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余りある夏夜の佳き追憶  作者: 静夏夜
2024夏『うわさ』
3/18

「命を翔ける七日間」〜起生〜


 太陽に焼かれ高熱を帯びたアスファルトが街に敷き詰められているせいか、息をするにも口から入る熱の塊が空気の重さをまで理解させて来る。


 理科の勉強なんかする気も無いのに、早朝から友達と五人で昆虫採取に行くも僕は何も捕えられず、虫取り網と空の虫かごを持って帰る昼を前にした住宅街の螻蛄(オケラ)道。


 汗を流すも湿度の高さに乾きもせず、熱を排した車が狭い道路で僕達の直ぐ脇を抜けると熱波を残す。


――FOWAAAAAANN!!――


 何処の外車か日本の風土に合わない幅を利かせた高級車に乗り、猛暑に外を歩く僕達を下衆扱いにもっと端に寄れとばかりにクラクションを後ろから鳴らして走り去って行ったが、数十メートル先から響いた断末魔の叫びに目を疑う。


「ぅわっ! ()きやがった!」


 轢かれて叫びタイヤが過ぎると痛みに悶え苦しみ血反吐を垂らし、上半身だけを藻掻いて暴れ、口や腹から飛沫を上げて身を紅く染める白い猫、倒れてはアスファルトの熱にも焼かれのたうち回る。


 バタつくも下半身を潰されたのか位置を変える事も出来ずに呻き声を上げ、それを最期と知るように刹那に怨めしくも儚い静かなる声を残して息絶えた。



「今の車、茂松(シゲマツ)んちのじゃね?」


 遠目で小さくも起きた事は理解出来る距離、呆気なくも動かなくなった小さな命の果てた姿に、皆も前へ進むを躊躇する。


 轢いておいてそのまま走り去った車にそれでも同じ人なのか、と許せない想いが募るも、小四の僕達には猫にも車にも出来る事が判らず、最期に猫が残した怨めしい鳴き声が耳に残って離れない。


 あの断末魔の叫びは窓を閉めた車の中に居ようが聴こえていない筈がない。


 何故なら僕達の脇を抜ける車に赤星君(レッド)がいちびって『うるせぇんだよ馬鹿ドライバー!』と零した際に、運転席の眼鏡を掛けた坊主頭のおじさんが僕達にメンチ切って威嚇していたからだ。


 そして、僕達と同じ小四だけど私立に通う茂松が後部座席に座っていたのを僕も見た。


 知り合いや近隣の大人達には良い子を演じているらしいが、子供同士の間では性質(タチ)が悪くて有名な連中の一人で、その親も何で儲けているのか得体が知れず。



「そういえば、あの家って……」


 白い猫が血反吐を吐いて横たわるその向かいの家から爺さんがのこのこと顔を出して来たが、その様子に直感的な危険を感じ、悪い事などしてもないのに他人の家の門の窪みに皆で隠れ、一番端の僕と青田君(ブルー)が覗き込む。


 妙に背の高い爺さんが後頭部に残る髪と耳とを掻きながら覗き込み、何かを確認し終えたように肯きを繰り返し、そのまま放置し家へと戻る。


 僕達も道へ出ようかとすると、直ぐにまた出て来た爺さんは長いトングのような物を手に、周囲を見回すと白い猫をトングで下から掬い上げ、向かいの家の駐車場へと放り込んだ。


青田君(ブルー)、今の見た?」


「やべぇよアイツ。ちょっ通報しようぜ!」


 衝動的に放ったというよりも普段からしているように慣れた感じで、(オド)けるように肩を上げそのまま揺らして帰って行った。


「あの家って確か、(チョウ)糞害フンガイ餌撒(エサマ)(ハウス)だろ?」


 気になり顔を出した家野君(イエロー)が言うように、昔から自宅の庭で鳥に餌やりをしているらしく、近隣の家人曰く集まる鳥に庭木の花や果実が(ツイバ)まれて落下し楽しみを奪われる処か、家や車の屋根や門やに糞やヒマワリの種の殻を落とされ、出かけに肩や頭に糞を落とされたりと迷惑極まりない家として、ここ等辺では厄介者で有名だった。


 けれど数年前から急にそれを良しとする家が増え、気付けば元の住人は居なくなり新しい住人に入れ替わっていたらしく、地上げの噂を耳にする中、元から残っているのは猫の遺体を放られた家だけだ。


