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ハレルヤ!



 そんな風に教会で会話していたら、乱暴に教会の扉が開かれた。


「だァ、クソッ! どいつもこいつも会話が通じやしねえ! おいそこの神父!」


 このスラムに居るには随分と服装が整っている男が、転がり込むようにずかずかとサマーデライトに近付いてゆく。


「流石に神父様ともなれば人間らしい会話は出来るはずだよなあ? 今すぐに吐け! このスラムのボスはどこに居やがる! その脳天ブチ抜いて、こんな汚らしいスラムは解散させてやらぁ!」


 掴みかかる勢いの男に対し、サマーデライトは微笑んでいるような顔を崩さない。


「お前だってこんなスラムなんざに左遷されて文句あんだろ!? なあ! このスラムさえ潰せれば、ここの土地を使ってもっと色々な事業を拡大出来るんだ!」


 テメェにも悪い話じゃねえはずだ、と男が言うと同時、サマーデライトは笑顔のまま手を打った。

 ぱちぱち、という適当な拍手だ。


「ハレルヤ! 貴方は幸運だ! 随分と神に愛されているようですね!」


 舞台上であるかのように大仰な身振りでそう言ったかと思うと、サマーデライトは教会の椅子に腰かけて寝ているルシアンを手で示す。


「あちらに居るのが、そのボスですよ」


 ルシアンは身じろぎ一つしない。

 目は伏せられたままだが、マリンスノーにはそれが狸寝入りだとわかっていた。

 だって、先程まで確かに響いていた寝息が無くなり、周囲に張り詰めた気が漂っている。プロの護衛が周囲を警戒している時と同じ気配だ。


「は?」


 あっさりと告げられた情報。まさかの本人登場という事実。

 それに虚を突かれた男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔でルシアンの方を向き、


「ハレルヤ!」


 至近距離からの銃撃により、その頭部はパァンと弾けた。

 一撃で仕留められた男の体が、血と脳と脳漿を教会の床に撒き散らしながらドシャッと崩れる。


「うん、隙だらけだな。教えてくれた相手だから。神父だから。そんな理由で警戒無く視線を逸らすだなんて、殺されたって文句は言えないだろうに」


 ははは、とサマーデライトは微笑み、男に見えない位置から取り出した拳銃を右腰の後ろ辺りの空間へと仕舞い込んだ。


「あ、でも中に誘い込んで殺したのは失敗だな……まあそこまで飛び散ってないから良いか」

「大分飛び散ってるように見えるけど」


 うえ、とマリンスノーは口元を押さえて顔を顰める。

 スイカが大破したというよりは一か所を叩き割ったくらいの損傷と飛び散り具合だが、だからといって飛び散っていないわけではない。スイカ割りみたくブルーシートをセットしてあるならともかく、そうでもない。

 結果、床やら椅子の側面やらにべっしょりと血が付着してしまっている。


「このくらいは大丈夫だよ。掃除屋に頼めばすぐ解決さ」

「掃除屋?」

「ああ」


 サマーデライトがにこりと笑う。


「後始末なんかを担当してるんだ。そっちにはまだ挨拶してないのかい?」

「今日はあとティガのとこ言ったらお仕舞いのよてーい」


 ニコニコしながら手をひらひらさせてカルーアが言った。


「初日で情報詰め込み過ぎてパンクされたり物忘れ起こされても困るしね。掃除屋に関してはどうせ世話になるし、後から説明しても間に合うかなって。ま、ある程度気を付けて見てやってねうちの身内だから、っていうのを伝えたくてピオとサムとティガには挨拶回り」

「成る程。確かにシャニーには他の誰かが依頼する事もあるだろうし、贔屓も何も無い、か」

「そーそ」

「更に一人での外出時には紹介済みの場所に自然と足が向かうだろうし、自分達と親しい場所であれば安全性は確保出来る。先に紹介を済ませているから、ヨソから来た旅人同様に身ぐるみを剥ぐような対象じゃない。加えて自分達と親しくしている人ばかりだから、マリンスノーが一人で来た時には連絡を入れてくれるだろうというのもあるわけだ」

