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余りある夏夜の佳き追憶  作者: 静夏夜
2024夏『うわさ』
4/12

「命を翔ける七日間」〜転変〜


 ……Day3



 雨も上がり朝から照り付ける太陽が水滴さえも輝かせる中、昨日は出られずモヤモヤしていた姉と今夜の盆踊りに備え、物置から水槽を出しては陽の下で水を掛け合い洗うも外気の暑さには敵わない。


 ベランダに水を張ったままの水槽をカルキ抜きと称して置き去りに、居間で運動と言ってはゲームをしながら姉と一緒に氷を喰む。



 六時に始まる盆踊りの出店に胸躍らせるも陽はまだ高く四時を過ぎた頃、職場に担任から連絡が入ったらしく、仕事を早くに切り上げた母親が血相を変えて帰って来た。


(サトル)、あんた何したの!?」


 家に入るなり語気を強める母の問いにも何の事だか意味が分からず、え? となった僕に母は学校に呼び出された事を告げ、僕も一緒に今から学校へ行くから準備しろと言い、姉も何かを汲んで、え? とした顔で母に問う。


「盆踊りは?」


 そこカヨっ!

 と、頭の中でツッコむものの僕もそこが気にはなる。けれど母も呼び出された理由が担任の曖昧な説明で理解出来ず、何が起こるかも分からないままに苛つきを見せている。


「行っても良いけど、お父さんが帰って来る八時半までには帰って来なさいよ。キヨ君も一緒?」


「ああ、キヨが居たか……」


 キヨとは姉の同級生、清志郎(キヨシロウ)君の事だ。

 明るく優しく面白く、僕にとっても良い兄貴的な存在だけど、お人好しを姉に使われ何時も何かしら被害を被ってる。

 僕としてはキヨ兄が姉の彼氏なら大歓迎だ、けどまあ頼りになるかと問われれば微妙ではある。



 いや、姉がキヨ兄と行くとなると僕は、盆踊りに行けなく……


「ええぇぇぇ……」



 何故に学校へ呼び出される事態となったのかも解せないままに、不貞腐れて歩み踏み入れた校舎で担任が何時から待っていたのか安堵に足を急がせる。


 会議室に案内されて中へ入ると、赤星君(レッド)青田君(ブルー)家野君(イエロー)大桃君(ピンク)が親と共に座って待っていた。


「遅くなりまして申し訳ありません」


 母親が皆に謝るも、皆の親も困惑の表情に頭を下げる程度で、列の椅子に座ると目の前には担任と教頭と共に、何故かあの鳥糞害爺さんと知らないおじさんが居た。


 意味がわからず皆を見るが、首を傾げる姿に皆もまだ説明をされていない事だけを理解する。


「それでは、皆さん揃いましたので……」


 教頭が本題に入ると、鳥糞害爺さんが僕達にニヤけた眼を向けた。


 教頭に紹介された知らないおじさんが自分は刑事だと挨拶すると、不躾な態度で話を進める。


「一昨日の昼頃にお子さん達が道端の猫を撲殺したのち他人の家へと投げ入れた挙げ句、姑息にも向かいに住むコチラの方のせいにしようと交番の方へ虚偽通報をしに来ていたらしく、偶々当直の警察官が話が怪しいと睨んで対応をしなかったので事なきを得ましたが、下手をすれば冤罪を生み出し兼ねない重大な過失を生む事件になる所でした。ただ幸運な事にコチラの方が偶々鳥を撮影しようとしていた折で、お子さん達の犯行を目撃しソレを撮影しておりまして、我々も映像を確認しましたが間違いないだろうと。それで一応我々警察としても本件が動物愛護法と不法投棄等、それに人権侵害にも該当し兼ねないので対応をどうするかの確認に通報者であるコチラの方と話をしたところ、温情にも厳重注意で済ますという方向にはなりましたが、お子さん達には反省をしてもらう為に本日は協議の場を設ける事としました」


