屋台と売れっ子
スラムに来て一週間が経過し、大分ここの雰囲気にも馴染んできた。
実際にそう思っているのは自分だけかもしれないが、まあ浮いているという程では無いだろうとマリンスノーは思う。
「そろそろお腹が空いたわね」
自由行動が許されている為、まだ複雑ルートでの出入りになるがそのルートで外に出てぶらぶらとスラム内の道を確認していたが、気付けば昼を少し過ぎた時間帯になっていた。成る程、通りで先程まで屋台通りが活気づいていたわけだ。
「……出汁?」
スパイシーな香りも多い中、嗅ぎ覚えのある匂いが漂って来た。
その匂いを辿れば、リヤカー型の屋台が暖簾を出している。
「ハァイ。ここは食事出来る場所?」
「へいらっしゃい!」
元気にそう言ったのは、店主だろう男だった。
髪を前髪ごとキュッとひっつめて、髷のように括っている。服装も尻っぱしょりにたすき掛けした着物姿で、ここだけ江戸時代であるかのよう。
店主は優しげとわかる顔付きで笑みを浮かべている、
「あら、健常人?」
「そうで御座る! 拙者は健常人で御座るが、まあ色々あってスラムの方が性に合うので御座るよ!」
かんらからからと店主が笑う。
「おっと、異世界人殿には自己紹介がまだで御座ったな。拙者はサムライロックと申す者に御座る」
「異世界人って知ってる時点でご存じでしょうけど、マリンスノーよ。よろしく」
「うむ、よろしくで御座る!」
ささ、席へどうぞと言われ、マリンスノーは屋台に添えられている椅子へと腰掛けた。
「で、ここはどういう食事処なのかしら」
「ここはワショクという、異世界人が世に残した異世界風の食事を提供する場に御座る! まあ異世界人由来の食事を文化として残す為と言われておるので御座るが、健常人達の味覚にはあまり合わぬ事が多かったようで。材料となる調味料などは作られ続けてるので御座るが消費量が見合わず、安い値段なので御座るよ」
「ああ、通りでスラムじゃ日本人味覚と喧嘩しない味が多いと思った。あれってそういう事?」
「そういう事、かどうかは知らぬで御座るが、スラムの民でも手に入れやすい安価な食料である事は事実で御座る」
成る程、とマリンスノーは頷く。
異世界人が持ち込んだ文化は残すべきだが、消費する者が居ない。結果安価となりスラムに流れる。そのお陰でマリンスノーは一年ぶりとなる食べやすい料理が多めのスラムに満足だったが、そういう事か。
だから日本人が使いやすい調味料が本拠地のキッチンにあったし、それで調節した味がルシアン達の味覚にも一致したんだろう、と納得。
愛する人とその相棒は毎朝しっかりと手料理を食べてくれるので、昔に来て日本食の文化を残しただろう日本人に感謝せねば。
「……ちなみにその口調は? そういう口調が多い故郷出身とか?」
「否、これはワショクを作る者の義務で御座る。ワショクを作る者は自身を拙者と呼び、語尾に御座るを使用する。そういうしきたりなので御座ろう? 料理人は厨房で身綺麗にする必要があるのと同様、これも必須のマナーに御座る!」
「ああ、ええと、そうね、そうかも。私は料理人じゃないから詳しくないけど、うん、間違っては無いと思うわ」
文化を残した日本人の悪ノリか、はたまたどこかで日本文化がねじれたかの二択だろう。
だがまあわざわざ否定するような事でも無いので、マリンスノーは曖昧に誤魔化した。本人が普通に受け入れているようならそれをつつく必要も無いし、わかりやすい日本文化っぽさは僅かにあったホームシックが和らぐのでありがたい。
「とりあえず何かいただこうかしら。何があるの?」
「今日は蕎麦とうどんに御座る。こっちの材料から指定してもらえばこっちで揚げてトッピングするで御座るよ」
「えっ、揚げたて!?」
「さように御座る!」
「嬉しい! じゃあえっと、さつまいもと、カボチャと、エビ! 麺は蕎麦で!」
「了解に御座る!」
ニカッと笑ったサムライロックが手慣れた動きで揚げていき、ふわりとした出汁が香るスープに蕎麦が入れられ、そこに揚げ物がトッピングされた。
