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余りある夏夜の佳き追憶  作者: 静夏夜
2025夏『水』
17/18

「POOL」〜汚水〜


▼今から七十数年前の月陰(ツキカゲ)(ドウ)の記憶。



 史跡の解説文には、戦時下の銃火器が月陰(ツキカゲ)(ドウ)内に残されているとの噂に、自警(自治警察)は洞窟内へ踏み入る事は危険として入口に見張りを立てたと記されている。


 だが実際には、戦時中に防空壕として使われていた際に自決用として備蓄された銃や手榴弾に混じり、兵器工場が近くにあった事からヒロポンが大量に隠されていた。


 戦時中は疲労回復薬として病院や軍関係の工場等へ配給されていたが、戦後も中毒性に抜けられぬ者が増えた事から政府が取り締まると、闇市上がりの製薬企業や治安維持を解任されたヤクザがシャブ等と呼称し覚醒効果を悪用し始めた。


 ヒロポンとはメタンフェタミンの一商品名で、他にも名前の違う商品も売られていたが、戦後に密造品や偽のヒロポンまでもが多く出回った事で覚醒剤の代名詞となった物。


 戦時下では軍関係のみならず民間人にも回復薬として処方していた経緯があり、表沙汰に出来ない関係先もある事から取り締まる法にも甘さが目立ち、製薬企業すら規制されて尚も必要数を誤魔化し大幅に超える数量を製造して密売など。


 米国国家法の下に麻薬取締法が成り立つ事から、敗戦し統治されている国であるかを象徴する為、GHQの統制に抗う気概に自国愛から使用する者も多く居た。



 月陰(ツキカゲ)(ドウ)内に在ったヒロポンは、領主権限に樋口(ヒグチ)家の悪巧みに乗り、古池(コイケ)家が経営する個人病院に配給された物を中抜きした物だ。


 事件当時ヒロポン錠剤を見付けたのは、防空壕を遊び場にしていた樋口(ヒグチ)家の子息で、夜半に過剰摂取し覚醒したまま出歩き、女子供を鎌で切りつけ惨殺していたと知った樋口(ヒグチ)家の当主が、特高警察出の知り合いを頼り隠蔽を謀ったもの。


 それこそが初期に起きた“月陰(ツキカゲ)(ドウ)のカマキリ”の正体なのである。



 詰まる話が、特高警察出の知り合いの謀った隠蔽工作が、後期の“月陰(ツキカゲ)(ドウ)のカマキリ”であり、領主の護衛に着いた元特高警察こそが大量殺戮の実動部隊。



 背景に熊爪川(クマツメガワ)の貯水ダム計画があるのは明らかではあるが、樋口(ヒグチ)家の当主が何故に貯水ダム計画を支持したのかを知れる話に、“初代”月陰(ツキカゲ)(ドウ)のカマキリである子息のその後が物語る。



 事件を次男が犯したと知った樋口(ヒグチ)家の当主は、古池(コイケ)家が経営する製薬企業の役員に目を付けた。


 彼等は日本政府が『軍病院施設の監督権を厚生省の機関に移管する事』と決めた事で溢れた元の軍事保護院(療養所などを含めた様々な軍病院施設)の関係者であるからに他ならない。


 個人病院の経営が傾きかけていた古池(コイケ)家もまた、戦後のどさくさに紛れ領主から奪った土地に製薬企業を建てると、病院の入床数を上げる為にとヒロポンの製造にも着手。


 樋口(ヒグチ)家の当主は、更なる新薬製造に必要な被験者として、次男をただのメタンフェタミンの中毒患者として古池(コイケ)家の病院に入院させた。


 当時はメタンフェタミンの中毒患者とされた者は多く居たものの、入院までに至った事が記事になる程に入院患者自体は少なかったが、記事になる事自体が麻薬取締法を世間に広め認知させる為の策と考えれば話は分かり易い。