 難しい部分は分からないけど、明らかに話が挿げ替えられている事は僕達にも理解出来る。


 皆も、え? と、意味がわからず困惑して顔を見合っていた中、親達が皆僕達に対して頭ごなしに問いかける。


 当然のように僕達は反論して本当の事を話すが、本当の事を話せば話す程に言い訳として捉えられ、本当の事を言えと父親から怒鳴られ叩かれる赤星君(レッド)青田君(ブルー)、嘘を吐いてはイケないと諭される家野君(イエロー)、何でそんな事をと親に泣かれる大桃君(ピンク)


 そして、ウチの母親は……


「本当に違うのね? それをお姉ちゃんにも言える?」


 と、信じているのかいないのか判らないが、何故か姉を出して僕の真意を確かめる母親の言葉は意図が解らず戸惑うも、あの日の夜に姉にも経緯を話した事を伝えると、僕の目を見て少し考える母親は、フッと笑って息を吐いた。


「解った。お母さんは(サトル)を信じる!」


 その声に皆の親も思い留まったのかウチの母親に賛同し始める。と、対面の席に座る面々が顔を(シカ)め、鳥糞害爺さんと顔を合わせた刑事は攻撃的な口調で親までもを(ノノシ)り始めた。


「最近のガキは本当に平然と嘘吐くなあ! アンタ等のガキは弱い者いじめの延長線で猫を叩き殺して他人を貶める最低なガキ共だぞ! コッチには証拠の映像も在るんだから信じる信じないの話じゃねえんだよ! 逃げられると思ってんじゃねえぞコラッ! 大方この間他の子が公園で遺体発見して表彰されたのが羨ましくて自分達も表彰されたくて嘘の事件創ったんだろ? 親も親ならガキも厚かましいなあ、おいっ!」


 そこまで言われて逆上する中、冷静な家野君(イエロー)の親が訊き返す。


「でしたら、その証拠映像と言うのを観せていただけませんか? でないとコチラとしても子供を叱るにも納得のしようが有りませんので」


 そうだそうだと賛同する親よりも、僕達こそがそれを求め青田君(ブルー)が声を荒げる。


「そうだよ、茂松(シゲマツ)んちの車が猫を轢き殺して逃げた所からその爺さんがトングを使って向かいの家に放る所まで俺達ちゃんと見たのに、何で俺等がヤッた事にされてるのか意味分かんねえよ!」


 その一言に何を見たのか、刑事の隣で鳥糞害爺さんが私欲に満ちた目でニヤけ鼻で嘲笑う。


「ああ、その方が早えな。すいません映像の方を観せても構いませんか?」


「ぁぁ、まぁ、いいですよ」


 刑事が訊くと急にしおらしく被害者面をした鳥糞害爺さんに気味の悪さを感じずにはいられない。


 刑事が鞄からムービーを取り出しテレビに繋ぐ中、赤星君(レッド)の父親が怒りを零す。


「持って来てんなら最初から観せろよ」


 台詞も態度も赤星君(レッド)の親と理解出来、その一言に睨みを返す刑事の顔は悪人面そのもので、大人が悪と正義を説く矛盾の事実に呆れて来る中、準備が出来たか刑事が言う。


「では、再生しますけど、お子さん達の愚行をその目で観て、親としての不備をしっかり自覚して下さい! では……」


 再生された映像は、僕達が猫の元に着いた所から始まっていた。



「うわっ! やべぇよコレ!」


 大桃君(ピンク)が道路に残る臓物が雑ざる血反吐を見て零した声なのに、背後から盗撮された映像をこうして見ると、(アタカ)も僕達が殺して嘲笑うかの台詞にも聴こえて来る。


