「公園に潜むもの」
夏休みになると言われる大人からの警告に、子供を日暮れ前に帰宅させる為の話は多くある。
それを友達同士で話す中で言葉足らずに少し変わる内容から恐い噂として広まる中に、稀に本当の事件・事故が起こり噂に実が入ると、其処には別の何かも紛れ込む。
僕が聞いた噂もその類だと思っていた……
「泉公園?」
市の北東で泉町に在る縦長の小さな公園で、昔から噂は多く聞くがその一つに有名な事件がある。
【子を喰む砂場】
日が暮れる瞬間に砂場の中に居ると砂に飲まれて沈み消えて骨と化してしまうというものだが、これを実に変えてしまった事件は僕の生まれる前に起きたらしい。
犬を散歩中の中年男性が泉公園の砂場に崩れかけの骨らしき物を見付け、警察に届けるとそれが人の骨だと判明した。
更にそれが子供の腕の骨だと判ると、近隣で行方不明になっている男の子の骨ではないかと睨んだ警察は両親にDNA鑑定を要請し、その結果を多くのメディアが取り上げ
『遺体を公園の砂場に埋めた卑劣な猟奇殺人犯は何処に!?』
等と騒ぎ面白がって被害者の家をマスコミが囲み、小学生を一人で遊ばせていた事を問題視するような口ぶりで問いかけ、コメンテーターは自分の正義心を盾にその親までもを自殺に追い立てた。
その親子が住んでいた家は空き家となっていたが、最近になって誰かが買ったらしく一週間前の夜に家の中に明かりが灯っていたと言う。
市営プールで久し振りに会った深井君達とは、隣のクラスになってから遊ぶ機会が減っていたけど、補習塾の帰りにそれを見たらしく、昨日まで泉公園の怪奇事件の事をスマホで調べていたらしい。
「そしたらさあ、泉公園で見付かったのは腕の骨だけで、他はまだ見付かってないんだって!」
どうやら残る骨を探そうと言うのか、皆でビート板に腹まで乗せての会話に僕を誘ってくれるのは嬉しいけど、深井君の後ろで顔だけ出して聞き耳を立てている姉が放って置く筈がない……
「泉公園かぁ……」
唐突に聴こえた女子の声に不穏なモノを感じたか、皆が一斉に振り返ったものの水中眼鏡を着けた姉の顔は一瞬誰かも判らず、ん? とクエスチョンマークを頭に付けている。
注目をされて尚、気付くも見詰め返して黙る姉だが、急に立ち上がって上半身までを出す様は、まるで怪獣のようだが、その行動にピンと来たのか一人が叫ぶ。
「あ、恐ろしカヨっ!」
え? と皆が姉の顔を見返すと、やたら整う顔と胸の辺りの華奢なフォルムに気付いたらしく、焦り逃げ出すも腹までビート板に乗せたままのバタ足は、そのバランスを前へと狂わせ頭から水の中へと身投げさせて行く。
溺れかける者やビート板の角に海パンを奪われる者、そして隣から飛んで来たビート板に鼻を襲われた者……
一瞬にして市営プールを血に染めた。
後に皆はこれを“惨劇の佳余”と呼んだが、話はこれに終わらない。
プールから帰ると直ぐにノートパソコンを開き事件を調べる姉を横目に、僕は宿題を片付ける。
良からぬ事に顔を突っ込み楽しそうな姉の鼻歌が心地悪く、僕がMP3プレイヤーで音楽を鳴らすと対抗するようにパソコンで動画サイトの音楽を流す姉。
「姉ちゃん、それ向こうでやってよ!」
「気が散るのは悟もこの事件が気になってる証拠だよ♪」
実に尤もらしい言い分で人の嫌気を煙に巻くが実理は無い、姉の思惑に乗せられないようにとして来たからか、小四にしては随分と注意深くなった気がする。
「僕に姉ちゃんのそれを手伝わせたいなら、宿題が終わるまで邪魔しないで!」
「は〜い、じゃ、向こうでアイス食べて待ってるね」
姉曰く、宿題は要領次第でどうにでもなるらしい、成績的にも馬鹿ではないだけに宿題も済ませているようだが、僕の知る処になく何時何処でどうやって済ませたのかは非常に怪しい影が見え隠れする。
「あ、僕のアイス残しといてよ!」
死人に口無しを表すように、案の定ネットの情報は錯綜していたようだ。
メディアが取り上げ犯罪者ではなく被害者を吊し上げたのだから当然のように憶測も捻じ曲げられ、被害者の親が虐待していた可能性だのを言う知り合い振った証言等、他者を貶めようとする思惑有りきの書き込みが溢れ返っていて事実が無い。
そこで警察発表を調べるも、内容が端的過ぎてどうとでも捉えられるような話は、メディアに面白がって使って下さいと言っているような物だった。
姉が僕を急かした理由は図書館だ。都合に消されるメディアの記事は被害者をいじめ終えると推論で騒いでおいて直ぐ様ネットも削除し閲覧出来なくなる。