「かまぼこやねぎはどうするで御座る? あ、かまぼこは魚のすり身に御座る」
「大丈夫、知ってるわ。じゃあそれもお願い」
「合点承知!」
綺麗にトッピングされた蕎麦が出され、ほう、とマリンスノーは息を吐く。
こちらの世界に来てから食に不自由はしなかったし、そこまで食に強いこだわりがあるわけでも無い為、美味しいなら洋食続きでも問題無かった。味に問題が無いなら保存食続きでも構わない派なのがマリンスノー。
しかしこうして、一年ぶりとなる、自分で作ったわけでもない和食というのは胸が踊った。
「いただきます」
ズ、と早速麺を啜る。
外国では麺を啜るのがマナー違反とは知っているが、蕎麦はこうして食べるのがマナーだ。
文化として周知されているのかサムライロックも笑顔のままだし、そもそもスラムでは食い散らかすような食べ方の者も少なくないので気にする必要は無い。
まあスラムの場合、根本的に形状に問題がある場合も多いのだけど。
例えば酒場店主のスコーピオンは喉の位置にもう一つ口があり、喋るのこそ舌足らずだがそちらの口は喉に直で届くからと酒を飲む時はもっぱらそっちだと語っていた。喉を直に焼く感覚がイイんだとか。
「あ」
そんな事を考えていた思考が、一気に飛んだ。
「美味しい」
「おお、さように御座るか! いや、異世界人にそう言っていただけるとは恐悦至極に御座る!」
「ふふ、本当に美味しいもの。リップサービスじゃなくね。故郷でもかなり美味しいの枠に入る味で吃驚しちゃった」
不味い蕎麦屋にも何度か当たった事があったマリンスノーなので最悪はそのくらいかと想像して食べたが、思いのほか美味しかった。
というか侮っていたのが申し訳ないくらいには美味しい。
揚げたての天ぷらもザクリという音が爽快で、サッパリした蕎麦との中和が素晴らしく、気付けばあっという間に器の中が空っぽになってしまっていた。
いっそお代わりも考えるが、胃袋自体は満腹を主張しているし、実際かなり満たされたのでお代わりは無しで良いかと頷く。
「ご馳走様。美味しい食事をありがとう」
「お粗末様、で御座る!」
支払いは注文時に済ませていたので、マリンスノーはそのまま屋台を立ち去った。
蕎麦のお陰で何となく心身共にぽかぽかして良い気分である。
「まだ北側あんまり見れてないし、今日はそっちに行こうかしら」
「あら、正気?」
上から掛けられた声に顔を上げれば、そこには腕組みで爆乳を支えている美女が居た。
「フィズ」
フィズはスコーピオンの店に所属している嬢であり、目玉商品とも言える存在。
夜向けのメイクが施された顔は色っぽく、額には縦に二連の形で黒い真珠のような物が生えている。
その手には指が無く、指の部分は全て爪となっており、爪だからか関節も無い。しかし器用に動かす事が出来るようで、店で行われるダンスでも何も邪魔になっていないようだった。
下半身に至っては比較的普通の足に見えなくも無い前脚と明らかに虫のような後ろ脚という四脚だが、それでも器用にポールダンスをするので目を奪われた。
「いきなり正気かどうか聞いてくるってどういう意味?」
マリンスノーがそう問えば、店では常に下着同然の恰好をしているが今は後ろ足までカバーする特注のコートを纏っているフィズが答える。
「聞くに決まってるじゃない。北側は特に治安が悪いのよ。まあ、ここで治安が良いところなんて無いけど」
「具体的にどういう治安の悪さ?」
「マナーを守らないタイプの治安の悪さ」
スコーピオンの店に行った際に話して仲良くなったフィズは、マリンスノーに比べて大きな体躯では首が痛かろうと少しだけ身を屈めた。
「ここじゃポーションやクスリの類は完全にご法度。知ってるわよね」
「ええ」
「それがどうも、北側で流れてるみたいなの。売人も何人か居るみたい」
「あー……成る程、それは治安が悪いわね」
「でしょう? まあ、あそこは外から入りやすい上に、ここでのマナーにもあまり馴染み切っていないのが集まるから。中身がすっかり腐ってるのが面倒だわ。腐ったゴミが腐ったゴミを混ざり合ってゲロ吐くような臭いをさせて、一体何をしたいんだか」