「後半は本人の前で言わなくても良かったけど、まあ大体そう。居場所が大体わかるってのは大事だよね」


 うんうん、とカルーアは頷く。

 マリンスノーとしては単独行動してようが行動筒抜けになるって事ではと思ったが、治安が終わっている場所である事を考えればその方が安全かと納得した。少なくとも万が一があった場合だろうと早い助けに期待出来そうで安心安全。





 何階建てみたいなボロい建物の二階に、その医院はあった。

 明らかにスラムの雰囲気に合わない可愛らしいデザインが手描きされた看板。その看板が出されている扉をカルーアがノックする。


「おーい、ヤッホー! ティガかオーキッドは居るー?」

「……アンタかい、カルーア」


 少し軋んだ音を立てて扉を開けたのは、紫色の肌を持つ少年だった。

 少年、と言うには体格がしっかりしているが、高校生くらいだろう見目である。勿論、その紫色した肌を除けば、の話だが。どこの高校生を探したって、紫の肌色した高校生は早々居まい。

 もっとも、彼には肌色以外にも特徴的なパーツがあった。

 肩から先が、大きな翼になっている。その腕では袖など邪魔にしかならないからか、彼は袖なしの服に翼を通しているようだった。


「ボスに、見慣れないのも居るようだな」


 随分と目つきが悪いが、落ち着いた声色で少年はそう言った。


「健常人か。腹ん中に大事な書類か証拠でも呑み込んだかね。しかし、アンタらに取っ捕まって今から腹を掻っ捌かれるにしちゃあ怯えた様子も逃げる素振りも無いようだが」

「失礼しちゃうなあオーキッド! まるで僕らがここに見慣れない健常人を連れて来る時にはそういう目的がある前提みたいな言い方して!」


 何をおかしな事を、とでも言いたげに少年が首を傾げる。


「違った事があるかい?」

「サムライロックが怪我した時も普通にここに連れて来たよ。忘れちゃった?」

「ああ、確かにサムライロックも健常人か」

「ちなみに彼女はうちの新入り。使い捨て厳禁だから挨拶回りの途中」

「ボスと副ボス付き添いとは贅沢だな。どういう企みだ?」

「君って本当に失礼だよね! まあ裏に何か抱えてるとかじゃなく完全に素だから嫌いじゃないけど! ああ、あと彼女についてはティガも居る場で語るよ。既にピオとサムには紹介済み。ここで必要外の二度手間は面倒臭い」