けれど図書館には地元紙の記事がデータとして残されている可能性があり、閉館時間の迫る五時を目前に姉は僕のリュックサックに水筒を入れ自転車までもを出して準備し、パンツスタイルの白装束で待っていた。
「アイス残してあるから早く!」
コップ一杯の水を飲んで走り市の中央図書館へ、姉の説明を聞きながらこんなにも立ち漕ぎでダッシュさせられるなら図書館で宿題やってれば良かったと、宿題をして後悔する夏の夕刻。
ギリギリ間に合い司書のおばさんに事件の記事を訊ねると、煙たい視線を向けて遇おうとするのを四五十のおじさん司書がそれを制して検索にかけ、リーダー機器へと案内してくれた。
「ありがとうございます」
難しそうな漢字や言葉で僕には解らないけど、姉は読んだものをメモに記しては顔にかかる髪を面倒臭そうに払い除け、姉の肩口から覗き込んでいた僕の顔に降りかかる。
「痛っ」
「悟、“この町”の昔の地図と今の地図持って来て!」
地図を探すも種類が多くどれが良いのか悩んでいると、おじさん司書が声をかけて選んでくれた。
「随分と熱心だな」
「姉ちゃんが、ね」
地図を持って戻るとメモした何かの住所を探し、凡その見当をつけてメモに書き込む。
「行くよ」
姉が立ち上がると同時に蛍の光が流れ始める。閉館時間、おじさんに挨拶して外へ出ると鳴り終わる五時のチャイムに、姉の肩に手が掛かる。
「気を付けなさいね」
話を聞いて自転車で次の場所へと僕を急かして北へと向かう。
着いたのは、少し前まで落書きと張り紙だらけだった家の筈だけど、今は何事も無かったかのように整地され、家自体も無かったかのように更地となっていた。
「ヤラれた……」
姉の呟きに顔を見ると少し悔し気にも見える。けど何に悔しがっているのかは分からない。
「姉ちゃん?」
想像するにココが自殺した両親の家だろう。姉は何を求めてココへ来たのか、家が消えた今は探る事が困難な物だろうと思えば、付き合わされる弟としては良かったのかも知れないとすら思えて来る。
下手をすれば住居不法侵入もあり得た気がするからだけど、事態はそれより酷く、急を要する事になっていた。
自転車を東に向け走らせながら前を走る姉が話の経緯を説くが、泉公園に元々有った有名な噂は別のものだったと言う。
【首吊りブランコ】
日暮れにブランコを漕いでいると誰かが背中を押して一回転させ、チェーンを首に掛けて吊るしてしまうというもので、砂場に関する噂は今とまるで違う話だった。
【血染めの砂場】
砂場が夕陽に染まりブランコの影が落ちると、そこにはブランコに首を吊られた子供の影が現れ、影の子供の首の辺りから血が噴き出して砂を血に染めるというもの。
連動する二つの噂がセットになっていたが、そのどちらが先かは明らかにブランコの噂であり、派生に生まれたのが砂場の噂だった。
姉が見たかったのは写真では解らない落書きの文字で、そこに噂の名前らしき文字を見付けるも写真ではあまりに小さく読めず、実物を確認しようとしていたと知り安堵する。
「お、そろしカヨ……」
泉公園では既に深井君達が砂場に入りバケツで穴を掘っていたが、何も出ていない様子で、時計は六時を回った所。
両親は八時半位には帰って来るだろう事を考えると、ココに居られる時間も限られる。
「掘るのはソッチじゃない。ブランコの軸足のどれか!」
姉の一声に振り返ると、何だかんだで姉に期待していたようで皆が活気に満ちた顔で植木用のスコップに持ち替え整列して待っている。すっかりお山の大将だ。
「背後から押すんだから後ろのどれか……」
六本有る支柱の軸足の中、掘るべき軸足を決めかねている姉は、自身の影に気付くと太陽とブランコと砂場を見るを繰り返し、鉄柱に三本架かるブランコの一番北側のブランコの上部に手を翳すと、納得の顔を見せ口にした。
「これ、この一番北側の西側にある支柱の下!」
「サンキューカヨ!」
嬉しそうに掘り出す深井君達を他の子供達が妙な顔で見ている。歳は僕より上っぽく、小六位の男子三人。
「手伝ってやろうか?」
と、交代して掘り進める中、姉は何が気になっているのか砂場に伸びる影を追っている。
「これってやっぱり……」
「何か解ったの?」
「うん、そもそも砂に飲まれて沈んだとして、人が骨と化すのにどれだけの時間が必要?」
知るか! と言いたい所だけど、言われてみれば骨まで風化する程埋まっていたとは思えないし、深井君達が掘った穴は砂場の底を見せていて、意外と浅く1メートル程度と、人が埋まっていれば直ぐに腐敗臭が漂いそうだ。つまり……
「誰かが骨にしてからココに埋めたって事?」
「どうだろう、ココに入れる砂を保管してる所で殺したのかも」