 この通りは僕達にとっては小学校と同じ方向に在る幼稚園の時から使ってた通学路だから良く知っている。

 当時は通学路規制が有ったから車は通らなかったのに、道路交通法令の改正だかで安心安全道路とか云う30㎞/h道路になって以来、抜け道に飛ばす車が増えて通学路自体を変えさせられた。


 最近は遊びに行く時だけ通るけど、軽い挨拶をしていたおばちゃんも兄ちゃんも居なくなってて、気付けば家も小さく二軒に建替えられて表札も違う名になっていた。

 今は愛想笑いでやたらと声をかけて来るオバサンが、同じ年頃の子供が居るからと言っては親の事を訊いて来る。


 茂松もこの通りへ三年前に引っ越して来た新しい住人だ。


 だからこそに自分の住む家の通りで猫を轢いて走り去るその神経が分からない。


「もう出て来ないと思う?」


「行こうぜ」


 赤星君(レッド)を先頭に歩き出し皆が付いて行く中、何だか蝉の声がやたらと増えたか皆との会話も掻き消され、耳鳴りにでも襲われているかのようでキンキンとして耳から頭にまで痛みを感じて来る。


 耳鳴りが心の不安や熱中症やを言う先生の注意を思い浮かべたが、今はそれじゃない事を頭で考え感覚的にも理解は出来る。


「うわっ! やべぇよコレ!」


 道路に残る血反吐を見ただけで怖じ気付く大桃君(ピンク)だが、潰れ破けた内臓らしき臓物が血に混ざり落ちているのだから当然かも知れない。


 放られた駐車場の中には、白い猫が無惨にも頭から落ちたか顔を(ヒシャ)げて潰れた腹と後ろ脚を横にして、未だ腹と口から流れ出る血と臓物からの膿のような何かが傾斜に沿って道路の方へと線を成していた。


「どうする?」


「交番行くしかなくね?」


「どう説明すんだよ?」


 蝉の音に赤星君(レッド)を中心に顔を近付け話をする中、僕は何だか妙な胸騒ぎに道路の血反吐を確認していた。


 臓物の中で蠢く何かが心臓かとも思えたが、よくよく見るとその形を変化させている。


「え?」


 血の紅に臓物の膿のような金にも似た色が混ざり合い、所謂“玉虫色”に変化したそれは、気付けば蝉の形を成していた。


――GIRIGARIGIRI――


 けれど蝉のそれとは少し違う、尻に鋭い針を見せ、震える羽は怒りを表すようにキリキリガリガリとした金属刃のような音を立てている。


「おわっ! まだ生きてる!」


 大桃君(ピンク)の叫びに振り返ると、猫が頭を起こして動かない目に合わせ首だけを動かすと、コチラに向けて牙を見せた。


――UDAAAAAA!――


 聴いた事の無いおどろおどろしい声を上げ、そのまま倒れて遂には果て、その身体は魂も消え去ったかのように生を亡くして横たわる。


 正確には僕ではなく、猫はこの玉虫色の蝉に目を向けていた。


――GIRIGARIGIRI――


 その証拠に玉虫色の蝉が羽を鳴らすと、一斉に周囲に居た蝉までもが羽を鳴らして飛び立ち、何処にこれだけ居たのか空を覆い尽くして暗くなり、その一瞬を闇夜に変えた。


 僕にはそれが、轢かれて血に(マミ)れ紅白となった猫の怨念(オンネン)に思えて仕方がなく、飛び去る蝉の大群が空に描く模様にも何かの意志と意図を持つようにも思えて見入ってしまい……



「おい、もう帰ろうぜ!」


 急に声を上げた家野君(イエロー)の声に我に返った僕も慌てて後を追う。


 けれど通りを曲がった所で口を開いた家野君(イエロー)は、鳥糞害爺さんが門の中からコチラを視ていたのに気付いての事だったらしく、それを聞いて怖くもなるが、悪い事をする奴を見逃すものかと皆で交番へ駆け込んだ。




「猫の死骸ねぇ……」


 僕達の気概とはまるで違う警察官の冷めた反応は、ガキんちょ扱いに鬱陶しいと面倒臭えを顔と態度で示して気怠さを全身から吐き出し、椅子に踏ん反り返って唾を吐きかけるような愚劣(グレ)た大人のソレだった。


 毎年のように署長だか婦警だかが学校に来ては街を守る警察官だと偉そうにして、不審者だの交通安全だのに注意しろだの通報しろだのと語っておいて、目の前のソレは聴いていた警察官とはまるでかけ離れていて、むしろクラスの中にも居るいじめや犯罪を犯すグルーブのソレにしか見えない。


