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禁忌のポーション



 ふむ、とスティンガーが思案するように頷く。


「酒場店主と神父には異世界人である事を説明済みだ、って言ってたよな。他には?」

「ティガとオーキッド」

「本当に挨拶回りだけか」


 カルーアの返答に、マリンスノーは一瞬、あれ、と思った。


「待ってカルーア、そういえば私、スコーピオンには異世界人だって言ってないわ」

「マリンスノーが着替えてる間に言ってあるから大丈夫。他にもまあ、ピオは顔が広いからね。知り合いや客に異世界人の話を広めておいてって頼んどいたよ」

「挨拶回りまではわかるけど、そこまで広める必要あるかしら」

「異世界人の周知で説明を省けるから後が楽。あとはスラム内で僕らが出動する程のヤンチャをし過ぎないようにっていう牽制と、うちの勢力に異世界人が加わった事で他のスラムからのちょっかいを簡単にはかけられないように、っていう牽制も」

「思ったより色々あるのね」


 指折り数えながら説明されては納得するしかない。

 確かに面倒な喧嘩が減るのなら、それを利用しない手は無いだろう。こちらもいちいち説明したり、説明をし忘れて面倒が起こったりを避ける事になるのでありがたい話だ。

 着替え目的もあったとはいえ、そういった連絡網回しを頼みたかったのもあって酒場が一番手の場所だったのかしらん。


「家とかは用意してあるのか?」

「ルシアンとカルーアが住んでる本拠地? にご厄介になる、のよね?」

「そう! 手元に居てくれた方が管理も楽だし」


 管理……、と思ったがマリンスノーは何も言わないでおいた。


「ま、それなら大丈夫だろ。あとは異世界人かつ健常人に見えるが、ポーションなんかを使った事は? 体の傷を瞬時に治したり、身体能力の強化をもたらすあのポーションだよ。普通に出回ってるし、異世界人でも流石に知ってるだろ?」

「ええ」


 マリンスノーが頷くと同時、室内の気配がピリッとしたものとなる。

 誰から発されているかは不明な、しかし確かに地雷が設置されたかのような、一歩間違えれば足元が崩壊するだろう圧だ。


「……ポーションって、魔法薬系のアレでしょ?」

「使った事は?」


 真っ直ぐに、スティンガーがマリンスノーを見つめた。

 見上げるような形で、一切目を逸らさず、誤魔化す事は許さないという真剣な目だ。


「…………貰い物とか、報酬とかで渡された分は持ってる。でも使った事はないわ。これは本当。だってオノマトペで怪我を治せるし、そもそも怪我をしなくて済むんだもの。身体強化の必要も無いし」

「そうか、それは良かった。ポーション依存症にでもなっていたらどうしようかと思った」


 ふは、と安心したようにスティンガーが表情を綻ばせる。


「健常人には多いんだよ、ポーション依存症。怪我をすぐに治せるものだから、真剣勝負を何度もやってボロボロになってポーションで治してまた真剣勝負、と兵を鍛えるような国もあるし」

「依存症だと問題なの?」

「まあ万能感や高揚感的に麻薬に近い中毒性がある。目に見えての毒性はそこまで強く無いが、肉体の自然治癒能力を度外視して強制的に回復させるような薬の原材料が安全と思うか?」

