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余りある夏夜の佳き追憶  作者: 静夏夜
2025夏『水』
18/18

「POOL」〜背水〜


▼プール閉鎖から七日目の午前。



「で、何処まで話したっけ? えと、そうだ、答えは車だったの!」


 話が飛んでいるのかすら判らず理解に苦しむ僕を置き去りに、姉はアイスの棒を指揮棒みたいに振りつつ話を進める。


「あの車、駐車場の日向に駐めて列に並んでる間はエンジン切ってたの、だから乗る前にモワッとする車内の暖気を逃がそうと窓を開けて、エンジンかけて冷房をガンガンに効かせたの!」


 熱いと冷たいが出来て、蜃気楼を作る環境が整った証明にはなるんだろうけど、それを理解した所で僕の考えでは晒し首の答えには到らない。


 けれど自信に満ち満ちた姉の顔が、確実な答えを導き出したと判らせる。


「それで?」


 暑さに茹だる日向の校庭で、『フフン。』とした姉の口元には笑みが溢れ、光沢のある白いパーカーが眩しさを増す。



「悟が見た晒し首は、車のボンネットの後ろに立ってたドライバーでしょ? 換気で開けた車の窓から冷気が流れ出す頃には、ボンネットはエンジン熱で更に熱くなってて、エンジンルームから漏れ出る暖気がドライバーの顔の辺りに立ち昇る。それで暖気・冷気・暖気のサンドウィッチの出来上がり!」



 姉の説明が簡潔過ぎて、僕の頭は話のまとめが追いつかない。



・陽に当たり元々熱くなっていたボンネットが、車内を冷房で冷やした空気が換気で開けてた窓から流れ出る頃には、冷房で余計に熱くなったエンジンの熱がボンネットから漏れ出て上がる。


・熱いボンネットの上に居るドライバーの顔の辺りにクーラーで冷えた空気が流れ込んで、ボンネットの辺りに下位蜃気楼の逃げ水が出来る。


・ドライバーの顔辺りに漂う冷気の上には、熱いエンジン熱が吹き上がってて、ドライバーの頭の上辺りに上位蜃気楼が出来る。



 で、微妙に前後を違える下位と上位のサンドウィッチ蜃気楼で晒し首の出来上がり、だけど……



「逃げ水の上に晒し首が出来る理屈は解ったけど、やっぱり上下反転の謎は残っちゃうよ」


 僕の応えに笑みを増す姉の顔が、その答えにも行き着いている事を物語る。


 答えを言われる前にと自分で答えを見付けようと考える僕に、言わんとして口を開けて笑う姉は、さっきのキヨ兄のからかいと似てる気がする。


「て、キヨ兄。もう姉ちゃん戻って来たし、日陰で休んで来なよ!」


「ここまで聴いて途中で終わりとか、どんないじめだよ! 悟も意地悪かっ!」


 キヨ兄が姉の謎解きに聴き入る理由は、それが何を指す話かを判っているからに他ならない。



 何故なら、校庭には逃げ水が彼方此方(アチコチ)に点在していて、周囲には富山湾で観られるような上位蜃気楼が、風に揺れるカーテンのように姿を現しては消えを繰り返しているからだ。