「ああ! 人の家の中に入ってるんだっけ? そうするとその家の人が110番しないと民事不介入ってのがあって警察は関わっちゃ駄目なんだよ! ああ折角君達がこうして来てくれたのにゴメンなあ!」


 小四でもそれが虚偽の言い訳だと理解は出来る。家の中のそれが爆弾だとして、在るのを目撃してもその家人が通報するまで介入出来ないって話を平然とする警察の腐った体質というのを目の当たりにした今、ネットの方が正しい事も有ると理解させられ帰宅した。



 道や建物やが熱気を放ち触れた風が夕立雲を作り出す頃、姉に今日のソレを話していると、不意に姉が虫かごを指して訊く。


「それは?」


 それはも何も虫は一匹も捕れず空だと答えようと、虫かごを持ってみて目を疑った。


「何これ?」


 そこにはあの蝉と同じ玉虫色をした5cm程の楕円の(カタマリ)が在り、取り出して裏返すも特に動きそうな脚も見当たらず、硬くて石のようだけど妙に軽くて何とも言えない物だった。


吉丁虫(タマムシ)か……」


 姉はネットで玉虫色を検索して調べた何かに思考を浮かべ、何かの答えに至ったのか振り返る。


「それ、身につけておきなよ。貸して」


 そう言って姉は受け取ると、綿でソレを包み首に掛けられる御守りのような白い絹製の袋に閉じて返し渡された。


「ありがとう。でもこれ何なの?」


「知らない。けど悪いモノでは無いと思うよ」


 姉にも判らないらしく不安ではあるけど、不思議と僕にも悪いモノとは思えなかった。


 ところが……




 朝を迎える前の目覚めに、びっしょりと汗をかいた服の重さが猫の血飛沫を脳裏に過ぎらせる。

 けれど夢で見たのか今想像したのかも判らず曖昧で、轢いたのも放ったのも僕じゃないのに、猫の最期に目を合わせた事で同じ人間のした事だからと不合理にも自分が呪われてしまったようにも思えて怖くなる。


――GIRIGARIGIRI――


 まだ夜は明けず窓から溢れる薄明かりに何かが横切る影が見え、あの時聴いた金切り音のような蝉の羽音が鳴り響き増えて行く。


 一匹、二匹、三匹四匹五匹……


 これが世に聞く耳鳴りなのかも判らない程の羽音に包まれ、恐くなって布団を被り耳を塞ぐが、聴覚を遮断された脳がパニックでも起こしたように平均感覚まで失い出すと、まるで無重力の異空間にでも居るような感覚が襲う。


――GIRIGARIGIRI――


 羽音が布団の上で鳴っているようにも思えて来ると、尾に針を持つ金属のような羽根をしたあの蝉が侵入して来る気がして襲われる感に震えが止まらず、姉を呼ぼうとするが声が出ない。


 助けて! 姉ちゃん! 助けて!


 心の中で何度も叫び、歯を食いしばり震える身体も硬直して行く。


 姉ちゃん!



「悟っ?」


 急に目の前が明るく開け、涼しさに布団を剥がされた事を理解する。


 夜は明けているのか部屋に射し込む光は灰色で、姉は僕を心配してなのか何があったか応えを待っているようにも思えて問いを口にする。


「姉ちゃん、蝉は?」


「蝉?」


 ふと気付けば蝉の羽音はまるでなく、狐につままれるの意を身を持って知った気にもなる。


 どうやら蝉の羽音と思っていたのは昨夜から降り出した雨音のようで、時折風に巻かれて戸や窓に叩きつける音は強く、屋根から響く雨音を勘違いしたのだろう。


 けれど妙な胸騒ぎは拭えず残り、何か嫌な事が起きる気がしてならず、ベッド脇に掛けたあの袋が気になり手にし、恐る恐る封を開けて中を見る。


 綿の中には玉虫色の何かが形を変える事なくあり安堵するが、果たしてこれが姉の言う通り吉兆を呼ぶのかは疑わしい。

 けれど姉の入れた袋は神授の様で、迷う心をもすら守り神に覗かれているような気にもなり、信じる者は救われるが何処の神の話かも微妙に首からかける事にした。


 叩きつける雨音は夜まで続き、宿題を進めるに至った。


 けれど翌日、事態は急変した。


 

 転変へ……

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