役所は死体が出た後も砂は交換していない。そもそも警察も掘って調べただけで当時の砂を保管してはいない。
でもそれは普通に考えれば、だ。
「何で公安がこれを知って出て来たのか」
僕と姉が図書館を出る時、司書のおばさんが姉の肩に手をかけ話しかけて来た。実は、おばさんの子供が骨の本当の第一発見者だと言い。
あの骨は犬の散歩をしていた中年男性が見付け警察に通報したとされているが、実際は公園で遊んでいた子供が見付けて母親であるおばさんが受け取り、それを警察に持って行こうとしていた所に公安を語る男が
「騒ぎになると家までマスコミが押し寄せて大変な事になるから」
と受け取った者が居て、以来その人は見なくなったという。
つまり、警察、いや公安はこれに関する後ろめたい何かを隠している事になる訳だ。
「うわっ! カヨ姉ーっ!!」
深井君の叫び声と共に小六の三人も含めた皆の『うわあぁぁ……』と怯える声が追随するので、掘られた穴を姉と見に行く。
「やっぱりね。そうだ、君確かスマホ持ちだったよね? 警察に電話して。君達が発見者だから」
「いいの? ヤッタァー!!」
ブランコの支柱には大きなコンクリが付いているが、その底に踏まれる形で骨が出て来た。
「姉ちゃん、これってつまり……」
この泉公園を作った業者が施工の際に埋めた物だ。この土地は元は道向こうのお寺が所有していてお墓が並んでいた土地。
元が墓だと不動産価値が下がる為、一旦は公園として寝かせ土地の値段が上がるのを待ち、何れは元公園として売る為の布石だったのに、公園という特異性からヤクザ企業に付け狙われたようだ。
家の建替えも無い事から、そおそお土を掘り返されないと踏んで人を埋めたが、まさかの事故に噂が付いて、ブランコ撤去の話が持ち上がり、慌てて別の事件を作り噂に噂を重ねて土の下の遺体を隠した。
そお、ブランコの事故は実際に起きていた、砂場の骨が見付かる少し前に。図書館で姉が読んでいたのは公園になって三年後の夏にブランコで起きた事故の記事だった。
古い地図ではココは寺のマークで、航空写真にも墓地が写っていた。
「今そこに入っちゃ駄目っ!!」
姉が上げた声に砂場を見ると、小六男子三人と電話で警察と話をしている深井君の仲間二人が砂場の掘った穴を埋めようとしていた。
「え、何で?」
と、小六三人は意味が解らずに留まるも、深井君の仲間は姉の言う事に素直に応じる。
「いいから早く出なさいよ!」
手伝ったのに命令されたと思っているのか、穴に残った一人が少し憮然とした態度にもなり穴の端に足を掛け……
「何でオマエにめ」
と、言いかけた瞬間だった。
砂から何かが這い出るようにして端に掛けた小六男子の足を穴の中へと引き摺り込む。それを必死に仲間が引っ張る
「シンゴー!」
途端に穴が一気に崩れ小六男子のシンゴ君に砂が被さり体の肩から下まで埋まってしまい、尚も底なし沼の如くに引き摺り込まれて行くのを皆で掴んで必死に引っ張る。
すると夕陽に砂が赤く染まり、血のような赤い水が噴き出し泉の如くに砂を固めてシンゴ君を閉じ込める。
固まる砂は重くもなり、シンゴ君の身体を圧迫し、呼吸をするも苦しくなってか溺れるが如くに、あっぷあっぷと助けを求めて口を開け白目を向く。
「泉よ枯れっ! 栓!」
姉の声に振り返ると、僕のリュックサックから例の元筆を振って唱えていた。
陽が落ちたのか染まる血の色は消え暗くなり、砂も乾いてシンゴ君を直ぐ様掘り出し事無きを得た。
「何だよアレ、今何か居たぞ絶対!」
泣きそうな声で姉に訊くシンゴ君の問いに皆も食いつくように姉を見る。
「ここは元お墓なの。この辺りは元々が日住町で、更に前は日隅村、江戸の頃には歪って言われてたんだって。泉町って名前は平成で合併した時に付けた名前みたい」
「……いや、だから何なの?」
シンゴ君の仲間は今の話を理解しているのか、問いの答えを求めるが、他の子は途中で話を見失っている様子。
「うん、この泉公園は湧くを意する名前だけど、ココには元から水は無い! なのに湧くを意する泉の名を冠したものだから、下にある良からぬモノを湧かせた!」
「そうか! 泉の名に元は墓の下から湧かせたから……」
二人も解れば姉は応えるまでもなく、解けた謎に満足したのか帰り始める。
「悟、あと一時間もしない内に帰って来ちゃうよ、急いで!」
自転車のオートライトが点灯する程暗くなり、狭い住宅街を飛ばして走る車も増え出す時間、亡霊に恐怖した後に道路で身の危険を感じて帰る夏の夜。
余りある体力に物を言わせて走る佳き姉は、僕を巻き込み笑っていた。