 幻影に浮かぶそれは、まるで校庭が異世界や異空間に飛ばされるんじゃないかとさえ感じられ、列に並ぶ大人達もざわつき始め、異様な光景にスマホを向ける者が増え出した。


 姉の謎解きに耳を澄ませていたのはキヨ兄だけではない。聴衆は姉を待たせる僕の応えに気を向けているのか、妙な圧を感じて僕は目を泳がせながらも思考を早める。



 不思議と静まる思考の渦の中で視える景色は穏やかで、揺らぎ瞬く幻影の動きに合わせて、頬に伝う汗に触れる緩やかな風があると気付いた。


 けれど答えに必要な何かが足りず、風に訊ねるように吹いては幻影を浮かべるその風上へと向け注視する。



「何だアレ?」


 風上に見付けたのは陽炎(カゲロウ)だけど、その規模と向きが現実離れしていて理解に苦しむ。


 映画やドラマの飛行場のシーンで観られる陽炎のそれが、現実の校庭に起きる可能性が低いと知るからこそに。


 昨今流行りの人工芝は無くとも砂を入れた校庭が、アスファルト舗装された空港と同じ現象を起こすとは考え難い。


 そもそもカメラで飛行機のエンジン熱が吹き上がる背景に観える陽炎を映したそれが、何故に校庭で出来るのかなんて説明のしようがない。


 予習したばかりの僕には、まだ習っていない中学高校の理化学にその答えがあるようにも思えてしまう。



 ただ、その要因となる出所は掴んでいる。


「答えを見付けたみたいだね」


 姉は僕の視線の先にある、給水車の脇に張られた簡易テントを見詰め指差すと、誰に向けてかそれまでよりも少し声を大きく妙な口調で語り始めた。



「あのテントから吹き出ている陽炎の正体は、視察しに来たド偉い人達の為に置かれたスポットクーラーなのです!」



 それが偉い人達へ向けた嫌味なのは判るけど、陽炎を作り出す仕組みが解らない。


 いや、そもそも陽炎の正体を知った所で晒し首の答えに到れるようには思えない。


 けど、姉の顔からしてコレが答えで間違いない。



「てか、スポットクーラーて何?」


 キヨ兄が言うには、手持ちの小型な物なら半導体冷却(ペルチェ)素子が使われている物もあって、電気を通すと素子の表と裏で冷たいと熱いが発生する物らしい。


 主に屋外で使われるスポットクーラーは、エアコンで言う室内に設置される本体と外の室外機が一体化されている物だと言う。


 つまりは、冷えた空気と熱交換器から排出される熱い空気の両方が吹き出される物で、凡そはホースで送風の向きを調整して冷気で涼む造りになっている。



 そこまで聞けば、蜃気楼の仕組みに照らして凡そは解る。


 スポットクーラーから排出される冷えた空気と熱い空気が風に流され、レンズ的な空気層が垂直に出来た事で、遠くの物を見せる超レアな蜃気楼を造り出した。


 つまりアレは、同時に二つの地点で起きた蜃気楼が重ね視える形で出来たもの。


 それが晒し首の謎の答えだ!



「スポットクーラーから出る熱い空気と冷たい空気が垂直に並んで流れて、縦に出来た空気層のレンズが、逃げ水が発生してる場所を覗き見る形で発生した! 違う?」


「正解!」


 姉の応えに周囲の大人も肯きに拍手をし出すと、注目された姉はここぞとばかりに妙な話を語り始めた。



「 あのド偉い人達が涼む為に空間が歪んで視えるこの現象だけどさ、歪んでるのは本当にそれだけが原因だと思う?」


 僕達に感心の目をむけていた大人に妙な緊張が走ったか、ざわつきが静まる妙な空気は、それこそ歪んだ大人社会の空気感を判らせる。



「この蜃気楼の答えはそれが正解だけど、一つだけ気になる所があるの!」


 静まる聴衆のそれは、姉の話に聞き耳を立てている者が多いと判らせる。


 気になる所を場所ではなく大人の事情を浮かべ考えた者も多いようで、下を向き考える人も散見されるが、僕は気になる所と聞いて、とりあえずに周囲を見回していた。


 けど、特異な蜃気楼が彼方此方に頻発していて、気になる変化に気付ける状況ですらない。


 それでも姉が気になると言うからには、それなりの何かがあるんだろうけど、見つけられずに居る僕の肩にそっと手を置き、その方向を指し示す姉。



「校庭には消火用の防火水槽があって、農工用の水が流れてるって言ったでしょ。その防火水槽の上にあのテントがあるんだけど……見て!」


 皆が注目するテントの中では、視察に訪れた議員が左団扇で椅子に(モタ)れて、配下のお付きと偉そうに語らうそれを見ている中で……



 テントの近くに現れた蜃気楼の歪んだ空間から、あの死刑執行人が現れた事に驚き、僕は思わず声を上げた。


「姉ちゃん!」


 僕は姉が何を見せようとしていたかを理解したと同時に、聴衆には判らずも確実に何かが起こる事を察して焦りを姉に向ける。


 テントの中へと向かう死刑執行人が、議員の座る椅子の脚をへし折り倒すと、転げた議員に群がるお付きの配下は、謝り心配する役所の上役を威圧する。


 水を貰いに集まる民間人の為に置かれた救急車へと、護衛のSP達が囲み議員を運ぼうとするその時だった。


――GADAGAGOOOONN!――


 貯水槽の蓋が弾けるように外れ飛び、上に居た議員やお付きの秘書やSP達が二枚の両の蓋に身体を潰され貯水槽の中へと落ちて行く。



 聴衆は姉の気付きの話で、偶然にも蓋に潰され落ちる様を目撃したかに思っているようだが、僕の瞳に通された現実はまるで違う。


 死刑執行人が椅子の脚をへし折った所も、聴衆には脚が勝手に折れたように視えているらしく、キヨ兄も無反応な事からして、その後に起きた事は僕と姉にしか視えていないのかも知れない。