ハァ、とフィズは胸を揺らしてため息を吐く。
その仕草一つで通りすがりの男がピュウッと口笛を吹く様子に、流石は看板娘、とマリンスノーは感心した。
もっともフィズ曰く既に娘という年齢は超えている為、目玉商品ならともかく看板娘扱いはちょっと、と言っていたが。
「で、それでも北に行くつもり?」
「ええ、勿論。向こうの地理をまだ確認出来てないし。カルーアに人の殴り方と壊し方は教わったから、こっちに声を掛けてくるようなら逆フィッシングにもなるしね」
別に売人を捕らえろなんて指示は出ていないが、自由行動の許可は出ているのだから自由行動の一環として釣りに興じるのはセーフだろう。
「……ねぇ、マリンスノー?」
何かを考えている様子だったフィズが、企んでいる猫のような笑みでマリンスノーにその美しい顔を近付けた。
「あたしの好みの子は知ってるわよね?」
「男女関係無く可愛い子、だったかしら」
「ええ、よく覚えてたわね。褒めてあげる」
にこにこと微笑みながら、フィズは手のひらでぐりぐりとマリンスノーの頭を撫でる。指の部分が鋭い爪だからこその撫で方だ。
ちなみに男女関係無くというのはフィズが男女どちらも相手出来るから、というのもあるが、本人とスコーピオン曰く両性具有だからというのも大きいらしい。
尚、スコーピオンも両性具有だと聞かされた。
とはいえ男型の両性具有は女を孕ませる事は出来ても自分が孕む事は無く、女型の両性具有は自分が孕む事が出来ても女を孕ませる事は出来ない、とのこと。
基本的には体格が男寄りか女寄りかでわかるが、中には見た目じゃわからない奇形も居るらしく、確実な判断基準はそこだとか。
以上の事からわかるけれど、スコーピオンは男型の両性具有、フィズは女型の両性具有である。
現状ルシアン以外に興味が無い上に性的欲求がそこまで強いわけでも無いマリンスノーからすれば、それを知ったところでじゃあ夜のお相手を、とはならなかったが。
「で、あたしからすると貴女も可愛い子なのよ、マリンスノー。そんな可愛らしい子を一人で危険なところに行かせると思う?」
「ついてきてくれるってこと?」
「……本当はやめておきなさいって店にでも連れ込んでやるところだけど、それも良いわね。どうせ仕事まで時間もあるし、ついでに案内もしてあげられるわ。どう?」
「私、一人にさせちゃまだ不安かしら」
「まさか」
鈴が鳴るように、フィズはころころと楽しげに笑う。
「戦い慣れしてるし攻撃への躊躇いも無い。カルーアからそう評価されてるのを聞いたし、絡んできた酔っ払いやチンピラの頭を割った姿も見た。能力もあるようだし、心配はしてないわ。でも慣れない場所ってなると話は別。相手の縄張り内を知っているかどうかは大きいわよ?」
「……それもそうね。じゃ、護衛を頼んじゃおうかしら」
「護衛はやめておきなさい。そんな事を言ったら、護衛任務のご褒美として貴女との一晩を要求しちゃうわ。そしたら、いざ報酬を受け取るって直前にボスによって私の頭が砕かれるわね」
「そう?」
朝食の時の様子からそこまで嫌われていないという自信はあるが、わざわざそんな、ちょっと待ったと割り込みに来るヒーロー役程の好感度があるだろうか。
表情変化や喋り方からは好感度が察しにくい相手なので、マリンスノーとしては想像が出来ない。まあそれが裏切りに値するなら殺しには来るだろうけど、というくらいだ。
もっとも、そういった好感度のわからなさという部分が父親にソックリで、だからこそルシアンに惚れたのだけど。
父親は身内相手には全力で好意を示す癖にそこまで親しくない相手には見事な作り笑いで対応していた為、取り繕うのが上手過ぎて本当に好きな物を前にした姿を知らないと騙される、と父親の友人が言っていた程だ。
「ならデートって事にする?」
「それもあたしの頭が割られるわ。落ちて割れた瓜の方がよっぽどマシってくらいにね。普通に友人兼案内役として行きましょう。それが一番安全だわ。主にあたしの命が、よ」
クスクスと笑うフィズにマリンスノーも笑みを返しながら、二人で北へと歩き出した。