「あー、やっぱりアレってそういう感じなのね」


 護衛任務を請け負った仲間がポーションで回復し、深い切り傷が瞬時に治ったのを見たりもしたが、アレはヤバいのではと思った事がある。

 マリンスノーは異世界人であり、日本人であり、病院はあれども魔法染みた効果のポーションはゲーム世界くらいにしかないもの。

 だから、怖いと思った。

 こういう世界だから普通だろうとは思うものの、これって異世界人が飲んでも大丈夫なのかとか、そういう色々が駆け巡るのだ。

 その為ポーションこそ所有しているものの、敢えて使用せずアイテム袋の肥やしにしていた。いざとなったらお金になると思うと、幾ら怖くても勿体無くて捨てられない。

 あとまあ万が一オノマトペが使用出来ないような状況下で大怪我した場合には一か八かの賭けに出て命を繋げなければという可能性もあったし。


「ちなみにこのスラムじゃ麻薬もご法度。他のスラムじゃ取り扱いも多いけど、このスピリタスだけはクスリ系がご法度なんだ。守れる?」

「守れるも何も、そういうクスリ系のご厄介になる気はないわ」

「それは良かった。ああ、手持ちのポーション類は後でカルーアに渡しておくと良い。売ったり捨てたりはしないが、拷問の時に過剰摂取させて両方を処理するんだ」

「……了解」


 後半の詳細は要らなかったが、まあ使い道は理解出来た。


「それと、カルーアはまだ説明していないようだから言っておくが、このスラムでポーションを売ってるようなヤツは有罪だ。殺せ」

「いきなり殺すの?」

「当然。このスピリタスでは殺しよりも重罪なのがポーション関係だからな。話を聞く必要は無い。ああ、ただ裏に伝手がありそうというか、ただの拾い物を転売とかじゃなく大きいところから流してるような下っ端なら捕まえた方が良い」

「あー……釣り針を捕まえて、釣り竿どころか釣り人ごと逆フィッシングって感じ?」

「そういう事だな」


 理解が早くてよろしい、とスティンガーが微笑む。


「スラムに来たばかりとは思えない程、尚且つ健常人とも思えない程に飲み込みが早い。異世界じゃこういう暮らしでもしてたのか?」

「まさか。普通に恵まれた生活だったわ。ただ父親が警察、国の兵隊みたいなものだったから、少しだけ知ってるってくらい」

「父親が真っ当にしては男の趣味が狂ってない?」


 失礼な言い草で口を挟んできたカルーアに、むっとマリンスノーは唇を尖らせた。


「別に良いでしょ。ちょっとファザコンなだけよ」


 どういう事だとマリンスノー以外の四人、ここまで話を聞いているのか聞いていないのかわからない程に真顔だったルシアンすらも怪訝な顔で首を傾げる。


「他に気を付けるべき事はある?」


 マリンスノーがそう問いかければ、ルシアンが糸で雑に縫われた口を開いた。


「第一に、手前とカルーアを裏切るな」

「了解。私は愛するルシアンとその右腕カルーアを裏切らない」

「第二に、指示には従え。ただし異世界人ゆえに可能な案がある場合は発案や進言を許可する」

「了解。私は貴方達の指示に従い、必要に応じて自分からも意見する」

「第三に、ポーションを始めとするクスリ関係には関わるな。購入、販売、使用を禁ずる。ただし売人から回収したのであれば、カルーアに渡すまでの間一時的な所有は許可する」

「了解。私はポーションやクスリ系に関わらない」

「それを守るなら手前から言う事は無い」


 あら、とマリンスノーは小首を傾げる。


「私がルシアンを愛し続けるように、っていうのは無くて良いの?」

「面白ぇ冗談だ」


 ガッ、とルシアンの大きな手によりマリンスノーの頭が捕まれた。

 三つしかない大きな指でガッチリと掴まれ、ギチリと圧が掛けられている。

 もっともその爪の鋭さ、手指の力強さを思えば、瞬時に頭が三等分に分割されていない時点でかなりの温情が与えられているのは自明の理。


「言われなきゃすぐ終わるようなもんでここまで来たのか?」

「まさか。私にとって無理だと思うような暴力を私に仕掛けてこない限り、私が愛想を尽かす事は無いわ」

「愛なんて形の無いものを主張するのをやめろといって、お前は聞くのか?」

「聞かない。私の愛は私のものよ。ルシアンが嫌がっても、私は貴方を好きだと思ったんだから、好き勝手に好きをぶつけに行くだけ」

「そこまで言っておきながら、お前は手前を裏切ると?」

「あら嬉しい」


 ずいと顔を近付けて低い声で問いかけるルシアンに、マリンスノーは瞳をキラキラと輝かせて頬を明るいピンクに染め、心から声を弾ませる。


「私が貴方への愛を無くしたら、ちゃんと裏切りと思ってくれるのね」

「………………」


 その言葉に、ルシアンはとんでもなく渋い顔になってマリンスノーの頭から手を離し、顔を遠ざけた。


「あっはっはっはっは! 言い負かされてやんのールシアンってば! まあこれはマリンスノーの方が上手(うま)くて上手(うわて)だったね! 良いもの見れたからマリンスノーの部屋には想定してた普通ランクの家具よりワンランク上げてちょっと良い感じの家具にしてあげちゃう!」


 ルシアンがしばらくしかめっ面で無言だった時間の分だけ、カルーアは腹を抱えてそりゃあもう笑い転げに転げていた。



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