 互いの利権に合致する旨味に己の子息すらをも売り渡す樋口(ヒグチ)家当主の非道な手腕は、残る子息にも受け継がれ、孫は国政議員と警察副所長に成っている。



 女子供を鎌で切りつけ罪を犯した次男は今、入退院を繰り返すも被験体として生かさず殺さずの薬漬け生活で過ごした身体は、長男三男よりも長く生き。


 今日も朝から熊泪湖(ユルイコ)の周辺をウォーキングと称して過去の記憶を探し求め、史跡や元の地形に則し熊爪川(クマツメガワ)の分水工の辺りを徘徊している。




「それって、姉ちゃん!」


「うん、あの爺さんだね」


 何とも引きが強いと言うか、神の御業とでも言うのか、まさか昨日湖東の堰で姉が最初に話しかけた相手が……



 “初代”月陰(ツキカゲ)(ドウ)のカマキリ本人だ!



 熊泪湖(ユルイコ)守り人(モリビト)となったおばさん、水口(ミズグチ)鏡子(キョウコ)から語られる死刑執行人から受け取った、今から七十数年前の月陰(ツキカゲ)(ドウ)の記憶。



「このお爺さん、私も会った事あるわ! 確か……」


 おばさんが会った記憶は守り人(モリビト)の記憶ではない、ただ守り人(モリビト)の記憶と重なりどっちの記憶か曖昧になってるみたい。


 だけど姉がそうであるように、直ぐに分別がつくようになる筈。



 僕達にも解るようにとおばさんは色々解釈を交えて説明してくれたけど、戦時下の話や権力云々に関しては正直解らない事だらけ。


 それでも話の筋だけ追えば、誰が悪くて何が目的か程度は僕にも判る。



「まあ、可怪しいとは思ったけどね……」


「嘘だあ!」


「だって、昼時とはいえ痴漢や幼児略取が騒がれるこの展望公園の更に深部の史跡を、子供だけの私達に推める時点で、怪しくない?」


 姉の強がりに思えたものの、姉の応えに今朝の『ワカラン!』が重なり、確かに元より疑っていた事が知れた。




 世界最古の宗教とも云われるゾロアスター教において地獄に属するこの死刑執行人が、何故に日本のこの地で任を授かったのかに謎が残る。


 けれど守り人(モリビト)の記憶が、その答えを鮮明にする。



 様々な戦地からの帰還兵が持ち帰る土産や遺品の中には、何かも解らず持ち帰られる物が多く含まれる。


 ましてや戦火の混乱、戦地では地元の者も何かを知らず生きる手立てに手当たり次第に有り物を売っているだけ、そこにゾロアスター教に関する何かが紛れていても可笑しくは無い。



 防空壕に入る際、旦那の遺品や土産を御守り代わりに握り締め、砲弾の勢いに揺れる洞窟内で手から溢れ落とされた物の中に、それが在った。


 栄養失調や入る前の銃撃により防空壕内で亡くなる者も居たが、その血を贄とされた事で復讐の刻印を目覚めさせたようだ。


 とはいえ、その血は米国の攻撃によるものであり、死刑執行人が全てを負える筈もない。


 ところが、戦後にその刻印に血を垂らした者が居る。


 月陰(ツキカゲ)(ドウ)のカマキリだ!



 初代の犯行を知った当主が命じ、配下が数体の遺体を隠したのも、後期の元特高警察が惨殺したのも月陰(ツキカゲ)(ドウ)の中、遺体を一時的に保管していた事から流れたその血が復讐を生み出し、死刑執行人を呼び出した。



「だとすると、この死刑執行人は誰を標的に動くと言うの?」


 石黒さん(ブラック)の疑問におばさんは記憶を辿るが、受け取ったのは熊泪湖(ユルイコ)の記憶であって死刑執行人の思考ではないようだ。



「多分だけど、樋口(ヒグチ)家の血縁を追うんじゃないかな。その中にエミリさんを死に追いやり貶めた犯人も居る」


 ちらりとおばさんを視認する姉の目は、今は黙れとでも言いた気で、その時を待っていた死刑執行人と同じくして、おばさんもまた時を待って石黒さん(ブラック)に伝える事を誓うようだった。