「わかった」


 頷き、少年は客を入れる為に扉を大きく開く。

 その時マリンスノーはようやく、少年が手で扉のノブを持っていた事に気付いた。

 肩の位置から生えているのは翼なので、遅れて翼では扉のノブを回せない事にも気付く。普通に扉を開けたのなら、翼以外に方法があったと考えるのが自然だった。

 うーん、失念。確かにここに来るまでにも多腕の人とか居たものね。

 マリンスノーはそう頷く。

 どういう事かと言えば、少年の後ろ側、肩甲骨の位置から両腕が生えていた。

 天使のように肩甲骨辺りから翼が生えているのとは逆で、肩甲骨から腕が、肩から翼が生えているという奇形らしい。

 その手は問題無く普通にドアノブを掴んでいるが、肩から生えている翼が明らかに邪魔臭いだろうなというのが伝わってくる角度を維持している。

 まあ実際特別腕が長いとかでも無いようなので、肩甲骨の位置から、しかも前側に翼がある、となれば相当に物を持ったりする動きには手間取るだろう。

 もっとも彼もまたスラムの人々同様生まれつきこうだろうから、そもそも不便と思った事も無いかもしれないが。


「よ、お前ら」


 室内に入れば、診察室とわかる部屋が広がっていた。

 そこで立っている、否、座っているとも言えるかもしれない女性が気さくにそう声を掛けてくる。


「話は聞こえたが、使い捨て厳禁かつ風俗に回すわけでも無い新入りってのは珍しいな」

「私としては、貴女の方が珍しいわ。それ、下半身どうなってるの? いえ、さっきの彼の腕とか翼とかも不思議だったけど」

「私の下半身に関しては、見ての通りとしか言えないよ」


 まるで少女のように幼く優し気な顔付きに、勝気な表情。華奢な体には黒いVネックの上から白衣を着ており、正にお医者と一目でわかる。

 しかし、その下半身。

 くびれの位置から下に人間らしい姿は無く、生き物らしい姿も無く、固定用らしき台座がついた、虫の脚を模したのかと思うような形の四脚が伸びている。

 スラムの人間はこの一日でかなり目撃したわけだが、それにしたって随分と硬質的な下半身だとマリンスノーは思った。


「……それ、まさかと思うけど自前? 奇形って下半身が機械で出来てるような人も居るの?」

「はは、それこそまさかだろ。……って言いたいけど、実際に機械みたいな作りになってる奇形は居なくも無い。通常とは違う形に変異して生まれてくるのが奇形だからな。腕がメカメカしいのとかも居るぜ」

「居るんだ」

「ああ、居る。ちなみに私は生まれつき下半身が無かったタイプ」


 医者はにこやかにそう言って笑う。

 下半身が無い事で有名な都市伝説のテケテケだって生前は人間だったのが電車事故で下半身潰されたとかいう理由があって上半身オンリーの化け物となったわけだが、彼女は生まれつき()()という事だ。


「生き物としておかしな事だが、それでも生きているのが奇形の特徴。当然ながら生みの親にはスラムにポイ捨てされた。まあ今はこうして便利な脚もあるから移動なんかには問題無い。取りに行くのや移動が面倒でも、今は可愛い可愛いオーキッドが居てくれるし!」

「そりゃまあ、居候兼見習いなんで雑用くらいは」

「で、新入りよ」


 医者の目が静かにマリンスノーを見た。


「自己紹介と使い捨て厳禁の理由、諸々説明してもらおうか」

「その前にそっちの自己紹介も聞かせてくれない?」

「おっと、言ってなかったか。カルーアからも聞いて……無いだろうな」


 理解し切っているようにすんっとした顔で言う医者に、マリンスノーも頷きを返す。闇医者というのは知ってるくらいだ。


「カルーアはいつでも自分の喋りたい事を優先するし、後でわかるなら後回しにするタイプだ」

「えー、ティガってばひどーい。まあその通りだけど!」

「カルーアはさておき、私はスティンガー。カルーア同様ティガで良い。そっちは私の可愛い可愛い弟子であるオーキッド」


 手持無沙汰だったのか棚の整理をし始めていた少年、もといオーキッドが視線を向けてマリンスノーに軽い会釈をする。

 会釈、という程でも無い目配せだったが、多分会釈で良いだろう。


「で、お前の事情は何だ?」

「名前はマリンスノー。丁度その時に滞在してた村の借金返済とルシアンへの一目惚れで自分から身売り」

「村一つと女一人じゃ割りに合わないな」


 ふむ、とスティンガーは冷静に頷いた。

 女である方が価値を高く見積もられる事もあるが、村一つと引き換えなら村に居る若い女を全員連れて来るくらいでなければ元が取れない。


「普通はそんな取り引き成立しないぞ。お前が国王の女だったりするならともかく」

「ええ、実際そう言われたわ。でも私は異世界人だったから」

「成る程。能力は役に立ち、遺伝子自体も有用な異世界人がスラムに身売り……ボスに惚れたとか言ってたな。本心か?」

「勿論」


 マリンスノーはにっこりと笑顔を浮かべて頷き、スティンガーに視線を向けられたカルーアも頷きでそれが真実だと肯定する。


「力加減出来なさそうで、相手を掴んだだけで痣を作るくらい力強そうな男が好みなの。だからといって理由も無く殴りに来るようなら無理だけど」

「良かったね、ルシアン。少なくともルシアンが愛想を尽かされる心配は無さそうでスピリタスの未来も安泰だ」

「黙ってろカルーア。このお喋り目玉」

「あはは、照れてる照れてる!」


 ギロリと睨むルシアンに怯える様子も無く、カルーアは揶揄うようにケラケラ笑った。


「実際ルシアンは即座に処刑級とか、相手の耐久度が相当だってわかってるとかじゃなければ女に暴力振るったりしないから安心してねマリンスノー! 何せ女は顔や体が無事な方が売り物になるからね! まあ男もそうだけど!」

「嬉しい情報だけど、後半の情報はあまり要らなかったわ」


 そんな話を聞かされてどういう顔をすれば良いというのか。



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