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スラムでの朝



 朝、目が覚めた。

 整った部屋の中で、昨日一目惚れしてそのまま勢いでスラムに身売りした事を思い出す。


「っていうか朝で良いのよねこれ」


 カーテンを開いてもくすんだ空模様で、いまいち時間がハッキリしない。

 けれどまあ、外から聞こえる声から察するに朝で良いだろう。昼頃の活気とはまた違う時間帯の会話が聞こえる。

 幾つか用意されていたスラムで浮かない衣服を身に纏い、髪を昨日と同じように整え、室内にある洗面台で顔を洗った。

 室内というか、トイレとお風呂が一体型のユニットバスが室内の扉の向こうに備え付けになっているので必然的に洗面台があるとも言う。

 恐らく元々はここでも拷問したり拷問後のシャワーとか済ませたりしてたんだろうなとも思うが、『ピカピカ』と念押しのオノマトペを使用した事で衛生的に問題無しなくらい『ピカピカ』になったので問題無し。昨夜は久々にお湯に浸かれて幸せだった。

 そう思いつつマリンスノーは外に出る為に扉を開き、


「おはよー」

「ぎゃあっ!?」

「ぎゃあってひどーい」


 あはは、とカルーアが笑う。

 見ればルシアンの部屋とマリンスノーの部屋の間にある扉、カルーアの部屋の前で、カルーアが膝を抱えるように座っていた。


「ちょっと、何してるのよ。閉め出しでも食らったの?」

「あはは、僕が自分の部屋から閉め出しされると思う? ま、これも見定めの一環ってヤツ」


 よーいしょ、と軽い掛け声と共にカルーアは立ち上がり、ぐいぐいと腕を伸ばして背筋を伸ばす。


「夜中に外に出る様子を見せるかどうか。ルシアンに惚れていると言ったけど、スパイじゃないかどうか。ルシアンの命目当てならルシアンの部屋を目指す。ルシアンの体目当てでもね。惚れてるなら惚れてるで無理矢理そういう事に及ぼうとするかもなーっていう警戒?」

「しないわよ。いきなり夜這いする程品が無いつもりは無いし、そもそもここらのボス相手に初対面当日で夜這いする根性無いわ。寝込みを襲うとか、命を狙ってなくても普通に有害として始末対象じゃない」

「まあね! でも頭が回らない馬鹿はやらかすんだなあコレが。ルシアンは自力で迎撃出来るけど、僕が警戒しない理由にはならないし。というわけでわかりやすく見張ってた」


 大きな単眼が笑みの形を作り、マリンスノーを見た。


「この目でしっかりと見たからマリンスノーが嘘を言っていないのはわかってたけど、昨日から丸一日掛けて君の人間性なんかを見させて貰った。信用出来ると断言して良さそうで安心したよ」

「で、私がスパイや痴女なら安心してもらったと判断して今晩にでも夜這いする、と」

「そういう事。だからあと数日は様子見するし、数日経過で問題無しなら大丈夫、とも思わない。僕はずーっと君を、敵かもしれない、という前提を抱えたまま見る」

「良いわよソレで。敵じゃないって証拠も提示出来ないのは本当だもの。断言出来るのはルシアンに惚れたっていうただそれだけ」

「うん、そこは疑ってない」


 カルーアは即答して頷く。


「というか疑うだけ面倒だっていうのも、もうわかっちゃってるんだけどさ。僕って見る目あるから。マリンスノーを疑うだけ体力消費激しいってわかっちゃう。でもこういうのって形式として疑うべきだからなー」

「良いわよ。気にしないし」

「あはは、ありがと! そういうとこで割り切っててくれるのはありがたいね! 疑いをちゃんと持って数日間監視して判断した、って事実が必要だから形式って面倒臭ーい!」


 子供が駄々を捏ねるようにそうぼやいてから、カルーアは体操でもするように一晩中の警戒で固まっていたんだろう体をほぐす。


「よーし、体スッキリ。あ、ところで折角だしルシアン起こすの手伝う? アイツ寝起き最悪だしまず起きようとしないんだよ。昨日も教会で昼寝してたの見てるからわかると思うけど」

「寝るのが好きなの?」

「あははは、ちゃっかり好みの把握? そう、暇するとすーぐ寝るんだアイツ。で、起こすの手伝う?」

「…………」


 マリンスノーは少しだけ思案して、首を横に振った。


「やめとく」

「あれ、良いの? 惚れた男の寝顔と寝起きだよ? しかもサービスで部屋の中も見れちゃうのに」

「カルーアの許可があるってのは嬉しいけど、寝起きにまだ信用に足るかわかってない女が居るのはルシアンに悪いわ。せめて昨日の時点でルシアンから部屋に入っても良いって許可があったなら行ったけど」