 死刑執行人はテントに入ると肩の袋からランドセル大程の麻袋を数枚取り出し、議員や秘書やSPの頭に被せ終わると、椅子の脚を蹴りつけへし折った。


 転げた議員に秘書とSPが集まった所を見計らい、手にしたスコップを振り上げ腹の底から響き渡る悍ましい咆哮を上げると、スコップの先を貯水槽の蓋の中央部に向け突き刺した。


――AAAAAALASTOR――


 二枚の両の蓋が弾け外れるとスコップを放り捨て、その両の蓋に向け両手を広げて蚊でも潰すかに合掌し、議員達が堕ちるのを確認するでもなく仕事を終えたかに手を払う。


 次の瞬間、ようやく任を終えた事を誇るかに、あの日最初に聞いた低く大きな怒りに震えた唸り声を響かせた。


――ZAAAAVAAATH!――



 聴衆には聞こえていない、僕と姉にだけ聞こえるそれは、死刑執行人 ブーローが長きに渡り待ち望んでいたその時を迎えた瞬間だ。


 僕と姉にそれを止める事は出来ないと知るだけに、結果として(コトワリ)から放った死刑執行人は、ようやく本来の務めを果たした事になる。


 それが良いか悪いか、過去に照らして月陰洞(ツキカゲドウ)のカマキリ事件の罪が死刑に値するかなんて、僕には判らない。


 貯水槽に堕ちた議員や秘書やSPは数日後に苦しみながら亡くなった。



 だが、聴衆の面前で議員達の救出中に、貯水槽の中へと堕ちた議員達の下から腐乱した女児の遺体が見つかった事で騒がれ、SNS等を通じて大きな注目を浴びる事となった。


 報道に規制を掛けていた権力者が誰かは知らぬも、メディア自体も嫌がりながらも、スマホで撮影された映像がSNS等のネットで拡散された事により、メディアもこれを報道せざるを得ない事態となったのだ。


 更に、女児の服には古池(コイケ)製薬の名が書かれた箱がポケットから見つかり、保存状態の良いパッケージ入りの錠剤も幾つか残っていた。


 発見時に一部の錠剤が貯水槽内に割れ落ちた為、直ぐに消防の方から医療関係に持ち込まれ、鑑定されるとヒロポンと同じメタンフェタミン系の覚醒剤であると判明した事で、別の件にまで捜査が及ぶかに思われた。


 が、メディアは予想通りの尻窄み報道で、その先にある闇までは報道される事は無かった。



 けれど議員に関する報道により、過去の事件の一つが注目されるようになった。


 それは本件の三日前、姉と石黒さん(ブラック)とおばさんで儀式を行ったあの日の真夜中に起きていた。


樋口(ヒグチ)家の本家が水没】


 後で聞いたおばさんの話によると、日付を超えて解放された死刑執行人は、ダム計画でセメントの下に埋められた月陰洞(ツキカゲドウ)を、石碑の手前にスコップを突き刺して崩したらしい。


 当然のように、防空壕で勝手に穴を開けた樋口(ヒグチ)家の本家裏手の防空壕入口から水が噴き出し、本家を押し流す形で流れた水は、元の熊爪川(クマツメガワ)の名を冠した用水路に流れ込み、周辺地域は事無きを得たと言う。


 その結果、この日の朝に市内全域の水道水に栓をされ止水となった。



 これが報道されたのは議員が堕ちる直前の朝七時台のワイドショーのみで、実家の件があって尚も市民の不安を拭う為に視察へと訪れた樋口(ヒグチ)議員を、コメンテーターが称えるものだった。


 その放送を録画した動画がネットで流れると、樋口(ヒグチ)議員を称える者と祟りを云う者とに別れ、メディアはこぞって祟りを非道と酷評しては称えるを繰り返し、恰も素晴らしい議員だったと締めていた。


