケェ!」
青田君も大桃君も公園の入口では「何で態々こんな時間に薄気味悪いとこ行かなきゃいけねえんだよ」と文句タラタラだったけど、綿菓子一つでご機嫌だ。
てかこのツルツルペラベラな和紙って、昔父が適当に買ってきた筆まで滑って使えなかった安物半紙だ。
「良いから食べて食べて! これからこの池で花火を観せてあげるからさ!」
姉の言ってる意味は分からないけど、一口喰むと仄かな蜂蜜の香りが広がり鼻へと抜け、口の中を甘い幸せに満たされる。
ふと気付く、今日は蚊や羽虫の類が見当たらず、不思議な空気に包まれている事に。
日暮れに少し暗くなり始める頃には皆食べ終えた綿菓子の棒をガジガジ噛んでいた、そんな折。
「そろそろかな」
姉が注目! とばかりに口を開いて池の前に立つ。すると池の上に白い猫が浮いていた。
黃「え、なにそれ?」
桃「まさか、あの時の……」
赤「やべぇ、マジ恐ろしカヨ」
青「悟、アレ何?」
悟「僕だって知らないよ!」
姉「さあ、皆でご覧あ〜れ〜♪」
夕暮れに紅く染まる空を映す池の水面にポワっと浮かぶ提燈みたいな橙色の燈火が、夕焼けに染まる空へと飛んで行く。
それが見えなくなると、白い猫がタクトを振るように爪を立てて振り翳す。と、池の水の中には青白い燈火が現れた。
皆「何これ……」
またも白い猫が爪を立て、池の中にタクトを振ると青白い燈火が切り裂かれ、花火の如くに水の中を弾け飛ぶ。
まるで何かが叫びを上げて果てるかのように、散った火が渦を巻いて水中深くに沈んで行った。
十数回それを繰り返すと、猫がスタスタと池の水上を南岸へと歩き消えて行く中。
「あ、駄目駄目! 今この池の水に触れると地獄に墜ちちゃうから」
んん?
興味津々に池に近付いた赤星君を制して止める姉。
何だか嫌な予感に襲われる。
黃「まさか今の、有毒物質とかじゃないよねえ?」
姉「違う違う! そんなの入れないよ!」
青「じゃあ今の何?」
姉「ん? これは……皆に楽しんでもらう為の、マジック?」
皆「嘘臭ぇええっ!!」
姉「嘘じゃないよ! 皆楽しそうに観てたじゃん! もういいよ、これでおしまい!」
そう言って追いやり帰らせる姉だが、悔しかったのか一言付ける。
「あ、そうだ。皆がさっき食べた綿菓子のお礼、そこの蜂さんと蜘蛛さんにありがとうを言ってから帰ってよね♪」
ランタンに照らされる台の上には、少し大きな、蜂と蜘蛛が、コチラを向いて……
皆「嘘、マジで?」
姉「ほら、ちゃんとお礼して」
言うまでもない惨事を残し笑う姉。
帰宅して姉がシャワーを浴びる中、キッチンに百均で買った綿菓子の袋が六つとハチミツシュガーの袋を見付けホッとする。
けれど後日、皆に幾ら説明しても信じはしない。勿論あれが神事的なモノだろう事は伏せている。
あの燈火が霊だと思えると、白い猫が切り刻んだ霊は……
「悟も食べる?」
行水した姉が冷凍庫を開けて氷を喰む。
夏夜に浮かべる佳き日の追憶。
「命を翔ける七日間」終わり
■解説
▶蝉の成虫の生存期間に関して
岡山県立笠岡高校サイエンス部三年、植松蒼さんが突き止めたとする記事が2019年に山陽新聞と中日新聞で報じられたそうです。
▶猫は九つの命をもつ。
【A cat has nine lives.】
「猫は九つの命をもつ。」
猫は執念深い事から命が幾つもあり生まれ変わると云う迷信に、誰が九個と定めたかは定かでないがおそらくイギリスの作家が、猫は殺しても九個の命に生き返るとした模様。
英語のことわざにもなってるらしく元ネタはイギリスの作家との事。
▶ 猫を殺せば七代たたる。
猫に恨まれたなら、その者の子孫七代にまで渡り祟られるという迷信から来た日本のことわざ。
▶猫又
伝承によれば、二十年前後生きた猫は「猫又」になるとされています。
▶ラーの目とホルスの目
エジプトの神話では、太陽神ラーが戦争や殺人などの神のルールを無視した人間を罰する為に、自身の目を破壊の女神セクメトに変え、殺戮の限りを尽くしたというもので、このラーの目の話の起源はオシリスの神話に由来するものです。
ホルスの目は、エジプトの王位を争いラーの居ぬ間に弟を殺したセトだが危険な試練に直面し、神々の衝突にセトはホルスの目をえぐり出し六つに切り分けた。知識の神は不公平な試練を望まず目の破片を探すも一つが見付からず、そこを神の粒子と置き換えた事で伝説のウジャトの目となり、ホルスは現実を超える世界を認識出来るようになった。
ナイル川の地においてはギリシャの目に相当するもので、古代エジプトではホルスの目は真の幸運のお守りと考えられているらしく、持ち主の肉体や精神に無類の保護を与えるものとの事です。
■あとがき
神話や伝承は諸説あるので解釈を違えるものもあるかと思いますので、ご自身の目で確認する事を推奨します。
一応にあとがきを記しておこうとして、まとめるのにエライ時間がかかってしまい、想定していた10時10分を過ぎてしまいました。(汗)
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おそらく、ご自身で調べてみると解るとは思いますが、伝承や神話は難解も、そこが面白くもあります。
また、この連載に関しては都度に構成をしての執筆の為、言い回しや説くも言葉足らずな部分を頻繁に改稿しています。
前の05話では改稿してラストを少し増やしておりますので、話が見えない折は再読していただけたらと思います。
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