「ふーん」

「だからその間に朝食を、って思ったけど、まずここのキッチンに何があるかもしらないし、そっちの好みも知らないからやめとくわ。監視も無しで私が作った物を食べるとも思わないしね」

「見れば混入物があるかどうかくらいわかるし、アイツもその程度でやられるような胃袋してないよ?」

「作れって許可があるなら作るわ。そうじゃないなら無駄にアピールしないくらいの方が良いかと思って。惚れた男には好意的に見て欲しいのよ、私。面倒でうざったくてしつこいとは思われたくないの」

「へえ」


 カルーアはその単眼を鋭く細めて含みがあるように笑い、


「合格」


 と小さく言った。


「……何が?」

「いや、元々問題は無かったけどね。でも思ったよりルシアンの気持ちをちゃんと考えてるようだから。そういうタイプなマリンスノー相手なら、恋愛アドバイザーポジションに収まってあげちゃおうかなーって。ルシアンの好き嫌い教えてあげるから朝食作りなよ」

「それは指示?」

「うん。冷蔵庫に卵とかあるから。駄目な食材はアイツが気付かず食う危険性あるからそもそも無い。僕がその辺の管理徹底してるから間違いないよ。作れるならオムレツね。チーズたっぷりで。アイツはチーズ大好きなんだ。ついでにサラダもあると良し」

「チーズ入りで?」

「そうだね。ドレッシングもしっかりと。あとトマトもね。何でも食べるけど、美味しいのが好きなんだよアイツ」

「コンソメはある? コンソメスープは嫌い?」

「チーズ入れたグラタンスープにしてやって」


 とりあえずチーズが入っていれば間違いないらしい、とマリンスノーは頷いた。わかりやすい好みでありがたい限り。


「了解、作ってみるわ。で、カルーアは?」

「僕?」

「カルーアの好みは?」

「……うん、そこでちゃんとルシアンの身内と言える僕の好みを聞いてくれるのはかなり好印象。じゃあ僕の分はオムレツじゃなくてスクランブルエッグにしてパンに載せといて。ケチャップトッピングもよろしく。他はルシアンと同じで」

「一応聞くけど、私の分も作って同じテーブルで食べて良いのよね?」

「勿論! っていうか昨日ピオの店で一緒に食べたし、同じテーブルを拒否ったりはしてないじゃん」


 じゃあ朝食よろしく、とマリンスノーの背を叩き、カルーアはルシアンを起こしにルシアンの部屋へと入って行った。

 マリンスノーはそれを見届けてからリビングへと入り、キッチンへ移動する。

 確かに言われた材料があった上にチーズが何種類かしっかりと保存されているのを見て、本当にチーズが好きなんだなと思いながら料理を始めた。





「やー、お待たせー」

「…………」


 三人分の朝食をマリンスノーがテーブルに並べ終わったところで、にこにこ笑顔のカルーアと見るからに不機嫌顔なルシアンがリビングへとやって来た。


「わあい! 思ってたより美味しそう! 料理上手なんだねマリンスノー!」

「食べられる物は作れるわ。味はそちら好みか知らないから、もう少しこういう方が好きとかあったら教えてちょうだい。出来ればルシアンも。ああ、あと言い忘れてたけどおはよう」

「…………ああ」


 臆病な性格をしていたら地を這うような不機嫌声にビビって逃げ出しかねない圧だった。

 もっともマリンスノーの父も寝起きはこういったタイプなので、圧も何も感じない。よく見た光景だ。寧ろファザコンのケがあるマリンスノーからすれば、寝起きの様子が父親と似ているというのは好感度が上がるポイントでしかなかった。


「…………」

「わお、美味しい!」


 黙々と糸の隙間から食べ物を入れて食べ続けるルシアンと、表情豊かに美味しい美味しいと食べるカルーアの様子は実に対照的である。


「サラダとか指示はしたけど朝にわざわざフライパン出したり包丁出したりするの面倒だから僕やんないんだよね。でもちゃんとやったんだ! 偉い!」

「朝が苦手ってわけじゃないから、そのくらいはね」


 言い、マリンスノーも食べ始める。

 味見はしたが、ちゃんと美味しく出来ている事に頷いた。よし、ちゃんと美味しい。

 ドレッシングの味が少し癖の強いものだったので調味料で少し調節したが、特に何も言われていないという事は問題無しという事だろう。元の方が良かったという文句が無かった事に内心でガッツポーズした。