「さあ、みんなは帰んないと。後は私に任せて!」


 おばさんの一言に石黒さん(ブラック)が時計を確認、20:27と中々に時間を要した事を今更に知り、急ぎ帰路のバス停へと足を向けた。


 姉と石黒さん(ブラック)と共に歩む散策道、神と悪魔の力を持つ二人の会話は服の話で意気投合し、姉の白装束は虫を寄せるとか、黒装束は車に轢かれそうになるとか、草葉の陰など気にもならない。


 けれど一つ気になっていた事がある、散策道は脇の枝草を刈ってあるのに、入口の歩道は鬱蒼としたまま、何故かを姉に問うと管理者の違いを言う。


 散策道は水道局、公園の入口までは市道で、駐車場は国交省、この公園を調べる際にもお役所的な回しが多く、辿った結果にあの一般人のブログに行き着いたらしい。



 バスの中で水道水の問題を口にしたのは石黒さん(ブラック)で、何故に水道水を追ってあの史跡に到ったのかを姉に問うと、姉は好奇心を隠さず伝えて呆れさせるも。


「さすが、恐ろしカヨさん!」


 と、笑う石黒さん(ブラック)の笑顔は何処か大人で、身長があるからか中学生の姉と意気投合するのが妙に様になっていて、何だか周囲の客にも僕だけが年下に思われてる感じがして気まずさに萎えていた。



 ただ、エミリさんの件とは別に石黒さん(ブラック)の本意に隠れた恋心があるように思えたのは、姉に水道水に関してを追随して訊くその理由からだ。


「友達がネットで噂になってる【血染めのプール】の謎を解こうとしてるみたいで、弱い泣き虫のくせにあんなの追ったらと思うと心配で……」


 ふと、弱虫と言われる事はあったけど、泣き虫と言われるのは大桃君(ピンク)だけ、つまり石黒さん(ブラック)が心配してるのは大桃君(ピンク)


 そんな推測を頭に浮かべて聞いていたけど、姉は既に水道管に関してもある程度の答えには至っているようだ。



 件を調べ始めた当初から、姉が水道局のHP(ホーム・ページ)や、古本屋で見付けた埋設管が記されている業務用コウリンマップを参照していた事は知っている。


 流石の姉にもお疲れの様子が覗えていたけど、その甲斐あって今この市内に住む中学生で水道管に関する知識は姉が一番かもしれない。



 そんな姉から石黒さん(ブラック)に伝えられた助言には、僕も石黒さん(ブラック)も頭に(ハテナ)を浮かべる、血とは無縁に思える話だった。



「そっちは大丈夫。何なら、北東にある浄水施設とか浄水場に近い辺りに、ここ三年位の間に建てた新築とか新興住宅地がないかを調べさせて地図に書き記すよう友達に言ってもらっていい?」



 石黒さん(ブラック)も姉の話の意図を理解出来ずに僕の顔を確認したけど、僕にも何を言っているのか分からない。


 違う意味でも姉は僕の理解を超えているけど、その友達って……


 あの日図書館に居た、赤星君(レッド)青田君(ブルー)家野君(イエロー)大桃君(ピンク)鬼頭さん(グリーン)に、石黒さん(ブラック)と僕の事じゃないか!


「僕は行かないからね!」


 だって、僕はその大変さを身を持って知っているから。


 けれど姉の口から、その大変さを知るもう一人が既に動かされていたと聞かされ、不憫なキヨ兄を気の毒に思う気持ちはあるけど……



「カメもちょっとは男を見せなよ」


 石黒さん(ブラック)大桃君(ピンク)を想って言ってるだけ、そう思う事で心の荷を下ろした僕は、やっぱり断る事にした。


「昨日もあの丘を自転車で上り下りして疲れてるし、もう無理!」


 でも、これが本音だ。


 

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