 放られた駐車場の白い猫を覗く赤星君(レッド)青田君(ブルー)家野君(イエロー)の背中から声が漏れ聴こえる。


「どうする?」


「交番行くしかなくね?」


「どう説明すんだよ?」


 赤星君(レッド)を中心に顔を近付け話す様は、自分達のした事を隠す悪巧みをしているようにも観えて来る。


 その手前に映る僕はと言えば、妙な胸騒ぎに道路の血反吐を確認していただけなのに、映像の僕は何だか目を丸くして興味津々に血反吐を見ているようで、自分の記憶と違う印象を持った映像に頭が可笑しくなりそうだ。


 下を向くと首に掛けた袋が目の前に垂れ下がり、何となしに手に取り見つめ、祈る気持ちで握り締めていた。



「もうお判りでしょ? 子供なんてのは平然と嘘を吐くんですよ。信じたい気持ちも分からんでもないけど、自分のした事の責任を取らせないと何れは社会に出るんだから、今分からせとかないと困るのはお子さん自身ですから!」


 親の多くが刑事の言葉に項垂れる中、青田君(ブルー)の父親が目を細めて口を開いた。


「おい待てよ! これの何処にガキ共が猫を殺した証拠が映ってんだ? これどう観たって猫の死体を見付けたガキがどうしようか迷ってるだけじゃねえか!」


 何か分からないけど部屋の空気が一変した。と同時に、映像の中から聴こえる大桃君(ピンク)の叫び声。


「おわっ! まだ生きてる!」


 映像には、皆の足の隙間から猫が頭を起こすと動かない目に合わせて首だけ動かし、コチラに向け牙を見せ、あの聴いた事の無いおどろおどろしい声を上げる様が映し出されていた。


――UDAAAAAA!――



 そうか、あの時猫が見ていたのは僕でもなく、あの蝉でもなく、このムービーで盗撮していた鳥糞害爺さんに向けていたんだ。


 映像ではあの時の蝉の音が全くしない事を今更に気付いた瞬間……




 ・∵∶∵・

∶∵・∴・∵∶

・∶∷*∷∶・

∶∴・∵・∴∶

 ・∴;∴・

   : ――DDOOONN――

   ・

   | ――BARABARA――

   | ――BARABARA――

   |

   ∶



 窓から響く爆発音と閃光は、盆踊りが始まる合図の花火。


 行けなかった哀しさと、疑われている悔しさに溜め息が漏れる僕の耳に、あの蝉の羽音が迫り来る。


――GIRIGARIGIRI――



――GIRIGARIGIRI――


――GIRIGARIGIRI――


――GIRIGARIGIRI――

――GIRIGARIGIRI――

――GIRIGARIGIRI――


 大量の羽音が窓の彼方此方にぶち当たり、冷房の効いた部屋が苦手な誰かが開けた窓の隙間から蝉が一気になだれ込む。


「うおっ! なんだこの蝉!」


「やだ、ちょっと、何なのコレ!」


「窓だ、誰だ開けたの、早く閉めろ!」


 慌てる親とは対照的に僕達は座ったまま眺め見ている。何故なら僕達の周りには翔んでいない。


 対面を飛び交う蝉の中にあの時見た玉虫色の蝉を見付けた僕は、その一匹を目で追っていた。


――GIRIGARIGIRI――


 大量の蝉を手で払う鳥糞害爺さんの頭に停まると腰を震わせ、尾に付いた針を突き刺した。


 その途端、何かが抜けたように腰を下ろして蝉が舞うも払いもせず、されるがままにその身に蝉を纏って行くと覆い尽くされて行く。


 舞っていた蝉の全てが鳥糞害爺さんに着くも、周りの誰もがその蝉の塊に何をするも出来ずに離れ見て黙り込む中、玉虫色の蝉はムービーの上に留まっていた。



「このっ! ドケッ! このっ! 邪魔な猫だ」



 唐突に流れ始めた映像の音に皆がテレビに顔を向ける、ムービーカメラは縁側にでも置かれていたのか、レンズの向こうで鳥糞害爺さんが庭で何かを掘る猫をスコップで追いかけ回して叩きつけ、遂には捕らえグッタリとした猫を持ったまま、何かで誰かと通話している。