「ねえマリンスノー、このドレッシングいつもの違うヤツだよね? 自作? でもいつもの風味もあるから不思議なんだけど」

「あんまり?」

「ううん、めちゃくちゃ美味しい! だから不思議。何これ?」

「癖が強かったから調味料足したの」

「なーるほど!」


 パクパク食べているカルーアから視線をずらして自身の食事に戻り、マリンスノーはチラリとルシアンの方を見る。

 ルシアンは無言のまま、糸によってあまり大口を開けられない状態で食事を進めている。

 しかし大口を開けられないとはいえ中々のスピードで減って行く料理には、驚きを禁じ得ない。


「……ねえ、ちょっと聞きたい事があるんだけど、良い?」

「ん? 僕に? それともルシアン?」

「ルシアンの口の糸についてなんだけど、そもそも聞いても良い話?」

「だってさルシアン」


 最初はスプーンで飲んでいたもののスプーンを無意識で食べたらしく、結局スープを直飲みしていたルシアンが視線をカルーアとマリンスノーに向け、


「構わねえよ」


 それだけ言って再び食事に集中し始める。


「あっははははは!」

「え、何いきなり」

「いやだって、元々食べるのが好きなヤツではあるし何でも食べるヤツではあるけど、食べる方優先するんだーって思って! 良かったねマリンスノー、ルシアンは君の料理を気に入ったみたい!」


 ソファの上で笑い転げるカルーアに、マリンスノーは眉を顰めた。


「説明を面倒臭がっただけじゃないの?」

「説明面倒臭がる癖は確かにあるよ。でも今のは説明を投げたというよりも食事の方を優先した仕草だったね。ほら、そうじゃないなら適当言うなって言うのに文句も言わず食べ続けてるでしょ?」


 文句こそ言っていないが、その睨むような目つきは思いっきりカルーアに注がれている。

 しかしそれでも文句を言うより食事を優先し続けている様子に、カルーアはまた腹を抱えて笑い出した。昨日から思っていたが、どうやら素で笑い上戸な癖があるらしい。


「ちなみに口の糸だけど、アレは何でも食べるから。その対処」

「……は?」

「ピオの店で皿食べてたの見たでしょ? さっきもスプーンを食べた。大口を開ければ大体齧り取って食べちゃうんだよね。で、飲み食いや会話は出来る程度に糸通して口を程々に塞いだの。これなら酒をジョッキごと丸呑みにしないし」

「……その為に、口を、糸で?」

「まあ時々キレて相手に噛みついたり、武器を噛み砕いたり、お腹空き過ぎて大口開けたりして糸を引き千切る事はあるけどね。その度に縫い直してる。糸が引っ掛かる感触があれば、それで千切れる前に自分で調節するくらいの理性はあるからさ」


 ちらりとカルーアがルシアンに視線を向ける。

 ルシアンは相変わらず糸の隙間を通れるサイズにオムレツをフォークで分けて食べていたが、当然ながら酷い目つきでカルーアを睨みつけていた。


「あっは、思った以上に気に入ってるじゃんかルシアン! こんな事言われたら一言は文句言うのに!」


 一貫してむすっとした、という表現も生温いような顰め面で食べ進めているが、カルーアから見ると夢中で食事を続けている姿らしい。

 まあ文句は言われてないし良いか、とマリンスノーはスープを飲みながら思った。

 とりあえず昨日から気になっていた謎の糸に関してわかったので良しとしよう。生まれつきにしてはおかしいと思っていたので、謎が解けてスッキリした。


「……おい」

「何?」


 食べ終わった皿をそのままに立ち上がり、ルシアンの手がマリンスノーの頭に伸びる。


「、きゃ」


 大きな三つ指の手で頭をガッシリ掴んだかと思うと、そのままぐりんぐりんと手が動かされた。むち打ちにでもなりそうな威力で頭ごと前後左右に揺らされ、手が遠退く。見なくともマリンスノーは自身の髪が酷いボサボサ状態になっているのがわかった。


「美味いモンを作るじゃねぇか」


 けれど、そんなものはどうでも良い。

 目の前で、惚れた男が、顔に微笑みを浮かべてそう言ってくれたから。


「これからも作れ。命令だ」


 それだけ言って、ルシアンは玄関まで直通になっているルートの扉を開いて出て行った。

 まるで夢のような一瞬だったが、ボサボサ状態の髪に触れれば先程の感触が本物であるとわかる。マリンスノーの父親も不器用なので撫でるのが下手糞だったが、同じ感触だった。

 つまりルシアンは、マリンスノーの頭を、不慣れながら撫でたのだ。


「……うっわー、あれだけ僕がからかったのに、その直後にこの対応か。僕が協力する必要性無くない?」


 スクランブルエッグ載せパンの最後の一口を食べながらなカルーアの言葉に、マリンスノーの顔が思わずにやける。

 スラムに来て間もないというのに、とんでもなく好調な滑り出しだった。



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