 だが、一部週刊誌から古池(コイケ)製薬の不正が暴かれ出すと、メディアの思惑とは大きく異なる結果を生んだ。



 動画サイトで、学校の貯水槽で見つかった女児の遺体が用水路から流れ着いたものではないか、との見立てが囁かれ出すと、古池(コイケ)製薬の不正に絡み熊爪川(クマツメガワ)の水質汚染の問題までもが怪しまれる。


 樋口(ヒグチ)議員を称えたメディアが、古池(コイケ)製薬をCM(スポンサー)にしている事からも、ネットでは議員と製薬企業の癒着にメディアも関係している疑いが取り沙汰される事態にまで発展。


 樋口(ヒグチ)議員と古池(コイケ)製薬、更にはメディアの報道姿勢までもが注目された事で、遂には樋口(ヒグチ)議員の息子が犯したエミリさんの件にもネットや週刊誌のメスが入る。


 そこで、おばさんが当時の間違いを正直に話した事で、エミリさんに対する誹謗中傷が死に追いやった事を如実にし、警察や検察の捜査や鑑定にも疑義がある事を世間に知らしめる形となった。


 石黒さん(ブラック)も、間違いを正直に語ったおばさんを許し、後日二人でお墓参りに行き、その報告をしたようだ。




 ちなみに、止められた水道水に関する【血染めのプール】の件だが、議員が堕ちたその日の午後に皆で市民プールに集まった時の事。


 宿題を何とか終えた赤星君(レッド)青田君(ブルー)に、家野君(イエロー)大桃君(ピンク)それに鬼頭さん(グリーン)石黒さん(ブラック)と僕、久々に全員が揃った所で姉が現れ、皆に全ての謎が解けた事を報告して直ぐに解散となったのだが……



「みんな、協力ありがとね。【血染めのプール】の事だけど、地図に書いてもらった新築の家を調べてみたら、幾つも新築を建 ててる業者が外国人の一人親方になってたの……」


 その業者が建てた新築の中には新興住宅地があり、そこからコウリンマップで水道管を辿ると直ぐに浄水場がある事が判明した。


 凡その推論だけど、と前置きした上で語り始めた姉の推理では、日本人の親方から指導を受けて独り立ちした外国人の一人親方は、日本人なら躊躇する中抜き工程にも手を抜いてしまった結果だと言う。


 水道管に安い外国製品を使った事で水道管内に赤錆が発生、それを大量に埋設した新興住宅地から水道管を通して上水道の下流地域に赤い水が流れ出し、市民プールにまで行き着いた。


 けれど偶然にも大雨が降ってから数日後の塩素が濃い日に赤い水が流れ出し、その殆どが市民プールに流れ込んだ事で、市や水道局の人間が真相究明に動くも原因に辿り着く事が出来ないでいる可能性が高いと言う。


「匿名で通報しといたから、明日明後日には止水も解かれるんじゃないかな」


 翌日の昼には、姉の推測が正しかった事を証明されたが、匿名通報が故に褒め称えられる事もなく、事業者に対する罰則も甘く、件に関する内容が報道される事は無かった。


 市の説明はただ一言。


「原因が見つかったので、止水を解除します」


 


■あとがき


 サブタイトルの「POOL」は、その意味に・水たまり・小さな池等の他、たまりの意から・共同出資・水泳施設等に加え、・貯金・人員・情報等にも、蓄えておく、といった意味にも使われます。


 今回の章では、POOLの意味を含ませる形で設定に組み込み、かなりややこしい構成となりました。


 毎度ながらに構成からは文字数を計算出来ず、凡そに六話程度かなと考え執筆を始めるも、今章の完結に十話を要する事となり、ラストに向けた三話は投稿時間もバラバラに何とか完結するに至りました。


 今年も悟と佳余にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。


 本作が企画規定に沿っているのか微妙ですが、来年もまた続きを描いた折にはよろしくお願いいたします。



静夏夜

 

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― 新着の感想 ―
第二章の完結、おつかれさまです! 晒し首の謎を物理的に解き明かしていく主人公たち、その前で行われる議員視察と、現れる死刑執行人…ラストまで怒涛の展開で、目が離せませんでした。 月陰洞のカマキリの正体…
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