「猫捕まえたんだけど役所に言っても鳥獣法に引っかかるから茂松さん、これアンタの車で轢いてくれないか? 金は払うからさ、そしたら向かいの家に放り込んで猫殺しの汚名着せて追い出してやんの! いい案だろ?」


 更に画面が切り替わり、今度は玄関にでも置かれていたのか、猫を持って待つ鳥糞害爺さんが車のクラクションに反応して門に立ち、車が来たと同時にタイヤに目掛け猫を放り投げ……



 あの日聴こえた断末魔の叫び声が、皆が黙り込む会議室に鳴り響く。

 すると鳥糞害爺さんを覆い尽くしていた蝉が一斉に飛び立ち窓の外へと飛び去って行く。


――GIRIGARIGIRI――


――GIRIGARIGIRI――


――GIRIGARIGIRI――


 皆が蝉を目で追い、窓から盆踊りの曲が聴こえて来ると我に返って振り返る。と、そこに鳥糞害爺さんの姿は無く、何処に消えたか刑事はバツが悪いのを誤魔化そうと。


「あ、アイツ自分だけ……失礼します!」


 追うを言い訳に逃げるようにして出て行った。


「これ、僕が預かりますね」


 そう言って弁護士の家野君(イエロー)の父親がムービーを持ち上げると、今更に間違いと気付いた先生達が頭を下げて弁明し捲る。


 僕はそれを許すより蝉の不思議に気を取られ、母親に「どうする?」と訊かれて考えたが、窓から漏れ聴こえる盆踊りの音に許す気も失せ無視して帰るを選び、皆と今から盆踊りに行きたい旨を述べ、泣いていた大桃君(ピンク)の母親が車で送ってくれると言い出すと、ウチの母が皆で楽しめと五千円をくれた。


 その後の事は僕達の知る処にはない。




 盆踊りに着くも殆どの出店は売り尽くされ、焼きそばも綿菓子もフランクフルトさえも無く、祭りの終わり感が漂う中をキヨ兄を連れ歩く姉が見え、声を掛けるとまだ食べてないからと僕達にたこ焼きを分けてくれた。


 けれどこれは猫舌のキヨ兄が冷めるのを待っていた物だろう事は想像に難しくない。食え食え言うもキヨ兄の少し口惜しく悲し気な目が物語る。


 最後だからと商店街のおっちゃんが景気良くポイを一枚百円と言い出し、姉とキヨ兄も皆で金魚すくいに興じてあっという間に五千円を使い切ってしまった。


 持ち帰った黒や白や赤やの沢山の金魚をベランダに置きっぱなしだった水槽に入れると、少し苦しそうな様子に水に触って気付いた姉が急いで氷を投げ入れる。


「出目金が金目になるとこだったよ!」


 キンメの煮付けを言っているのか、水槽を彩る楽しい記憶を以て、これであの猫の怨念も解かれたものと思って笑顔で眠った。



 けれど翌日、両親も帰宅し夕飯を作り終えた夜の九時半を過ぎた頃、警察署からの電話に出た父が声を窄める。


「はあ、そうですか、態々お伝え下さりありがとうございました……」


「警察が何だって?」


 昨日の逃げた刑事を知る母の問いに、父は意味が分からない感じで答えを考えつつ僕と姉を遠ざけ母と小声で話すも、聞き耳を立てる姉と僕……


「昨日担当してた刑事が、地上げに絡んでいたのが発覚して逃亡したって。どういう事?」


「どうって言われても、だってその刑事、都合が悪くなったら男を追うとか言って途中で逃げたんだから……」


 それを聞いた姉は、僕が話した昨日の事と繋げ合わせて何かに気付き指で数え、僕のベッド脇に下げたあの袋の中を確認して呟いた。



「あと三日、まだ終わってないんだ……」


 

 結末へ……

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